“自分の信じるものこそ人のためになる” モノ作りの信念を貫いた「サーブ95」
文: 小川フミオ

自動車は1980年代に急速にグローバル化した。生産規模を拡大して、世界各国で販売して大きな利益を上げることが最重要課題となったのだ。そうした流れの反動で、メーカーごとの個性が薄まってしまった。その余波を受けて収益悪化の犠牲となったのが、今回の「サーブ95」に代表されるような、個性のかたまりだったブランドだ。
(TOP写真:59年から77年までのロングセラー。角形ヘッドランプになったのは69年)
1959年に発表されたサーブ95は、かなりユニークなステーションワゴンである。53年に出たセダン、サーブ93がベースになっている。93は流体力学理論のかたまりともいえる水滴型のキャビンが特徴的だったが、95は実用性を重視して設計されている。
とはいえ、スタイリングでもメカニズムでも独自路線をいくサーブらしさは遺憾なく発揮されている。7人乗りなのに2ドアだし、大きな開口部を持つ実用的なテールゲートを持つけれど、装飾的なテールフィンが組み合わされていたりするのだ。

大きなテールゲートとテールフィンを採用したリアフェンダーが特徴的(写真はプロトタイプ)
サーブ95のボディーデザインをためしに上下で二分割してみると、下半分は、米国や英国のセダンと同様、車輪と前後のオーバーハングの関係は常識的だ。それに対して上半分は非常識的。フロントドアの後ろはウィンドーが2枚はまっている。
通常だったら1枚のガラスを入れるところだが、当時の技術では大きなガラスだと強度が保てなかったのかもしれない。あるいは、2枚にしたほうが軽量化できたのかもしれない。なにはともあれ、最大の功績は、後席のウィンドーを2分割して、あいだに斜めに角度をつけたリアクオーターピラーを入れたことで、躍動感が生まれたことではないだろうか。
ボンネットは大きな一体成型で、ヘッドライトとラジエーターグリルともども前ヒンジで大きく開く。そのため、前輪駆動のドライブトレインの整備性はきわめてよい。これも航空機のエンジニアによる機能優先デザインといえるだろう。

3列目シートは後ろ向きだったが、足元の床を掘るなど実用性が考えられている
サーブの創業は、1930年代。社名の「SAAB」は、「スウェーデンの航空機会社」の頭文字だ。その名の通り、スウェーデンの航空産業を発達させる国策的な企業だった。自動車に進出したのは1946年だ。第二次世界大戦後に、軍需に応じていた工場や労働力を引き受け、さらに道路建設などインフラ投資による経済活性化を前提とした消費社会の発達を見越して、という、お決まりのストーリーの帰結である。
航空産業を関連に持っていた自動車会社は少なくなかったが、大抵は、軽量化やエンジンなどに航空機産業のノウハウをとりこみながら、まっとうなスタイルの自動車を開発する道を選んでいた。サーブは例外である。
当時のサーブには熱心のファンがいる一方で、一般ウケはしなかった。しかし、エンジニアリングを担当したギュンナー・リュングストレムと、デザイナーのシクステン・サソンは意に介さなかったようだ。現場に我を通させた経営陣もエラい。
“自分の信じるものこそ人のためになる”というモノづくりの姿勢で、これをスティーブ・ジョブズに率いられた黄金時代のアップルにたとえる向きもある。いいですね。

リアクオーターピラーの位置と角度が絶妙でスポーティーさをかもし出している
92は2気筒2ストローク、93は3気筒2ストロークだったが、95は当初3気筒で、のちにV型4気筒を搭載した。3気筒は850ccだったのを、V4は1498ccの4ストロークと大きな排気量を含めて“一般的”な内容になった。4ストロークは瞬発力で劣るものの、低回転域のトルクもあるし、排出ガスも少なめなのだ。
エンジンを変更したのは、米国などの国際市場を(サーブなりに)意識しはじめたせいだろう。全長は4270ミリ、ホイールベースは2498ミリと、どちらも長めなのは、パッケージングのためだ。50年代の終わりに7シーターだったのは早い。昨今、米国では7人乗りでないと売れないとまで言われる。当時のサーブが見ていたのも、同じ市場だろう。
スタイリングは、古いんだか新しいんだか、よく分からない。自動車におけるスタイリングの本来の目的は、“進んでいるように見せかける”ところにある。それに対して、サーブはマーケティングを超越していた(ようにみえる)。独自性こそクルマの魅力だと、いまでも思わせてくれるのが95なのだ。
【スペックス】
車名 サーブ95 V4
全長×全幅×全高 4270×1580×1470mm
1498ccV型4気筒 前輪駆動
最高出力 65ps@4700rpm
最大トルク 11.7kgm@2500rpm
(写真=Autopress提供)
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