大御所シェフのいつものごはん

まさに“美しいとんかつ”の見本 「みずみずしい肉と衣の調和が抜群」と大御所シェフが絶賛/巣鴨「とん平」

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす当連載。今回は五反田「ヌキテパ」のオーナーシェフ田辺年男さんが通うとんかつ店「とん平」を紹介します。

今月の大御所シェフ

田辺年男シェフ

田辺年男さん
1949年茨城県水戸市生まれ。大学時代は体操選手として活躍、オリンピック候補に選ばれたが肩を壊し、卒業後プロボクサーに。バンタム級チャンピオンが期待されたが、心臓機能の低下で引退。新宿でおでん屋台を引くうち飲食業に開眼し、世界に通用する料理人をめざそうと、29歳のときフランス料理の世界に飛び込む。

31歳で渡仏し、各地の名門店で修業。六本木「ル・ジャポン」などを経て94年、五反田に「ヌキテパ」開店。独創的な魚料理のスペシャリストだが、近年では土を使ったフルコースが話題を呼ぶ。2017年度「現代の名工」。

【大御所シェフが通う店】とん平(巣鴨)

巣鴨駅北口から徒歩1分、今年で創業67年の「とん平」

巣鴨駅北口から徒歩1分、今年で創業67年の「とん平」

体操とボクシングから、フランス料理へ。大胆な転身だが、“世界をめざす”という目標は同じだった。29歳の遅いスタートを補ってあまりあるスピードで、スターシェフの一人になった田辺さんは、天才肌の料理人と見られがちだ。

だが、その本質は、実際に料理をはじめる前の、ひとつの工程もおろそかにしない地道さにある。

「フランス料理でもっとも芸術的なのは、材料が調理台にのるまでのプロセス」との信念を持ち、自分が食べに行く場合でも、目に見えない手間を味に感じるかどうかが、店選びの決め手になる。

巣鴨駅前にある「とん平」は、もう通いはじめて20年以上。「ロースかつも、串かつも、衣がサクサクで、ものすごくうまい。キャベツもとんかつとのバランスが最高で、特別うまいよ」と、その口調が本当においしそうで、ほれ込みようが伝わる。

ロースカツ定食。キャベツに飾られたニンジンも美しい

ロースカツ定食。キャベツに飾られたニンジンも美しい

とん平の創業は、戦後まもない1952年。初代が復員後、戦友と2人ではじめたそうだ。2代目は現地へ勉強に行ったほどのフランス料理好きで、田辺さんとは気心が合った。非常に研究熱心な人だったが、48歳という若さで亡くなり、それからは妻の賀茂和枝さんと、とん平で働いて50年になる職人の飯泉幸三郎さんが、二人三脚で店を守ってきた。

品書きは、ロース、上ロース、ヒレ、棒ヒレ、串かつ、海老(えび)フライの5種。田辺さん定番のロースカツができるまでの一部始終を見せてもらった。

定食は7種。ヒレかつ、串かつ、海老フライは単品でも注文できる

定食は7種。ヒレかつ、串かつ、海老フライは単品でも注文できる

しょっぱなから驚いたのは、ロースは1枚ずつ、脂と肉のあいだのかたい筋をていねいに切り除き、形を整えてあったことだ。すじ切り(すじに切り込みを入れる)はだれでもするが、ここまで手をかけるのは珍しく、歯ざわりが断然よくなる。

下味でふるのは、塩のみ。よい肉には、コショウの香りは余計なのだろう。そして粉、溶き卵を2回ずつまぶし、生パン粉をつけて油に入れる。電光石火の早業だ。

「飯泉さんの手さばきは、本当に職人らしいよね」と、田辺さん。混んでいて続けて揚げているときも、揚げ鍋をじっと見つめて油の温度をコントロールしている様子が、カウンター越しにわかるそうだ。

静かに泡立つくらいの温度で揚げていく。高温は禁物だ

静かに泡立つくらいの温度で揚げていく。高温は禁物だ

揚げ油は、植物油とラードのブレンド。2代目の時代から試行錯誤を重ねて、現在の配合にたどりついた。

「いい肉を見つけることが先決ですが、最終的にいい油を使わないと、おいしいとんかつはできませんね」と飯泉さん。

150度以下の低温で揚げはじめ、徐々に温度を上昇させる。最初から熱い油に入れてしまったら、衣が油を一気に吸い込んで「くどくなって、食べられたもんじゃない」そうだ。

ジューシーな肉と甘みのある脂身のバランスがよい

ジューシーな肉と甘みのある脂身のバランスがよい

油から上げて、素早く切り分ける。この間に余熱で火が入り、中心が気持ちピンク色くらいになるのがベストの揚げ具合だ。

「自分で理想的に揚がったなと思えるのは、1日に何枚もありませんよ」と飯泉さんは謙遜するが、皿に盛られた姿は、まさに“きれいな油で揚げた美しいとんかつ”の見本のように端正だ。

「いくら衣がサクサクしていても、はがれちゃうと悲しいじゃない。ここは絶対そんなことはなくて、みずみずしい肉との調和が抜群」と、田辺さんは絶賛する。

揚げたときに出るパンカスですら、カリカリ、サクサクしていて、これだけでおいしい。淡泊な生パン粉を使っているので、雑味がない。田辺さんはもらって帰って、ご飯にのせ、しょうゆをかけて食べるのが好きなのだそうだ。

田辺さんがご飯の友に愛する“パンカス”

田辺さんがご飯の友に愛する“パンカス”

キャベツはぎゅっと圧縮して盛られ、ほぐすとすごい量になる。やわらかい春キャベツはやや太めというように、季節によって切り方を変える。田辺さんにいわせると、「有名な店でも水につけすぎてうまみが全部出て、キャベツの残骸になっていることがある」が、とん平では切ったあと水にさっと通してパリッとさせるだけで、つけ置きはしない。味、食感ともに、とても繊細だ。

うまさの秘訣は「当たり前のことを、当たり前にやる」 

 
手前の串かつは、ロースと並ぶ店の看板メニュー

手前の串かつは、ロースと並ぶ店の看板メニュー

田辺さんもうひとつの定番は、串かつ。この日は、海老フライと盛り合わせにしてもらった。タマネギを使うことが多いが、とん平では長ネギとヒレを組み合わせている。

とんかつは、しょうゆと練りがらしで食べるのが田辺さん流で、「よりさっぱりするし、ビールにも合う」。最後は、ソースをかけてしめるそうだ。

そのソースは、3種ブレンドの特製。練りがらしは、大多数の店で業務用品を使うのが普通になった現在、和がらしの粉を練った手製。「これだけで、うれしいでしょ」と、田辺さん。

 
おしんこ、とんかつ、ビール。田辺さんにとって黄金の組み合わせだ

おしんこ、とんかつ、ビール。田辺さんにとって黄金の組み合わせだ

ビールの相棒として、必ず頼むのが、賀茂さん手作りのおしんこ盛り合わせだ。お通しで出してくれる昆布の佃煮(つくだに)も、ひそかなお気に入りである。

ヒレかつは、ひと切れずつに切ったものと、丸ごと1本の2種類がある。もともとヒレは脂がないので入念な加熱を要するが、切ったもののほうが火の入りが早いので、揚げ方がさらに難しい。

その揚げ加減は、まさにジャストをとらえて秀逸。箸で切れそうなほどやわらかく、肉汁たっぷりの味わいだ。さすが、とんかつを揚げて50年の飯泉さん、どれをとっても職人技を感じさせてくれる。

 
肉自体のよさと、巧みな“揚げ”がきわだつヒレかつ

肉自体のよさと、巧みな“揚げ”がきわだつヒレかつ

定食につく豚汁もそう。一見すると地味で、ネギが浮いているだけに見える。ところがひとくちすすると、一気にゴボウの香りと肉のうまみが広がる。肉を整形するとき切り除いたすじをコトコト煮込み、そのだしをゴボウだけでシンプルに引き立てた豚汁だった。

 
熟練職人の飯泉さん、おかみの賀茂さん、3代目の恵さん。最高のチームワークだ

熟練職人の飯泉さん、おかみの賀茂さん、3代目の恵さん。最高のチームワークだ

材料を無駄なく使う。ひとつひとつ、きちんと手作りする。ひと昔前だったらごく普通だったことが、いまでは珍しくなってしまった。飲食業界にいて、田辺さんがつねづね痛感することだ。

そんな時代に、「当たり前のことを、当たり前にやって、これからもお客さんに来てもらえたら、それだけでいいな、と思います」という賀茂さんの言葉が、心に深く響く。その気持ちは、いま飯泉さんの横で修業中の3代目に、しっかりと受け継がれていくだろう。

(撮影/森カズシゲ)

店舗情報

とん平
東京都豊島区巣鴨2-1-6 森川第2ビル 1F
JR「巣鴨」駅より徒歩1分、都営地下鉄三田線「巣鴨」駅より徒歩2分
03-3910-5385
営業時間:11:30~15:00/17:30~21:00(L.O. 20:45)
定休日:日曜

大御所シェフの店

ヌキテパ
東京都品川区東五反田3-15-19
JR・都営浅草線・東急池上線 「五反田」駅より 徒歩8分
03-3442-2382
営業時間:12:00~15:00(L.O. 13:00)/ 18:00~23:00(L.O. 20:00  ※日曜は19:00)
定休日:月曜
公式サイト:http://nequittezpas.com

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PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。

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