マッキー牧元 うまいはエロい

<86>初キスのような高揚を感じる絶品 「僕はこの店以外のは、ウニ丼とは呼ばない」(ぬいどう食堂)

長い間、ウニ丼をバカにしていた。ウニ丼を前にして、歓喜の声をあげる人たちを見下していた。

そりゃあ、若い頃はコーフンしていた時もある。北海道で、いつかウニ丼を食べると誓い、今から30数年前に出合った時には狂喜乱舞した。

また、一ノ関駅(JR)の「平泉うにごはん」や、久慈駅(三陸鉄道)の「うに弁当」など、ご飯の上一面にウニが乗った駅弁も、鼻息荒く食べていた。しかしそれから、生意気にも様々なウニを食べるに至ったのである。

各地でウニを食べ、銀座の一流すし店でウニの食べ比べをし、散々ウニを食べていくうちに、ウニの真実を知っていった。極上のウニが、いかに素晴らしく、夢見心地にさせてくれるかを知り、それ以外のウニには、興味をうしなっていったのである。

まさに知る喜びを得たのと同時に、知る悲しみも覚えた。そのため今まで顔を輝かせて食べていた、ウニ丼やウニ弁当は、わざわざ食べることはなくなったのである。

おいしいウニ丼があるよと聞いても、食指が全く動かない。この店の話を聞いた時もそうだった。場所も遠い。下北半島の付け根と、車でしかたどり着けない店である。

ぬいどう食堂

「ぬいどう食堂」の外観。公共交通機関でのアクセスが難しく、車で向かう人が多い

佐井村「ぬいどう」食堂は、町の定食屋といった色気なき、いたって普通の古びた食堂で、外観からはなにも期待できる点はない。店内ではかっぽう着を着たおばちゃんたちが、のんびりと働かれている。

オーナーであるおばちゃんに、「ウニ丼一つ」と頼む。するとおばちゃんは、「はいウニ丼一つね」と復唱し、殻付きウニを数個取り出したではないか。

ウニの身を取り出すと、さっと空洗いをし、丼に盛ったご飯の上にこれでもかと敷き詰めたのである。

ぬいどう食堂のオーナー

ぬいどう食堂のオーナー

それは“ウニ畑”であった。地平線のかなたまで清い、ウニの畑がご飯の上に広がっている。

ゆっくりと口に運ぶ。するとどうだろう。歯を一切必要とせず、甘い香りを広げては、はかなく消えて、うたかたとなる。そしていつまでも、いつまでも、純粋な甘さを口に宿す。

ウニに気品がある。初めてのキスのような、初々しくもせつない高揚がある。ウニの質が極めて高い。銀座の高級すし店が出すものと寸分変わらぬどころか、鮮度という点ではこちらの方が上だろう。

おそらく銀座でこれと同じものを食べようと思ったら、1万5000円以上の価格をつけないと、成り立たない。なんでも店主の夫が漁師で、そのウニを使っているという話である。それゆえに、1500円で食べることができる。

ぼくはもう、この店のウニ丼以外を、ウニ丼とは呼ばない。

ぬいどう食堂「ウニ丼」

“ウニ畑”と呼ぶにふさわしいウニ丼

ぬいどう食堂

ウニ丼のほかに、イクラ丼、ウニイクラ丼、海鮮丼、ラーメンなどあるが、「ウニ丼」が断然お勧め。ただし「ウニ丼」は常時あるとは限らないのと、「品切れごめん」のため、前もって確認・予約されたい。

【店舗情報】
青森県下北郡佐井村大字長後字福浦川目83-1
0175-38-5865
営業時間:10:00~16:00頃
定休日:不定休

連載

マッキー牧元 うまいはエロい
食通・マッキー牧元さんが、日々開拓している飲食店の中から、とびきりおいしい一皿を“官能的”に紹介します。

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PROFILE

マッキー牧元

1955年東京生まれ。立教大学卒。年間幅広く、全国および世界中で600食近くを食べ歩き、数多くの雑誌、ウェブに連載、テレビ、ラジオに出演。日々食の向こう側にいる職人と生産者を見据える。著書に『東京・食のお作法』(文藝春秋)『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。市民講座も多数。鍋奉行協会顧問でもある。

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