「記憶に残る映像表現」その原点とは。クリエイティブディレクター・林響太朗
文: 阿部裕華

一度見たら脳裏に焼き付いて離れない――。そんな映像に出会ったことはあるだろうか。
あいみょん、星野源、Mr.Children、BUMP OF CHICKEN……人気アーティストのミュージックビデオ(以下、MV)を手掛けるクリエイティブディレクター・林響太朗さん。彼の作品は、一度見たら忘れられない独特の世界観を持つ。
MVはあくまでも“音楽”が主だ。時として、“映像”が主になっているようなMVも存在するが、林さんがつくる映像は違う。不思議なことに、映像を見ていると、音楽が自然と耳に残るのだ。
そこには、彼の持つ“デザインマインド”が、大きく関係していた。
デザインから学んだ“俯瞰してつくる”ということ
林さんは多摩美術大学 情報デザイン学科を卒業。在学中は、インスタレーション(空間アート)やグラフィックなどを学んでいた。

『Goodmorning@home』…大学時代に制作した作品。「朝」をテーマにプロダクトデザインをおこなった
この経験が、表現の基盤となったと林さんは振り返る。
「デザインを学んでいたことで、俯瞰して作品づくりができるようになったと思います」
林さんは、MVだけでなく、CMやショートムービーなど、ジャンルを問わない映像作品を手掛ける。作品によって「何を一番に見せなければいけないのか」を常に意識しているという。
「音楽なのか、言葉なのか、世界観なのか。MVなら音楽を聞いてもらうことを第一に考えます。音の抑揚に合った映像を差し込んで、音楽の邪魔にならないようにする。広告は言葉(コピー)を印象づける手段を考えます。ファッション系であれば、ブランドの世界観を見せます」
「映像の表現とクライアントの伝えたいことがどれだけ合っているのかを意識します。例えば、MVで音楽が静かなのに、映像が騒がしい作品があったとして、それが良い場合もあるけど、その表現は本当に必要なのかとか。作品ごとに見定めるようにしています」
綿密な構想が記憶に残る作品を生む
デザインとは、“作ろうとするものの形態について、機能や生産工程などを考えて構想すること(大辞林 第三版)”を意味する。
星野源さんの『Pop Virus』のMVでは、林さんは五つほどのアイデアを提案したという。このアイデアをもとに、照明の田上直人さんと星野さん自身から出された案を詰めていき世界観を作り込み、ワンカットの映像、暗めのライティング、鮮やかな色の光、これらの要素を提案に盛り込んだという。
【動画】星野源「Pop Virus」
BUMP OF CHICKENの『Aurora』のMV。企画書には、林さんの描いたコンセプトアートとストーリーが添えられていた。
「弊社の脚本家・プランナーの唐津宏治と一緒に『逆境に立ち向かっていく』を大きなテーマに、ストーリーを考えて。テーマ、ストーリー、言葉、その他の設定など、イメージしてもらえるように細かく作り込みました」
【動画】BUMP OF CHICKEN「Aurora」
Mr.Childrenの『here comes my love』『SINGLES』『Your Song』のMVも同様に、すべてドラマ仕立てで制作されている。『here comes my love』は「ミュージックショートフィルム」と呼ぶべき作品だ。同作も唐津さんとタッグを組み、シナリオも手掛けている。
【動画】Mr.Children「here comes my love」Music Short Film
これらの作品からは、映像制作だけが林さんの仕事ではないことが顕著(けんちょ)に感じ取れた。
楽曲のイメージに沿った形で、アイデアを、企画を練り上げる。デザインという軸の上に綿密な構想を積み重ねているからこそ、一番伝えたいであろう要素が伝わり、記憶に残る表現が生み出されているのかもしれない。
「綺麗なものをつくる」こだわり
デザインマインドを大切にしつつ、林さんはすべての作品において「綺麗なものをつくる」ことを意識しているという。
「僕はずっと“綺麗な作品”が好きなんです。綺麗な作品を見ると美的感覚が上がるキッカケになると思う。特に、映像作品はさまざまな要素が組み合わさっているからこそ人の感情を動かせるツールで。幸せな気持ちにも、悲しい気持ちにもできてしまう。だから、僕は映像の中で『わあ、綺麗!』と心動かすものをつくろうと常に意識してます」
『Pop Virus』『愛を伝えたいだとか』などは、照明にこだわって“綺麗さ”を表現している。しかし、林さん自身は「作り込んだ綺麗さより、自然な綺麗さを表現することが好きだ」とも語る。
「自然光のような画や表現が好きです。自然光の表現があるからこそ、照明の表現もすごく面白いと思う。追及したくて照明を取り入れた表現をしていった。結果、色んな方に知ってもらえて、それはとてもありがたいです。でも、本来は自然に綺麗さを表現するのが好きなんですよ(笑)」
そんな林さんの好きを最大限に取り入れた作品が、BUMP OF CHICKENの『流れ星の正体』のMVだ。「綺麗なものをつくることに尽きる作品」と話すように、直感的に美しさを感じられる映像だ。
【動画】BUMP OF CHICKEN「流れ星の正体」
「『日常に転がっているさまざまな救いを切り取った写真集』というイメージでつくりました。4:3の比率なのもスローモーションで静止画のような映像にしているのも、写真をイメージしているからです。そして、写真のような映像を撮るカメラマンさんを起用。僕も撮影に加わって、二手に分かれて、テーマに沿った映像を前提にひたすら綺麗な景色を撮影しました」
研ぎ澄まされた美術感覚が表現の幅を広げる
林さんは写真家としての顔も持っている。『流れ星の正体』ではディレクターだけでなく、撮影を務めた。“写真集のイメージを映像で再現する”。写真での表現を知っているからこそ、この発想が生まれたのかもしれない。
幼いころから絵を描くこと、工作することが好きだった林さん。音楽家の父親の影響もあり、音楽にも触れてきた。ドラムをやっていた経験もあるという。大学入学後には、画家や写真家、グラフィックデザイナーの作品にも触れ合うことが多かった。
「グラフィックデザイナーの佐藤可士和さんが同じ大学の卒業生で。入学する前くらいにちょうど有名になられたんですよね。大学入ったら可士和さんみたいに誰もが知っているほどのデザイナーになれるのか……と思って(笑)、そこから色んなデザイナーさんを少しずつ知っていくようになりました。そこで美術的な感覚が自然と培われたと思います」
映像作品は、アート、音楽、CG、動画などさまざまな表現が組み合わさって完成されるものだ。多くの表現を熟知しているほど、表現の幅は広がりを見せる。さまざまな表現を知っているからこそ、色々な視点から新しい表現を生み出すことができるのだろう。
一つにとどまらない表現手法
MV制作がキッカケで、林さんへの映像制作依頼はどんどん増えている。引き続き映像作品は続けていくと話す一方で、さまざまな映像表現をしていきたいという。
「『CAST:』という30分程のショートフィルムをつくらせていただく機会がありました。そこで会話劇の面白さ、ドラマの面白さを知ることができた」
【動画】映画『CAST:』
「映像制作の仕事をしてから、ドキュメンタリー映像の良さにも気づきました。撮り方によって美しさの見せ方が変わるんです。そんなドキュメンタリーにも興味がありますね。自然な綺麗さを表現できるかもしれない。
それこそNetflixのような動画配信サイトに、オリジナルドラマ、MVのようなオリジナル映像、ドキュメンタリーでも良い、面白い映像や綺麗な映像を世界中に配信してみたいなと。映像には色んな表現の形があるので、色々なことをしてみたいです」
インスタレーションやライブパフォーマンスなど、空間演出の機会も増やしていきたいという。そして、空間の中でも林さんがこだわる「綺麗なもの」を表現していきたいと話した。
「ライブは会場を盛り上げるために派手な演出をする場合が多い。でも、本当にその表現だけが適しているのかなとも思っていて。例えば、楽曲によってはライト一灯で照らされていれば良い場合もあるじゃないですか。空間の中に品を持たせる演出が大事だなと。そういうところを見定めたい」
「最近は空間演出にレーザーなどのテクノロジーを多用する表現が増えている。僕はその逆張りをしたいというか。アナログが好きというのもあるので、あえて照明だけの演出とかしてみたいです。
空間は映像よりもさらに遊べるので、色々な表現ができるのは純粋に楽しい。映像も続けながら多様な表現を取り入れた作品づくりにも挑戦していきたいですね」
これからどんなデザインを使って表現を生むのだろうか。きっと綺麗で、新鮮さを感じる表現を見せてくれるはずだ。一度見たら脳裏に焼き付いて離れない、そんな作品を期待してしまう。
(取材・文=阿部裕華、撮影=野呂美帆)
プロフィール
林響太朗(はやし・きょうたろう)
1989年東京生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科 情報デザインコース専攻卒業後、DRAWING AND MANUALに参加。独自の色彩感覚で光を切り取る映像を生み出している。同時に3DCG、VFX、インタラクティブ、映像のみならずインスタレーションやパフォーミングアーツ、プロジェクションマッピングなどのクリエイションに数多く関わっている。クリエイターとしての活動と同時に、大手ブランド広告やミュージックビデオの監督などを多く手掛けている。
受賞歴:ヴェネツィアビエンナーレ特別賞
公式サイト:http://www.kyotaro.org/
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