時計が語る「ストーリー」を紡ぐ 「ホディンキー」日本版編集長のビンテージ愛

米国の高級時計専門ウェブメディア「ホディンキー」の日本版が11月、ハースト婦人画報社による運営で設立された。本国版は新製品の紹介だけでなく、日本の時計雑誌ではあまり見られないビンテージ時計の特集のほか、ネット通販も手がけていることなどが特徴だ。日本版のトップに就任した関口優編集長(35)に今後の展望を聞いた。

「商品」でなく「文化」としての価値を伝えたい

――米国版のホディンキーは昔からご存じでしたか?

関口 ハースト婦人画報社が今年6月に立ち上げのリリースを出しているのですが、日本版が出来るということはその時に知りました。米国版のことはもちろん以前から知っていたし、今年1月のジュネーブで会場内スナップで声をかけてもらって取材を受けたこともありました。先日、その取材チームとも再会したばかりです。

――日本版が上陸すると知った時の心境は?

当時は『ウォッチナビ』(学研プラス)の編集長でしたので、大きな脅威、ライバルがくるな……と。ホディンキーはオンラインメディアですが、日本にないタイプの記事や特徴がある媒体ですから。僕がウォッチナビでやりたいなと思っていたことを、既に取りそろえていたんです。

例えばユーザーのコミュニティーでコメントをつけられる機能とか、参加者には個人情報も頂いているのですが、彼らのためのイベントやEコマースも展開している。どんな人がどんな時計を好きか、どんな購買意識があるのかが分かっているんです。だからピンポイントで彼らのためのコンテンツも作れる。ブランドとコラボレーションの時計も作っているのですが、それもどんなものが欲しがられているかというのは分かっていて、強いなと思います。

「ホディンキー」日本版サイトのトップページ

「ホディンキー」日本版サイトのトップページ

――メーカーは新製品を売り出したいから、広告のことを考えると非常に難しいけれど、ホディンキーはビンテージについても特集をしている。日本ではあまり見たことがありません。

関口 ビンテージというか、中古、リセールの商品のマーケットが日本の場合はグレーというか、広告主は正規のメーカーやお店なので、やりづらいのは確かです。並行輸入のお店が日本のマーケットでは非常に強い。「ロレックス」で検索すると上位にはほとんど並行輸入のお店がヒットします。

そこを見て気にするのって「今、この時計は定価より高くなっていて、実勢価格では、いくらなの?」ということばかりになってしまいます。それは一面ではあると思うのですが、あまりプレミアムが付くのって、20年~30年前にエアマックスでやっていたことを繰り返しているように思えます。

もっと文化的なものとしてお伝えしたいし、(価格ばかりに注目が集まるのは)ユーザーにとってもメーカーにとっても、あまりためにならないのではないでしょうか。得をするのは中間業者だけではないか、と。ただ単にそこに付く金銭的価値だけが話題になっている。そこには違和感がありますね。

2016年あたりから、急激にこうした傾向が顕著になりました。新興国で富裕層が増えて、高級時計のマーケットが拡大しているという背景があります。いま、ロレックスのデイトナは定価が税込み130万9千円なのですが、今は買ってすぐに転売すると最低でも倍で買い取られます。それって、やっぱりおかしい状況ですよね。そういう市場調査の記事もフラットに書いていきたいとも思います。ただ、これは報道という意味で、新聞にもきちんと書いてほしい話題です。

厳密にはビンテージと単なるリセールというのは扱いが違うのですが、そのあたりの線引きも難しい。一方で、ホディンキーはむしろ、昔の時計を取り上げることから始まっている。

米国版は08年にスタートしているのですが、最初に注目を集めたのが、スティーブ・マックイーンの時計が高額で落札されたというニュースを大きく扱った記事でした。時計にはそういった、誰が所有していたのかという「ストーリー」も価値として評価されている、というのを書いた内容でした。

――そういう記事を出していたメディアが、広告にも手を伸ばして成功しているということにも注目ですね。

動画や音声を使ったコンテンツを、かなり早い段階で作ってきた媒体です。紙からのスタートではなくウェブが出発点だということが大きかったのではないかと。発想が違うのです。見せ方の面で最先端のものをどんどん取り入れていった。オンラインだと相性がいいですから。

ビンテージでマニアックな時計について、著名人が語るというコンテンツもありました。カット割りなどもアーティストのPVを制作している人物が初期から入って制作にかかわっている。それでメーカーの方も無視できなくなって、バーゼル取材などでもだんだん受け入れられるようになったと聞いています。

――私が継続的に取材している欧州のファッションのショーの現場でも、メディアの席には紙媒体の取材者の席数が年々減り、オンラインメディアやインフルエンサーの人が目立つようになってきました。

そうですよね。やはり数年前から、ウォッチナビでもウェブにもシフトしようと考えていたし、広告主側からもそういった要望が伝わってきていました。

ビンテージ時計の紹介コンテンツも充実

ビンテージ時計の紹介コンテンツも充実

「刺さる」独自記事を濃いユーザーに届ける

――実際、どのように今回のヘッドハンティングがあったのですか?

関口 7月ごろ、カジュアルに声をかけてもらいました。その後日本で色んな人に会って、8月頭ぐらいのタイミングで本国の人たちと会いました。

――ウォッチナビの編集長が会社を移籍して、米国から上陸するホディンキー日本版の編集長に就任する、というのは日本の時計メディアやメーカーの間でも大きな話題になりました。

確かに、ライターさんやメーカーさんからも、そういう感じでお声がけは頂きましたよね。

――日本版では、今後どういう展開を考えているのか、具体的な構想を教えてください。

米国版のやり方と歩調は合わせて行きますが、まずは日本の読者や消費者に知ってもらって、このシステムを日本にアジャストさせることが第一です。具体的には、日本で多くの人にホディンキーのコミュニティーに入ってもらいたい。日本版は11月18日に立ち上げたのですが、数は公表していないものの順調に登録数が増えていっています。あっという間の1カ月でした。

――課題も結構あるのでは?

あります。結局ディープな知識を持っている人にコメントをもらいたいので、米国版で掲載したものをそのまま日本語に訳すだけでは、なかなか刺さらない。どんな記事を持ってくるのかと、いかに日本オリジナルの「刺さる」記事を作るかですね。

――この1カ月で最も多く読まれた記事は?

オーデマ・ピゲのロイヤルオークについての記事ですね。所属する編集部員が自分の時計をレビューした内容です。

――日本版は現状では1人の執筆者だけが記事を書いていますが、バリエーションなどについてはどう考えていますか?

近日中に、もう1人編集部員を増やそうとは思っています。しばらくは外部ライターにお願いするというのではなく、編集部だけで軌道に乗せたい。

日本に時計のジャンルでベテランのライターさんやジャーナリストさんは多いですが、まずはホディンキーの信念を理解してもらい、それが浸透したうえで執筆などをお願いしていこうかなと。独自性を出す意味でも、しばらくは編集部内で作成する方針です。

――米国版の記事の内容は面白いですが、訳が少し硬い印象も受けました。

そうですね。それは私も感じています。人も限られているし、一つの記事が非常に長い構成になっています。これはページの分割や、前編と後編に分けず、あえて長い記事を出しているというこだわりがあります。

そうはいっても日々何本も更新するというのをやりながら運営しているので、いつも「この長文の記事を、どれだけ日本の方々にお読み頂けるのかな」と、限られた面で試行錯誤をしながらやっています。今後改善したい点です。

――難しいですが、高級時計に特化しているというメディアの性質上、「誰にでも読んで欲しい」というわけでもないというのも本音では?

確かにそうです。ホディンキーが日本でいかに成長していくかという点でPV(ページビュー)は非常に大切ですが、そこばかりに力を入れているわけではありません。どれだけ濃いユーザーに対してアプローチできるか、というのが一番大事なことですから。今後はイベントや物販を展開して、どれだけ反響をよべるのか戦略を立てています。

日本版サイトの独自コンテンツ

日本版サイトの独自コンテンツも増えている

互いの時計を「いいね!」する場を提供したい

――イベントは、タイアップのような形で考えていますか?

関口 いいえ。もっともやりたい催しはオフ会です。米国では年に11回開催しているのですが、イベントというよりも、集まる場所と時間の告知だけをして、愛好家が1人何本も自慢の時計を持ち寄ります。みんなキャッシュオンでビールを飲みながら、お互いの時計を「いいな!」って褒め合うという。

日本だとホスト側がおもてなしをしてしまいがちなんですけれど、我々は本当に「場」を提供するだけ。日本だと、自分のSNSに自分の時計をアップするのも気が引ける感じがしますが、米国では愛好者たちが見せ合ってますね。泥棒が入る危険性って、日本よりアメリカの方がずっと高いような気もするのですが(笑)。

いずれにせよ、そういう人にきちんとアプローチをして、コミュニティーに入ってもらう。本当に詳しいコレクターの方々には取材協力をしてもらって、一緒に時計の「ストーリー」を紡いでいけたら、と思っています。

――紙媒体の発行は考えていないのですか?

来年の秋ごろには日本版のマガジンも発行します。その後は春秋と、年に2冊ぐらいのペースを考えています。雑誌とはいえ、新作紹介ではありません。時計が好きな人たちのライフスタイルを紹介するものです。例えばビンテージウォッチが好きな方はビンテージカーも好きなことが多い。車を紹介したり、お酒やライカのカメラを紹介したりと。

――時計って、何なのでしょうね。今はスマホがあって、とても便利です。関口さんにとって、時計とは?

コミュニケーションツールですよね。今は資産価値という面も大きいと思いますが、本当に膨大な個体があるなか、だれかが全部を集めることは出来ない。でも、どんな時計を好きかで、気の合う人たちと繫がることができます。

どんな時計をつけているかで、人となりを表す部分もあると思うのです。身につけて出られる物で、そういう性質を帯びているものって、実はそんなに多くはありません。車だと、どこにでも乗り付けられるわけではないし、たくさん所有するには限界があります。それから、先ほど申し上げたように誰が所有していたかということが価値になっている。アートと近いと思います。

元々は実用的なものなのに、ポール・ニューマンが所有していたというだけでオークションで20億円になったとか、そういうストーリーが付随してくるところが、すごく面白いですよね。これは一部の人気の時計が新品で中間業者に転売されて高値で売られるということとは別の次元の話だと思っています。

――高級時計業界は非常に好景気ですし、ファッションと比較しても広告が期待できる業界でもあると感じています。

確かに機械式を中心としたスイス製時計でも、30万円以上の商品の売り上げが年々伸びています。でも、産業全体に占める時計のパーセンテージは、まだまだ低い。今は限られた人々の間で人気が広まっていて、これから更にマーケットは広がっていく状況ではあるんだろうなという感触はありますね。

(聞き手・後藤洋平)

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