ラガーマンから起業家へ、新たな世界へ挑戦するカギは「キャプテンシー」 元ラグビー日本代表 廣瀬俊朗の視線PR

今年の春から起業家に転身した、元ラグビー選手の廣瀬俊朗さん。ラグビーワールドカップのアンバサダーに、スポーツの普及活動に、テレビドラマ出演にと、目まぐるしく目の前の景色が変わっていく毎日を送っています。

グラウンドを離れ、今は何を見つめているのか。その視線の先にあるものについてお話を伺いました。
(聞き手=渡部麻衣子 撮影=山田秀隆)

会社を飛び出し、起業家へ

——2016年に現役を引退した後、所属していた東芝でコーチを務めながらMBA(経営学修士)取得のために大学院へ。なぜ経営を学ぼうと考えたのでしょうか。

選手を引退して一度燃え尽きた後に、また何か新しいものを追い求めたいという気持ちが湧いてきたからです。

いつかビジネスに挑戦するにしても、自分はこれまでラグビーしかやってこなかったので、まずは経営のベースを勉強してみようと入学を決めました。

ラガーマンから起業家へ、新たな世界へ挑戦するカギは「キャプテンシー」 元ラグビー日本代表 廣瀬俊朗の視線

——講義で印象に残っているものはありますか?

特に興味深かったのは、イノベーションの講義。もともとアイデアはわいてくるタイプなのですが、それをどう掛け合わせるとイノベーションを起こしやすいのかを学べたのが良かった。

——廣瀬さんは、2019年2月に東芝を退社されました。

2012年から2年間、エディーJAPANのキャプテンを務め、ラグビーを盛り上げようとがんばってきた自分だから、2019年のワールドカップでは現役の選手たちのために何かしなくてはいけない。会社に行っている場合じゃないんじゃないか。そう思って退社を決めました。

単純に、まだ知らない世界を見てみたかったというのもあります。常によくありたいんです。同じ世界で同じ人にしか接していないと刺激もなく、自分の発想も限られる。でも、いろんな人に会うと世界が広がるし、大きなこともできるから。

ラガーマンから起業家へ、新たな世界へ挑戦するカギは「キャプテンシー」 元ラグビー日本代表 廣瀬俊朗の視線

——何の保証もない中で踏み出す新たな一歩に、不安はなかったですか?

お金のことを考えたら不安だし、この先の人生を思えば会社を辞めるのは怖かった。だけどそれ以上に、死ぬときにあれもこれもやりたかったって後悔する方が嫌だったんですよね。

でも何も考えずに辞めたわけではないですよ。ラグビーワールドカップが1年後に控えているので、自分が活躍できるフィールドが必ずあるという勝算はありました。

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ラグビー普及の講演活動のために日本中を飛び回る(廣瀬さん提供)

——実際にワールドカップのアンバサダーになり、ドラマ「ノーサイド・ゲーム」にも出演されましたね。

監督が慶應ラグビー部OBだった縁で声をかけていただいたのですが、本物のプレーを見せることによってワールドカップを盛り上げることに貢献できたのは良かったです。……顔がアップになるシーンが多かったので、それは恥ずかしかったですけど。

新たな挑戦、そして変化

ラガーマンから起業家へ、新たな世界へ挑戦するカギは「キャプテンシー」 元ラグビー日本代表 廣瀬俊朗の視線

——2019年3月に自ら立ち上げた、株式会社HiRAKUの事業内容を教えてください。

今年はワールドカップがあったので試合解説やアンバサダーなどラグビー関連の仕事が多かったですが、ラグビーに限定せず、スポーツの普及を一番の軸に活動しています。

いろんなスポーツを体験できるアカデミーのようなものもいずれやりたいと考えているんですよ。日本だと、一つのスポーツを始めるとそれしかやらないことが多いけれど、いくつかやってみた方が視野も広がるし、自分に合うものが見つけられる。それに、経験したことのある競技なら観戦にも行きたくなるだろうから、スポーツ市場全体の成長にもつながるはずです。

——ラグビー選手だったころと、起業家になった今。ガラッと変わったことはありますか?

現役のころはラグビーだけやっていれば良かったけど、今はいろいろ平行して動いている感じがあります。タイムマネジメントとか、プライオリティーをどこに置くかとか、バランスをとるのが難しくなった気がしますね。あとは、ワーク・ライフ・バランスについても考えるようになりました。

海外の人は本当に家族を大事にしていて、仕事が途中でもスパッと帰るし、「ラグビーよりも人生が大事」とか普通に言うんですよ。

これからますます仕事の内容も幅も変わっていくので、自分の人生にとって仕事はどれだけ大事なのか、家族との時間をどう確保するか。人生を楽しむためにも、そこはもうちょっと考えないといけないと感じています。

「日本一のキャプテン」とは

——HiRAKUの事業もマルチに展開されていますが、その中には「キャプテン」をサポートする取り組みもされているそうですね。

僕は中学から大学、社会人、日本代表とキャプテンを務めてきましたが、キャプテンは全然華やかな役職じゃなくて、気苦労の多い中間管理職。監督と選手の間で毎日悩んで、組織作りも人間関係もなかなかうまくいかない日々を送ってきました。

だから、自分の経験を生かしてアドバイスをする仕事がしたいと思ったんです。でも、やり方は少し再考の余地があるかもしれない。

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——何か問題があるんでしょうか。

楽天野球団の立花(陽三)社長とお話ししたときに、「コンサルって責任を負わずに口出すだけだよね」と言われてグサッときまして(笑)。確かに、失敗したら会社潰れるかもくらいの責任を負う方が、事業としてもやりがいがありますよね。

耳に痛い言葉を言ってくれる人ほど貴重です。ただ怒っているだけだと感じたらすぐにポイッて忘れますけど、その言葉の真意は何かというのはいつも考えます。

——他にも思い出深いアドバイスはありますか。

ラグビーをしていたころにも言われてきつかった言葉、結構ありますよ。たとえば、冨岡(鉄平)さんからキャプテンを引き継いだときに言われた、「お前が東芝で日本一のキャプテンにならないと、チームも日本一になれないぞ」。

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東芝でキャプテンを務めていたラガーマン時代(廣瀬さん提供)

——東芝がトップリーグで3連覇した後を、廣瀬さんが託されたんですよね。

言われたときは自分がキャプテンとしてどうやっていくかなんて定まっていなかったから、「自分は勝ってきたから言えるやん……」とプレッシャーしかなかった。「日本一のキャプテン」はどんな存在なのか、ものすごく考えさせられました。

あともう一個、きつかったのは、2012年にエディー・ジョーンズ監督から日本代表のキャプテンを任されて2カ月も経たないうちに言われた、「同じ過程をたどったら同じ結果しか出ない。やりかたを変えろ」。

当時は苦しかったです。自己否定されたも同然ですし、何をやればチームが良くなるのかもわからなくて試行錯誤の繰り返しでしたから。

——とはいえ、東芝ではキャプテンになった年の優勝こそ逃したものの、翌年には日本一に返り咲き、エディーJAPANではチームの大義として「日本ラグビーの新しい歴史を築く」「憧れの存在になろう」を掲げ、チームメート全員にそれを共有させることで現在の日本代表の強さにつながる礎を築きました。

とにかく組織作りのために色々と試してみたのが良かったのだと思います。例えば試合前はみんなで集まってスパイクを磨くという簡単なものから、ベテランの選手と若手を組ませるメンター制度もつくりました。

あと大切なのは覚悟を持つこと。人からのアドバイスを自分ごと化できれば、自分を奮い立たせる力になります。

廣瀬流、一歩踏み出すために必要なこと

ラガーマンから起業家へ、新たな世界へ挑戦するカギは「キャプテンシー」 元ラグビー日本代表 廣瀬俊朗の視線

——廣瀬さんのように新しい一歩を踏み出すためには何が必要でしょうか。

今は大企業に勤めていれば安泰という時代じゃないし、自分がやりたいことを仕事にできる時代です。

もし何か今とは違うことをしたいと考えるなら、自分のやりたいことがはっきりしていない段階でも、違う分野の人と話してみるといいと思います。「この人はこういうことがしたいのか、じゃあ自分はどうだろう」と考えるきっかけをもらえるから。

二枚目の名刺を持ってみるのもいいですね。僕も今NPOの活動をしていますが、土日や、平日の空き時間を使って何か一つプロジェクトをやりきると自信になります。

それから、一番大事なのは、なぜそれをやるのか目的を明確にすること。これさえはっきりしていれば、何度失敗してもまたがんばろうと思えます。

——どうしてもうまくいかないときはどうしたらいいでしょうか。

そのときは最初の設定が違うんじゃないかと考えるといいですよ。目的達成のためにこういう行動をすると決めても、その前提が間違っていた場合は苦しいだけ。

うまくいかなかったら別の行動を試すことを繰り返しながら、少しずつアップデートしていけばいいと思います。

——キャプテンとして試行錯誤していた経験が、今の姿勢にも生かされているんですね。

どうしたらいいのか毎日悩んでいましたから(笑)。まぁ、過去は変えられないですからね。失敗してしまったものはしかたない。切り替えを早くした方が楽しく生きられるので、僕はこれからもその姿勢は変えずに挑戦を続けていきます。

新たな視界へ!
世界初※1、調光機能付きコンタクトレンズが登場

目の健康を第一に考え使い捨てコンタクトレンズを世に送り出してきた 「アキュビュー®」に、目に入る光の量を自動で調節するコンタクトレンズ「アキュビュー®オアシス®トランジションズ スマート調光™」が登場!通勤・通学中の朝の光、パソコンやスマホの画面、夜間の車のヘッドライト――。様々なシーンで光にさらされている私たちは、1日を通して知らない間にストレスを感じています。そんな光の影響を軽減するために、調光という技術のもと発想されたのがこのコンタクトレンズ。光の量に応じてレンズの色がスムーズに変化し、目に入る光の量を自動で調節します。レンズの色が変化しても、視界が暗くなることはなく見え方は自然。まずは2週間、違いを感じてみませんか。

 

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アキュビュー®オアシス®トランジションズ スマート調光™
※コンタクトレンズは高度管理医療機器です。必ず事前に眼科医にご相談のうえ、検査・処方を受けてお求めください
※ご使用前に必ず添付文書をよく読み、取り扱い方法を守り、正しく使用してください

光のぼやけギラつきが少なく!

ラガーマンから起業家へ、新たな世界へ挑戦するカギは「キャプテンシー」 元ラグビー日本代表 廣瀬俊朗の視線

※画像はイメージです
左:通常の状態/右:光が調節された状態

日常の様々な光に対応。一日中、光のストレスに負けない快適さへ。電灯の光や運転時の対向車のヘッドライトなど、昼夜・屋内外どのような場面でも光を調節します。また、レンズの色が変化しても、瞳が茶色や黒色の場合は、外観上の印象はほとんど変わりません。

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販売名:アキュビュー オアシス トランジションズ スマート調光
承認番号:30100BZX00095000
®登録商標 ©J&JKK 2019
※1Johnson & Johnson, Inc. は光を調節する本タイプのコンタクトレンズを世界で初めて上市しました。
※装用感、見え方には個人差があります。

 

https://acuvuevision.jp/

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