インタビュー

細野晴臣 “巻き込まれ型の50周年”記念インタビュー

今年(2019年)はデビュー50周年。はっぴいえんど、YMOといった伝説のバンドのメンバーとして活動し、1980年代には松田聖子や中森明菜など歌謡界のトップアイドルに楽曲を提供。『万引き家族』など映画音楽も手掛け、小山田圭吾や星野源など後続からの熱いリスペクトも集める。長年一貫して音楽シーンに多大な影響を与え続ける希代の音楽家、細野晴臣。

今回のアニバーサリーイヤーに際しては、セルフカバーアルバム『HOCHONO HOUSE』の発売、アメリカ公演や展覧会『細野観光1969-2019』があり、ドキュメンタリー映画『NO SMOKING』が上映された東京国際映画祭ではレッドカーペットを歩いたり……。

ファンにはお祭り騒ぎだが、ご本人は「巻き込まれ型の50周年」とあくまで淡々とほほ笑むばかり。どこまでもそのたたずまいは軽やかだ。そんな細野さんの、“いま”の音楽づくり、そして、ひょうひょうと自由に「いま」を旅する秘訣(ひけつ)をインタビューした。前後編に分けてお届けする。

“巻き込まれ型”で迎えた50周年

デビュー50周年記念のイベントなどが目白押しだ。ファンとしては非常にうれしいが、シャイなイメージもある人だけに、細野さんがこれだけ人前に出られることが続いているのは意外な気もする。

「自分がいちばんびっくりしてます(笑)。最初は他人事のようなつもりだったんですけど。のんびり構えてたら、だんだん巻き込まれていって。巻き込まれ型の50周年ですね」

“巻き込まれ型”。つまり、周りが細野さんを放っておかない、ということだろう。ともあれ結果的に、50年の軌跡を概観する機会の中で、過去のご自身と向き合う時間が続いたのではないか。

「できれば向き合いたくないんですよ。僕は普段、鏡を見ずに暮らしていますから。それは比喩的な意味じゃなくて、実際に鏡を見るのが好きじゃない。自分の姿をいいと思ったことがないんで」

本当ですか? と思わず返してしまった。今日もモノトーンのセットアップスーツにハンチング帽を合わせた独特のスタイル。いつも気負わず圧倒的におしゃれな細野さんである。

 

細野晴臣 “巻き込まれ型の50周年”記念インタビュー

自分に向き合いたくないという細野さんだが、音楽では、今年、1973年のファーストソロアルバム『HOSONO HOUSE』をリメイクしたアルバム『HOCHONO HOUSE』を発売している。セルフカバーの制作過程はどんなものだったのか。

「『HOCHONO HOUSE』を気軽にやり始めたんだけど、だんだんその難しさがわかってきてね。自分の過去の作品と向き合うっていうツラい作業を、なんでやり始めちゃったんだろうって……(笑)。まずは後悔したんです。本当は過去の作品は過去のままで放っておくべきなんです。でも、なんか魔が差したというかね。『HOSONO HOUSE』は自分ではあまり聴かないアルバムなんですよ」

とはいえ、『HOSONO HOUSE』は、今の若いリスナーにも、とても人気があるアルバムだ。

「それをここ数年、だんだん知るようになって。若手のミュージシャンたちから言われることが多かったんです。『音が良い』とかね。『どこが良いんだろう?』とか思いつつ(笑)。自分ではわからないけど、みんなコレ好きなんだな、っていうことがわかってきたんで。じゃあちょっと……『からかいたいな』っていうか(笑)、『HOSONO HOUSE』が好きな人たちの反応を見たくて」

人生、退屈しちゃうのが嫌

細野晴臣の50年を見て改めて驚かされるのは、その大胆で柔軟な「変化」だ。「日本語ロック」を立ち上げた「はっぴいえんど」から、エキゾチックな音楽の桃源郷を探し求めたハリー細野の時代、テクノポップの旗手として国際的な活動を展開したYMOなどへと、長らく時代の先端で日本のポップ・ミュージックをリードしながら、音楽性と共にルックスまで変わっていく。

そんな細野さんからはいつも「いま」の匂いがする。”変わらずに、変わり続ける”という柔軟な変化と一貫してブレない定点を両方持続していくコツはあるのだろうか。

細野晴臣 “巻き込まれ型の50周年”記念インタビュー

「大ヒットしないことですね」

このひと言。思わず笑ってしまった。しかし1980年代には松田聖子や中森明菜など歌謡界のトップアイドルに提供し、大ヒットした楽曲はたくさんある。

「曲はあるんですけど、個人のキャラクターがヒットすると、そこから抜けられなくなるんですよね。もちろん歌謡曲の歌手の皆さんは、一曲大ヒットすれば一生食べていけるっていうメリットはありますよ。ただその替わり、そのヒット曲をずーっと歌い続けなきゃいけないし、他のことが自由にできなくなるんですよね」

ピークをあえて作らない、と。どこか心に留めているのだろうか。細野さんは「いや、作らないのではなく、作れない」と苦笑いした。でも細野さんがずーっと時代の中で気ままに横滑りしていく感覚というのは、僕らが追体験しても面白い。

細野晴臣 “巻き込まれ型の50周年”記念インタビュー

2019年、NYライブにて ©2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

「たぶんね、アーカイブが進んだ今の時代だからこそ、僕の50年の活動なんかも俯瞰(ふかん)できるんです。自分の音楽的変化の様子を皆さんが一望できるし、自分でも見ることができる。そういう動きのおかげで、過去の活動や作品も楽しんでいただけるようになってきたのかなと。でも自分がその時代時代で一所懸命やっている最中はね、50年の全体像なんて当然まったくわからないですから。リアルタイムでは“細野さん、急に変わっちゃったね”とかいろんなこと言われてきました(笑)。全然違うように見えるフィールドに突然行っちゃうものですから、後をついてくる人があんまりいなかった」

失礼な言い方をすると、興味や好奇心の赴くまま遊んでいる子供みたいな感じ。

「全然失礼じゃないですよ。その通りです。僕の場合は自然にそうなっちゃうんですね。飽きちゃったことを続けるのが本当に好きじゃないんで。人生、退屈しちゃうのが嫌なんですよ。さすがにこの年齢(72歳)になると、別になにもしなくてもいいかなって、やっと思い始めたんですけど。若い頃は“退屈したくない”っていう気持ちが強かったし、実際好きなことが次から次へと出てきちゃう。基本的には今もそうなんですけどね」

細野晴臣 “巻き込まれ型の50周年”記念インタビュー

©2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

細野さんは、実生活でも引っ越しを繰り返すことでも知られる。都市に住みながら、旅人のようでもある。

「生活していると、日々の生活の雑多なものはどうしても溜まっていきますよね。それがたまりすぎると、引っ越しのチャンス(笑)。でも、なかなか自由になりきれないのが悩みなんですよ」

               ◇

試みが新鮮なうちは面白いけれど、それが次の段階に移ったときにはもうつまらなく感じる。それが細野さんの「飽きる」ということだろうか。「心が躍るかどうか」に忠実になる、それが「いま」を渡り歩く秘訣(ひけつ)なのだろう。

(取材・文=森直人 撮影=野呂美帆)

後編へつづく
>>細野晴臣 いまの音楽には何かが足りない感じがする

細野晴臣(ほその・はるおみ)

1947年東京生まれ。音楽家。1969年、エイプリル・フールのメンバーとしてデビュー。1970年、はっぴいえんど結成。73年にソロ活動を開始。同時にティン・パン・アレーとしても活動。78年、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成。また歌謡界での楽曲提供を手掛け、プロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント・ミュージックを探究、作曲・プロデュース、映画音楽など多岐に渡り活動。2019年にデビュー50周年を迎え、3月にファーストソロアルバム『HOSONO HOUSE』を新構築した『HOCHONO HOUSE』をリリースし、6月にアメリカ公演、10月4日から東京・六本木ヒルズ東京シティビューにて展覧会『細野観光1969-2019』を開催。自身の半生と音楽活動を振り返ったドキュメンタリー映画『NO SMOKING』が公開中。

※映画『NO SMOKING』詳細はhosono-50thmovie.jp

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