インタビュー

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

人は皆、自ら選んだ山のゴールを目指すクライマー。一生のうちにそこへたどり着けるだろうか。だが、頂点に到達後、次のゴールを目指し登り始める者がいる。さまざまなジャンルで頂点を極めたクライマーが挑む“未踏の頂”について聞く「The Next Goal(ザ・ネクスト・ゴール)~頂の先へ~」。

第2回は自動車レーサー、三浦愛さんです。

夢は日本人初のF1チャンピオン

全英女子ゴルフで優勝・メジャー制覇した渋野日向子や、ボクシングWBA世界ミドル級王座に就く村田諒太など、日本人アスリートの世界での活躍は目覚ましい。だが、日本人が到達していない“世界の頂”の一つに、自動車レースの最高峰「F1(フォーミュラ1)世界選手権」での勝利、そして年間チャンピオン獲得がある。

この未踏の頂を目指し、日本だけでなく世界から精鋭が集まる全日本F3選手権に唯一人の日本人女性として出場し、戦い続けているレーサーがいる。三浦愛さん、29歳だ。

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

写真提供:三浦愛

三浦さんは2014年、女性レーサーとして18年ぶりにF3に参戦。翌年には、総合2位の成績を収めた。ただ、最近は思うように成績を残せていない。16年は年間を通じノーポイント、17年は総合8位、18年は総合12位。そして今シーズンも、まだノーポイントだ。

苦しいシーズンの中でも三浦さんは前向きだ。

「不可能だと思われていることを可能にしたい。無理だと言われるほど燃えるタイプです(笑)。モータースポーツの世界は、クラスが上がるにつれマシンのスピードや性能が上がり、どんどんドライバーの体にかかる負担は増します。女性にとってどんどん不利な状況に向かうことは間違いありません。私自身もカートから現在のF3へ至るまでに何度も体力的な壁にぶち当たりました」

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

写真提供:三浦愛

男性ドライバーばかりのレースで戦う苦労も味わってきた。だが、それを勝てない言い訳にはしない。

「モータースポーツの厳しさを知っている人ほど女性がF1やトップフォーミュラで戦うことの難しさを感じているでしょう。それは、過去にトップフォーミュラで男性ドライバーを超えるほど活躍した女性ドライバーがいないからだと思います。実際に、私がF3へステップアップする際も否定的な意見が多かった。

でも、きちんと結果を出せば“女性でも戦える”と認めてもらえるはず。このチャレンジを続けることが、モータースポーツ界の希望になれば幸せです」

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

インタビューした7月31日午後。三浦さんは、和歌山市内の自動車整備工場の一角に設置されたレーシングカーのシミュレーターを使い、その週末に控えたレースの準備を重ねていた。シミュレーターの置かれた場所は冷房設備もなく、うだるような暑さだ。

今シーズン開幕前、三浦さんは「次のステップへ進むため、F3を今季卒業する気持ちでオフシーズンの準備にも力を入れました」と語る。コンディションも過去最高と言ってよいほど良い状態だったという。

だが、シーズン序盤から歯車がかみ合わず成績は振るわなかった。7月13日に行われた富士スピードウェイでは、他車との接触で左手親指の付け根を痛めて、キャリアで初めての欠場を経験した。

けがは骨挫傷と診断され、その後、まだF3のハンドルを握れていない。三浦さんの左手首に巻かれたテーピングが痛々しい。

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8月のレースも欠場。残すは9月28、29日に「岡山国際サーキット」で開催されるラスト2戦のみとなった。 「9月末の最終戦までにはけがを完治させ、今シーズンの集大成にしたいという気持ちでいます」

シミュレーターのハンドルを握った三浦さんの顔からは、それまでの笑顔が消え、目つきも変わった。痛む手首をかばいつつも、果敢にアクセルを踏み込み、コーナーを攻める。

実際のコースと同じ景色が表示されるモニターを見つめる表情からは、早く負傷から回復して、F3のレースに臨みたいという気持ちがうかがえた。

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F3の中で最高位の、F3Cクラス参戦という「頂」

三浦さんは、奈良県内で自動車整備工場を営む父、茂さん(57)と母、知余美さん(56)のもと、1989年、長女として生まれた。

カートに乗っていた2歳年上の兄のレースを観戦しているうちに、「私もコースを走りたい」と父に頼み、小学6年のときにカートレースに出場。すると、大人の男性レーサーたちを相手にデビュー戦でいきなり優勝をさらった。

このとき、三浦さんの将来の目標は明確に決まった。「世界一速いドライバーになりたい」と。

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写真提供:三浦愛

中学時代、国内のカートのレースでは常勝。高校時代はモータースポーツの本場、欧州の選手権などにも遠征し、世界と戦うための腕を磨いた。

高校卒業後は、レーサーになるための自動車整備の技術を身につけようと、大阪産業大学工学部機械工学科に入学。卒業後は、大阪府内の自動車部品メーカーに就職した。

平日の午前中は広報部員として勤務し、午後はトレーニングなどレーサーとして活動。3年前からは神奈川県内の支社の営業部へ異動し、シーズン中、国内を転戦してきた。

レース活動には膨大な費用が必要で、勤務する企業からの支援の他、約20社のスポンサーから出資を集め、協力を得ている。スポンサー探しもレーサーの仕事だ。

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

写真提供:三浦愛

2014年のF3シーズン開幕戦で三浦さんはいきなり3位となると、続く第2戦では表彰台の中央に立った。日本F3史上初の女性レーサーの勝利という快挙だった。

このシーズンを総合4位で終えた翌年のシーズン。三浦さんはさらに成績を伸ばし、全17戦のうち3度の優勝、2位13回という快進撃で、総合2位となる。

この成績が認められ、翌年からはF3の中で最高位に値するCクラスへと昇格する。かつて、鈴木亜久里さん、高木虎之介さんらF1ドライバーを輩出したクラスだ。

三浦さんが幼い頃に描いた夢が実現した瞬間でもあった。

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

写真提供:三浦愛

F3卒業への壁

「これでようやく日本のトップクラスのレーサーたちと、世界を目指す闘いができる。いよいよ世界が見えてきた!」。三浦さんは、そう強く実感していた。

しかし、走るクラスをステップアップする度に、厳しい現実に直面していた。

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写真提供:三浦愛

同じF3でもNクラスからCクラスへ上がるだけで、コース1周のタイムが数秒上がるという。パワーステアリングのない重いハンドルを切るための腕力、激しいG(重力)に耐えるための首の筋力……。技術、体力面すべてを向上させなければ付いていけない。

「どうしても体格、筋力では男性レーサーには劣りますが、女性であることを言い訳にはしたくありません」

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写真提供:三浦愛

男性ドライバーと戦うための体力作り、筋力アップのためのトレーニングに人一倍励んできた。ジムなどの施設が使えないときは、自重を使った懸垂や、約6キロの米袋を首にぶら下げて鍛えてきた。

身長153センチ。体重46キロ。靴のサイズは23センチ。表彰台の一番高い中央の台の上に登っても、それより低い高さの台に立つ2位と3位の男性選手よりも、三浦さんの頭の位置は低くなる。レーシングスーツなどレース用品は男性用がほとんどで、三浦さんはスーツなどほとんどが特注だという。

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世界最高峰のF1目指し、今季最終戦にすべてを懸ける

「マシンを調整し、何とか表彰台に上がり、来シーズンを迎えたい」

最終戦に向けた決意をこう語るが、スポンサーとは単年契約のため、「毎年が勝負」の厳しい世界。三浦さんの来シーズンのシートはまだ確定していない。

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

写真提供:三浦愛

だが、F1参戦への夢を信じ、応援してくれる心強いサポート部隊が三浦さんにはついている。

父がワゴン車を運転し、レース会場への移動をサポートし、レース会場での食事や着替えなど、身の回りの準備は、母が手伝ってくれる。三浦さんの転戦中、父がいない整備工場は兄が守ってくれる。小学生の頃、「世界一のレーサーになる」と心に決めたときから家族の支援は不変だ。

レース場でF3のクルマを走らせるにはお金がかかるので、レース以外ではほとんど走ることができない 。三浦さんはシミュレーターを使ったトレーニングで技術を磨いてきた。

和歌山市内にある世界トップレベルの性能を誇るシミュレーターを使った訓練は、公式戦の直前などに行っている。和歌山の自動車整備工場のスタッフたちは、三浦さんのためにシミュレーターを常に改良してサポートしてくれている。

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

「モータースポーツはお金のかかるスポーツで誰もが経験できるものではない中、私は家族や支えてくださる多くの方々のおかげで今日までレーシングドライバーとして走り続けられています。

私は決して裕福な家庭に生まれたわけでもなく、大学卒業後はレースの傍ら会社員をしています。女性であることも含め、29歳の私はレーシングドライバーとして一般的に見れば遠回りをしているのかもしれません」

なぜ、夢を見続けることができるのか?

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写真提供:三浦愛

「この一つ一つの経験が私を育ててくれ、カート時代に夢見ていたF3の舞台で、今たくさんの仲間と共に戦うことができている。こんな私でも諦めずに歩み続けたことで一歩ずつ、いや半歩ずつでも大きな大きな夢に近づくことができている。

もっともっと近くで見たい。そして、私を支えてくれる家族や仲間、たくさんのスポンサー様やファンの皆さんがいる今、この大きな大きな夢は私だけのものではないと思うから……、大切にしたいんです。

そのために私がやるべき事は結果を出すこと。この思いが年々強くなっているのかもしれません。いずれにしても、レースは私にとってかけがえの無い存在で、これまで出会った私を支えてくれるすべての方々に感謝しています」

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

今シーズンは、成績不振にけがも重なり、走れないことへの不安と応援してくださる皆様への申し訳ない気持ちで押し潰されそうになり何度も逃げ出したくなりました。

でも『好き』から始まった私のレース人生。ここで終わらせたくない。最終戦は、自分の大好きなレースを思い切り楽しもうと思います。きっとその先にこそ最高の結果が待っているはずだから……」

F1を諦めない、F3ドライバー三浦愛 今季最終戦にすべてを懸ける

写真提供:三浦愛

まだ夢の途中だが、彼女にははっきりとネクストゴールが見えている。

(取材・文/溝上康基、撮影/山村雅彦) 

三浦愛さんプロフィール

みうら・あい 1989年11月24日、奈良県生まれ。12歳からゴーカートのレーサーとして活躍。大阪産業大学工学部卒業。 2014年、18年ぶりの女性レーサーとして全日本F3選手権に参戦。以来、唯一人の女性レーサーとして6シーズン、フル出場している。

三浦愛 公式ホームページ:ai-miura.com

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