大御所シェフのいつものごはん

「安いのに、値段以上においしいものが食べられる!」 大御所シェフが感激したすし店「恵比寿ほし」

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす当連載。今回は広尾「アラジン」のオーナーシェフ川﨑誠也さんが通う恵比寿のすし店「恵比寿ほし」を紹介します。

今回の大御所シェフ

「安いのに、値段以上においしいものが食べられる!」 大御所シェフが感激したすし店「恵比寿ほし」

川﨑誠也さん  
1955年宮崎県生まれ。地元の高校卒業後、大阪でエンジニアとして働くが、料理人を志して調理師学校で学び、24歳のとき渡仏。労働許可証を取得して、名だたるレストランで9年間研鑽(けんさん)を積み、「ラ・セール」ではオープン時よりシェフを務めた。88年に帰国し、六本木「オー・シザーブル」シェフを経て93年8月、広尾に「アラジン」を独立開店。視覚より胃袋に訴えかける料理作りが身上で、豪胆かつ入念なフレンチの名手として定評がある。

【大御所シェフが通う店】恵比寿ほし(恵比寿)

 

26年前に「アラジン」を開店するとき、川﨑さんの心にあったのは、食べる人になごんでもらえるような料理だけを出そうという信念だった。技術や感性の誇示にばかり目が向いていた自分への反省と同時に、そうしたレストランやシェフがもてはやされる風潮への批評精神でもあったと思う。

川﨑さんは、いまも外食界への歯に衣(きぬ)着せないコメントを連発する。「いちばん嫌いなのは、高級食材をこれ見よがしに使った、お金を取るための料理。値段が高ければ、おいしいと思うのは間違いだよね」と、作る側だけでなく、食べる側に対しても手厳しい。ところが、どんなに辛辣(しんらつ)でも、悪口に聞こえないのは、ユーモアあふれる口調のなせる技。川﨑さんは、会話の達人でもある。

そんな川﨑さんが愛するのは、「ごく真っ当な値段で、値段以上においしいものを食べさせてくれて、一生懸命働いている姿も味のうちと思えるようなお店」。そういう店を見つけると、つい応援団になってしまうそう。

「恵比寿ほし」は、まさに川﨑さんの願望を満たした江戸前ずしの店だった。

恵比寿駅から歩いて7、8分、静かな小道のビルの1階にある

恵比寿駅から歩いて7、8分、静かな小道のビルの1階にある

清潔感のあるシンプルな造り。個室もある

清潔感のあるシンプルな造り。個室もある

何年か前、たまたま前を通りかかり、2500円のランチコースに引かれて入ってみたら、予想をはるかに超える内容だった。

「最初に野菜料理が出てきて、すしはひとつずつ握ってくれて、魚介の質は抜群。お吸い物は具だくさんで、デザートで締めくくる。これで2500円はめちゃめちゃ安い」と感嘆した。いまは3500円に値上がりしたが、「それでも十分に安い」と、ずっと通い続けている。

先付けの「季節野菜のコンソメジュレがけ」。体がうれしくなる料理

先付けの「季節野菜のコンソメジュレがけ」。体がうれしくなる料理

糖質制限の実践者で、「すしに足りないのは野菜だ」と、かねがね感じていた川﨑さんに、1品目の野菜料理は、とりわけ強い印象を残した。最初に野菜を食べれば、そのあと糖質を摂取しても血糖値の上昇がおだやかになるという。この1点だけで、客の健康にまで気を使う店の姿勢が伝わった。

先付けの「季節野菜のコンソメジュレがけ」は、和風だしではなく、洋風のコンソメを使っているのが珍しい。冬は温野菜を、バーニャ・カウダ風(温かいソースにつけて食べるイタリアの野菜料理)に仕立てることもあるそうだ。

川﨑さんの直感は当たって、店主・星廣幸さんの野菜に対するこだわりは相当なもの。昼のコースでは先付けと吸い物を合わせると、15種類もの野菜が食べられる。夏は加賀野菜や京野菜などを旬に合わせて厳選し、種類によって火を入れる時間をかえ、歯ごたえと風味を引き出す。「すしと野菜の味の競演」が、店のテーマだ。

店の定番「マグロの直火焼き」。中トロを使ったぜいたくな味わい

店の定番「マグロの直火焼き」。中トロを使ったぜいたくな味わい

2品目は、「マグロの直火焼き」。中トロを直火でミディアム・レアに焼き、創業以来の秘伝のソースと合わせた、星さんの代表料理のひとつだ。

「ソースのしょうゆの味が魚にかぶさって、僕は本当は、こういうタイプの料理は苦手なの」と、また辛口なことをいいながら、満足そうにつまむ川﨑さん。マグロの脂をソースと大根おろしがさっぱりとさせ、実によい塩梅(あんばい)である。

イカの甘みと米のうまみの見事なマリアージュ

脂がのった近海マグロの中トロ。新しょうがを使ったガリも、もちろん自家製だ

脂がのった近海マグロの中トロ。新しょうがを使ったガリも、もちろん自家製だ

すしの1貫目は、近海マグロの中トロ。基本的に年間を通して生を使う。

いきなり中トロから始まるのは異色だが、「いちばんおいしいものから食べてほしいから」と星さん。しょうゆの強い香りや塩気をまろやかにするため、あらかじめ煮きったしょうゆを塗って出す。しょうゆの量はネタに合わせてかえ、濃厚な中トロには、多めに。しみやすいよう、包丁目が入っている。

2貫目は、川﨑さんが絶賛するイカ。よくたたいて、米粒と同じくらいの大きさに刻むという個性派だ。

「イカはいくら包丁目を入れても、口のなかに残ってしまいますが、こうするとイカとシャリが溶けるように消えていくんですよ」と星さん。シャリにはスダチの果汁を軽く搾り、イカにはおろした青ユズの皮と塩をひとふりする。

すし職人として40年以上のキャリアを持つ店主の星さん

すし職人として40年以上のキャリアを持つ店主の星さん

すしは、口に入れた瞬間にシャリがほどけてネタが舌の上に乗り、嚙(か)むうちに両者の口内調味(口腔〈こうくう〉調味ともいわれる)が行われる料理だといわれる。

「イカの甘みと米のうまみの見事なマリアージュ。ここでしか食べられない味でしょ」と、川﨑さんがいうとおり、これ以上はないほどの一体感だ。

米粒大に刻んだイカの握り。シャリとイカが一体化する

米粒大に刻んだイカの握り。シャリとイカが一体化する

イカの次にヒラメ、コハダ、サバ、カマス、タイ、マグロ赤身と、握りは全部で8貫。コハダは酢でしめる前に砂糖で脱水してうまみを強めたり、マグロ赤身は塩で漬けにしてねっとり感を増したりなど、それぞれのネタにていねいな「仕事」がしてある。

「白身魚にオリーブオイルをひと塗りしたら、すごく合うと思うよ」という川﨑さんに、「今度やってみようかな」と応える星さん。伝統食でありながら、まだまだ進化の伸びしろがあるのが、すしの強みだ。

手前から、イカ、カマス、ヒラメ、コハダ、サバ、中トロ、タイ、マグロ赤身の8貫。ネタはそのときどきでかわる

手前から、イカ、カマス、ヒラメ、コハダ、サバ、中トロ、タイ、マグロ赤身の8貫。ネタはそのときどきでかわる

シャキシャキの水菜の下に、根菜類がたっぷり隠れている吸い物も、手作りのデザートも、見た目は地味だが体にやさしい味。デザートはすべて、生クリームなど高脂肪の洋風材料は使わず、和の植物性材料だけで作っている。

シャリに使用するのは、福井県鯖江市産、天日乾燥のコシヒカリ。機械で短時間乾燥させた米にくらべ、うまみが乗って米自体の強さが出るという。塩はマイルドな沖縄県の「粟國の塩」と、塩気がストレートな石川県の「珠洲の塩」を使い分けるなど、細かい材料のひとつひとつにまで目が行き届いている。これで3500円は、やっぱり安い。

根菜類がたっぷり入った吸い物

根菜類がたっぷり入った吸い物

本日のデザートは、ひんやり冷たい水ようかん。きちんと手作りの逸品

本日のデザートは、ひんやり冷たい水ようかん。きちんと手作りの逸品

作り手の価値観に共感できることの大切さ

星さんはかつて、「ハイアット リージェンシー 東京」で、すし以外に和風ダイニングを含む日本料理の統括調理長をつとめた。15年前に独立し、最初に開いたのが「銀座天川」。2軒目が、恵比寿ほしである。その経験から創作料理も得意。「牛しゃぶ雲丹(うに)巻き」は霜降りの和牛で生ウニを巻いたもの、「蒸し鮑(あわび)」は昆布入りの日本酒で4時間蒸し、肝のソースと合わせたものだ。

和牛霜降り肉と、生ウニのとろりとした食感がとろけ合う「牛しゃぶ雲丹巻き」

和牛霜降り肉と、生ウニのとろりとした食感がとろけ合う「牛しゃぶ雲丹巻き」

しっとりと柔らかい「蒸し鮑」。肝と西京みそのソースを合わせる

しっとりと柔らかい「蒸し鮑」。肝と西京みそのソースを合わせる

すべて食べ終わった川﨑さんは、「人は、人が作るものを食べて生きていく。結局、作る人の価値観に共感できるかで、好きな店が決まるよね」と、しみじみと語った。

けっして声高くはないが、星さんの出す料理のなかには、価値観だけでなく、生き方までもが詰まっているのだろう。川﨑さんにとって、料理とは料理人の人生そのものなのである。

ふたりは同世代。星さんはふだん「銀座天川」にいることが多いので、ひときわ話が弾んだ

ふたりは同世代。星さんはふだん「銀座天川」にいることが多いので、ひときわ話が弾んだ

(撮影/小島マサヒロ)

店舗情報

恵比寿ほし
東京都渋谷区恵比寿1-25-7 サングラーダ恵比寿1F
JR山手線「恵比寿」駅東口より徒歩約7分/東京メトロ日比谷線「広尾」駅「2」出口より徒歩約13分
03-5420-9388
営業時間:【昼】11:30~14:00(L.O.13:30)/【夜】17:30~22:00(L.O.22:00)
定休日:日曜、祝日
公式サイト:http://www.ebisu-hoshi.com/

大御所シェフのお店

アラジン
東京都渋谷区恵比寿2-22-10 広尾リバーサイドG1F
東京メトロ日比谷線「広尾」駅2番出口より徒歩5分/JR・日比谷線「恵比寿」駅より徒歩15分
03-5420-0038
営業時間:ランチ 12:00~15:30 (L.O.14:00)/ディナー 18:00~23:30 (L.O.21:30)
定休日:不定休
公式サイト:http://restaurant-aladdin.com/

PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。

気づいたらシェフだらけに 自由が丘の和食店「旬炉 あわい」にプロたちが通うワケ

一覧へ戻る

まさに“美しいとんかつ”の見本 「みずみずしい肉と衣の調和が抜群」と大御所シェフが絶賛/巣鴨「とん平」

RECOMMENDおすすめの記事