LONG LIFE DESIGN

ながくつづく雑談・第三回 大切なことをながく続けるヒント

ながくつづく雑談・第三回 大切なことをながく続けるヒント

今回は、たまにシリーズとして続けています「ながくつづく雑談」です。日常のふとしたことに「大切なことをながく続けるヒント」を感じた時に記したものを公開します。今日は僕の気づきのひと時、お付き合いください。

>>ながくつづく雑談 5話
>>ながくつづく雑談、のつづき

値段が高いものには必ず理由があります

最近、「天童木工のソファを買おうと思っているんです」という人に立て続けに出会いました。なぜ、みんな「天童木工」(柳宗理のバタフライスツールで有名)を買うのでしょう。そこにはやはり「ロングライフデザイン」のいい香りが漂っているからだと思うのです。

天童木工が他の木工メーカーと違うのは、自分のペースがあり、派手に広告とかも出さず、それでいて柳宗理、剣持勇などの“ロングライフデザイナー”としっかり関係ができている。イームズなどと交流もあり、曲げ木の製法で他社と差別化ができている。これも自分のペースを守ることとつながります。

業務用コントラクト(注文家具)を数多く扱っており、だから流行よりも、長く使うということを常に考えている。彼らの椅子やテーブルは、役場や劇場、旅館などで使われることが多く、つまり「上質で丈夫、そして一度買ったら長持ちし、素材の経年変化も楽しめる」ということ。現にビンテージ扱いされ、中古の天童木工は人気です。

ながくつづく雑談・第三回 大切なことをながく続けるヒント

出会った購入希望者のみなさんが「でも、高いから迷っています」と言っていました。そうです。少し他社と比べて高い。上質な材料で、少量生産などの理由で高い。安くて質の低い椅子を使い続けるか、少し高くても、上質な椅子で毎日を暮らすかです。

手広くものを作ると、いろんな人に知ってもらうためのPRが必要になります。企業規模が大きくなると、会社を維持するための収益が優先され、売り上げ目標を追求して自分のペースを失う。値段が高いものには必ず理由がありますよね。簡単に言うと、稼ぐためのものづくりよりも効率が悪い。ちゃんと作っているから手間がかかる。安いのは、手間をかけていないからで、愛を注いでいないことだと思うのです。高いものは、それだけそのメーカーと長く付き合えるってことだと思います。

天童木工
http://www.tendo-mokko.co.jp

ジャケ買い

今年の3月31日にTwitterでつぶやいたことですが、2000以上の「いいね」をもらい、みんな関心があるんだなぁと思いました。書いた内容は「ジャケ買いってある意味、正しいよね」ということです。これは自分というグラフィックデザイナーの立場で、パッケージデザインについていつも思うことでもあります。中身とラベルのお話です。

中身とラベルが一致していないものってたくさんあります。一致というのは、簡単に言えば、中身にふさわしい対等な表現という意味です。ラベルはどうしても「中身以上」を目指してしまいます。プロのグラフィックデザイナーたちも、「中身とのバランス」ではなく、依頼者の気持ちやブランドを意識しすぎて、格好良すぎるデザインにしがちです。
とはいえ、そういう戦いがある中身とラベルの世界。僕は極論、ラベルの面白いものは、中身も面白いとすることでいいかなと思いました。変に「写真はイメージです」とパッケージに書いてまで売るって、なんか、嫌じゃないですか?

ながくつづく雑談・第三回 大切なことをながく続けるヒント

先日、LPをかけてくれる行きつけのバーでのこと。そこはいつもカウンターにLPが山積みになっていて、そこからゴソゴソと選び出してよいのですが、LPのジャケットには、売れるとか、売れないとか、分かりやすいとか関係なく「世界観」があるものと、そうした俗なことを考えて、ウケを狙っているようないわゆる「デザイン」されたものの二種類があるなぁと感じました。

デザインはアートと違うと言われてきました。デザインは「わかりやすさ」が基本だと。ハリウッド映画のように、調査に調査を重ねて、ストーリーを原作からねじ曲げて、人工的でも感動を作り出してしまう世界です。
パッケージデザインは「コンビニの売り場での競合商品との戦い」のような環境を意識した「ほかの商品に勝てるデザイン」や「選び出してもらうためのデザイン」が主流でしたが、「その土地に行って買う」など、流通を考えない中身のためのデザインが多く現れ始めたことで、その存在が変化してきています。つまり、パッケージデザインが無くなっていっています。これまでのように「情報」を文字なんかで伝えなくても、ビニール袋に詰めながら、生産者であるおばちゃんが語って手渡せば、それで済むし、それ以上の説得力はないわけです。

昨日、飲み会で行ったお店では、グラスワインを頼んだら、説明しながら選ばせてくれるスタイルでした。解説を聞きながら、ラベルとにらめっこするわけです。同時に、やりすぎたデザイン、中身が想像できないデザインとか、ブツブツと考える。楽しいわけですそれが。
ラベルは世界観。それでいいと思いますし、世の中の商業的なものも、もっとそうであってほしいと思います。皆さんもジャケ買いに、自分の眼を養うような楽しさを見出しては、いかがでしょうか。
商業的なデザインが変わりつつある。そんな思いです。

ながくつづく雑談・第三回 大切なことをながく続けるヒント

なくならないように

群馬県高崎市で「絶飯」と言う活動があると聞きました。夫婦経営で高年齢、そんなおいしい料理店を一つ一つ「絶滅してしまうかもしれないゲキウマ店」として紹介しています。一見、ふざけてバカにしているように感じる人もいるかもしれませんが、現実にしっかり向きあい、少しでもファンを増やし、お客さんの感動とともに、生きがいを取材して、どうにか元気で続けてもらおうという企画で、とてもよくできています。

ある日、Facebookで、自分の近所の銭湯が閉店になることを悲しんでいる投稿をみつけました。ある日突然、何かの事情で閉店してしまい、多くのファンを悲しませるなんてことは、たまにあります。しかし、「今にも無くなりそう」と感じながら利用している店や、先の銭湯のような場所は、私たちの身の回りに結構あります。

「大好きな店、教えて」と聞かれたら真っ先に答えたい店。しかし、そんな店も、意外と「好き」ではあっても「定期的に通っているか」と言われると、そうでもないことが多いと思います。要するに「具体的に自分が好きだということを行動で支援していない」。そんなこんなをしているうちに、「えっ、なくなったの」となってしまう。問題は「そんな気配は、少しだけ感じていた」というところです。
高崎のその活動は、「絶飯」としつつ、「なくなったら困るし、悲しむでしょ!!」という思いを具体的なアクションにしています。「なくなってから悲しむ」では遅い。つまり「なくならないようにしよう」ということです。本当に素敵なことだなぁと思います。

絶やすな!絶品高崎グルメ 絶メシリスト
https://zetsumeshi-takasaki.jp/

東京から来ましたって……

長野にあるリ・ビルディングセンターの東野さんを訪ねました。詳しくはこちら(ながくつづく雑談 5話)を見ていただくとして、超簡単に紹介すると、取り壊される家屋から、未来に使える建築材を「レスキュー」する部隊です。

家屋やビルなどの解体は時間との勝負。とにかく業者の人は細かいことなどお構いなくどんどん捨て、壊していきます。可愛いタイルを一枚づつはがすとか、素敵な昔のガラスを一枚づつ外して、いつかのために保管しておくなんて余裕はありません。解体業の人と連携したり、自身が解体作業をするなどしなければ、せっかく素晴らしい木材で作られた縁側なんかも、とにかく解体、破棄されます。
リビルディングセンターは、そんな一つ一つを助け出し、適度に洗浄し整え、ホームセンターのように選びやすく陳列することをしています。本当に気の遠くなる作業です。

ながくつづく雑談・第三回 大切なことをながく続けるヒント

彼らの仕事を見たり、東京から地方に講演などで呼ばれて何かの相談を受けたりする時、圧倒的に思うのは「僕はそこに住んでいない」ということです。
「東京から来た」という、ある種の特別扱いで僕にできることを依頼していただくわけですが、やはり「その土地に住んで暮らしている」人の方が、地場の仕事に圧倒的に向いていると思うわけです。「東京でデザインをしている人は、世界的視野もある」という一つの考えもありますが、それも「昔の話」でしょう。

今はどんな田舎でも、宇宙のことを考えたり、海外と連絡を取り合ったりできます。そして、思うのです。「東京から来ましたって、このご時世、何にも価値がないな」と。田舎には、情報も物流もある。自然に磨かれた豊かな感性も。まだ情報社会になる前の、田舎がバカにされていた時に実は育んでいた「圧倒的な豊かな創造物」が、田舎にはある。祭がある。宗教がある。風土がある。それは東京のような場所では得られないものです。
心の時代になっていく今は、海外のかっこいいデザインに一刻も早く出会えることが価値や競争相手に差をつけることだった昔とは違う。

「東京にいます」って、なんなんだろう。「東京でデザイナーをやっています」って、どういう意味を指すのだろう。どういう意味になっていくのだろう。
と、言いながらも東京にいるからには東京の新しい役割を探さなくてはなりません。東京には「ロングライフデザイン」な発想を受け入れる土壌がなかなかない。けれど、それを全国に発信する力はまだ残っていると思います。
ますます「時間」が大切だと考えられていく時代に、東京は地方を見習って少しゆっくり、ゆったりになったらいいなぁとは個人的には思うのですが、東京はますます猛スピードになっていくでしょうね。

気持ち良さ

沖縄の宗像堂で宗像さんと「水」について話しました。「水はかなりの情報を蓄える性質を持っている」という話で、水をたくさん含む花に話しかける時も、悪い意味の言葉を投げかけられた花は、早く枯れていくという類の話です。

宗像さんのパンはどうしておいしいのか、と、聞くと、パン窯をつくる時に、良い情報を蓄えた水を使って練り込んだレンガなどを使ったとのこと。パンをつくる水も……。「僕のところのパンは、パン生地が窯の中で同期する」とのこと。僕はこういう話は割と信じるというか、好きな方で、だから、宗像堂にはそういう人たちが集まり、場の居心地が出来上がっていくんだなぁと思いました。

宗像さん自身も大学と連携して、古代種の小麦などを栽培する研究家タイプ。そういう、神様寄りなところと物理的研究もしているバランスが好きです。
焼き物の窯場を訪ねると、いつもそういう気配を感じます。火や水に感謝の気持ちを込めているからでしょう。たこ焼きも、同じ水なのにつくる人によって全く違う味になるとか……。

この時、沖縄を訪れたもう一つの理由が、僕が「居心地」について考えるうえで、とても影響を受けたホテル「ザ・ナハテラス」にもう一度泊まることでした。
町の真ん中にあり、窓からの眺めもマンションや住宅……。沖縄らしい、海を一望する景色とはかけ離れています。それなのに「リゾート」感がしっかりある。入り口から続く廊下の幅、ベッドと壁までの距離。広い脱衣所とそこに敷かれたマットの質。自然光を意識したバスルームの照明の考え方。窓にはカーテンではなく、ブラインドを。そして要所要所にランの花……。

ながくつづく雑談・第三回 大切なことをながく続けるヒント

気持ちのいい空間には、絶対に“黄金比”のようなものがあると思います。それは「人」でもあり、「距離」でもあり。やはり「無理」の少ないことが、気持ち良さの元なんじゃないかなぁと感じます。いわゆる効率から計算した寸法ではなく、気持ちの良さを追求した寸法でつくられている。そういうつくり方があることを、このホテルに来るたびに思います。

最近のリゾートホテルは、場所がリゾート的なだけで、中身は効率を計算したただの広めのホテルでしかありません。窓からリゾート的な眺めが見られますが、ナハテラスのような心地よさを感じるホテルは意外とありません。
想像したことはありませんが、ナハテラスがビーチにあったらどんなことになるだろう……。ビーチになくてもこんなリゾートのリラックスを作れるなんて、と思います。一度は皆さんもぜひ。

ザ・ナハテラス
https://www.terrace.co.jp/naha/information/about.php

あわせて読みたい

ながくつづく雑談 5話

ながくつづく雑談、のつづき

MY LONGLIFE DESIGN.3 「僕の生活の中のロングライフデザイン」

LONG LIFE DESIGN:連載一覧はこちら

[ &M公式SNSアカウント ]

TwitterInstagramFacebook

「&M(アンド・エム)」はオトナの好奇心を満たすwebマガジン。編集部がカッコいいと思う人のインタビューやモノにまつわるストーリーをお届けしています。

PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2ヶ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

MY LONGLIFE DESIGN.3 「僕の生活の中のロングライフデザイン」

一覧へ戻る

続・ながくつづく、を考える どうやって市場と意識を育てるか

RECOMMENDおすすめの記事