インタビュー

激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎

歌舞伎の世界はいま、ものすごい勢いで変わっている。継承されてきた伝統芸能だし、古典の魅力は揺るがないが、なじみのない人にとっては少々手ごわいイメージがあるのもまた事実。だから興行主や歌舞伎俳優たちも、幅広い観客にもっと親しんでもらおうと、さまざまな新機軸を打ち出しているのだ。

歌舞伎を映画という形で見せる、シネマ歌舞伎もその一環。11月8日から公開される新作『女殺油地獄』で甘やかされた油屋のぼんぼん、与兵衛を演じているのは、歌舞伎界きってのアイデアマンでもある松本幸四郎だ。

歌舞伎界の現状を、当事者はどのように捉えているのか。幸四郎に、今回のシネマ歌舞伎を含む、さまざまな挑戦にかける思いを聞いた。

(文・若林ゆり 写真・森カズシゲ)

新しいコラボを連打しているいまの歌舞伎界をどう捉えているのか

いまの歌舞伎界は映画やアニメを原作とした歌舞伎がヒットを放ち、市川海老蔵の「スター・ウォーズ歌舞伎」ほか、さまざまな異業種とのコラボも盛んに行われている。なかでも幸四郎は、自ら言うところの「妄想」を発展させ、次々と新しい歌舞伎を生み出してきた張本人。

激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎

たとえば、三谷幸喜を歌舞伎に引き込んだり、江戸川乱歩の「人間豹」を歌舞伎化したり、歌舞伎と劇団☆新感線とのコラボ、噴水×映像を駆使したラスベガス公演、はたまた歌舞伎とアイススケートのコラボを成功させたりと、抜群のプロデュース力を発揮。彼の目に、新しいコラボを連打しているいまの歌舞伎界はどう映っているのか。

「新作に対しては、いろいろな考え方があると思うんです。歌舞伎をまだ見ていない方に、なんとかして歌舞伎に接していただきたい、という目的で新作を作っている方もいらっしゃいます。

でも僕は単純に『歌舞伎でこんなことがあったら面白いな』と思ったものが実際にはないから、『それじゃあ自分で作るしかないな』ということで作っている。自分が見たいものを作っているだけなんですよ。それぞれが違う考え方で取り組んでいますので、一概には言えませんが、新しい試みはどんどんやった方がいいと思いますね。

ただ、何百年も上演され続けている古典と同じように上演記録が残りますので、一過性のものではない、先々にも残るような作品を作りたい、とは思っています。ですから『これをずーっとやる気はあるのか』ということは、常に自分に問うていますね」

激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎

ほかの歌舞伎俳優の取り組みは気になるものなのか

俳優同士で酒を酌み交わしながら意見交換をしたり、展望を語り合うようなことはあるのだろうか?

「なかなかないですねぇ。ただ、どんなものを作ろうとしているのかというのは、お互いに気にはなりますね。とくにこの12月は、東京の3座で歌舞伎の新作が出るんですよ。

僕は国立劇場で、チャプリンの映画『街の灯』を歌舞伎化します。長いこと構想していた作品なんですが、その同時期に、新橋演舞場は(尾上)菊之助さんの『風の谷のナウシカ』、歌舞伎座は(板東)玉三郎さんの白雪姫(『本朝白雪姫譚話』)ですから。

どういう世界観で作られるのか、気になりますね。いわゆる歌舞伎といってイメージされている歌舞伎の演出でやるのもひとつの方法ですし、あえてそれを一切使わないという作り方もありますし、どっちだかわからない、かもしれませんしね(笑)」

激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎

幸四郎自身は、どんなところから妄想やアイデアをひねり出しているのだろう?

「そのために何かを調べるということはないので、なんでも思いつきですよね。幼いころから歌舞伎ごっこをして遊んでいたので、その延長なのかもしれません。

幼いころは、いつも見てきた芝居のまね事をして遊んでいました。 道具は段ボールやら何やらで作ったりして、歌舞伎のレコードをかけて、それらしく見えるようにして。そうしてヒーロー役、主人公をやっていたという感じでした」

成功をつかむために、いちばん大切なこと

歌舞伎を愛しながら、「面白がる」ことが幸四郎の原動力なのだろう。しかし、それだけで成功はつかめない。ビジネスとして考えて新しいものを作ろうとするとき、いちばん大切なことは「決断する力」だと彼は言う。

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「大事なのは、いかに決断して、それをブレずに保ち続けられるかということだと思います。いろんな問題が出てきますからね。こうやりたい、ああやりたいと思っても、時間的なことや技術的なことでどうしても困難が生じてくるんです。

じゃあ、限られた時間でやるにはどうしたらいいか。すぐに決断しないとダメなんです。決断力、こうと決めたらブレずにいること、それに周りを巻き込んでいくこと。すべてを説得しようという気持ちが大事だな、と思います。

“型”というのは確固たるもので、そこへ向かっていけばいいわけです。でも自分で作った“型”は、自分にとってもそんなに説得力のあるものじゃなかったりしますし、絶対なんかじゃない。だからといって『何かもっといい方法があるんじゃないか』と思ってしまったら、どこに行っちゃうかわからなくなってしまいます。

『これ!』と決めたらそこをビシッとブレずにいくということが大事だなと、僕は経験から痛感しました」

激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎

歌舞伎の名門に生まれ、幼いころから「歌舞伎が好き」だという真実に、真剣に向き合ってきた幸四郎。歌舞伎の力をまっすぐに信じる彼は「世界に歌舞伎の力を知ってほしい」と願い、日々、妄想と挑戦を続けている。

「いまは毎年、必ず何作もの新作が出るようになりましたし、挑戦や可能性にどんどん取り組んでいく歌舞伎界であってほしいと思います。僕自身は、別にコラボがしたいというわけではありません。『歌舞伎という演出がこんなところにあってもいいんじゃないですか?』と思っているだけなんです。歌舞伎はどこにあってもいいと思うし、世界のどこででも歌舞伎が見られるような、そんな世の中になってほしい。

歌舞伎という演出は、それだけで、どこででも通用する力をもっていると思うんですよ。もちろん歌舞伎役者がやる歌舞伎がまずあって、そのほかにもいろんな演劇やショーで、歌舞伎の演出を取り入れたものが常に上演されている、という風になればいいなと。これからは、世界中の人が歌舞伎をやっている、という時代にしたいと思っています」

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市川染五郎から松本幸四郎となった襲名披露公演『女殺油地獄』を映画化

そんな幸四郎の新しい試みは、シネマ歌舞伎『女殺油地獄』でも見ることができる。これは昨年7月、彼が市川染五郎から松本幸四郎となった襲名披露公演での一作を、映画として撮影したもの。撮影の際には幸四郎がアイデアを積極的に出し、撮り方や編集にも深くかかわった意欲作だ。

歌舞伎と映画のコラボである“シネマ歌舞伎”も本作で第34弾。このシリーズで、映画館から歌舞伎を見始めたという人も増えていると聞く。

 激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎

「映画で歌舞伎を見ていただくなら、とことんドラマ性の強いものがいいだろうと思ったんです」

シネマ歌舞伎で『女殺油地獄』を取り上げた理由を、幸四郎はこう語る。彼が演じる河内屋与兵衛は、自分の欲望に歯止めのきかない遊び人。遊ぶ金欲しさに暴走し、近所で同業を営む油屋の親切な女房、お吉を惨殺してしまう。

前半のちょっとコミカルな世話物の世界から一転、ショッキングな油まみれのバイオレンス描写へと突き進む異色作は、実際に起きたスキャンダラスな事件を元にしているらしい。

「実はこの作品、初演のときは短期間で打ち切りになったというんですね。それにはいろんな説があるんですけれど、一説によれば、イメージダウンになると油屋さんからのクレームがあったとか(笑)。

その当時、歌舞伎はとても影響力の強いものでしたからねぇ。『芝居を止めなきゃ油を止めるよ』なんて言われたら、仕方なかったんでしょう。これは当時としても、とても独特の世界観をもつ作品でしたから。いわゆる問題作です」

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与兵衛という男はどうしようもない人間なのだが、どこか憎めない愛嬌(あいきょう)、ついつい甘やかしたくなるやんちゃな魅力がある。このあたりの表現が、幸四郎は絶品。当時における「いまどきの若者」のような、いまの世にも「いるなぁ」と思える人物だ。

「与兵衛は、人としては破綻(はたん)しています。無責任で場当たり的で愚かではあるけれども、すべてにおいて真剣に生きている男なんです。うそをつくときも真剣にうそをつき、遊ぶときも真剣に遊んでいる。与兵衛にとっては全部が真実だと思いますね。

ほれたと思うときは、本当に好きなんです。お吉に言うときも本気。すべて本気に生きているという、そこがひとつの魅力じゃないかと思います。なかなか人は、そんな風に生きてはいけませんから。

もうひとつ思うのは、与兵衛は常に人とつながっているということ。悪友たちと、近所の油屋夫妻と、そして自分の家族と、常に相対してつながり続けているんです。そういうところでも、いまの人たちに何か訴えるものがあるんじゃないかな」

第34弾“シネマ歌舞伎” で仕掛けた、新しい試みとは?

激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎


従来のシネマ歌舞伎は公演本番時のみで製作していたが、本作は映画界で活躍する監督やスタッフを迎え、公演本番時のみではなく、舞台稽古や舞台に上がっての撮影も実施した

身勝手なダメ男のキャラクターにしても、観客を震撼(しんかん)させる心理描写にしても、『女殺油地獄』という演目はものすごく映画的だ。

「舞台はどこを見ても自由ですから、いろんな観方ができますよね。でもこの“シネマ歌舞伎”は『こう見てください、こういうドラマです』と、観客のみなさんに提案して、ナビしていくわけです。

だから『女殺油地獄』の世界観を、明確に感じていただけるものでなければ、と思っていました。実際に劇場で上演されたものを映していますので、純粋な映画とはまた違う、不思議な感覚を味わっていただけるんじゃないでしょうか。

始まりは花道から登場しますので、客席にお客様が入っているところまで見ていただいて。そこからどんどんドラマに入り込んで、最後は画面に相対するような感覚になるようにと、そういう作り方をしています。

『舞台を見ている』と思って見ていたら、いつの間にか『映画を見ていた』と思っていただけるような、新たな経験をしていただけたらいいですね」

激動の歌舞伎界 成功をつかむために大切なこととは 松本幸四郎

シネマ歌舞伎第34弾『女殺油地獄』作品概要

原作:近松門左衛門 監修:片岡仁左衛門(舞台公演)
出演:松本幸四郎 市川猿之助 市川中車
監督:井上昌典(松竹撮影所)
撮影公演:2018(平成 30)年7月大阪松竹座公演
製作・配給:松竹
11月8日(金)より東劇ほか全国公開
2019/日本/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/103分
公式サイト:shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/42/

シネマ歌舞伎とは

歌舞伎の舞台公演を撮影し、映画館でのデジタル上映で楽しむ新しい観劇空間。俳優の息遣いや衣裳の細やかな刺繍まで見ることができる映像の美しさは生の舞台とはまた異なる、シネマ歌舞伎ならではの魅力だ。サウンドも、映画館の最新音響設備での再生を前提に、舞台の臨場感を立体的に再現している。歌舞伎の持つ本来の面白さ、美しさ、そして心を打つ感動の場面の数々を分かりやすく、身近に感じてもらいたいという願いのもと、2005年1月に第一弾『野田版 鼠小僧』を公開。当時は珍しいデジタルシネマを使った映画以外のコンテンツとして、また『デジタル』と『歌舞伎』という一見相反する要素の組み合わせが大きな反響を呼んだ。

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