偏愛人語

井浦新、とどまることを知らぬ“縄文愛” 「土偶や土器のレプリカを家でも愛でる」

是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』(1998年)で主演を務めて以来、ジャンルを問わず話題作に出演し続けてきた井浦新さん。

好きなものにはどこまでものめり込むタイプで、44年の人生をさまざまな“偏愛”と共に歩んできた。その中であえて一つを語るなら? そう問いかけると、井浦さんは迷わず話し始めた。

縄文文化には今の暮らしに通じる学びがある

――役者としてのご活躍の傍ら、長くご自身のファッションブランドのディレクターを務めたり、写真展を開催されたりと、多岐にわたる活動が印象的な井浦さん。「偏愛」というテーマで何が出てくるのかとても楽しみに伺いました。

井浦 僕はもともと、興味を持ったものにはぐっとのめり込んでいくタイプなので、偏愛するものがたくさんあるんです。それらは一見バラバラに見えるんですけど、全てはいくつかの“根っこ”みたいなものにつながる気がしていて、その一つが「縄文文化」です。日本各地に点在している縄文の遺跡を巡っては、1万年ほど前の日本に思いをはせて。さらに近隣にある史料館や考古館へ行って出土品を見て想像し、土偶や土器のレプリカを手に入れては家でも愛(め)でて……。並々ならぬ興味と憧れがありますね。
 井浦新、とどまることを知らぬ“縄文愛” 「土偶や土器のレプリカを家でも愛でる」

――そもそも興味を持たれたきっかけは何ですか?

井浦 最初に縄文文化に触れたきっかけでいえば、子どもの頃。父が古代の歴史に興味がある人で、家族旅行で古代の遺跡に行くことが多かったんです。当時の僕にはその遺跡が縄文時代か弥生時代か古墳時代か、なんてわからず、ただ竪穴式住居のある原っぱを走り回ったり、土器づくり体験をしたりしていただけですけれど(笑)。

おおかた、子どもがそうやって遊んでいる間に父は考古館などで史料を見たりしていたのでしょう。それからずいぶん時間が経ち、僕も大人になって、美術に興味を持ち始めるようになって、縄文文化というキーワードにまた突き当たるようになったんです。そんななかで子どもの頃に見ていたものを改めて見直しているうちに、どんどん面白くなっていきました。
 
実家にあった考古学の本を読みあさったり、遺跡に改めて出かけたり。知れば知るほど、古代、なかでも日本の源流ともいえる縄文時代に引きつけられました。

 
 
 
 
 
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憧れの女神に逢いに行ったら予想を遥かに超えるデカさで自分の声なんか何ひとつ届きはしなかった #縄文の女神 #西ノ前遺跡公園女神の郷

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――井浦さんもおっしゃる通りに、古代といっても縄文・弥生・古墳などさまざまに分かれます。なかでも縄文時代に引かれるのはなぜですか?

井浦 縄文時代はおよそ1万5000年前から2300年前。日本の歴史のなかで、約1万2000年にもわたって続いた文化は他にないんです。歴史の教科書などでは数ページでさくっと終わってしまうけれど、それほどにわたって文化が続くことができたのってどういうことなんだろう?と。

栄華をきわめ、文化が絢爛に爆発した、日本の歴史のなかでも面白いとされる江戸時代でさえ265年間。それをはるかに上回る、想像もできないような期間が続いた時代。興味をそそられませんか? しかも、知れば知るほど、その1万2000年間がどんなに平和だったかがわかります。書物などで、集落同士の抗争が少なかった、採集は節度を保ち、必要以上の収穫はしなかったといった説を目にするんです。自然に対する畏怖(いふ)の念をもちながら共存していたのだと思います。
 
それからたとえばある遺跡から出土した老人の骨には骨折した痕跡があった。移動しながら暮らしている集落だったのですが、骨折して体の自由がきかない、年老いた人も一緒に移動したことが判明しているんです。弱者を排除するのではなく、むしろお年寄りの知恵を敬いながら共同体を成立させていたのでしょう。
 
そんな風に、今の自分たちの暮らしを振り返ってみても生きるような学びが、いくらでも出てくるんです。

井浦新、とどまることを知らぬ“縄文愛” 「土偶や土器のレプリカを家でも愛でる」

――今に生きる学びがあるというのは驚きです。

井浦 縄文を知ることは、今にもつながるし、地球の未来を考えることにもつながります。集落のありようを見ていると、地形を読み、自然とうまく共生しているのがよくわかる。現代の僕たちは自然を制するような生き方をしているけれど、縄文時代の人々は人間が自然に君臨するなんて全く思っていません。

現代は、夜でも電気が明るく照らしてくれるし、蛇口をひねれば水が出る。何をとっても便利で楽だし、恵まれているように思いがちだけれど、本当にそうなのかな?と。自然に逆らわず、その恵みに感謝しながら暮らす縄文の痕跡を知るにつれ、僕らは本当の意味での豊かさを失っているのではないかと思い知らされます。

「机の上で学べることには限界がある」

――ご自宅にも土偶のレプリカがあったりと、美術の観点からも縄文文化がお好きなんですね。

井浦 まだ「美術」という概念もなかったはずなのに、それでも美しいものを突き詰めてつくっていることには驚かされます。土偶も土器も、国宝になっているようなものはやはりすごみがある。精緻(せいち)な技術で複雑な立体をつくっていたり、土に雲母をまぜてキラキラとさせたりといった素材へのこだわりがあったり、石や木など限られた素材から道具を自作していたり……。

当時は、土偶も野焼き(地面に掘ったくぼみの中に土器をならべて焼く方法)です。今僕らが目にしているただ一つをつくっているわけではなく、一度に数十個つくる。そのほとんどが野焼きで割れてしまいます。つまり割れずに残っているというだけで奇跡。神聖なものなんです。

格好いい土器は集落から集落へ、ある時は海路を介して伝わったようで、有名な遮光器土偶は、はじめ今の津軽地方でつくられたものですが、四国などでも似たものが出土します。どういう経路で伝わったのだろう、どことどこが交流していたのだろう。そんなことを考えているといくらでも時間が過ぎます。

 
 
 
 
 
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この旅では会わないって決めてたのに.. 思いがけぬ場所で突然目の前に現れたキミ 合縁奇縁というべきか #縄文時代 #土偶 #縄文土器 #津軽

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――遺跡には実際よくいらっしゃるんですか?

井浦 机の上で学べることには限界がある。フィールドワークが第一です。「古代を学ぶ」って文系的なことのようにとらえられがちですが、実際にはかなり体育会系的なもの。山へ分け入っていくフィールドワークはとてもハードです。フィールドを熟知していないとたどり着けない。

――確かにちょっと意外な感じがしますね。各地を訪れている井浦さんがお薦めされる遺跡はどこですか?

井浦 どこも本当に魅力的ですが……。初心者でも簡単に行けて、楽しく学びがあり、かつ詳しい人でもいつ行っても発見がある場所という意味で、青森の三内丸山遺跡ですね。世界に誇れる遺跡だと思います。多くの遺跡にあるのですが、二至二分(春分・秋分・夏至・冬至)の季節を知るための塔など、人間が自然と共に生きていくために生み出した知恵を見ることができますよ。

三内丸山遺跡(fannrei / Getty Images)

三内丸山遺跡(fannrei / Getty Images)

――縄文文化への興味が、役者のお仕事や、ほかのクリエーティブな仕事に与えている影響はありますか?

井浦 役者の仕事でいうと、直接的な影響は縄文人の役が回ってこない限りはないですが(笑)、間接的には大いに影響されていると思います。ひとことでいうと“野性”を取り戻す感じなんです。フィールドワークに出かけると、生死が隣り合わせだということや、自然への畏(おそ)れをいや応なしに感じさせられる。勘を研ぎ澄ませ、気を張って過ごします。

縄文に憧れているからといってその時のような暮らしをしているわけではなく(笑)、都市で便利な暮らしをしているけれど、そうやって山で野性を研ぎ澄ましてくることは、芝居のときの集中力や底力に確実につながっています。自然で得られる気力や体力は。ジムでのマシントレーニングでは得られないもの。コンクリートの上で得たものだけではできない芝居があるなと思っているんです。

それから、長く続けているものづくりに関しても、縄文への興味からくるフィールドワークが大きく影響しています。

     ◆◇◆

井浦さんが「ものづくり」にかける情熱もまた、“偏愛”と呼ぶべきひとつの要素。お話は次回に続きます。

(文/阿久根佐和子 撮影/上西由華)

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