共感にあらがえ

<09>感情に流されるSNSの世界 多角的な視座を持つには……? (永井陽右×春名風花)

2010年、当時9歳でTwitterを始め、率直な発言が大きな注目を集めてきた元子役の春名風花さん。「僕」の一人称で、大人たちと社会問題について熱い議論を交わし、“バズり”も“炎上”も経験してきました。

RTや“いいね!”によって共感の度合いが可視化され、人々の感情が極端な方向に触れやすいTwitterの世界。そこを長年見続けてきた春名さんが、今「共感」について思うことは――。テロ・紛争解決の専門家、永井陽右さんとの対談です。

SNS上での他者との向き合い方

永井陽右

永井 Twitterは「共感」を加速させるプラットフォームなどと言われたりしますが、春名さんがそれとどう向き合っているのか気になります。僕はSNSのネガティブな面に辟易してしまっているタイプですが、春名さんは幼い頃から使い続け、いわゆる「クソリプ」といわれる、失礼なメッセージにも丁寧に返信されていますよね。

春名 基本的には自分が語りたいテーマに関して反論が寄せられた時に返信しています。結構誤解が多いんですよ。たとえば僕はいじめ問題に関心があってよくつぶやいていますが、「はるかぜちゃんはいじめられる方にも原因があると言っている。ひどいヤツだ」なんてリプライが来たりする。僕の主張は全く逆です。誤解している人の中には、本当は僕と似た意見の人もいるかもしれないし、そのままにしておきたくないんです。

永井 僕もSNS上でとやかく言われることがありますが、的外れな意見も少なくありません。言い返そうかと思うときもあるのですが、とはいえ無駄に対立や憎悪を生むのであればしないほうがいいやと考えてスルーしますね。もはやそういう意見も多様性だなあ……などとしみじみ感じます。

春名 「クソリプ」を送ってくる人たちって、たぶん投稿内容にたいして興味がないんですよね。こっちは高い熱量でツイートしているのに、向こうはたまたま見かけて、気軽に反応しているだけ。誤解を解くために、「この話題はこういう流れだったんですよ」と世間話のテンションで返すこともあります。

 

永井陽右×春名風花

ただ、「バカ」とか「死ね」とか、語彙(ごい)のないクソリプには反応しません。そういうときは、もしも自分がこの暴言を吐いている人だったら、と想像してみるんです。暴言をぶつけた相手から何の反応もなかったら悲しいだろうな、じゃあ、スルーしちゃおうか、みたいな。

永井 絡んできた相手と一度同じ気持ちになってみて、対処法を考える、というのは大変理性的だと思います。突如暴言かましてくること自体、けっこうすごいことですし。

春名 他人の感覚に100%共感することはまず無理ですが、一部であれば可能じゃないですか。Aさんの考えには60%共感できる、Bさんは半々かな、とか。僕は可能な範囲で全ての人に共感しようとすると、理性的な社会になっていくと思っていますし、それが共感をうまく使うことだと考えます。

たとえば、「ご飯を美しく食べる」を徹底している人は一見理性的ですが、その厳しさを他人にも求めると、奇麗に食べていない人に怒りが湧いたり、感情的な行動に出てしまいかねないですよね。それよりは、誰にもその人なりの食の楽しみ方があると考えて、自分とは違う感覚に共感しようとしてみる。そのほうが、実際に共感できるかどうかは別にして、理性的な姿勢ではないかと思うわけです。

春名風花

永井 なるほど、その理性の考え方は、僕もかなり近いです。そして、今のお話にあった「他人に100%共感することは無理」という指摘は、重要なポイントですよね。僕はそもそも基本的に「他人とわかりあえない」というスタンスでいるのですが、そうするほうが害が少ないと考えています。

当事者の強い感情に寄り添うことがすべてではない

永井 Twitterでは社会問題が起きるたびに、「被害者の気持ちを考えるとこうなんです!」と当事者を代弁して攻撃的になる第三者が出てきたりしますよね。僕は、これは結構な問題だと感じていますが、「他人(被害者)に100%共感できる」という錯覚や、もしくは特定のポイントには100%共感できるという強い感情がこうした行為を引き起こすのかもしれません。

春名 いじめ問題が起きたとき、第三者がいじめられた子に同情して加害者の自宅を突き止めたりするような行為も一緒ですよね。

永井 そうやって被害者の気持ちを代弁したり応援したりしているのかもしれませんが、実は問題解決になっていない。……というか問題を引き起こしたりもしています。

永井陽右

僕は仕事柄テロリストと呼ばれる人々と日々接していて、彼らは空爆で仲間が殺されたり、先祖から受け継いだ土地を奪われたりしたことに対する報復感情を強く持っています。その一方で、テロリストに身内を殺された人々は彼らを殺したいと切に願っている。当事者は互いに「やられたらやり返す」を本気で考えているわけです。第三者を巻き込むほど強い感情を双方が持っていて、これは衝突しないわけがありません。

その構図は「正義対正義」なんてよく言われますが、僕としては、当事者の悲痛な叫びの絶対性を受けとめつつ、問題解決を考える上で「当事者の視点だけでいいのか?」という問いの必要性も考えたい。本来客観的な視点を持つべき第三者までもが当事者サイドの感情に引き込まれていくと、解決を目指す上でかなりしんどい状況になると思うからです。

春名 その点で言うと、僕は「知らないヤツはしゃべるな」という意見は、暴論でありながら一理あるとも思っています。たとえば香港で連日続くデモについて、僕はテレビやネットで偶然目にした映像などで「警察、ひどいな」という気持ちになりましたが、この問題に対して深い知識があるわけではないので、Twitterなどでも特に発信はしませんでした。結果として、少ない知識や印象だけで、どちらかの味方になったり敵になったりすることにならずにいられたなと思います。

春名風花

永井 まさに自分の言動で対立を生まない、助長しないようにする、ということだと思います。僕らはどうしたって被害者の報復感情には特に共感しやすく、「被害者が受けた痛みを、加害者も受けるべきだ」との考えを持ちやすい。けれども、被害者のケアと、被害者を生んだ問題の解決というのはやはり別です。

自分の大切な人が殺されたら、加害者を殺して欲しい。それは当たり前の感情だと思います。許すことが絶対的に尊いとも思わないし、もし自分がその被害者なら同じ感情を持つでしょう。ただ、「殺したのなら、殺せ」と考えるのが、望ましい社会の在り方なのかというと、そうは思えないのです。殺して問題を強制終了させるのではなくて、報復感情以外も考え、問題を多面的にとらえ直し、解決策を思考する姿勢こそが社会を含む第三者に必要とされているのではないでしょうか。

永井陽右×春名風花

複眼的な視点を持つために有効な「演劇」

春名 Twitterだと、空き時間にぱっと見ることが多いから、一つの視点だけで物事を感情的に判断してしまいがちですよね。特に、社会問題や事件だと被害者側しか目に入らないことが問題な気がします。

その意味で最近、演劇は複眼的な視点を持つためにすごくいいツールなのではないかと思っています。舞台は複数の人間が生の感情をあらわにしていて、様々な人の立場を感じ取ることができますし、たとえ共感できない登場人物がいても、その人の価値観や行動の背景を知れば、全体の見え方が少し変わります。

永井陽右

永井 実は平和構築や紛争解決の現場でも演劇が取り入れられることもあるんですよ。みんなで登場人物を設定して、一人ひとりの立場を考え、劇を作り上げてお披露目する。問題に対するロールプレイングもできたりしますし、複雑な共同作業でもあるので相互理解や関係を深められたりもします。

でも、春名さんは「多面的に物事を見られる可能性のある場所」として演劇を見つけたわけじゃないですか。Twitterでは、恣意的に投稿の断片を切り取られることや感情を煽る情報が多いことを感じていながら、それでも見切らないのはなぜですか。

春名 興味を持ってもらうツールとして、とても便利だと思うからです。誤読する人もいるけれども、それでも発信を続けていれば、「春名風花はいじめ問題に関心がある」ということが、メッセージとして伝わるじゃないですか。僕の発信をきっかけに、いじめ問題に興味を持ってもらって、解決に協力してくれたらいいなと思います。

いじめの要因について、今ではいじめっ子の環境が注目されるようになっています。親に過剰に厳しくされたり、先生と相性が合わなかったり、勉強がうまくいかなかったりして、ストレスを抱えてしまう。であれば、いじめっ子にカウンセリングを受けてもらうのがいじめ防止に効果的かもしれない。

そういう現実的な解決策を考えられるのは、やはり「第三者」です。だからこそ第三者は、物事を考える上で一度立ち止まったほうがいい。それが簡単に共感に流されないということだし、誘導的な情報に踊らされないために必要な自衛とも思います。

多くの人が一度立ち止まって考えるようになれば、春名風花の発言に共感する人も減るでしょうね。でも、それでいいんですよ。僕は僕で自分の言いたいことが伝わるように、うまく共感を使っていく。これからもずるがしこくTwitterを使っていきますよ!(笑)。

春名風花

(構成・中野慧、撮影・野呂美帆)

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PROFILE

永井陽右

1991年、神奈川県生まれ。NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事。国連人間居住計画CVE(暴力的過激主義対策)メンター。早稲田大学教育学部複合文化学科卒業、London School of Economics and Political Science紛争研究修士課程修了。テロと紛争の解決に向けて活動中。著書に「ぼくは13歳、任務は自爆テロ。: テロと戦争をなくすために必要なこと」(合同出版)など

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