小川フミオのモーターカー

機能を追求したセダンからラリー競技車まで フィアット131

イタリアのデザインというと、すべてが造形に凝っているように感じられるが、実際は審美性より機能主義に軸足を置いたものも多い。いい例が、1970年代のフィアットの看板車種「131」だ。

(TOP写真:スタイルはフツウだけれど車体色などに凝っていた)

ほとんど直線で構成されたような車体である。ルーフの前後長を出来るだけ長くとって室内を広くするなど、スペース効率を追求した結果ともいえる。実用主義なのだ。ボディーバリエーションは豊富で、4ドア、2ドア、それにステーションワゴンも用意されていた。マーケットのニーズを考慮した結果である。

1974年にデビューして、83年まで長い期間生産されたので、当時イタリアに行くと、いたるところで見かけた。スウェーデンのボルボ240や、フランスのルノー18など、同時代の欧州セダンと共通するものがあった。

フィアット131

写真は丸型4灯の初期型

どのクルマも、一見、おもしろくないカタチなのだが、それでいて、ボンネットの長さ、ボディー面の張り、さらに側面から見たとき、車体のどこに車輪を配して均衡をとるかといったことが考え抜かれている。

鬼面人を驚かすようなところはなくても、それなりにスタイリッシュに見える勘どころをつかんでいるのだ。これが本当のデザイン力だと私は思っている。

フィアット131

エンジン縦置きでギアボックスをその背後に置きまっすぐに後輪駆動用のプロペラシャフトとつなげるというフィアット得意のレイアウト採用

当初131には、四角いヘッドランプのベーシックモデルと、丸型4灯のスペシャルというグレードが用意されていた。78年にマイナーチェンジがあって、「131レーシング」という2ドアのスポーツモデルが設定された。

81年にもういちどマイナーチェンジがあって、エンジンのラインナップが見直された。このとき設定された2リッター4気筒DOHCエンジン搭載の「131スーパーミラフィオリ」(ミラフィオリはフィアットがトリノ市内に持っていた工場名)は日本にも輸入販売されていたのをおぼえている。

131スーパーミラフィオリ

81年に登場したスーパーミラフィオリは内外装が豪華になった

話を131レーシングに戻すと、その魅力は意外性にあった。公用車にも使われるようなマジメな感じのセダンなのに、レースとの関連性を思わせるネーミングを持っていた。じつはフィアットは、131をベースに「フィアット131アバルト・ラリー」というスペシャルモデルを開発したのと関係がある。

131アバルト・ラリーは、131をベースに仕立てられたラリー専用車種だ。シャシーはフィアットが作ったが、エンジンはアバルトがチューニングし、組み立てはベルトーネが担当した。はたして期待に応えて、1977年、78年、80年の世界ラリー選手権で優勝という、みごとな成績を収め続けた。

131アバルト・ラリー

131アバルト・ラリーの競技用仕様(76年のオリオフィアット・カラー)

2ドアの131レーシングは、スポーティーなイメージを強調して購買層の拡大を狙った車種である。実際にはこちらのクルマは大して速くなかった。そのせいもあってか、市場での評判もいまひとつだったのだろう、81年には生産中止になった。

131レーシングはさておき、セダンとしての完成形を目指し、そこからラリー用の(かっこいい)スペシャルモデルを作り世界選手権を制覇する、なんてクルマ好きにとって、夢みたいなものである。多くのファンを生んだのは当然だ。こういうことを見ていて、ひとは自動車のおもしろさを知るのだと思う。

131レーシング

スポーティーな雰囲気を強調した131レーシング

(写真=FCA提供)

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

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