インタビュー

“ペンと聴診器の二刀流”で斬り込む日本の終末医療・久坂部羊

人は皆、自ら選んだ山のゴールを目指すクライマー。一生のうちにそこへ辿り着けるだろうか。だが、頂点に到達後、次のゴールを目指し登り始める者がいる。さまざまなジャンルで頂点を極めたクライマーが挑む“未踏の頂”について聞く「The Next Goal(ザ・ネクスト・ゴール)~頂の先へ~」。第4回は、医師であり、ペンで医学界の闇に斬り込む作家でもある、久坂部羊(くさかべよう)さんです。

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医師の視点で浮き彫りにする高齢化社会の未来

26歳で医師となり、48歳で作家としてデビューしてからは、ペンと聴診器の“二刀流”を使い分けてきた久坂部羊さん(63)。高齢者医療、終末医療の現場で多くの患者を診療してきた彼は、日本人が高齢化社会で生き抜くための知恵や心構えを、二刀流の武器を駆使しながら、小説の中で提示している。

最新作「老父よ、帰れ」は認知症をテーマにした医療小説だ。主人公である会社員の息子が、認知症が進行する父を自宅マンションに引き取り、老父の介護で家族が振り回される日常をコメディータッチで描写。医師の視点から、きれいごとではすまされない高齢者介護の実態、限界を淡々と描く。

「作中で描いているように、残念ながら、現在の医学では認知症は治りません。症状を遅らせる薬はあっても、改善させる薬はまだないのです」。そして、こう続けた。

「人は高齢になるほど、身体が自由に動かなくなるなど将来が不安になり、心配ごとばかり増えます。しかし、認知症になると、その不安や恐怖は消えるのです。死の恐怖からも解放されます。家族は大変かもしれませんが、当の本人は、頭が賢明なままよりも、むしろ、その方が幸せな人生なのかもしれません……」

“ペンと聴診器の二刀流”で斬り込む日本の終末医療・久坂部羊

認知症患者の受け入れは、患者を介護する家族だけの問題におさまらない。小説では、同じマンションの住人が、認知症を患った主人公の父に対し、火事や事件を起こすのではないかと懸念し、マンションでの受け入れを拒絶する行動を取り始める。

認知症患者との同居を望む家族と地域住民とのいざこざを、どう解消しながら、ともに生きていく社会を築いていくことができるのか。高齢化社会が進む日本で現実に増えている、そんな問題の解決策を模索し、提示していく内容だ。

日本人の死生観を問う

長年、末期医療などの最前線で死と向かい合ってきた医師の視点で、医療現場を生々しく描いた作風に映像界も注目。2015年には「無痛~診える眼~」(フジ系)と「破裂」(NHK)の2作が、そして今年、「神の手」(WOWOW)がドラマ化された。

「破裂」は、出版から映像化まで約10年かかっている。出版された当時、医学部卒の大森一樹監督が2004年に映画化を企画したが、頓挫した“因縁の問題作”だった。「敏腕外科医と切れ者の政府キャリアが手を組み、高齢化社会をくいとめるため、高齢者を極秘裏に抹殺する……というテーマが当時はタブー視された」のだ。しかし現実に、日本で超高齢化が進む中、日本人の死生観は変わり始めている。

“ペンと聴診器の二刀流”で斬り込む日本の終末医療・久坂部羊

このような久坂部さんの着想は、どのように培われたのだろうか? 自身の実体験もその中に反映されている、と明かしてくれた。

医師だった父は2013年、87歳で亡くなった。その2年前。85歳でがんを告知されたときに父が発した言葉に息子として耳を疑ったという。

「しめた、これで長生きせずにすむ」こう言って父は喜んだのだ。後輩の医師からは、「まだ助かりますから」と父の手術を勧められた。だが、父にそう伝えると、「なぜ、邪魔をするんだ」と激しく怒られたという。

「医師である父は、長生きすることによって、その後、どんな苦しみが待っているかを鮮明に想像できる。だから、長生きすることを望んでいなかったのです」。そんな父の姿を見て、「自分がこれまで抱いてきた延命治療の常識を覆された」と語る。

「老父よ、帰れ」は、フィクション小説だが、息子である久坂部さんの父への感謝の思いが、作品の根底からにじみ出るようだ。

医療には限界がある、だが、病気や生死の限界の外に本当の親子の愛、家族の絆の尊さがあるのではないか。そう訴えてくる。

作家になるまでの苦悩の日々

祖父も父も医師という家庭で育った。「幼い頃から、ごく自然に将来は自分も医者になるものだと思っていました」と語るが、中学時代にドストエフスキーの本を読んで衝撃を受ける。ロシア文学の他、三島由紀夫ら国内外の文豪たちの小説に魅了され、しだいに作家を夢見て小説を書き始めた。

「作家ではなかなか食べてはいけないだろうから、まず医者になってから作家を目指したらどうか」という父のアドバイスに従い、一浪の末、大阪大学医学部へ。医師になるための国家試験の勉強をしながら、同時に好きな純文学の小説も書き続けていた。

医者となったが、外科医、麻酔科医として医療現場に立つうちに、医学生の頃に思い描いていた目標とする医師の姿とのギャップに悩み始める。「助かる見込みのある患者を手術などで治すことが多くの医師たちの目的で、治らない患者は見捨てられていたんです。見捨てられた患者を何とか助けたい、と私は思い、終末医療に興味を持ちました」。

“ペンと聴診器の二刀流”で斬り込む日本の終末医療・久坂部羊

麻酔科の研修医時代 写真提供:久坂部羊

その後9年間、外務省の在外公館の医務官として海外勤務。日本とはまるで違う発展途上国などの医療現場の実態を知るとともに、日本人とはまるで違う、世界各地のさまざまな死生観を学ぶことができたという。

「サウジアラビアの人たちは死を恐れない。だから自爆テロも辞さない。ウィーンでは死をタブー視せず、国民に人気のある葬儀の博物館まであります。パプアニューギニアには医師の代わりに呪術師がいます。最新の医療ではなく呪術に頼っているから、死を自然に受け入れることができる。国によって死生観はまったく違うことを知りました」。そして、こう続けた。「日本人はあまりにも死を恐れすぎているのではないか、と痛感しました」。

帰国後も純文学を書き続けていたが、なかなか芽が出なかった。40代に入り、大衆小説を読み始めたら、その面白さに開眼。自分が見てきた医療現場をテーマに描いてみようと路線を変更したら、時代に受け入れられ、作家としてデビューを果たす。

在宅医療の現場で目の当たりにした高齢者医療の現実を、医師の視点から描いた小説は臨場感にあふれ、話題を集めた。以来、それまで培ってきた“異色のキャリア”を武器に、かつてない医療ミステリーを繰り出し、人気作家となっていく。

回り道をしたようにも思えるが、“医師を続けながら磨いた二刀流”が、かつてない医療小説の旗手としての地位を築き上げた。

二刀流は永遠に

医師と作家。二つの目標にたどり着いた久坂部さんは「実は28歳のとき、純文学の文学賞に応募した作品が最終候補まで残り、作家としてデビューするチャンスがあったんです」と打ち明けた。

「でも、あのとき受賞しなくて本当によかったな。今、心底そう思うんです。もし、28歳でデビューしていたら、今はもう作家として書き続けていなかったのではないかと思いますね」  

当時は、まだ好きな純文学だけを書いていた。あのまま純文学を書いていたら、果たして今の年齢まで作家として小説を書き続けることができていたであろうか。ふり返ると、そう考えざるを得ないという。  

“ペンと聴診器の二刀流”で斬り込む日本の終末医療・久坂部羊

さらに、純文学作家としてデビューをせず、“作家、久坂部羊”が誕生する前に、もう一つの転機があった。

帰国した2001年、在外公館時代のエピソードなどをつづったノンフィクション「大使館なんかいらない」を、本名の久家義之の名前で刊行した。このとき、出版社の担当編集者に、医師としてこれまで自分が経験してきた“最前線の生死の現場”について、話しているうちに、「それら現実の医療問題をテーマに、小説を描いてみたらどうですか?」と提案され、2003年、初めて手掛けた医療ミステリー小説が「廃用身」だった。 

患者を見捨てる日本の終末期医療の現状に絶望し、苦闘する主人公の医師は、まさに久坂部さんが医師として抱き続けてきた苦悩そのものだ。

28歳で作家とならず、医師を続け、海外で経験を積み、帰国後は高齢者の在宅医療、末期患者を診てきた医師としての視点が、久坂部さんにしか書けない異色の医療ミステリーを生み出す原動力となったのだ。  

「安楽死問題、高齢者医療のテーマは、まだまだ書き続けたいですね。常時、書きたいテーマのストックは4、5作はあります」

現在、週一回、健診センターに赴き診療を行い、また週二回、大学で看護師などを目指す学生たちの指導を行っている。「これからも続けられる限り、医師と作家は両立させていきたいですね」

今後さらに目指す頂とは?

「明確な目標は立てていません。今、ベストを尽くすことが重要だと持っています。作家として、読む人にエネルギーを与えるような作品を書き続けていきたい。それが目標です」

こう語る一方、「ただし、きれいごとだけで終わるハッピーエンドの作品は書きたくないですね」とも。優しい瞳の奥底に、鋭い眼光が宿っていた。

(取材・文/溝上康基、撮影/竹田武史)

“ペンと聴診器の二刀流”で斬り込む日本の終末医療・久坂部羊

久坂部羊さんのプロフィール

くさかべ・よう 1955年7月3日、大阪府堺市生まれ。大阪大学医学部卒業。外科医、麻酔科医を経て、外務省の在外公館の医務官として海外勤務。2003年、小説「廃用身」で作家デビュー。近作は「老父よ、帰れ」(朝日新聞出版)、「オカシナ記念病院」(KADOKAWA)が12月に刊行予定。 

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