LONG LIFE DESIGN

「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に

皆さんは「民藝」(民藝運動)はご存じでしょうか。思想家の柳宗悦によって日常の暮らしの中に普通に使われている生活雑器の中に「美」を見いだすというもので、息子であり工業デザイナーとして活躍した柳宗理により「用の美」として広められました。

運動自体は1926年に起こり、今も全国の民藝館によって継続されています。柳宗理によって「用の美」とはつまり、「機能性の高いものは、美しい」ことであり、結果として「もののかたち」の運動と勘違いされることにつながって今に至っています。実際は創設者の宗悦は「美しいものは、美しい心や作為的な考えがないことから生まれる」という「清んだ心」の話をしており、宗教などが健やかであった時代にその多くは生まれていると考える「宗教美学」の話です。
僕はロングライフデザインと民藝運動はとてもよく似ていると思っています。そして、結果的に、僕がやっている「D&DEPARTMENT」という活動とも、とても共通点が多いです。

さて、僕は渋谷ヒカリエの8階で「47都道府県の長く続いているものを紹介する」という目的の日本初の物産ミュージアム「d47museum」を企画運営しています。常に47ある日本から、同じテーマで“もの”や“こと”を探し出し、展示しながら日本を眺めるように検証してみているわけですが、2年に一度「ロングライフデザイン」というテーマで展覧会化してやっています。

第一回はカテゴリーを絞らず、日本中からものや食品、歌などを集めました。これはもしかしたら現代版の民藝にあたるものたちになっているかもしれません。

第一回「ロングライフデザイン展」の図録:
https://www.d-department.com/category/STORE_CULTURE/2018000100097.html

d47museum:
https://www.d-department.com/ext/shop/d47.html

そして、来年には第二回のロングライフデザイン展を準備中です。そのテーマを「民藝的グラフィックデザイン」としました。理由のひとつは、僕の本業がグラフィックデザインということ。また、日本のデザインも戦後の海外への憧れからきたものから、日本らしいものに変化してきた状況もあり、そして、物流や流行への考え方も大きく変化、進化している中で、デザインの意味も変化しています。

例えば、美味(おい)しい居酒屋ほど、デザインがない店が多かったりするのは、「美味しいもの」はデザインなどで過度に誇張しないほうが純でいいという感覚からであり、例えばパッケージデザインなどの役割も、中身に関係なく誇張していた時代は終わり、「DEAN & DELUCA」のように「食品の美しさ以上にデザインは主張しない」ために、ほとんど中身を見せ、グラフィックはそれを補うような時代となってきました。

そこで、よりそうした流れの未来を見たいと思い、その考えを「民藝」になぞらえてみたらどうなるか、つまり「プロのデザイナーが作為的に作っていない」デザインを持つロングセラーを集め、その実態、実力、魅力に迫ってみようと思っています。面白そうでしょ。

「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に
「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に

富山県の若鶴酒造にある三郎丸蒸留所にある複数人で作るウイスキー樽の様子。美味しそうなこうした気配を、そのままパッケージデザインなどに応用するのは、とても高度。この美味しそうなシズルは、ここでしか、偶然の造形行為でしか生まれない。

「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に

若鶴酒造の昔のパッケージ。今と昔の「流通」「販売規模」の差が、そこかしこに「穏やかさ」「懐かしさ」「本質」「無欲」として現れる。凛とした雰囲気に文字組が見えるのは、決して気のせいではない。

「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に

東京都台東区の名店。これはデザインなのか、そうではないのか……。これがもっとおしゃれにデザインされればされるほど、美味しそうな気配はなくなっていく。

「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に
先日飲んだワイン。これはデザインだけれど、「雰囲気」でもある。何かに似た造形で、ある「味」の気配を表現している。人が作った作為的なデザインの先には、こうした「なんとなく」な表現がある。パッケージとして可読させて機能するという流通思考ではない、テーブルの上に差し出された時に反応するデザイン。

「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に

こうしたデザインはプロ中のプロには絶対にできない。一種、ダサいのですが、流行デザインの気配がないことで、それが美味しさのシズルに化学反応する。意外と素人に近い町の印刷会社によるデザインのほうが、勝っている場合は多い。

例えば、福岡県からは博多の明太子の生みの親「ふくや」さんのパッケージ。このデザインがどうやって生まれたかは、なかなかはっきりとしない部分が多い。当時の社長と店のスタッフがデザインしたとされていて、素人の2人がどうやってこの造形を作り出したかは不明。当時からデザインに対して価値を感じていなかったからこそ、資料も何も残していないわけです。

「民藝的グラフィック」とは 来年の第二回ロングライフデザイン展を前に

日経BP社「つづくをつくる」より

懐かしさと奇を衒(てら)わない感じ。とても上手にまとまっているデザインの手本のようなパッケージデザインは、素人である創業者と店のスタッフによって生み出されたという。プロにもできそうなデザインだが、とてもハイセンス。

『つづくをつくる ロングライフデザインの秘密』:
https://www.d-department.com/category/STORE_CULTURE/2018000200372.html

田舎にいくと、デザインがとてもユニークだったり、いわゆるダサ可愛いものが多くあります。大量に売ってやろう、競合商品に勝つために目立とう……。そうした欲による造形の必要がない商圏内では、極論、デザイナーなどのプロに頼む必要もなく、そうすることで素人の、民藝で言うところの「必要だから自分で作った生活雑器」のような美が生まれたりする。

子供の絵には作為的な意識がないからこその美しさがあります。それはプロのイラストレーターが真似(まね)できない表現であり、プロに「3歳児が書いたように」と依頼しても、どこかにその作為的な部分が面白いように出てしまう。

美味しい居酒屋には美しい筆文字でのメニューが紙に書いて壁に貼られている。写真で加工し、デジタルに文字を組み、ラミネート加工されたようなものでは、逆にシズルがなくなり、ただの情報となって美味しさの気配を打ち消してしまうことが多いのも面白い。

デザインはやりすぎると「ただのデザイン処理」となります。これはファッションでも建築でも、料理でも一緒でしょう。本当のプロとは、もしかしたら素人の純真さと、料理なら本当に食材の心に近い、素材の美味しさが引き出せたらいいという気持ちで臨む人のことを言うのでしょう。

作為的に半ばごまかし、一見、美味しそうに見えるように人工的な細工をするようなことが多い私たちの日常。ここでも民藝的な言葉を借りれば「美しい心」によるデザインというものの存在がある。今回はそれを47の日本から集めてみようと思います。

あわせて読みたい

『つづくをつくる』から4話

ながくつづく雑談 5話

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PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2ヶ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

ロングライフデザインを探して d&d公開商品選定会より

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