LONG LIFE DESIGN

ながくつづく雑談、のつづき

今回は、前々回に続いて「ながくつづく雑談」です。日常のふとしたことに「大切なことをながく続けるヒント」を感じた時に記したものを公開します。今日は僕の気づきのひと時、お付き合いください。

1・じぶんらしくないものを捨てていこう。どんどん。

あまりにも情報を浴びすぎて、自分がどこかに行ってしまっている。今の自分を言葉にすると、こんな感じです。ものと向き合う時も、どこを見たらいいかわからない。何かを発する時も、どこに向かったらいいか、わからない。そう思い始めて、とにかく余分なものはそぎ落としていこうと、そうすることで見えることがある。そう思っています。自分を取り戻す。これは歳をとって固定観念の塊のようになってしまった人には、相当大変な苦行でしょう。かく言う僕もそれなのです。「自分にとって余計なこと」とはなんでしょう。ずっと「らしさ」という言葉を講演などで使ってきましたが、「自分らしさ」って、もしかしたら「自分らしくない」ことを考えるのと同じことで、何かを足すよりも、いらないものを引く方が、すこーしだけ簡単なような気がして、ひとまず、断捨離です。自分らしくないものをどんどん捨てていく……あぁ、でも、いちいち「これって俺らしくないかなぁ」なんて、答え、出るのかなぁ(笑)。 ものが大好きな僕。そんなこと、できるのでしょうかね(笑)。

ながくつづく話・続き

気取らない丈夫で値段も手頃なものは、誰にでも身近なものだろうか。もしかしたら、そう思う僕にもっとも相性のいい生活道具ということで、「自分らしい」ものかもしれない。

 

2・自然、不自然

何箇所か文化的な方のお住まいや施設にお邪魔する機会がありました。そこには、ぼやっとした共通点があります。「寒い」のです。多分、「暑い」とも言えるでしょう。「自然・不自然」の話でいうと、夏は暑いのが、冬は寒いのが自然と言えます。そして、それになるべく背かない生活が、そういうところにはあるように感じます。暑すぎることも、寒すぎることもありませんが、基本、服装でそれを補っていたり、寒暖に対する工夫がしてあったりします。つまり「冷暖房を使わない」ところが多く、それはつまり「自然」ということなのでしょう……。

冷暖房は快適です。しかし、冬の寒い中であたる焚(た)き火の暖かさの「自然」な感じには、到底、かなわない。夏の海はやっぱり暑いけれど、気持ちがいい。水辺にいるだけで癒やされたりします。「寒いけれど、清々しい」という状態は、先日行った中国のd碧山店では毎日普通にありました。もちろん「寒い」ことを「寒い」とだけ読み取る思考では、そこにある「清々しさ」はわからないわけで、文化意識の高い人の共通点は、その意識がある、高いということだと思うのです。寒いから戸を閉めきり、暖房をガンガンに効かせることの「快適性」を、そういう人たちは逆に感じないのでしょう。

僕は今、暖房をガンガンにかけながら、窓を開けて原稿を書いています。一番ダメで中途半端な僕でした……(笑)。

エアコンのない暮らし

最近、行くところ行くところ、ほとんどエアコンのない生活をしている人ばかりと出会う。もしかしたら、そういう人と出会う運命なのかなと思う。そこには、どこも無理のない伸び伸びとした生活がある。

 

3・本当に使っている

d news 副編集長の佐々木は、取材のどこにでも愛用するブルーノの自転車を持っていきます。ながらくそのスタイルを貫いていたある時から、それを知ったブルーノさんが自転車を提供してくださったり、広告出稿をしてくださったり、京都店とレンタルサイクルをはじめてくれたりと、関係が深まっています。

全国、全世界で人気のミニベロ(編注:タイヤサイズが小さい自転車)、ブルーノ。ブランドのイメージ戦略もしっかりされているのに、ぼくらのような弱小ブランドとコラボレーションしていただけるのはなぜだろう、と、佐々木に率直に聞いたところの返事がこうでした。「わたしが全力で応援し、実際に超愛用しているから」。一見、ひとりの女性編集者を世界ブランドが支援すると考えたら、どこかバランスが悪い気がしたのですが、どうも違うようです。どんな影響力のある人でも、本当に使っている人にはかなわない。そして、実際に使っている人の方が、今の時代、リアルで説得力がある。ということなのでした。

本当に使っていて、心から気に入っているユーザーほど、今や広告効果がある。健やかな時代、嘘の匂いがするのは、もう通用しないわけですね。

以前にここに書きましたが、日頃から「ジャックダニエル」と「いいちこ」をこよなく愛し、晩酌には必ず飲み、ちょいちょいTwitterなんかにつぶやいていたところ、ジャックダニエル側から連絡が来て1年間だけですが、広告に出たことがありました。やはり、実際に飲んでいるって、強いということですね。お互いに嘘のない関係ほど、強力なものはなさそうです。

角缶

この「角缶」を開発したSyuRoの宇南山さんが自宅で使っている角缶。ものすごい説得力がある。

 

4・色あせたTシャツ

色あせたTシャツが我が家にはたくさんあります。特に黒いTシャツ。黒は洗っていくと色あせていくのがよくわかるから、あまりにも色あせると、部屋着になります。多分、皆さんもそうですよね。部屋着になると、二度と外へは出られなくなる。そのかわり、外に出ていた時間よりもたくさんの時間を部屋の中で一緒に過ごせる。それがもっと色あせると、寝巻きになる。風呂上がりの気持ちのいい肌に、クタクタになって気取りもなくなり、見た目も気にされなくなった風合いの気持ちいい色あせたTシャツは、寝るときに最高です。

色あせるってなんだろう、と、考えました。色あせるって悪いこと、マイナスなことだったなぁと、昔を思い出していました。マイナスが時代によってプラスになることってあるよな、とも。今「色あせる」って、少しいいことになったように思いました。それは戦後、成長、成熟を経た日本が、新製品だけに価値を求めなくなってきたような……。ジーンズは色あせた方が価値があるように。車も、一部の人には「ツヤ」よりも「ツヤなし」の方が格好いいと。USEDはじわじわと20年ぶりの再ブームの気配。と、いうことは、寝巻きになった「色あせたTシャツ」を着て、再び外へ(笑)。そんなことなさそうで、ありそうな「いい時代」になってきました。

1970年後半から80年代にかけて「ボロ」が流行りました。それはこれから来る「色あせた」ものの感覚とはかなり違いますが、40年経って、使い古した、色あせた、経年変化した、破れた、汚れた、ペンキなんかがついた……みたいなことに価値が湧いている。面白いなぁ。今、着ているものすごく色あせたTシャツも、価値になっていくんだろうか……。ますます「時間」「時」が価値になっていく。

 

5・留園

初中国は蘇州に行って来ました。連れて行ってくれたある女性は、日本の名だたる建築家が来ると中国の美やデザインについて案内して回る、文化事業のアドバイスをする知識人でありユニークで明るく元気な方。隈研吾さんなどと特に交流があるようで、こういう方が建築のデザインやそもそものプロジェクトの成立に大きく影響を与えているんだなぁと思いました。

そんな彼女と、先日オープンしたd中国黄山店オーナーの左先生との交流から丸々2日。夜の飲み会までお世話いただき、結果、猛烈な時間、彼女の考え、中国への解釈、僕がやっているd&dの進路など、いろいろ聞かせていただきました。これもやはり縁でしかありません。

案内して頂いた蘇州にある留園は総面積が約3万平方メートル以上の古典園林。奇石で名高い「太湖石」が多い。世界遺産でもある。さて、広大な留園を案内していただいた際、彼女の話で特に興味深かったのが、「これは、当時はない」「これはもともとあったもの」など、「もとのものに付け足されたデザイン」についてだった。

自然な植物のゾーンと、自然の再現としての人工的な庭園。そこに建てられる人工物としての建築。その関係についてあらためて意識しながら見ることができたと思います。そしてある時「デザインって何だと思う?」と質問を受ける。とっさに聞かれて答えられず、しかし、しばらくしてはっきりとした答えが浮かびました。「この庭園の何をデザインと呼ぶか」ということです。

何度も今回、この「デザイン」に関することを書いています。それほど、中国の都市と郊外にデザインについて考えさせられるものが多かったのでした。
極論、デザインは自然界から生まれます。動物である人間は、それを人間界の方にプラスチック製品のように作り出そうとするのですが、最終的には、自然界には敵わない。この庭園美術館の敷地内にある至るものは、雨風や時間によって経年変化が起こり、結果、自然界に戻ろうとそこに馴染んでいく。あるものは苔が覆い、あるものは変色していく。僕はデザインとは、そういうものだと思うのです。別に雨に当てて腐らせてほしいと言っているのではなく、土に還るもの。それをデザインと呼ぶべきなのではないかと、この激動の時代の節目に思います。その理由も明確にあります。その方が人間が「豊か」に過ごせるからです。

ロングライフデザインとは、乱暴に言えば「土に還る」もの。それが叶わなければ、手入れしながらずっと使い続けられるものや、材料に戻してリサイクルできるもの。この生命の輪廻に近いことが製品のビジョンにあるものには、やはり、どこか「自然界」を感じる。それがデザインでいいと思います。
石油を加工した便利な大量生産品の「便利」とは、「人間らしく暮らすことをあるいみ、放棄する」新種の快適さのことだと思います。僕も毎日、これにはお世話になっていて、ここは僕は完全に共存型で否定などしませんが、重要なのは、「デザイン」という言葉を殺すか、生かすか。健やかに進化させるか、ますます都合よく悪物にしていくか、ということです。そして、それを決めるのは、実は「今」なのではと思うのです。

庭園美術館にいると人工物が要所要所に存在するのに、自然を感じます。自然に寄り添い、逆らわず、自然の美しさ以上の主張をしていません。

ながくつづく雑談、のつづき

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デザインとは、人が作った言葉以上に、それを超える意味があるように思えてくる。

 

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PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2ヶ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

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