開高健没後30年、言葉の巨人しのぶ集いで明かされた秘話 “新刊”も出版PR

「悠々と急げ」「少年の心で、大人の財布で歩きなさい」。数多くの名言を残し、小説・ノンフィクション・エッセイ・広告・旅・食・酒・釣り――と多彩な分野で大きな足跡を残した作家、開高健。今年は没後30年、来年は生誕90年にあたり、さまざまな関連イベントが企画され“新刊”も出版されるなど、あらためてその山脈のような仕事と作品群に注目が集まっている。

開高をリアルタイムで知らない若い世代の関心も高まるなか、12月17日、ゆかりの人たちがその芳醇な世界を熱く語り合うトークイベント「ビギナーズKAIKO! 渋谷でまるごと開高健」が東京・渋谷で開催され、150人超が集まった。

開高健没後30年、言葉の巨人しのぶ集いで明かされた秘話 “新刊”も出版

会場には、膨大な書籍群の販売ブースのほか直筆原稿や愛用の釣り竿、ルアー、帽子などに触れられる展示コーナーも設けられた。「エロ新聞で包んだフィッシュアンドチップス」といった開高作品にちなんだオリジナルフードも供され、アルコールを交えてざっくばらんに“開高愛”を語り合う一夜限りのイベントは、深夜まで大盛況だった。

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エロ新聞で包んだフィッシュアンドチップス

コピーにしのばせた時代への問題提起

頭で、手で、足で、口で、鼻で、目で……まさに全身をつかって世界を、そして人間をつかみ取ろうとした巨人・開高だが、そのキャリアのスタートは、広告マンだった。

大学生で父となり、23歳で「口に糊するため」壽屋(現サントリー)宣伝部に入社、広報誌『洋酒天国』を大ヒットさせるとともに、数々の名コピーを生み出す。

開高というと、晩年のまるまると肥えた人なつっこい福顔と人生の大先達のような風格のイメージが先行する。だが、20代の頃は頰のこけたいかにも文学青年然とした風貌で、カミソリのような危うさもはらんでいる。「うまいんだな、これがっ」「きれいなおねえさんは、好きですか」などのコピーで知られるコピーライターの一倉宏さんも、「ロマンチストで、ヒリヒリするような鋭さと繊細さを兼ね備えた方だった」と振り返った。

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映し出されたトリスウイスキーの新聞広告

開高が作った1961年のトリスウイスキーのコピー「『人間』らしくやりたいナ」について、一倉さんは「戦後のコピー史に残るもの。経済的に豊かにはなっているけれど、『それが人間らしさなのかい?』という問題提起であることが、いまではありありとわかります」と解説。高度経済成長に邁進する世相への早すぎる違和感の提示だったという見方を示した。

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一倉宏さん

お蔵入りした英国撮影のテレビCM

作家専業になってからもサントリーとのつながりは深く、ウイスキーのテレビCMに何本も出演している。雑誌の企画との絡みもあり、国外で釣りにいそしむ姿を映したものが多い。

CMプランナーの藤森益弘さんは何度も開高に同行し、スタッフらとともに釣果を競い合った。「釣りがテーマなのに、まったく釣れず徒労に終わってしまうことまでテーマにしてしまい、最後に『いったい日本はどうなるのであろう』と開高節で締める。そういう独特の世界観をCMに織り込む仕事をできたことは、幸せでした」

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藤森益弘さん

わざわざニューヨークにまで出掛けながら、自由の女神には目もくれず、その足元でチョウザメやブルーフィッシュを釣り上げるべく竿を振るというのはいかにも開高らしいエピソードだが、この時は撮影最終日に至るまでまったく魚影の音沙汰なしで、あわてて市場で魚を買ってきて「演出」したという。

1988年には、開高がイギリスの友人宅を訪ねてフライフィッシングの手ほどきを受ける、との設定で数千万円かけて現地ロケをしたものの、サントリー宣伝部長の「これはオンエアできん」との一言でお蔵入りになったことがあった。

理由はいまだに定かではないが、会場ではこの「幻のCM」が上映され、来場者たちが「どこに問題があったのか」と推理し合い、盛り上がる場面もあった。

こうした印象的な撮影秘話を明かす一方で、藤森さんは、カナダでの撮影の合間に湖を見つめ、ひとりぽつねんとたたずむ開高の姿が網膜に残っている。作家の最晩年、結局は未完に終わった小説『花終る闇』の執筆期だった。

「書けない悩みを抱えていたんでしょう。見たこともないような暗い顔をしていて、声をかけられませんでした。作家の苦しみを垣間見た思いがしました」

『ずばり東京』のご褒美だったベトナム取材

開高は前回の東京五輪の際、急激な開発の下で生じる首都の矛盾を週刊朝日の連載ルポ『ずばり東京』で描いた。高速道路に覆われてしまった日本橋川を描いた筆致は「“空”も“水”もない。広大さもなければ流転もない。あるのは、よどんだまっ黒の廃液と、頭の上からのしかかってくる鉄骨むきだしの高速道路である」と、いつになく陰鬱だ。

当時の担当編集者だった永山義高さん(公益財団法人「開高健記念会」理事長)は「取材者としても素晴らしかった」。取材では「記憶しないことは書くに値しない」と、一切メモをとらないのがスタイルだったという。

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永山義高さん(中央)、藤原光昭さん(右)

この連載の好評を得て、週刊朝日編集部は開高に「国内外のどこでもいいから旅をして、好きなことを書いて下さい」との祝儀企画を持ちかける。開高は迷わず「ベトナムや」と答えた。五輪の閉会式からわずか3週間後、開高は戦地へ旅立った。

開高夫人は「もし万が一のことがあったらどうするの」と編集長に詰め寄った。永山さんは編集長からの「開高家にちょくちょく通うように」との指示に従い、東京・杉並の自宅に毎週通って夫人の手料理のご相伴にあずかったという。

この時のベトナム体験が、傑作『輝ける闇』に結実し、その後の開高文学を大きく変えることになる。

「いかに生きるのか問うた『輝ける闇』」

朝日新聞社の臨時特派員としての従軍取材は、ベトコンに包囲されるなどし、200人の部隊で17人しか生き残れなかったというすさまじいものだった。

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角幡唯介さん

ノンフィクション作家で冒険家の角幡唯介さんは、この『輝ける闇』との出会いが自分の人生に影響を与えたと紹介。「開高さん30代の作品ですが、実は戦争の話ではなくて、開高さんが自分の生や実存をどう打ち立てるのか、いかに生きるのかという問いをひたすら書いた話だと思う。僕も30代でどのように生きるのかを見つけるのに必死だった時に読み、『ああ同じだ』とすごく共感をもちました」

若い世代にもじわり浸透する開高の魅力

「ビギナーズKAIKO!」イベントは、かつての担当編集者らでつくる「開高健記念会」の会員ら有志が企画した。メンバーには若手も多い。

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開高健没後30年、言葉の巨人しのぶ集いで明かされた秘話 “新刊”も出版

トークイベントのモデレーターを務めたヤフーの事業プロデューサー藤原光昭さん(37)は、ジャーナリスト志望だった学生の時、ある新聞記者に勧められて読んだ『ずばり東京』が開高との出会いだ。

「ネットでどんな情報もすぐに得られる時代だからこそ、簡単に手に入らない濃密な情報が詰まった、読んだ途端に別世界に連れて行ってくれる開高さんの本の価値は、より輝いていると思います」と語る。

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ナイーブな側面を再発見できる『開高健のパリ』

集英社の宣伝部に勤める平あすかさん(40)は、今年9月に刊行された『開高健のパリ』を担当した縁もあって、イベント企画に参加した。高校生のころに小説『パニック』『裸の王様』を読んで以来のファンだという。

『開高健のパリ』は、開高が紹介文を添えたモーリス・ユトリロの画集(1961年刊行)に、パリ関連のエッセイを再編集して加え、さらにパリ在住の写真家・山下郁夫氏の写真を加えてまとめたもの。来年にかけての「開高Year」の先駆けとして出版された。

開高健没後30年、言葉の巨人しのぶ集いで明かされた秘話 “新刊”も出版

ユトリロはアルコール依存症による錯乱から脱出するために絵を描き続けた画家で、その画風は人間を強く拒絶した“静”が支配している。美食家でエネルギッシュ、陽性な“動”の開高の世界とは相反するかのように思われるが、平さんは「開高さんは行動する作家のイメージが付きまとう。でも実は悩める人で、陰もあり、苦しみながら書き続けた人です。ユトリロに惹かれたのも、重なる部分があると思ったからでは」と話す。

まだ自分が何者かを知らずに苦闘する若き作家の最初期の「旅」の姿を描き、あまり注目されてこなかった開高のナイーブな側面や魅力を再発見できる、ひと味違う開高本に仕上がっている。開高ファンは男性が多いが、この本は女性の購入者も多いという。

再び問われる東京五輪

二度目の五輪開催を控え、藤原さんらは、開高がつぶさに観察した東京の姿をあらためて捉えなおそうと、『ずばり東京』を題材にまたファンが集えるような企画を考えている。

再開発ラッシュのビルが高さを競い合う令和の巨大首都の風景は、55年前と重なるかのようだ。『ずばり東京』で開高はこう書いた。

「問いつづけることのなかにしか答えはないはずである」

(文・石川智也 写真・千葉正義)

料亭さながらの日本料理を気軽な値段で楽しめる「立ち呑み 三ぶん」(東京・日比谷)

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