高級ヘッドホン愛好家の向かう先は「近距離スピーカー」?

ハイエンド・オーディオや高級ヘッドホン市場が活況を呈するなか、ソニーが近く、卓上に置く新しいスタイルの高級スピーカーを欧州で発売する。なぜ近距離に着目したのか。また、どんなユーザー層を想定しているのか。視聴リポートと開発者へのインタビューで、ソニーの狙いと、ハイエンド・オーディオ市場のこれからに迫る。

(TOP画像:ソニーの新型アンプ内蔵スピーカー「SA-Z1」は、デスク上の近距離リスニングを主眼に置いて設計された)

オーディオ界の潮流は高級志向

ハイエンド・オーディオ市場が活気をみせている。
2019年11月、東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催された「東京インターナショナルオーディオショウ」には、前回を約20上回る200ブランドもの高級オーディオが展示や試聴に供された。

人気を後押ししているのは、コンパクトディスク(CD)の約6.5倍の情報量を持ち、より原音を忠実に再現できるハイレゾリューション・オーディオ(ハイレゾ)の普及である。加えて、CD普及で風前のともしびだったアナログレコードの復権も、ハイエンド・オーディオの人気を支えている。日本レコード協会によると、2018年に生産されたアナログディスクは111万6千枚。2009年(10万2千枚)と比較すると10倍以上である。

ハイレゾの人気は、「ハイエンド・ヘッドホン」や「ハイエンド・デジタルオーディオプレーヤー(ハイエンドDAP)」市場も拡大させた。これを支えているのは、家庭内で高い解像度と音質を追求するリスナーや、iPodなどで入門しグレードアップを重ねてきた人々。一般的に、それまでのハイエンド・オーディオのファンよりも若い層である。ある専門家は「彼らの中には『ホームオーディオ』という言葉を知らないユーザーさえいる」と筆者に語った。

ハードルが高い高級機、要望を満たしにくい従来型アクティブスピーカー

こうした状況下で、ソニーからアンプ内蔵スピーカーの新製品「SA-Z1」が2020年に欧州で発売される。「ハイレゾ対応ニアフィールドパワードスピーカー」というサブネームが示すとおり、デスク上に置いた近距離での鑑賞を主眼に置いたプロダクトだ。2019年9月の「IFA/ベルリン国際コンシューマ・エレクトロニクス展」で世界初公開された。価格は7000ユーロ(日本円換算で約85万円)である。

縦3連に並んだツイーターと直後のウーファーを同軸配置。音のバラバラ感を防いでいる。総重量は10.5kg

縦3連に並んだツイーターと直後のウーファーを同軸配置。音のバラバラ感を防いでいる。総重量は10.5kg

初公開の場となった2019年9月の「IFA/ベルリン国際コンシューマ・エレクトロニクス展」では、熱心に試聴するジャーナリストの姿がみられた

初公開の場となった2019年9月の「IFA/ベルリン国際コンシューマ・エレクトロニクス展」では、熱心に試聴するジャーナリストの姿がみられた

ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社商品企画部の本橋典之さんに開発の背景を説明してもらった。

本橋さんによると、従来のホームオーディオでも究極の解像度は実現可能であるものの、専用の試聴室や少なくない費用が必要であるという。

先の専門家によれば、理想の鑑賞環境を家庭で追求した場合、部屋の改造も含めて「費用は1千万円近くに達することもある」という。
筆者が訪れた先述の東京インターナショナルオーディオショウでは、日本のブランド「テクダス」が、税別5千万円のアナログプレーヤーを展示して話題となっていた。

ファンの中には、鑑賞するアーティストによってケーブルを使い分ける人もいるといい、こだわるほど費用がかかることが想像できる。また、これは筆者の個人的な感想であるが、高級オーディオショップの中には初心者が近づき難い雰囲気の店も少なくない。

さらに、本橋さんによれば、ハイエンド・ヘッドホンやハイエンドDAPのユーザーをソニーがリサーチした結果、キーワードとして「スピーカーへの憧れ」があることがわかったという。「近年、ネット上で完成度の高いヘッドホンやイヤホンの評価として『スピーカーのような音が出て凄い』などといった褒め言葉が使われている」と本橋さんは話す。

開発陣は、ユーザーが「ヘッドホンならではの解像度」と「スピーカーを想像させる空間表現」の双方を求めていると分析した。しかし、アンプを内蔵し、机上に置いたり、持ち運びしたりできる従来のアクティブスピーカーでは、それらの要望を満たすのが難しい状況にある。
そこでSA-Z1では、パーソナル空間での究極の解像度とステージ感を目指すことにしたそうだ。

ステージ近くに座っているような音場と、かすれすら逃さない音質

東京都品川区のソニーシティ大崎。開発部門のフロアには試聴室がずらりと並ぶ。各室ごとに担当設計者のそれぞれの思いを反映した造りが施されている。

今回「SA-Z1」を担当した商品設計部門の加来欣志さんの試聴室も、その一角にあった。加来さんは、長年ホームオーディオ畑を歩み、オーディオ評論家の間ではつとに知られたエンジニアである。

「ソニーの強みはコンテンツ事業をグループ内に擁していることです」と加来さんは語り始めた。カリフォルニアを本拠とするソニー・ピクチャーズ エンタテインメントのレコーディング・エンジニアやマスタリング・エンジニアとも頻繁に議論を交わすそうだ。
「『意図したとおりの音が出ていない』『映画のセリフは、こういう音で聴こえてほしいのに』といった要求を最前線で働く人々から次々と意見をぶつけられる」。加来さんは、世界各地で生の音楽に接することにも努めている。先の欧州出張ではベルリンフィル、直近ではロックバンド「KISS」の来日公演にも足を向けたという。

「SA-Z1」を試聴する。機器が置かれているのは壁際のデスク上で、筆者はその前の椅子に座った。いわゆるPC作業環境であり、通常のスピーカーで鑑賞するときのような機器との距離は無い。

にもかかわらず、ボーカリストが客席から1メートルほどの近さのステージ上で歌っているような音場で、明らかにヘッドホンでは得られないものである。オーケストラ曲ではさらに鮮明だ。前列の弦楽器と壁際の管楽器の奥行きまで見事に伝わってくる。音そのもののクオリティーをいえば、バイオリンのソロでは、弦に弓が落ちる瞬間のかすれ音も逃さないレベルである。

「SA-Z1」とソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社のエンジニア、加来欣志さん

「SA-Z1」とソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社のエンジニア、加来欣志さん

「自動運転の半導体」と「機械の操作感」

「SA-Z1」では三つの特徴を備えることを目指した、とソニーは説明する。
一つ目は最高峰のハイレゾ音源のポテンシャルを余さず引き出すことである。必要な大電流の高速供給には、クルマの自動運転にも用いられる高速半導体を採用した。

2基のウーファーを背中合わせにしたレイアウトは、その姿から「Tsuzumi」と名付けられた

2基のウーファーを背中合わせにしたレイアウトは、その姿から「Tsuzumi」と名付けられた

二つ目は広大で緻密(ちみつ)な空間表現である。そのために、第一のウーファーと第二のウーファーを、和楽器の鼓のごとく背中合わせに配置。後方を向いたウーファーからは、音道を通じて低域のみを背面に放出する設計を編み出した。このレイアウトは、自動車の水平対向エンジンのピストン同様、互いの振動がキャンセルされ筺体(きょうたい)が安定する効果も生み出した。

三つ目は、近距離の鑑賞でも滲(にじ)みのない音を実現することだった。従来の小型スピーカーを近い距離で楽しもうとすると、ウーファーとツイーターの音がバラバラに聴こえて音が滲む。対してSA-Z1はウーファーとツイーターを同軸上に配置することにより、最初から合成された状態で耳に届くようにした。さらにいえば、前後するその2タイプのスピーカーの距離による音の伝わり方の差も制御している。

パソコンやウォークマンとケーブル1本で接続を可能にする一方で、「赤白」といわれるRCAアナログ端子機器などの入力にも対応した。従来の機器ユーザーへの配慮である。

SA-Z1の構造図。スピーカーとアンプは構造的にそれぞれ独立したものをつなぐ設計である

SA-Z1の構造図。スピーカーとアンプは構造的にそれぞれ独立したものをつなぐ設計である

スピーカー部の筺体は反響を避けるため、一体構造をとらず複数のパネルに分離。接合部にもラバーを噛ませている。翼状の部位でアンプ部分とブリッジ接続する

スピーカー部の筺体は反響を避けるため、一体構造をとらず複数のパネルに分離。接合部にもラバーを噛ませている。翼状の部位でアンプ部分とブリッジ接続する

デザイン面では、アルミ製エンクロージャー(筺体)は一見、一体型に見える。実際に初期の開発過程では、押し出し材による一体型アルミ構造が検討された。

「ただし、このとおり」と言って脇に置かれた試作品を加来さんがたたくと、鋼管をたたいたような「ゴーン、ゴーン」といった鈍い反響音がした。それを避けるべく、複数のアルミパネルをつなぎ合わせる設計に変更した。「表面の滑らかさを追求するデザイナーからは反対されました」と加来さんは振り返る。

スピーカーユニットとアンプ部分は構造的に別々で、ブリッジで接続している。スピーカーの振動をアンプに伝えないことで、より音源を滲ませない工夫だ。

新技術を採用する一方で、インターフェースでは物理スイッチの操作感を重視した。「一眼レフカメラのユーザーが被写体にピントを合わせ、シャッターを切るように、自らの手で音源を操る満足感を大切にした」と表現する。

先に開発に携わった3ウェイ4スピーカーシステム「SS-AR1」と加来さん

先に開発に携わった3ウェイ4スピーカーシステム「SS-AR1」と加来さん

「第三の山」として存在感を示せるか

2016年に「約30万円のウォークマン」として話題となったNW-WM1Z同様、SA-Z1はソニーの旗艦オーディオ「シグネチャーシリーズ」の第6弾としてリリースされる。

パソコンやウォークマンとケーブル1本で接続が可能。これはウォークマンNW-WM1Zとともに

パソコンやウォークマンとケーブル1本で接続が可能。これはウォークマンNW-WM1Zとともに

市場におけるSA-Z1について加来さんは「これまでのハイエンド・オーディオを否定するものではない」と断言する。「ハイエンド・オーディオとヘッドホン・リスニングを二つの山とすれば、従来手に入れることが難しかった高品質な音楽体験を、より身近に楽しむことができる第三の山」という。

かつて「録音機能のないカセットプレーヤーなんて」と評されたウォークマンが広く世界で市民権を得たごとく、SA-Z1が新たなオーディオ機器のジャンルを開拓できるか。その行方は新しい年、欧州ユーザーの耳に託される。

(文=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA、写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA、ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社)

[ &M公式SNSアカウント ]

TwitterInstagramFacebook

「&M(アンド・エム)」はオトナの好奇心を満たすwebマガジン。編集部がカッコいいと思う人のインタビューやモノにまつわるストーリーをお届けしています。

「21歳、成長期」シンガー・ソングライターeillが音楽に映すありのままの姿

TOPへ戻る

目標は日産スタジアム 変わり続けるポジティブ人間・眉村ちあきの譲れない信念

RECOMMENDおすすめの記事