モデル・小谷実由さんが純喫茶に感じる魅力と、二つの後悔

昭和の香りただよう純喫茶には、そのお店ならではのストーリーや、おいしいコーヒー、そして食事があります。ともに1996年生まれの俳優・見津賢と写真家・ヨシノハナが、東京のさまざまな純喫茶をたずねる本連載。今回は純喫茶好きのモデル、小谷実由さんをお招きして、東大前の「こころ」で、純喫茶のどこに惹(ひ)かれるのか聞きました。
純喫茶の王道といえば、東大前の「こころ」なんです(小谷)
見津 賢(以下、見津):純喫茶を紹介する連載をしているんですけど、今日は特別編として、先輩で、友人でもある純喫茶マニアの小谷実由さんと話したいと思ったんです。どのお店で話しましょうかと聞いたときに、この「こころ」でというリクエストがありました。
小谷実由(以下、小谷):「こころ」は、喫茶店の王道的なお店だと思うんだよね。文京区という土地柄もそうだし、いわゆる「おしゃべり好きのお母さん」がいて。東大の隣にあるので、若い学生さんも来るし、先生も来る。もちろん地域のおじいちゃんおばあちゃんも含めて、いろんな人が訪れる場所なので、「純喫茶といえば」というものがそろっていると思う。店内もすごく絵になるよね。
見津:特にソファですよね。なんというか、昔の寝台列車のような感じで。
小谷:そう、最初はこれ目当てに来たの。この、ブルーとグリーンっていうのがいいよね。
見津:僕は初めて来たのが2年前で、その時に小谷さんの話を、お店のお母さんから聞いたんです。「純喫茶が好きで……」という話をしていたら、「うちによく、取材で小谷実由さんっていう人が来るの」とおっしゃっていて、雑誌をたくさん見せてくれたんです。そこで初めて存在を知ったんですよ。
小谷:『リンネル』(宝島社)かな。じゃあ今日、このお店で良かったよね!(笑) 今回みたいに、誰かと一緒に純喫茶に来るときに、そういう巡り合わせは大事かなと思うし。
見津:しかも、最初は知人と一緒に来たんですけど、その人が小谷さんのファンなんですよ。「ここはおみゆさん(小谷さんの愛称)がよく来ているんだよ」と、その人からも熱心に教えてもらって。だから今日は自慢します。
小谷:なんか照れるな!(笑) でも、とてもうれしいです!
だんだん、レトロなものが好きに?(見津)
見津:無類の純喫茶好きとして有名ですが、好きになった経緯を改めて聞きたいです。
小谷:もともとは、親の影響で。小さいときから音楽や映画が好きだったの。家にはロックのCDがたくさんあって、よく聴いていたのね。そのうち、だんだんCDのアートワークが気になり始めて、彼らの着ている服にも興味が出てきたの。それで、もっとその時代のファッションを知りたいと思って、60年代や70年代の映画も見るようになったり、古着屋さんに行くようになったりして。
見津:だんだん、レトロなものが好きになっていったんですか?
小谷:そう。21歳くらいかな、たまたま友だちに、「喫茶店でバイトをしたいから、喫茶店の偵察に一緒に行ってほしい」と言われたのね。それで初めて「純喫茶」に行ったの。それまでは、写真で古いものを見たり、古着を着たりしても、着ている私や世界は「現代」で、何かズレているという違和感があったんだ。
見津:周りの空間と、自分が合っていないと。
小谷:だから、純喫茶に行ったときに初めて、自分がその世界に入れたと思ったんだよ。一体化したというか。タイムスリップではないけれど、やっと体感できたかもって。
見津:ちなみに、そのとき友人と行ったお店はどこだったんですか?
小谷:新宿にある但馬屋珈琲店の本店。そういえば、当時はコーヒーを飲めなかったの!
見津:本当ですか? 今はちゃんと飲めていますよね?
小谷:結局、友だちがそこでバイトを始めることになって、その子もいるし、一人で純喫茶に行くことにもだんだん慣れてきたのね。友だちが淹(い)れてくれたコーヒーだし、飲みたいと思うじゃない? それから、どんどんほかの純喫茶にも行くようになって、「こんな世界が!」と感動したの。あのお店には、この古着が似合うから着ていきたいとかも考えるようになったり。
家で純喫茶のメニューを作って食べるとなんか罪悪感がない?(小谷)
見津:そろそろ注文したメニューが来ますね。ここのクリームソーダはほかのお店と比べて甘めです。セットでエリーゼも持ってきてくださるんですけど、今日はなぜか量が多い(笑)。そして、名物であるウィンナーライスの目玉焼き付き。
小谷:私は赤いウィンナーを初めて食べたのがここ。クリームソーダを、ここではまだ飲んだことがないかも。いつもレモンスカッシュを頼んじゃう。
見津:僕はウィンナーライス、家で作って食べてます。
小谷:でもさあ、家で純喫茶のメニュー作って食べるとなんか罪悪感がない?
見津:ないです(笑)。このメニューは昔から親が作ってくれていて、日曜の朝によく食べていたんですよ。でも確かに、純喫茶のメニューを家で再現して食べることはあまりないですね。
小谷:ここで食べるから良いと思ってる。場所、景色込みで食べるのがだいご味だと思ってて、家だと意味をなさないというか。私は「どのメニューが好きですか」と聞かれることが多いんだけど、そのメニューの味だけで考えることをあまりしないから、わからないんだ。でも、「なぜ推しメニューのナポリタンじゃなくて、サンドイッチをお願いするの?」と聞かれたら、この場所にはこの料理が一番似合うし、一番おいしく感じるから、と答えるかなあ。
見津:今までやってきた「ナポリタン特集」「クリームソーダ特集」で伝えたかったのは、そのお店で食べたり飲んだりするから良いんだということでした。
モデルになると、いろいろな服が着られるということしか考えていなかった(小谷)
見津:小谷さんとあまりこういう話をしたことはないのですが、今の仕事を始めるきっかけについて聞いてみたいなと。
小谷:服が好きという理由で、小学校六年生のときに初めてオーディションを受けたのね。母が百貨店に勤めていたから、いろんな服を子どもの頃から着せてもらってて。それで小学校高学年になってファッション雑誌を読み始めて、だんだん興味が出てきたの。あとは、取り柄(え)がなかったのも大きかったかもしれない。
見津:取り柄(え)がなかった?
小谷:運動は得意じゃないし、勉強もできないし。でも身長だけは高くて、小六で160センチ近くあったから、誇れるものがそれしかなかった(笑)。学校で人気な子って、走るのが早かったり、勉強ができたりする子だったんだよね。
そういう子たちって、もれなくおしゃれの感度も高いというか。スーパーの洋服売り場ではなくて、セレクトショップで買っているわけですよ。私も、なんとかしてその子たちと足並みを揃(そろ)えたい!と思ったの。
見津:なるほど。
小谷:そんなとき、読んでいた雑誌にモデル募集のオーディションが載ってたのね。選ばれると専属のモデルになれると書いてあったから「やりたい!」と思って。身長が高いからできるかも、と(笑)。結果はだめだったんだけど、一回走り出すと止められなくて。目立ちたいとは思ってなかったけど、モデルになったら服をたくさん着られるじゃんっていう欲望があったの。
見津:やっぱりそこでも服なんですね。
小谷:いろいろな服を着られるんだ、ということしか考えていなかったな。ジュニアブランドブームがあって、人気の服を着たいと思っていたんだけど、高いから買ってもらえなくて。でもモデルになったらたくさん着ることができる。
武器が身長しかなかったので、その武器を持って進むぞ!と。そういうところは今も変わらないと思う。苦手なところを伸ばすんじゃなくて、できることで勝負するという感じ。それで何個もオーディションを受けたりして、事務所に所属できることになった。
見津:ずっと続けようと思っていましたか?
小谷:正直、全然仕事がなかったから、高校を卒業したら辞めようと思ってた。でも卒業する直前に大きい仕事が決まって、規模の大きな現場を経験したり、CMに初めて出たりして、どんどん楽しくなっていったのね。
それで、もう少し頑張ろうって思えたから、今も続けられているんだと思う。家族がすごく理解してくれていて、それも本当に大きかったなあ。見津くんと初めて会ったのは、昨年の撮影だよね。それもこのお仕事を続けていたからの出会いだったし、まさかこんなに熱い純喫茶好きがいるとは思わなかった(笑)。あのとき、iPhoneのメモに、行った純喫茶をたくさん書いていたよね?
見津:はい。今はエクセルにまとめています。この企画が始まるずっと前から。
小谷:えっ!? 連載をやる前にエクセルにしてたの? すごいね(笑)。
純喫茶の見つけ方をふたりに聞く
小谷:私は食べログの写真を見て、いいなと思ったところに入ってる。
見津:このお店もそうですけど、店内の空気感や小物、インテリアなどを楽しみに入ることが多いですよね。
小谷:正直にいうと、コーヒーがそんなにおいしくなくても、私は雰囲気や、椅子がすてきだったら十分です。もしかすると、純喫茶には、お茶をしにきているんじゃないかもしれない(笑)。建造物を見に、一体化しに来る、という感じ。
今は調べると写真でいくらでも見られるけど、実際にお店に行かないと、空気感は分からないよね。だから巡りたい。純喫茶の中って時間が止まっている感じがしていて、そういうものを見に行きたいよね。
見津:たとえば、入ったお店で、レジ横にあるピンクのダイヤル式の電話が実際に鳴っているのを聞いたとき、時間が戻っている感覚があるんですね。僕からすると「戻った」と言えるんですけど、そのお店の人にとっては、ずっと変わらない日常のはず。純喫茶のように祖父母の世代が懐かしいと思うものは、自分にとってはとても新鮮なんですよ。
小谷:もちろん、自分たちの中にも懐かしさみたいなものはあるよね。
見津:昔、おじいちゃんと行った純喫茶を思い出すとかですね。小谷さんは家族で行かれたりしますか?
小谷:母と買い物にはよく行くから、それでお店に入ったりはするかなあ。でも話を聞いていると、おばあちゃんと一緒に行ってみたいと思うね。そういう場所でしか出てこない話もあると思うし。私、後悔しているというか、悔しいと思っていることが純喫茶に関しては二つあって。
見津:後悔ですか?
小谷:ひとつは、もっと早く出合って純喫茶でアルバイトをしたかったこと。もうひとつは絶対にかなわないんだけど、私は平成生まれだから、その前の時代には行けないじゃない?
だから、こういうお店が当たり前にあった時代に、私たちでいうスタバのような感覚で来ている人たちがうらやましい。私は今も純喫茶に通っているけれど、それは純喫茶が好きだからこそで、その当時に生きていたら、見え方も違ってきたと思う。
見津:今、若い人はインスタで写真を見て、いろいろなお店に行ったりするケースが増えてきて、純喫茶だけど若い人がたくさんいるお店もある。神保町の「さぼうる」とか。もちろんそういうお店も好きですけど、下町にあるような、おばあちゃんがひっそりとやっているお店が大好きです。
若い人がいなくて、新聞を読んでいるおじいちゃんや、近くで働いているサラリーマンがいたりとか、そういう空間を見た時に、すごく良いなと思ったりするんです。
小谷:「インスタ映え」で若い人がたくさん来るのもいい影響だと思うけど、結局、一過性で終わるのかなという気持ちもある。でも、その中にも、本当に好きになってくれる人はいるからね。
見津:作法として、カウンターに座って、お店の人に話しかけるのも自分の中では違うなと思っていて。もちろん仲良くしてくれるお店もたくさんあるんですけど、お店と自分との境界線をあまり越えたくないなというのはあります。程よい距離感というか。
小谷:「その空間に浸りたい」という気持ちはあるよね(笑)。「私は空気でいい」って。
見津:あとは喫茶店との出合い方でいうと、意図せずお店に入ることはよくありますが、「今日は純喫茶を巡ろう」という日ではなくても、仕事で行ったことのない土地を訪れたときや、行ったことのない駅で降りる機会があると、絶対に探しますね。
小谷:それ私もする。私たちの職業はそれができて、とてもありがたいよね(笑)。
おじさんを観察するのが楽しいんですよ(小谷)
見津:ちなみに今一番行きたいところはどこですか?
小谷:なくなったところばかり浮かんでくるけど……。大阪だと行きたいところはいっぱいあって、食べログを使わなくても歩いていれば当たるくらいたくさんあるよね。あっ、最近、行きたかった純喫茶第一位だった、蕨(わらび)の「喫茶クラウン」に行ったんですよ。行ったことある?
見津:おばあちゃんの家がすごく近かったので、よく行っていたんですよ。
小谷:マジ!? 最高……。
見津:あそこは紫のパーテーションがかわいくて。らせん階段も、シャンデリアも。地域の人が窓際の席に並んでお茶をしている、昔ながらの純喫茶ですね。
小谷:純喫茶は、場所によって本当に変わるよね。ビジネス街になると広かったりとか、距離感はある。下町になると距離が近くなるイメージかな。客層というのは場所によって、やっぱり変わってくるんだなと。
見津:喫茶店でもコーヒー専科系の目黒の「ドゥー」みたいなところとか、おばあちゃんの家みたいなところもあるし、名曲喫茶もありますよね。どのジャンルが好きですか?
小谷:私は、中央区や有楽町、新橋にあるところが好きかな。おじさんを観察するのが楽しい。純喫茶って、普段生活していると出会わない人に会えるところがだいご味の一つだと思う。サラリーマンの打ち合わせも、普段は見ることができないよね。いい意味で、人を選ばないのが純喫茶であって、面白さもそこにあると私は思いますね。
(ウィンナーライス 目玉焼き付き:630円 レモンスカッシュ:530円 クリームソーダ:600円 すべて税込み価格)
こころ
東京都文京区本郷6-18-11
電話:03-3812-6791
営業時間:11:00~19:00
※土曜日は11:00~18:00
定休日:日祝
(構成、文・&M編集部 岡本尚之 写真・ヨシノハナ)
小谷実由(おたに・みゆ)
ファッション誌やカタログ・広告を中心に、モデル業や執筆業で活躍。一方で、様々な作家やクリエーターたちとの企画にも取り組む。昭和と純喫茶をこよなく愛する。愛称はおみゆ。
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PROFILE
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見津 賢
1996年神奈川県出身、青山学院大学理工学部卒業。在学中に始めたモデル活動をきっかけに芸能界に入る。現在はCMやドラマ、映画などに出演している若手俳優。
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ヨシノハナ
1996年東京都出身。東京造形大学デザイン学科写真専攻を今年3月に卒業。 元フォトグラファーの父の影響で写真を始める。 雑誌やファッションブランドのルックを撮影するほか、個展など多方面で活動している新進気鋭の写真家。