On the New York City! ~現代美術家の目線から見たニューヨーク~

絵画史に縛られなかったのは詩人だから? 現代美術家が見たバスキア作品

絵画史に縛られなかったのは詩人だから? 現代美術家が見たバスキア作品

現代美術家・伊藤知宏さんがアーティスト目線でニューヨーク(以下、NY)の街をリポートする連載「On the New York City! 」。今回は没後も多くの人々をとりこにする、NYブルックリン生まれの伝説の画家ジャン=ミシェル・バスキアについて――。

バスキアを知る生き証人たちの言葉

昨年10月頃のこと。NYでよく足を運んでいた演奏会で、詩人の夫婦、スティーブ・ダラチンスキーさん(今年9月に死去)と大友有子さんと友人になった。

半世紀以上、都市型ボヘミアン(世間の習慣にとらわれず自由な生活を送る人)の詩人として活動してきた2人は、マンハッタンの南側に住むいわゆるダウンタウンの詩人と形容され、その活動はNY独特の文化として世界中から広く愛されている。

ある日の夜、コンサートの帰り道に2人と話し込んでいたら、NYを代表する世界的な画家のひとり、バスキアの話になった。

ジャン=ミシェル・バスキア ©Roland Hagenberg 

ジャン=ミシェル・バスキア ©Roland Hagenberg

バスキアはハイチ系アメリカ人で1960年にブルックリンで生まれた画家。グラフィティ・アートをモチーフにした作品で知られるポップ・アートを代表するアーティストのひとりであり、88年に27歳の若さで亡くなった。この11月17日まで東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで大規模な展覧会「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」が開催されるなど、今なお多くのファンに愛されている。

ダラチンスキー夫妻はバスキアと親交があった。彼がまだ駆け出しで、自己表現の場所を求め、NYの壁面にスプレーで詩を書いていた頃だ。

スティーブさんは50年以上、作詩やコラージュなどの作成、文筆活動などを行ってきたほか、マンハッタンの路上でジャズのレコードを販売してきた。ジャズが大好きだったバスキアは、スティーブさんのことを、ジャズや50年代に生まれた詩の運動、ビート・ジェネレーションの先生として慕い、よくレコードを買いにきていたらしい。

右がスティーブさんで左が有子さん。フランスの芸術文化勲章「シュバリエ」を持つスティーブさんは、このキッチン・テーブルでコラージュを造り、作詩は移動中の電車の中や歩いているときなど場所を問わず行っていた。今年9月に脳卒中で亡くなられた。会うといつも冗談ばかり言っていて、若い人にもとても気さくに接していた。有子さんもこのテーブルで絵画創作や作詩、執筆を行う。自費出版が多い詩の世界で彼らは出版社からの依頼で詩集を刊行し続けている

右がスティーブさんで左が有子さん。フランスの芸術文化勲章「シュバリエ」を持つスティーブさんは、自宅のキッチン・テーブルでコラージュを造り、作詩は移動中の電車の中や歩いているときなど場所を問わず行っていた。今年9月に脳卒中で亡くなられた。会うといつも冗談ばかり言っていて、若い人にもとても気さくに接していた。有子さんも自宅のテーブルで絵画創作や作詩、執筆を行う。自費出版が多い詩の世界で彼らは出版社からの依頼で詩集を刊行し続けている

スティーブさんのジャズのレコードで埋め尽くされたグリニッジ・ヴィレッジ地区のダラチンスキー夫妻のアパート

スティーブさんのジャズのレコードで埋め尽くされた部屋

当時、アート・シーンのトップには、現代美術家のアンディ・ウォーホルがいた。スティーブさんと同じ場所でポストカードを売っていたバスキアはある日、レストランで食事中のアンディ・ウォーホルのもとに向かい、自作の絵を描いたポストカードを売ることに成功した。それ以降、バスキアの生活が急速に変わっていったという。

こんなNYの生き証人たちの話を聞いて興奮していた矢先、大規模なバスキアの回顧展が行われていることを知った。ギャラリストや友人のアーティストらの強いすすめもあり、行ってみることにした。

バスキアが路上生活を送っていたイースト・ヴィレッジのトンプキンス・スクエア・パークの一角には、彼がよく絵にも描いていたジャズ・ミュージシャンのチャーリー・パーカーが1950年から54年にかけて住んでいた住居が今も残っている(写真右)。この建物は現在ではニューヨーク市歴史建造物に指定され、その近くにある道の電柱にはチャーリー・パーカー・プレイスの看板がある(写真左)

バスキアが路上生活を送っていたイースト・ヴィレッジのトンプキンス・スクエア・パークの一角には、彼がよく絵にも描いていたジャズ・ミュージシャンのチャーリー・パーカーが1950年から54年にかけて住んでいた住居が今も残っている(写真右)。この建物は現在ではニューヨーク市歴史建造物に指定され、その近くにある道の電柱にはチャーリー・パーカー・プレイスの看板がある(写真左)

イースト・ヴィレッジ地区にある1983年から88年までバスキアの住居兼スタジオのあったビル(写真左)。当時はアンディ・ウォーホルが出資していたという。現在では、セレクトショップになりニューヨーク市歴史建造物に指定されている(写真右のパネル)

イースト・ヴィレッジ地区にある1983年から88年までバスキアの住居兼スタジオのあったビル(写真左)。当時はアンディ・ウォーホルが出資していたという。現在では、セレクトショップになりニューヨーク市歴史建造物に指定されている(写真右のパネル)

NYで開かれた大規模なバスキア展 

今年3月から5月まで、NYの「ザ・ブラント・ファウンデーション・アート・スタディ・センター」(以下ザ・ブラント・ファウンデーション)では大規模なバスキアの個展が行われていた。

この施設はアメリカの起業家でコレクターのピーター・ブラントさんが創設した、現代美術やデザインの教育や美術館の支援を目的としたものだ。

ザ・ブラント・ファウンデーションの建物正面/ Photos Sean Keenan. Courtesy The Brant Foundation

ザ・ブラント・ファウンデーションの建物正面 / Photos Sean Keenan. Courtesy The Brant Foundation

ザ・ブラント・ファウンデーションの展示会場の最初の部屋。天井が吹き抜けで、プールの中から空を見上げたような窓がある。とてもぜいたくな空間だ / Copyright Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York. Courtesy The Brant Foundation.

展示会場の最初の部屋。天井が吹き抜けで、プールの中から空を見上げたような窓がある。とてもぜいたくな空間だ / Copyright Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar,
New York. Courtesy The Brant Foundation.

 ザ・ブラント・ファウンデーションの展示会場の3F。前澤友作さんが123億円で落札したバスキアの絵が平然と置かれている / Copyright Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York. Courtesy The Brant Foundation.

3Fには前澤友作さんが123億円で落札したバスキアの絵が平然と置かれている / Copyright Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York. Courtesy The Brant Foundation.

この絵は森美術館で行われていたバスキアの個展「メイド・イン・ジャパン©展」でも飾られていた /ジャン=ミシェル・バスキア Untitled, 1982 oilstick, acrylic, spray paint on canvas 183.2 x 173 cm Yusaku Maezawa Collection, Chiba Artwork © Estate of Jean-Michel Basquiat.  Licensed by Artestar, New York

森アーツセンターギャラリーで行われていたバスキアの大規模展「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」でも飾られていた 絵/ジャン=ミシェル・バスキア Untitled, 1982 oilstick, acrylic, spray paint on canvas 183.2 x 173 cm Yusaku Maezawa Collection, Chiba Artwork © Estate of Jean-Michel Basquiat.  Licensed by Artestar, New York

こちらは2Fの部屋。日本でのバスキア展と比べ、ペインティングが非常に多い。映像も、詩を書いたドローイングもほとんどない。画家の僕としては、紙に描いたドローイングや詩、映像が交ざった日本の展示よりもこちらの方が楽しめた / Copyright Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York. Courtesy The Brant Foundation.

こちらは2Fの部屋。日本でのバスキア展と比べ、ペインティングが非常に多い。映像も、詩を書いたドローイングもほとんどない。画家の僕としては、紙に描いたドローイングや詩、映像が交ざった日本の展示よりもこちらの方が楽しめた / Copyright Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York. Courtesy The Brant Foundation.

美術館のスタッフいわく、このバスキア展は、以前パリのルイ・ヴィトンの美術館で行われたバスキアの回顧展の一部(約60%)を展示しているそうだ。それが関係してか、オリジナルのカタログは販売しておらず、パリでの展覧会のカタログが置かれていた(日本では「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」 独自のカタログが販売されていた)。

ザ・ブラント・ファウンデーションの展覧会の面白いところは、日本では見たことがないほど多くのバスキアの絵画(主にペインティング)が無料で見られることだ。コレクターやお金持ちが、自身が所有する芸術作品のコレクションを鑑賞する場を無償で開放する。富裕層と一般の人々の理想的な関係がそこにあった。

NYではセントラルパークに隣接した近現代アート美術館「グッゲンハイム美術館」でも、11月6日までバスキア展が行われていた。

「メイド・イン・ジャパン©」は右上に描かれている。森美術館のバスキアの回顧展のタイトルは、この絵の文字から取られたそうだ / ジャン=ミシェル・バスキア Onion Gum, 1983 acrylic and oilstick on canvas 198.1 x 203.2  x 5cm Courtesy Van de Weghe Fine Art, New York Photo: Camerarts, New York Artwork © Estate of Jean-Michel Basquiat.  Licensed by Artestar, New York

右上に「メイド・イン・ジャパン©」と描かれている。森アーツセンターギャラリーでの大規模展のタイトルは、ここから取られたそうだ / ジャン=ミシェル・バスキア Onion Gum, 1983 acrylic and oilstick on canvas 198.1 x 203.2 x 5cm Courtesy Van de Weghe Fine Art, New York Artwork © Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York

日本でのバスキアの展覧会にも少し触れたい。11月、日本に一時帰国した際、ルイ・ヴィトン財団美術館、ザ・ブラント・ファウンデーション、森アーツセンターギャラリーのバスキア展のキュレーション(展示企画)をした美術史家ディーター・ブッフハートさんとお話しする機会があった。そのとき、なぜ今回の展示の名称を「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」としたのか聞いてみた。

いわく、80年代のアメリカにおいて、手頃な価格で高い品質を誇る日本製品は「クール」の象徴だったそうで、バスキアは「MADE IN JAPAN©」の文字を絵の中でよく使用していたそうだ。そのニュアンスも込めて、この展覧会の名称がつけられているという。「メイド・イン・ジャパン」と題していながらバスキアが日本で制作した絵画以外も数多く展示されていたことに納得がいった。

アメリカの展示会に比べ絵画作品は少なかったものの、バスキアが詩を描いた大量のノートや、日本での旅行を通して制作された作品が多くあって見応えがあった。

10代の頃、僕もバスキアの絵を模写してみたことがある。巨大なキャンバスに描かれた彼の絵は、伝統的な西洋絵画と全く違う絵画制作手法が採り入れられており、描くのが難しかったことを覚えている。

ザ・ブラント・ファウンデーションの展示を見た後に、自分なりに彼の絵を分析してみた。バスキアの絵は、大きく分けて2層のレイヤーがある。一つは背景、もう一つはその上に描かれたモチーフや詩などだ。

背景については、ジャズの影響を感じさせる。ジャズは余白を感じる音楽といわれ、演奏されていない「間」も評価される。バスキアの絵も同様に、キャンバスに余白を残しながら背景に色を付けている(どこまで背景を色づけするか、それがバスキアにとって重要だったのだろう)。その上に、紙に色鉛筆で描いたものをそのままコピー機で拡大したような線でモチーフや詩が描かれている。

バスキアはなぜ、西洋絵画の画家たちや他の同世代のアーティストらが描けなかった絵を描けたのか。もしかしたら詩人だったからこそ、絵画史に縛られないものが描けたのかもしれない。

88年に27歳の若さで亡くなったバスキアは、ブルックリンのグリーンウッド墓地に眠っている。彼のさまざまな作品に触れた日々を思い返しながら、大好きな絵画や映像、音楽や詩を数多く生み出してきたNYの街のことをもっと知りたいと思った。

今年の8月にNYの「Haco Gallery」で行われた「伊藤知宏個展/ライン・トゥー・ミー」の展示風景より。アメリカの植物学者ジョージ・ワシントン・カーヴァー氏にささげる巨大なピーナツを壁に描いた。このギャラリーでは、グラフィティ・アートのユニット「SAMO©」として生前バスキアと一緒に活動していたアル・ディアスも展覧会を行っていた

今年の8月にNYの「Haco Gallery」で行われた「伊藤知宏個展/ライン・トゥー・ミー」の展示風景より。アメリカの植物学者ジョージ・ワシントン・カーヴァー氏にささげる巨大なピーナツを壁に描いた。このギャラリーでは、グラフィティ・アートのユニット「SAMO©」として生前バスキアと一緒に活動していたアル・ディアスも展覧会を行っていた

 

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PROFILE

伊藤知宏

1980年生まれ。東京・阿佐ケ谷育ちの現代美術家。日本政府から助成金を得てニューヨークへ渡米。武蔵野美術大学卒。東京や欧米を中心に活動。ポルトガル (欧州文化首都招待〈2012〉、CAAA招待〈2012-18毎年〉)、セルビア共和国(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待〈12、14〉)、キプロス共和国(Home for Cooperation招待〈17〉)他。ギャラリー、美術館、路地や畑などでも作品展を行う。近年は野菜や花、音や“そこにあるものをえがく”と題してその場所にあるものをモチーフに絵を描く。谷川俊太郎・賢作氏らとコラボレーションも行う。ホルベインスカラシップ受賞。文化庁新進芸術家海外研修制度研修員(2018-19)および日米芸術家交換計画日本側派遣芸術家。

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