「ひょっとしたら自分も」 冤罪事件描いた『リチャード・ジュエル』めぐり、ジャーナリストらが熱く議論PR

リチャード・ジュエル――。この名は米国人にとって、日本で言えば松本サリン事件の被害者である河野義行さんのような響きを持つ。実在の人物であり、一時は「アメリカの英雄」としてメディアの寵児に祭り上げられながら、一転して凶悪な爆弾犯に仕立て上げられた男だ。

その実際に起きた冤罪事件の被害者を主人公にした映画『リチャード・ジュエル』が日本で公開中だ。メガホンを取ったのは、これまでも『アメリカン・スナイパー』(2014)、『ハドソン川の奇跡』(16)、『運び屋』(19)など実話を基に“衝撃の真実”を描いてきたクリント・イーストウッド監督。いつもながら、小細工を用いず、重いテーマを無駄のない脚本とベテラン俳優陣の堅実な演技で描ききった傑作だ。

取材現場の実情からゴーン事件まで

公開直前の1月15日、日本大学文理学部(東京都世田谷区)で、元NHK記者の柳澤秀夫さん、元警察官で犯罪ジャーナリストの小川泰平さん、『メディア・リンチ』『犯罪報道の犯罪』などの著者で元同志社大教授の浅野健一さんをゲストに、ジャーナリズムや犯罪心理学に関心を持つ学生らに向けた特別講義が開かれた。司会はBusiness Insider Japan統括編集長の浜田敬子さんが務め、メディアの取材手法や事件報道のあり方、そしてカルロス・ゴーン被告の事件で世界的にも注目が高まっている日本の司法制度や取り調べの問題について、熱い議論が交わされた。

リーク報道で英雄が「国民の敵」に

映画の舞台は、五輪に沸く1996年の米アトランタ。多くの聴衆が集まる音楽イベントで警備員を務めていたリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は、たまたま爆発物の第一発見者になり、職務を誠実にこなすことで被害を最小限に食い止める。一夜にして国民の英雄となった彼だが、地元紙がリーク情報から「FBIが疑惑の目を向けている」と実名報道したことを境に、暴走するメディアによって「国民の敵」に仕立て上げられていく……。

「ひょっとしたら自分も」 冤罪事件描いた『リチャード・ジュエル』めぐり、ジャーナリストらが熱く議論

Business Insider Japan統括編集長の浜田敬子さん

「当局情報だけ。でもそれを検証するすべがない」

浜田さんは事件があった96年当時、週刊朝日の編集部に所属していた。「アトランタ五輪の時で、爆破事件が大きな話題になったことは覚えています。でも裏でこんなことがあったとは全く知りませんでした」と振り返ったうえで、自らの記者経験の原点を思い起こした。

「記者は最初は『サツ回り』から始まる。警察から情報を取らなければいけないので、警察官にいかに近づくのかがミッションになる。容疑者が誰で凶器が何なのかということも、当局からしか情報を取れない。でもそれを検証するすべがない。この映画でも、そういう怖さが描かれていると思います」

「ひょっとしたら自分も」 冤罪事件描いた『リチャード・ジュエル』めぐり、ジャーナリストらが熱く議論

元NHK記者でジャーナリストの柳澤秀夫さん

「周辺取材がどこまでできるか」

NHK記者としての最初の仕事は横浜での警察担当だったという柳澤さんも「メディアで仕事をしている人間は絶対に観るべき作品。映画の中に自分を重ね『ひょっとしたら自分も……』と、針のむしろに乗せられたような気がしました」と本作の印象を語ったうえで、「自分は直接的な材料を何も持っていない、(当局から)聞かせてもらう立場。その裏付けをどう取ればいいのかというと、なかなか取りにくい難しさがあります」と応じた。

当局の情報に頼り切りになる危険を回避するためには、柳澤さんは「やはり周辺取材をきちんとできるかどうか。時間に追われながらも、情報をどこまで幅広く集められるかが問われる」と語った。そしてゴーン事件にも話題を向け、「事実関係を確認しようとしても検察側からのリークをもとに新聞もテレビも報じるしかありません。それが本当に事実かどうかを確認するにも、被告の身柄は取られている。裏付けを取るには相当に血眼になって周辺取材をしなければ、記事は書けないはず。でも、自戒を含めて言いますが、(ゴーン事件の)メディアの報道は、検察からの話がそのまま出てしまっているように感じます」と語った。

「ひょっとしたら自分も」 冤罪事件描いた『リチャード・ジュエル』めぐり、ジャーナリストらが熱く議論

元警察官で犯罪ジャーナリストの小川泰平さん

「日本で起きても違和感ない」

小川さんは「捜査機関だけに、あるいはメディアだけに、問題があるわけではありません。通信機器の発達もあり、メディアの取材力自体は高くなっています。いわゆるメディア先行の事件も出てきている。警察の捜査が進んでいないのに、いかにもその人が怪しいという感じで報道する場合です。一方で、警察が任意でしか話を聞くことができない段階で、記者を使って話を聞くということもあります。ですからこの映画は、現実であってもおかしくない、日本で起きても違和感はないと思います」とコメントした。

年末のゴーン被告のレバノン逃亡によって、かねて「人質司法」と指摘されてきた日本の司法制度の問題、とりわけ被疑者の身柄拘束や自白強要の問題点にあらためて注目が集まっている。

柳澤さんは「我々の常識からすれば、取り調べに弁護士が同席するということはありません。ただ、一歩外にでると弁護士が同席するのは当たり前です。人権について考えるならば、外からの目で見て、自分たちも視界を広げて、見直すべきところは見直すべきです」と話した。

「ひょっとしたら自分も」 冤罪事件描いた『リチャード・ジュエル』めぐり、ジャーナリストらが熱く議論

ジャーナリストの浅野健一さん

「メディアの目的は冤罪をチェックすること」

アトランタでの事件後、現地でリチャード・ジュエル本人に取材して『英雄から爆弾犯にされて』を著した浅野さんは、「この映画を観て、アメリカも日本と同じくひどいんだとは思わないでほしい。日本以外の先進国は、弁護士が隣にいないと取り調べができない。それは無罪推定の原則があるからです。日本は国際標準から見て異常なんだということを、きちんと知っていただきたいです」と強調。そのうえで、あらためてメディアの役割の重要性を指摘した。

「大きな事件でなくても冤罪は起こり得ます。警察は冤罪をつくろうとしているわけではないけれども、犯人を挙げるために間違いを犯すことがある。そのために裁判官がいて、弁護士がいるのです。メディアの目的も、冤罪をチェックすることにある。犯罪者を叩くことはメディアの仕事ではありません」

明確な悪意がなくとも、口当たりのよい分かりやすいストーリーに人々が飛びつき、検証もないまま情報が増幅しながら拡散していく――。本作で描かれた話は、「フェイクニュース」「オルタナティブ・ファクト」という言葉が定着してしまった2020年の状況と重なる。

2019年夏の常磐道でのあおり運転事件では、「ガラケーの女」として全く無関係の女性の実名と顔写真がばらまかれる被害もあった。

知らないうちに誰もが加害者になりうるSNS

柳澤さんは「われわれ自身が誰かを犯罪者にしてしまっているかもしれない。知らないうちに自分が加害者になってしまう時代だと思います」とコメント。浅野さんは、やはりメディアの報道に引きつけ、「無罪推定の原則からして、私は逮捕された人の名前を簡単に報道すべきではないという考えです。その人が罪を犯したかどうかは、公開の裁判で確定するものだということを、私たちは忘れてはならない。そのことを、SNSで発信する前にも立ち止まって考えることが必要です」と聴衆に語りかけた。

「ひょっとしたら自分も」 冤罪事件描いた『リチャード・ジュエル』めぐり、ジャーナリストらが熱く議論

本作の舞台は96年のアトランタだったが、日本も今年、五輪イヤーを迎えた。国を挙げての一大イベントを控えた事件では、早期解決のために冤罪が起きやすくなるとの指摘もある。

だれもがこうした冤罪やバッシングの被害者にも加害者にもなり得るという“恐れ”を抱いて本作を観た人は、「メディア」(ソーシャルも含めて)への見方が変わるだろう。

「第二、第三のジュエルは絶対に出てくる」

柳澤さんはこの講義を、次の言葉で締めくくった。

「映画の中では、最後に確かに事件は終わる。でも、第二、第三のリチャード・ジュエルは絶対に出てきます。出してはいけないんだけど、出てくる。そのことを胸に刻み込まないと、この映画を観た意味はありません」

(文・石川智也 写真・千葉正義)

『リチャード・ジュエル』

大ヒット上映中!!

 1996年、警備員のリチャード・ジュエルは米アトランタのセンテニアル公園で不審なリュックを発見。その中身は、無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾だった。
 事件を未然に防ぎ一時は英雄視された彼だが、現地の新聞社とテレビ局がリチャードを容疑者であるかのように書き立て、実名報道したことで状況は一変。さらに、FBIの徹底的な捜査、メディアによる連日の過熱報道により、リチャードの人格は全国民の目前でおとしめられていった。
 そこへ異を唱えるため弁護士のワトソンが立ち上がる。無実を信じ続けるワトソンだが、そこへ立ちはだかるのは、FBIとマスコミ、そしておよそ3億人の人口をかかえるアメリカだった──。

監督・製作:クリント・イーストウッド
出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、ジョン・ハム、オリビア・ワイルド
配給:ワーナー・ブラザース映画
(C)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
公式サイトhttp://wwws.warnerbros.co.jp/richard-jewelljp/

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