LONG LIFE DESIGN

長く続いている素晴らしいことには、じっと支え続ける誰かがいる。ナガオカケンメイが考えるオーケストラ

長く続いている素晴らしいことには、じっと支え続ける誰かがいる。ナガオカケンメイが考えるオーケストラ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクターのナガオカケンメイさんのコラムです。今回は「オーケストラを応援する理由」の後編です。

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前回に続き、今回も「オーケストラとは何か?」について書いてみたいと思います。改めて皆さんは「オーケストラ」とはなんだと思いますか? 素敵な演奏を歴史を重ねながら広く伝えている人たち、なんて具合の、漠然とした答えはなんとなく答えられるかもしれませんね。

前回も書きましたが、多くのオーケストラは演奏のチケット収益ではまかなえません。楽団のほとんどが大きな企業に属したり、都道府県が支えたりしています。僕が応援している「日本フィルハーモニー交響楽団」も大手放送系の企業のもとで演奏活動を行っていましたが、ある日、経営的理由でそれを絶たれ、活動が困難な中、団員が一致団結して音楽活動を続けようともがき続けた時代があった。

そんな話を聞き、そもそもオーケストラとは何を伝える団体なのか、また、活動の財源が絶たれても、なぜ、それを続けようと思うのか、それを続けて欲しいと支えるのか、それを続けさせたいと願うのか。この根源的な謎には、私たちが健やかに長く日々を暮らすヒントが隠されているのではないかと思い、そんな窮地に立たされたオーケストラ楽団、日本フィルを知り、好きになるごとに、その答えを知りたくなりました。

大手放送系企業の支援を打ち切られた日本フィルの当時の様子を書き記した本。日本のオーケストラの流れを興味深く読み解くこともできます。これまで全くと言っていいほど、関心を持たなかったオーケストラというものに対して、この本を読み、ますます興味が湧きました(写真はすべてナガオカケンメイさん提供)

大手放送系企業の支援を打ち切られた日本フィルの当時の様子を書き記した本。日本のオーケストラの流れを興味深く読み解くこともできます。これまで全くと言っていいほど、関心を持たなかったオーケストラというものに対して、この本を読み、ますます興味が湧きました(写真はすべてナガオカケンメイさん提供)

少し余談ですが、僕が発行している「d design travel」という47都道府県をロングライフデザインな視点で旅をするガイドの「東京号」に、日本フィルのことを取材させていただき「オーケストラとは何か?」という原稿を掲載しました。その時、なんとなく「昔のそんな暗い過去はできたら載せてほしくないなぁ」という雰囲気がありました。もちろんわかります。現在の日本フィルは公益財団法人としてしっかり、立派に活動を続けています。そんな過去のことは、今更、掘りかえさなくてもいいのです。しかし、一方で、ぜひ、掘り返して広く知ってほしいなぁ、という雰囲気も感じました。

僕はこのことを経て、ますます日本フィルの人間っぽいところを好きになりました。建前はそう。でも、やっぱり大きく「オーケストラとは何か」ということを知ってもらうには、自分たちの暗いかもしれない過去を知ってもらい、考えて、同じように音楽に向き合ってもらったほうがいい。そんな考えからでしょうか。

さて、今回は日本フィルといえば……と言うほどに大切なキーワード「九州公演」について書いてみます。日本フィルがそんな格闘をしていた時代に、九州の人々が熱烈に応援してくれていた、というお話です。そして、その一つ、福岡県の大牟田という、元々は炭鉱で栄えた町で、40年以上にわたり、小さな自分の喫茶店を事務局にして日本フィルを町に呼び続けたおばあちゃんのお話です。

「公演を開催して、日本フィルを支えよう」という、九州からの声が上がり、2019年で44回目を迎えた九州公演。日本フィルの歴史の半分は、1975年から始まったこの公演の歴史でもあります。

オーケストラに欠かせないのは演奏者、楽団を支える関係者だけでなく、それをその土地に根付かせるための「そこに暮らす感性豊かな住人」ではないかと思うのです。僕は「根付く」という言葉が好きですが、演奏を日の光のように浴び、その演奏に感動した感性をその土地に根付かせてこそ、意味がある。そう思います。そうでないと、オーケストラとはただ音楽を演奏する専門的な集団で終わってしまう。オーケストラは、「生きる」ということへのメッセージを一人でも多くの人に聴いてもらうということ。そして、その土地のメッセージ性を音楽で引き出すという使命もあるように思います。

日本フィルの山岸淳子さんが、僕の興味のポイントを面白がり、日本フィルを作り上げた一人である田邉稔さんに会わせてくださったのも、オーケストラを好きになったきっかけでした。その田邉さんは、現在、音楽専門誌に連載中。専門的な音楽の話ではなく、オーケストラを運営していく苦労や、僕のような「なぜ、必要か」という観点で時代を戦ってきた息遣いが感じられるとても面白い連載です

日本フィルの山岸淳子さんが、僕の興味のポイントを面白がり、日本フィルを作り上げた一人である田邉稔さんに会わせてくださったのも、オーケストラを好きになったきっかけでした。その田邉さんは、現在、音楽専門誌に連載中。専門的な音楽の話ではなく、オーケストラを運営していく苦労や、僕のような「なぜ、必要か」という観点で時代を戦ってきた息遣いが感じられるとても面白い連載です

そんな九州公演をずっと支えてきた一人のおばあちゃんがいます。炭鉱で栄え、今は少し元気のなくなった大牟田で喫茶店「コーヒーサロンはら」を営んでいる上野由幾恵さん。おそらくおばあちゃんと呼ぶと、本人から「ま、そうね、おばあちゃんかもね」と言いそうな、知的でチャーミングで、芯の通った方。みんなに愛されています。年齢はおそらく70歳かなぁ……。

僕は日本フィルの山岸淳子さん、佐々木文雄さんによってオーケストラの魅力を知り、その二人が「会わせたい人が大牟田にいる」ということで、4年前、初めて九州公演を聴きに福岡県大牟田市まで行きました。

コーヒーサロン原の上野由幾恵さん。いつも明るくチャーミングな女性です

「コーヒーサロンはら」の上野由幾恵さん。いつも明るくチャーミングな女性です

ちょっと余談ですが、上野さんという人がいるという噂、アッと言う間に僕ら私設ファンクラブのような「d日本フィルの会」のメンバーに広がり、「私も行きたい」「会いたい」となりました。しかし、大牟田まで行くには交通費や宿泊費がかかる。と言うことで、レンタカーを借りての長距離応援団としてこの年は10人が大牟田へ。ちなみに、この長距離応援団は今年2019年も行き、今も続いています。

とにかくそんな人がいるなら、応援したい。地元の人たちにも、上野さんの頑張りをもっともっと知って欲しい。そんな思いから、10人でできるインパクトあることといえば、体を張るしか思いつかず、しかしそのかいあって、毎年、「今年も東京から車に乗って応援しに来てくれました!!」と、にぎやかしの一つにはなれています。

グーグルマップより

Googleマップより

長く続いている素晴らしいことには、じっと支え続ける誰かがいる。ナガオカケンメイが考えるオーケストラ

東京から大牟田までは一気には行けず、毎年、途中の下関で仮眠。そんな僕らのオーケストラ応援をずっと見守って仮眠場所として提供してくれている「地酒のまえつる」の前鶴夫妻。http://jizakenomaeturu.shop-pro.jp

東京から大牟田までは一気には行けず、毎年、途中の下関で仮眠。そんな僕らのオーケストラ応援をずっと見守って仮眠場所を提供してくれている「地酒のまえつる」の前鶴夫妻。http://jizakenomaeturu.shop-pro.jp

上野さんは自身の喫茶店でもミニコンサートを開くなど、やや過疎化している大牟田に、文化の流れを絶やさぬように頑張っている人。周りにいらっしゃる関係者も「上野さんが頑張っているなら、私も」と、その活動意識の連鎖は、続いていました。

2019年5月。上野さんは地元の若い世代に上手にこのオーケストラのバトンを渡し、店を閉じました。現在では、受け継いだ若い世代が、「コーヒーサロンはら」も含め、事務局として受け継いでいく計画のようです。

長らくボランティアを続け、少しずつ、長く続いてきた大牟田の日本フィル事務局の手伝いを本格的に参加し始めた地元の冨山博史さん。うれしそうに、スタッフ証を見せてくれました

長らくボランティアを続け、少しずつ、長く続いてきた大牟田の日本フィル事務局の手伝いに本格的に参加し始めた地元の冨山博史さん。うれしそうに、スタッフ証を見せてくれました

長く続いている素晴らしいことには、どれも例外なく、それをじっと支え続ける誰かがいます。

京都に毎月通い、レギュラーでラジオ番組をもたせて頂き、多くの京都人をゲストに番組をやってきた経験から思うことと似ていて、京都の人は基本的に「自分の代で何かを成し遂げようと思わず、先代から受け継ぎ、自分の代でやるべきことを見極めて実行し、次の代に引き渡す。一代で何か派手なことをしようとは思っていない」ところが共通してありました。

上野さんも、山岸さんも、佐々木さんも、そんな風に僕には見えます。そして、この皆さんの生き方は、やはり大変ではあるでしょうけれど、清々(すがすが)しく、健やかで、応援したくなるものだと感じます。

続いていることを続けるように応援する。1人では到底できないことに、関われる喜び。そんなものがあるんだなぁと、日本フィルの2人に出会い、また、上野さんに出会い、思うわけです。

九州公演の懇親会の様子。一人一人、続いてきた九州公演の思いを伝え合う。いつしか僕らd日本フィルの会も、みんなで壇上に上がらせていただき、ごあいさつさせていただけるようになってきました

九州公演の懇親会の様子。一人一人、続いてきた九州公演の思いを伝え合う。いつしか僕らd日本フィルの会も、みんなで壇上に上がらせていただき、ごあいさつさせていただけるようになってきました

d日本フィルの会のメンバーと、マイクを持つ僕。左は「コーヒーサロンはら」の上野さん。よく見ると、演奏家もちらほら一緒に壇上に上がってくれていました。本当にうれしい瞬間

d日本フィルの会のメンバーと、マイクを持つ僕。左は「コーヒーサロンはら」の上野さん。よく見ると、演奏家もちらほら一緒に壇上に上がってくれていました。本当にうれしい瞬間

自分一人の暮らしだけでも大変です。でも、オーケストラのように、長く続く素晴らしい活動の「つづく」ことに関係させてもらうことは、もちろん誰でもできます。逆に絶やすことも簡単だと思うのです。そこを絶やさずつづくように関わる。

自分の慌ただしい日常の中に、例えば僕のようにオーケストラというみんなで長く続けていることに関わることで、自分の中にも文化の風をいつでも吹かせ、清々しく生きる。自分で体験してそう思います。さて、話を九州公演に戻しましょう。

九州公演の場所の一つ、唐津で生み出された交響詩「まつら」は、長くその土地とオーケストラが関係を重ねたことで生まれた「唐津の音」。住む人の意識が、感性を開かせ、音の専門家たちと交流を重ねることで、とても大切な「言葉では表せない」そして、ずっと代々、伝え続けられたほうがいいメッセージとしてのメロディーが生まれる。こんな素敵なことはないと思う。

オーケストラを生で聴くということはどういうことなのか。僕はこんな風に思っています。ホールで生の音を聴くということは、ベートーベンやモーツァルトなどの音楽家によってメロディーに置き換えられた”人間が生きていくために、どうしても心に必要な真情”の再現に立ち会うということ。作曲家たちが思うそうした「愛」「憎しみ」「喜び」「悲しみ」「希望」「祝福」「怒り」「誕生」「正義」「戦い」などを音にしている。言い換えるとベートーベンなどの作曲家は、いつの時代にも大切に思わなくてはならない普遍的なそうした一つ一つを音に変える特殊な才能の持ち主。彼らによって変換されたメロディーは、未来に伝え続くよう楽譜にされ、それを表現するために楽器を通し、その、例えば「悲しみ」を表現するために多くの楽器と演奏者が集まる。

僕が生まれてはじめてオーケストラの公開練習会で、偶然、お会いした小林研一郎さんは、その情熱的な指揮の様子から「炎のコバケン」と呼ばれ、みんなに愛されていますが、その小林さんが指揮した曲のCDを聴くと、何やら人の唸(うな)り声が一緒に録音されています。指揮をしながら指揮者であるコバケン本人が唸っている。その行為にはどうやら専門家筋では賛否両論あるようですが、こうは考えられないだろうか。未来にも伝えなくてはならない想い、例えば「怒り」をベートーベンが楽譜に記し、それを楽器と演奏者、オーケストラによって再現する。しかし、目の前の素晴らしい才能のオーケストラという集団を以てしても、ベートーベンの「怒り」が100%パーセント再現しきれていないとなると、あとは指揮者自らが楽器になるしかない。

そして、私たちはそんな「生きるため」に大切な感情をいつまでも大切にしたいと思う。それは日々の暮らしの複雑な中で、時に忘れてしまいそうになる。そんな時、彼らによる音を聴くと、心が反応して、自分では訳も分からないのに、涙が溢(あふ)れてくる。そんな経験はみなさんにもあると思います。オーケストラとは、そのためにいると僕は思います。それはできるだけホールという楽器の一つの中に入り込み、何世紀にわたって続いてきた「演奏」という再生形式で日光浴をするように浴びる。すると心が反応して、忘れかけていた人としての感情を呼び戻してくれる。そう思うのです。そのために、オーケストラは存在し、大切に思う人によって支えたいと思われ、支えられていく。

日本フィルはどの楽団よりも先駆けて子供たちに向けたコンサート活動「夏休みコンサート」をやっています。その考えの根底にも、やはり「オーケストラ演奏が持つ、人間への根源的なメッセージ」は、何も一部のマニアだけのものではないという、ある種の勇気ある行動があると思うのです。オーケストラが伝えたいことは、子供たちにも伝えたいこと。ここでもやはり、極限にさらされながら、本当の意味での演奏とは何か、を、突き詰めて考えた日本フィルならではの行動とも言えると思うのです。

夏休みコンサートは僕も大好き。音を素直に聴く子供たちは、ベートーベンを気取らずに語るからです。「かっこいい」とか「何だかわくわくする」「何か、悲しい」とか……。それくらいで僕はいいと思います。なぜなら、そもそもベートーベンたちは、それを感じて欲しいから作曲したのではないかと。ソナタ形式とか、知らなくてもいいのです。とにかくホールに生の音を聴きに行きたいものです。

d日本フィルの会はどなたでも参加できます。毎年、カードを渡して、1年に3回以上一緒にホールに行き、演奏を聴いた方にスタンプを押しています。三つたまると、僕がデザインしたバッジをプレゼントしています

d日本フィルの会はどなたでも参加できます。毎年、カードを渡して、1年に3回以上一緒にホールに行き、演奏を聴いた方にスタンプを押しています。三つたまると、僕がデザインしたバッジをプレゼントしています

長く続いている素晴らしいことには、じっと支え続ける誰かがいる。ナガオカケンメイが考えるオーケストラ

PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2ヶ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

オーケストラを応援する理由 ロングライフデザインとの関係は

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