20代ミュージシャンが語る“譲れない価値観”

音楽に生きる石若駿 ドラムはコミュニケーションツール

目の前に楽しいことがあって、参加すれば絶対に楽しいとわかっているけど、恥ずかしくて一歩踏み出せない。そんな経験をしたことはないだろうか。今回の取材相手は気鋭のジャズドラマー、石若駿。彼の取材直前に、そういうシーンに遭遇した。石若は日本を代表するジャズトランペッター・日野皓正のバンドのドラマーでもある。ライブを見た後、会場で取材をする段取りだった。

ライブ終盤、日野が「ステージに来て、みんな一緒にパーカッションをたたこう」と観客に呼びかけるシーンがあった。しかし観客の反応は極めて鈍かった。おそらく会場にいた多くの人は冒頭に書いたような気持ちだったと思う。期待はずれのリアクションに、日野は苦笑いしていた。

あの時どうしたらよかったのか。そんなことを思いつつ、石若の取材がスタートした。

ジャズはすごく自由な音楽で、国籍も、人種も、年齢も、性別も関係なく楽しめるもの

石若駿は、日本ナンバーワンの若手ジャズドラマーとして今最も注目されているといっても過言ではない。東京芸術大学・音楽学部の器楽科(打楽器専攻)を首席で卒業した彼は、ラッパーのKID FRESINOやくるりのツアーバンドでも活躍しており、さらにKing Gnuの常田大希のプロジェクトmillennium parade、俊英の小田朋美が在籍するCRCK/LCKSのメンバーでもある。自分の枠を限定せず、常に自由なのだ。そして2019年末には自身のリーダープロジェクト・Answer To Rememberもスタートさせた。石若の軽やかさ、しなやかさは一体どのように生まれたのだろうか?

「僕は楽しいことが大好きなんですよ。性格的にはすごくめんどくさがりなんですけど、楽しそうなことがあるとついそっちになびいてしまう(笑)」

音楽に生きる石若駿 ドラムはコミュニケーションツール

「日野皓正クインテット2days」にて

Answer To Rememberに関してこんな逸話がある。アルバムには京都在住のシンガー・ソングライター中村佳穂と、彼女のバンド・中村佳穂BANDと制作した「LIFE FOR KISS」という楽曲が収録されている。この曲は当初中村佳穂BANDのメンバーである荒木正比呂(キーボード)と、レコーディングデータをメールでやりとりしながら制作していた。しかし荒木から送られてきた音源があまりに素晴らしい出来だったので、石若は「一緒にスタジオに入りたい」と思い立ち、とあるアーティストのツアー中ではあったが、スケジュールを調整。ツアーの合間の深夜と翌日の午前中の時間を使い、中村佳穂たちのホームスタジオに足を運び、午後にはツアーに戻ったというのだ。

「僕にとって、音楽は楽しむものという感覚があるんです。これは小学4年生の時に通い始めた札幌ジュニアジャズスクールで教わりました。当時講師をされていたのは、バークリー音楽大学から帰ってきたばかりの若い先生。彼が繰り返し教えてくれたのは、『ジャズはすごく自由な音楽で、国籍も、人種も、年齢も、性別も関係なく楽しめるものなんだ。だからみんなとにかく楽しく演奏しよう』ということ。なんせ僕らは子供なんで、みんなポカーンとして聞いてたけど(笑)。今思うとその先生が最初に『演奏を楽しむこと』を強く教えてくれたのは本当に大きかった。

あと小学生の段階でプロのミュージシャンと直接コミュニケーションが取れたことも大きかった。札幌ジュニアジャズスクールには、日野皓正さんやハービー・ハンコックのような世界的なミュージシャンが定期的に教えにきてくれます。子供だから相手がプロでも変に物おじしないんですよね。彼らに質問することで、自分がプロのミュージシャンと地続きと思えた。日野さんとは小学5年生の時に出会いました。彼は僕に『中学校を卒業したら俺のバンドに入れよ』って言ってくれたんです。その言葉はすごく自信になったし、僕の中に東京を目指す意識が生まれたきっかけでもあるんですよね」

楽しさだけでは到達できない、音楽の絶対的な正解

その言葉通り、石若は東京芸術大学付属高校の打楽器科に進学する。上京後はさまざまな先輩のバンドに在籍して、夜な夜なセッションを繰り返した。そこで新しい音楽に出会うと、演奏のために何度も聴き込んだ。音楽において知らないことがあるのが嫌だった。ロイ・エアーズやディアンジェロ、J・ディラ、さらに洋邦のポピュラーミュージックに触れたのもこの時期。ジャズやクラシックにとどまらず、さまざまな音楽を貪欲(どんよく)に吸収した。順風満帆にも思える半生だが、彼には挫折した経験などあるのだろうか?

「それを挫折というのかわからないけど、高校の先生に投げかけられた一言には本当に考えさせられましたね。高校と大学では、クラシックや現代音楽の演奏を勉強していました。ジャズも、ドラムも、即興性が重視される部分があります。その感覚で自由に演奏していたら、『一回を大切に演奏しなさい。大学を卒業してそんな演奏をしてたら、みんなに笑われるぞ』と先生に言われたんです」

音楽に生きる石若駿 ドラムはコミュニケーションツール

「最初意味がよくわからなくて本当に困惑しました。ある程度技術はあったし、楽譜通りにたたけているんですよ。でも先生が僕に伝えたかったのはそこから先のことでした。作曲家が何を考え、どんな風景を思い描いていたか。それを演奏者が理解した上で、自分なりに表現していく。ただ弾くのでは足りない。作曲家がいて、曲があって、演奏者がいる。僕はそれを理解してなかった。それまではジャズの影響もあり、場の雰囲気に合わせるだけの演奏でした。クラシックや現代音楽を学ぶことは、自分にとって新しい音楽の価値観を知ることでもありました。

ジャズって本当に自由な音楽なんですよ。間違ってもいいし、逆に間違いをいかして、新たな展開に導いたり。けど高校と大学で様々な音楽と向き合うことを知ってからは、ジャズを演奏していても単なる間違いと意味のある間違いの違いがわかるようになりました。どんなに自由な音楽でも、歴史の積み重ねから導かれた絶対的な正解の演奏というものがあるんです。その瞬間を見極めること、集中力を切らさないこと、間違えないことはものすごく意識するようになりました。この感覚はクラシックを勉強したからこそわかったものだと思います」

石若が優れたミュージシャンである理由は、ジャズで培った演奏力と感性、長いクラシック音楽の歴史を学ぶことで裏打ちされたからだ。そんな彼にとって、魅力的な音楽とはどういったものなのだろうか?

「音楽のやり方はひとつじゃない。だから仮に演奏がそんなにうまくなくても、本気で何かを生み出そうとしているなら、その瞬間には感動があると思っています。逆にテクニックがすごいあっても、何かを表現しようとする熱意が感じられないと、つまんないと思う」

音楽に生きる石若駿 ドラムはコミュニケーションツール

日本の音楽をもっと海外に輸出したい

自身の演奏力に驕(おご)ることなく、知識があっても頭でっかちにならない。音楽を大きな枠でとらえ、新しいことがあれば柔軟にとり入れる。それが石若の信念。

「そんなに難しいことじゃなくて、僕は単純に音楽が好きなだけなんです。僕は人生の早い段階から音楽しかやってないし、それが自分がやりたいことでもあった。だから突き詰めちゃう。それだけ。音楽を聴くのも演奏するのも話すのも好き。憧れのミュージシャンと共演した後、打ち上げでいろいろ質問したりするのも楽しいし、同世代ともよく飲みに行きます。幸いドラムっていろんな音楽に関われる楽器だし」

音楽に生きる石若駿 ドラムはコミュニケーションツール

「人類の歴史を深くたどると、打楽器はそもそもコミュニケーションツールだったらしいんですね。例えば、お祭りとかで太鼓が出てくるとちょっとテンション上がっちゃうじゃないですか?(笑)。実際、演奏者としても、ドラムが場に与える影響力は強いと思います。自分が出した音に他の演奏者が反応したり、それまで静かだったお客さんがいきなり反応したり。その様子から僕自身がさらに影響を受けることもよくある。そういうコミュニケーション。だからドラムはよく指揮者にたとえられるんだと思います」

石若は根っからのコミュニケーターなのかもしれない。だからこそドラムが性に合う。この話を聞いて、先述の日野のライブを思い出した。打楽器がコミュニケーションツールなら、つまりあの場面は笑顔で握手を求められただけだったのだ。それなのに自分を含め、客の多くは恥ずかしがって手を出さなかった。楽しさうんぬん以前に、こちらがコミュニケーションを拒絶してしまったのかもしれない。

「僕がAnswer To Rememberをスタートさせた大きな理由の一つとして、同世代ミュージシャンのコミュニケーションをもっと促進させたいという思いがあります。海外のミュージシャンって、実はすっごく仲がいいんですよ。これはバークリー音楽大学に短期留学したり、いろんな人たちのツアーで海外に行ったりして強く感じました。向こうはミュージシャン同士のつながりの中で新しい音楽が生まれている。それに比べて日本はまだまだコミュニケーションが弱い。それぞれ面白いことをやってる人はたくさんいるのに。僕はドラマーとしていろんな現場と関わっているから余計にそう感じる。もったいない。

あと僕は日本の音楽をもっと海外に輸出していきたいんです。日本の音楽は向こうでも絶対に受ける。そのためには国内はもちろん、海外でもミュージシャンの友達を作る必要がある。そうすると、日本のミュージシャンも自然と海外に行くようになるんですよ。例えば『ヨーロッパでツアーやるけど参加しない?』みたいに。そこで受けた影響を日本に持ち帰って新しい音楽を作り、それをまた世界に向けて発信する。そういう循環が生まれたら、日本の音楽はもっと面白くなると思うんですよね」

音楽に生きる石若駿 ドラムはコミュニケーションツール

「ジャズはすごく自由な音楽で、国籍も、人種も、年齢も、性別も関係なく楽しめる」。このマインドが自身に深く刻み込まれているからこそ、彼はしなやかな人間なのだと感じた。そして今回の取材ではコミュニケーションの重要性についても改めて考えさせられた。私をはじめ、音楽を愛するいちリスナーは、ミュージシャンのように楽器を演奏することでコミュニケーションを取り、仲間を増やすことはできない。しかし、「音」を「楽しむ」という言葉通り、自らの殻を打ち破り、音の世界に飛び込むことによって、自分の世界を広げていきたいと強く思った。

(文・宮崎敬太 写真・林紗記)

プロフィール

石若駿

1992年、北海道清里町生まれ。札幌市出身。幼少からクラシックに親しみ、13歳よりクラシックパーカッションを始める。2006年、日野皓正special quintetのメンバーとして札幌にてライブを行う。12年、アニメ『坂道のアポロン』(フジ系) の川渕千太郎役ドラム演奏、モーションを担当。15年には初のリーダー作となるアルバム「Cleanup」を発表した。また同世代の仲間である小西遼、小田朋美らとCRCK/LCKSも結成。さらに16年からは「うた」をテーマにしたプロジェクト「Songbook」も始動させている。近年はゲストミュージシャンとしても評価が高く、くるりやKID FRESINOなど幅広いジャンルの作品やライブに参加している。19年には新たなプロジェクトAnswer To Rememberをスタートさせた。

リリース情報

『Answer to Remember』

音楽に生きる石若駿 ドラムはコミュニケーションツール

【収録内容】

M1. Answer to Remember
M2. TOKYO feat. ermhoi
M3. Still So What feat. ATRBand
M4. RUN feat. KID FRESINO
M5. GNR feat. 黒田卓也
M6. Cicada Shells feat. Karai
M7. 410 feat. Jua ATRBand
M8. TOKYO reprise
M9. GNR feat ATRBand
M10. LIFE FOR KISS feat. Kaho Nakamura Band
M11. RUN feat. ATRBand

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PROFILE

宮崎敬太

1977年神奈川県生まれ。音楽ライター。ウェブサイト「音楽ナタリー」「BARKS」「MySpace Japan」で編集と執筆を担当。2013年に巻紗葉名義でインタビュー集『街のものがたり 新世代ラッパーたちの証言 (ele-king books) 』を発表した。2015年12月よりフリーランスに。柴犬を愛している。

目標は日産スタジアム 変わり続けるポジティブ人間・眉村ちあきの譲れない信念

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