インタビュー

「ほかの誰かが見ている世界を知りたい」又吉直樹 初の長編小説『人間』でたどり着いた新境地

毎日新聞で毎週月曜日から土曜まで、全200回に渡って連載された、小説『人間』。芥川賞受賞作の『火花』、続く『劇場』と、中編2作を書き上げた又吉直樹は、最新作で、「人間」という大きなテーマに対して、1年近く向き合い続けてきた。又吉はどのようなことを考えながら筆を執り、何をつかもうと模索していたのか。その胸の内を聞いた。

限界を迎えると、雑踏も一切気にならなくなったんです

「ほかの誰かが見ている世界を知りたい」又吉直樹 初の長編小説『人間』でたどり着いた新境地

「こんなに執筆がタイトなのは、初めてでしたね。(新聞連載でも)前もって書きためたものを小出しにしていく、というやり方もありますが、僕はその都度面白い展開を探りながら書いていったので……必死でした」。柔らかな笑顔を浮かべながら、又吉直樹はこう切り出した。取材は、夜も深くなりかけた頃、都内のビルの一室で行われた。

「一番大変だったのは、これから仕事で飛行機に乗るというとき。新聞連載の一回分が1,000字なんですが、途中の800字くらいまでで『アカン、間に合わへん!』ってなって。パソコンからメールで送って、『残りはLINEで送ります!』って……(笑)。飛行機に乗ってから、扉が閉まるあの数分の間に続きを書いて送りました」

又吉にとって初の長編小説となった『人間』は、これまた初めての経験となる新聞連載で書きあげられた。「今日書いても明日書いてもいいんやったら、明日書く」――ある程度の分量をまとめて書き上げるのではなく、まさに1回ずつ、ギリギリまで悩み抜いて書き上げたというエピソードには、彼の“こだわり”がにじみ出ている。

「ほかの誰かが見ている世界を知りたい」又吉直樹 初の長編小説『人間』でたどり着いた新境地

「これまでは書斎や行きつけの喫茶店でしか書けなかったんですけど、限界を迎えると、雑音も一切気にならへんねんな、と気づきました。どんなところでも書けるというか。原宿の遊歩道で人があまりおらんところを探して、そこに座ってパソコンを開いて書いたこともありました(笑)」

原宿の片隅で、小さくうずくまり、誰に気づかれるともなく小説と向き合っていた又吉。しかも彼はそこで、岩肌にかけた自分の手を支えに、さらに切り立つ岸壁を登っていくロッククライミングのように創作をしていた。めまぐるしく過ぎゆく日々の中に、さらなる発見があるのではないかと、心を世界に開きながら。

「でも、すごくいい経験ができたな、と思っているんです。本当は早めに書き上げるべきなのかもしれないけど、あと一日待ったらもっといい何かを思いつくかもしれないと、ギリギリまで粘ったんですね。今日自分が体験したことの中に、何か気づきがあるんじゃないか、って」

「(まとめてではなく、1回分ずつ書き上げるやり方は)リスキーで、勇気が必要な書き方ですけど、自分でも『あ、こんなんできんねや』と思いました。ギリギリやからこそ出てきた展開に対して、それを自分でまた受けながら、細い道を進んで、どこにたどり着くかわからないままにやってみたんです」

「青春」が終わった後も、ずっと続いていく人生を思いながら

「ほかの誰かが見ている世界を知りたい」又吉直樹 初の長編小説『人間』でたどり着いた新境地

『人間』の主人公である38歳の永山は、作家として、細々と絵や文章で表現をしながら生計を立てている。ある日、古い知人・仲野から届いたメールで、作品は幕を開ける。彼らは青春時代、「ハウス」と呼ばれる共同住居で一緒に暮らしていた。彼らは創作をしながらそれぞれの価値観をぶつけ合い、議論に明け暮れる毎日をおくっていたが、永山の作品が注目を浴びて以降、ある“事件”をきっかけに決定的な不和が訪れてしまう……。

これが『人間』の第一章のあらすじだ。しかし、この先こそが『人間』という作品の核心になる。又吉は、「当たり前のことですけど、青春と呼ばれる時期が終わった後も、日常は続いていきますよね」と語る。

「普通、物語に閉じ込められる時間というのは青春時代であったり、その人の人生を決定づける出来事が起こった劇的な瞬間やったりします。けれど、実はそれ以降の時間のほうが長いじゃないですか。そこはどうなってんのかなあ、というのが、今回の小説を書く動機だったんです。そもそも作品化されないような人間の人生は、ほかの誰かの劇的な人生と比較されて、しょうもないとされてしまっていいのかどうか、というか」

自分と、他人の人生――。これまでの又吉作品よりもさらに顕著に、『人間』では登場人物たちがケンカをする。主人公の知人である仲野、そして影島という人物ふたりが繰り広げるケンカの中で、影島が仲野にぶつける印象的なフレーズがある。

「マラソン中継見てたら、たまに歩道を全力で走ってテレビに映ろうとしてる馬鹿いてるやろ。おまえあれや」

又吉は、「人それぞれの“世界の見え方”が同じである必要がない、という前提が守られてないことに、影島は戸惑ってるんかな。僕もマラソンを見ていて『いらんことするなあ』と思います」と笑いながら、自分の少年時代について語り始めた。

“世界の見え方”で別の誰かを規定してはいけない

「ほかの誰かが見ている世界を知りたい」又吉直樹 初の長編小説『人間』でたどり着いた新境地
「ずっと、自分の世界の見え方は人から抑圧されるもんや、と諦めていたところがあるんです。たとえば僕は小学校の時に学童保育に通っていて、そこにあった将棋盤にひとりで王様を置いて、その周りを残りの駒全部使って固めて、『ああ、この布陣やと、どう攻め込まれても絶対に大丈夫や』という遊びをやっていたんです。攻めてくる相手はおらんけど(笑)」

「すると、年上の人が『お前やり方間違ってんぞ』とか、『そんなんちゃうぞ』とか言うてくる。いやいや、そんなんちゃうぞってどういうことやねん、僕は将棋やってるわけじゃなくて、攻め込まれても大丈夫な布陣を考えてるだけやのに、なんで“干渉”してくんのかな、って思ってました」

「そういうことがずっと続いて、もう自分の思うことはストレートにやらないで黙っとかなあかん、と感じてきたけど、最近は変わりました。いじわるばあさんみたいな人はいっぱいいるけど(笑)、『やっぱり自由にしていいんや』と考えるようになったんです」

登場人物たちがぶつけ合っているのは、いわばそれぞれの“世界の見え方”だ。まったく異なる見え方をもつ人間同士が、この世界に生きている。本作では、東京のある風景が印象的に描き出されるが、「『火花』や『劇場』で書いた登場人物たちも、その中にいるかもしれませんね」と又吉はいう。

「ほかの誰かが見ている世界を知りたい」又吉直樹 初の長編小説『人間』でたどり着いた新境地
「人それぞれ、見え方も違うし、価値観も違う。そこでたとえば、芸人という人間はこういうもんや、というふうに他人をカテゴリーでしばりつけるようなことは、世界を狭めるようで僕は嫌です。一方で、小説にしてもコントにしても『みんなにはおそらくこう見えているんだろう』という(最大公約数の)ことを書いても仕方ないと思う」

又吉はそっと静かに、言葉を続けた。それは、いま、この世界に生きるひとりの人間として、彼が本を書き続ける理由のように聞こえた。

「何年か前から僕は、『あ、そうか、自分にはこう見えているということを書けばいいのか』と思うようになりました。じゃあ、ほかの人からはどう見えてんねやろ、ということもすごく気になってきてるんです。ほかの誰かの『私にはこう見える』という見え方も知りたいなあ、って」

(文・宮田文久 写真・長田果純、文中敬称略)

「ほかの誰かが見ている世界を知りたい」又吉直樹 初の長編小説『人間』でたどり着いた新境地

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