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MGC3位 大迫選手を襲った想定外の“悪いサイクル”

マラソンとはなんと緻密(ちみつ)で繊細な競技なのだろうということを改めて思い知らされた。熱く燃えた9月15日の男子マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)だ。結果、激戦を制した中村匠吾選手(富士通)と服部勇馬選手(トヨタ自動車)が2020東京オリンピックへの切符を手にした。日本の男子マラソン界の“両雄”大迫傑選手(ナイキ)と設楽悠太選手(Honda)は、この日、五輪出場の内定を得ることはなかった。

代表選考のルール上、MGCの2位と3位には雲泥の差がある。3位と4位以下では比較にならない。そのギリギリ3位に滑り込んだのが大迫選手だ。道中何度か集団をリードし、最後のデッドヒートでも中村選手に追いつきかけた大迫選手は、なぜ勝ち切れなかったのか。

試合から2日後の9月17日、都内のホテルで大迫選手に話を聞いた。自身による“敗因”の分析から、マラソン競技の奥深さが伝わってきた。

(トップ写真:40km手前付近、2位の服部勇馬(右)と3位の大迫傑=2019年9月15日、山本裕之撮影/朝日新聞社 )

残り3km 「中村選手についていく」以外の選択肢はなかった

男子MGCでもっとも印象的だったシーンは、なんと言っても残り1kmからの中村、大迫、服部の3選手による壮絶なバトルだ。先行する中村選手に大迫選手が下り坂を使ってギリギリまで迫るが、ゴール前約800mにある短い上りで中村選手が再スパートをかけて勝負を決めた。力尽きた大迫選手はゴール直前で服部選手にも抜かれ、劇的な幕切れとなる。

筆者を始め多くのファンや観客はこのラストスパートに着目するが、本人の分析によれば“敗因”はそれよりずっと以前にあったという。

「もちろんいくつもの要因はありますが、それ以前の段階で勝負は大きく変わっていた。10km、15kmで集団が動いたところでいかに冷静に対応できていたかの違いです。僕も冷静に対応できたつもりだったんですが、服部選手や中村選手はそれ以上にうまくできていたのではないか」

マラソンはマネジメントのスポーツだと、この連載を通じて何度も書いてきた。次元は違うが、これはトップレベルのランナーも一般アマチュアランナーも同じだと思う。42.195kmの間で自分が保持する“力”をどう配分するかということだ。大迫選手は、こう語る。

「本当に最後の最後で勝てばいいので、最後の800m、600mまではなるべく力を蓄えておこうと考えながら走っていたのですが……」

39キロ過ぎで力走する(右から)優勝の中村匠吾、2位の服部勇馬、3位の大迫傑=代表撮影

39km過ぎで力走する(右から)優勝の中村匠吾、2位の服部勇馬、3位の大迫傑=代表撮影

大迫選手は残り3km地点での中村選手のスパートについて行った。想定よりかなり早い仕掛けだ。勝負を焦っていたのかと問うと、本人は即座に否定した。

「あのときは、すでに(脚が)一杯いっぱいだったので、もうついて行くしかなかったですね。あそこでタメ(我慢し)たところで服部選手はまだ(脚が)残っていたと思うので、タメたら2位になっていたかというと、そうではない。僕自身、あそこから脚が残っているかどうかを考える余裕もなかった。もうあの時点では、粘ってついて行くしかなかった。選択肢はなかったということです……」

つまり、あの日本のマラソン史上に残るバトルが始まる段階では、すでに勝敗の成り行きは見えていたということなのか。だとすると、勝負の分かれ目はどこにあったのか。

「良くも悪くも僕を中心にレースが動いていた感じがあって、それが原因で行き過ぎて、(中盤で)脚を使い過ぎてしまったという反省はあります。判断ミスではないのですが、ちょっとしたボタンのかけ違いが最後の1kmに出たなと……」

具体的には、どういうことなのか。

「(集団の中で)いろんな人が(先頭に)出て行きました。いつもはそこで一呼吸、二呼吸おいてから自分も対応をする。通常、その間に他の選手が先に行くのですが、今回は誰も行かなかったので、自分がいちばん最初に対応した。そこから徐々に悪いサイクルに……というと言い過ぎかもしれないけれど、ひとつの分かれ道になっていったと思います」

設楽選手の独走で感じた不安や焦り

スタート直後で抜け出す設楽悠太(手前)=2019年9月15日午前8時52分、東京都港区、池田良撮影/朝日新聞社

スタート直後で抜け出す設楽悠太(手前)=2019年9月15日午前8時52分、東京都港区、池田良撮影/朝日新聞社

他の選手は大迫選手の動きを見ながら反応する。日本記録保持者であり、優勝候補筆頭と見られた大迫選手の“立ち位置”が、さまざまな形で影響を与えていたことがうかがえる。では、スタート直後に設楽選手が飛び出したときはどうだったのか。

「ある程度、予想はしていたことですし、1人で行くなら(ペースが)落ちてくる可能性が高いと判断したので、あのような(ついて行かない)対応を取りました。あそこで僕がついて行ったら、(他の選手も何人か)ついてきたでしょう。逆に、2人目(=設楽選手を追いかける選手)が出てくるようなことがあれば、本来なら僕はようすを見ながら対応するところですが、恐らく誰も(2人を追いかけて)行かないので、僕が反応しないと2人目にも行かれてしまうんじゃないかという焦りはありましたね」

レース序盤では大迫選手を含む集団と設楽選手のタイム差がどんどん開く場面があった。沿道の観客がその時間差を刻々と教えてくれたという。

「大丈夫だろうと思いつつ、やっぱり不安がないかというとウソですし、それが少なからず自分の焦りにつながったというのはもちろんあると思います。ただ、それがすべてではなく、原因の一つという感じです……」

レースを振り返り、自らを客観視しながら言葉を選びつつ冷静に分析する姿勢がとても印象的だ。試合には負けたが得たものは少なくなかった。

「今回の敗戦から学んだことはたくさんあります。トップ2や他の選手の走りから自分にもっと必要な要素が見えたし、フォームについても改善する余地はあるなと。マラソンは(5000m、10000mなどの)トラック競技以上に、本当に小さな判断の影響が後半に出てくるというのも、すごく強く思いました。ハーフはスピードがあれば勝ち切れると思いますが、フルになると小さな判断だとか、動きや焦りが積み重なって、大きくなる」

男子MGCでは“ピンクの厚底シューズ”席捲も話題となった。上位10人中、8人が着用していたナイキ ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%だ!=代表撮影

男子MGCでは“ピンクの厚底シューズ”席捲も話題となった。上位10人中、8人が着用していたナイキ ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%だ!=代表撮影

日本記録の更新「無理ではない」

こうなると、無責任なマラソンファンにとってがぜん興味が湧いてくるのが男子3枠目の代表がどうなるかだ。今回3位だった大迫選手はいまのところ“暫定代表”に過ぎない。男子の場合、「MGCファイナルチャレンジ」と呼ばれる三つの大会(福岡国際マラソン、東京マラソン、びわ湖毎日マラソン)で大迫選手の持つ日本記録(2時間05分49秒)を破った選手の中からいちばん速かった人が選ばれる。突破者がいない場合は、大迫選手が代表になる。

3大会で、コース的にいちばん記録が出やすいのが東京マラソンだ。設楽選手が東京に照準を合わせて狙ってくる可能性は高い。MGC終了直後に話を聞いた設楽選手の恩師でもある東洋大学陸上競技部の酒井俊幸監督も「設楽は今回ダメでも、もう1回はチャレンジするつもりで突っ込んだのでしょう。もう少し気温が低ければ、(設楽)悠太は逃げ切れたと思います。(3枠目は)大迫君が断然有利ですが、悠太はもうそこに行くしかない。悠太は自身が日本記録を出したときより確実に力をつけているので、盛り上がると思います」と語っていた。

大迫選手にとっては判断が非常に難しい。ファイナルチャレンジに挑戦するか、このまま待つか。現時点ではまったくの白紙ということだが……。

「いずれにせよ、最初の段階は休んで、それからまた立ち上げるという意味ではやることは変わりません。時間は割とあるかなと。(日本記録更新は)もちろん可能だと思っているし、いつも自己ベストで走れる状態をつくっているので無理じゃない」(大迫選手)

日本での“厚底”ブームの火付け役となった大迫傑選手(写真=NIKE)

日本での”厚底”ブームの火付け役となった大迫傑選手(写真=NIKE)

もしかしたら、来年の東京マラソンでは大迫、設楽の“両雄”による日本新記録とオリンピックをかけたレースが見られるかもしれない。勝者は五輪切符に加えて日本実業団陸上連合からの1億円のビッグボーナスも手にすることになる。これはいまから楽しみだ!

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PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

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