小川フミオのモーターカー

時代を経ても変わらない楽しさがある軽スポーツカー 「スズキ・カプチーノ」

スズキが初めて手がけたオープンスポーツカーが「スズキ・カプチーノ」だ。1991年に発売されて、98年までと結構なロングセラーとなった。

(TOP写真:エンジン縦置きで後輪駆動という真っ当なメカニカルレイアウト)

オープンスポーツカーは大きな市場を持たないけれど、それでも必ずどこかのメーカーが手がけている(継続的なのはマツダ)。作り手にとっても、やりがいのある車型なのだろうか。

全長3295ミリ、全幅1395ミリ、全高1185ミリとコンパクトで、かつ低い

全長3295mm、全幅1395mm、全高1185mmとコンパクトで、かつ低い

カプチーノは、全長3295mmのボディーのフロントに657cc3気筒ターボエンジンを搭載し、5段マニュアル変速機(3段オートマチックもあった)を介して後輪を駆動する。教科書にありそうな、オーソドックスな成り立ちだ。

別の見方をすれば、白いご飯とみそ汁にたとえられるような、最も基本的な素材で勝負しようというのは、カプチーノを担当した開発陣の気概の表れである。

「F6A」と呼ばれるアルトワークス用の3気筒DOHCターボエンジン

「F6A」と呼ばれるアルトワークス用の3気筒DOHCターボエンジン

エンジンはDOHC3気筒で、インタークーラー付きターボチャージャーを装備していた。当時スズキのラインナップで最もパワフルな「アルトワークス」からの流用だ。

他のメカニズムにも手を抜いていなかった。サスペンション形式は前後ともダブルウィッシュボーンで、かつ4輪ディスクブレーキ装着である。ボンネットやルーフ、リアピラーなどは軽量アルミニウム製だ。

リアピラーまで外してフルオープンにした状態

リアピラーまで外してフルオープンにした状態

いまでも十分通用しそうだ。ただし、ひとつだけ当時っぽいなあと思うのは、ボディーデザインである。脱着式ハードトップなのだが、機構にやたら凝っているのだ。ルーフはいくつかに分割されている。前の2枚を外せばTバールーフに、つぎにセンターバーを外せばリアピラーだけ残るタルガトップに、さらにリアピラーをとればフルオープンに、という具合だ。

ひとことで言うと、凝りすぎ。複雑さを乗り越えて様々なオープン形状を楽しもうなどというユーザーはほぼ皆無だったろうと思う。でもまだ企業にお金がたっぷりあった当時は、こういうことをしてまで他社との違いを出すことが求められたものだ。

前期型の運転席まわり

前期型の運転席まわり

カプチーノのドライビングの印象は、「よく出来た楽しいクルマ」だった。当初の計画どおり輸出用の800ccエンジンが載せられていれば、よりトルクが太くて、操縦性もさらに上がっただろう。とはいえ、スズキは軽自動車という枠のなかでホントよくやるなあ、と感心させられた。

当時はスポーツカーにも多様性があった。フロントエンジンで後輪駆動とオーソドックスな「マツダ・ロードスター」(初代)に加え、ミドシップの「トヨタMR2」(2代目)、加えて軽規格では、マツダのミドシップ後輪駆動「オートザムAZ-1」(スズキは「キャラ」という名で販売)、同じくミドシップの「ホンダ・ビート」といったぐあいだ。

そのなかでもカプチーノの人気がいまも根強いのは、やっぱり白いご飯とみそ汁だからだろうか。時代を経ても変わらないおいしさ、いや、楽しさがあるのだ。

95年のマイナーチェンジでは主に装備が豊富になった

95年のマイナーチェンジでは主に装備が豊富になった

(写真=スズキ提供)

【スペックス】
車名 スズキ・カプチーノ
全長×全幅×全高 3295×1395×1185mm
エンジン形式  657cc直列3気筒DOHC+インタークーラー付ターボチャージャー
最高出力 64ps@6500rpm
最大トルク 8.7mkg@4000rpm

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

機能を追求したセダンからラリー競技車まで フィアット131

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