五反田で40種の日本酒に酔いしれて「桑原商店」
文: 渡辺早織

お酒好きな俳優の渡辺早織が東京の隠れ家的居酒屋を巡る連載。おいしいお酒とおいしいご飯に心と体が満たされ、大切な人たちとまた一緒に訪れたくなる――。そんなほっこり温かなお店を紹介していきます。
3月から出演する舞台「掃除屋」の取材を受け、日が沈む前に本日の仕事は終了。
慣れないヒールを履いてきてしまったけれど、帰り道、足どりは軽かった。
理由は明白である。
「だって、今から飲めるんだもん……!」
明るいうちから飲むお酒はいつもの倍おいしく感じるのは私だけではないはず。
朝番組に出演していたころ、生放送後の朝9時に新橋の雑居ビルでビールジョッキをかたむけていたあの幸福感が癖になり、圧倒的に昼飲み派となってしまった。
そもそも物心ついた時から朝起きると、祖母がビールとチャーハンを朝ご飯にしていた。だから、昼飲みが好きになったのも自然な流れなのかもしれない。
それはさておき、今日はどうしても行きたいお店があった。
なにやら五反田にオシャレでおいしい立ち飲み屋があるらしい。
酒好き界隈(かいわい)でもっぱら話題になっている、その名も「桑原商店」さんに今日は朝から行くと決めていたのだ……!
色とりどりの日本酒に迎えられ
「わ! 倉庫だ!」
予想外の外観にまず驚く。
しかし、大きなガラスの引き戸をあけるとそこに待つのはさらなる驚きの連続だった。
無機質な倉庫には「お好きにどうぞ」と言わんばかりにおかれたハイサワーのスチールラック。
しかし、その後ろにそびえるのはイタリアから取り寄せたという大理石のテーブルやスツール。
そしてズラリと並ぶ、色とりどりに輝く日本酒瓶。
店内は星野源の『くだらないの中に』がやさしく流れていた。
出会わなかったはずのものがこの空間では一つにまとまっていて、なんだか現代アートのギャラリーに迷い込んだような気持ちになる。
心をかきたてられるような絶妙な加減の空間に思わずテンションがあがる。
さっそく店主の桑原さんにおすすめのお酒を聞いてみた。

4代目店主の桑原康介さん
なお、先に断らせていただきますが、若輩者ながら日本酒が好きすぎて唎酒師(ききさけし)の資格を取得している私。日本酒の話になると、ついそれっぽいことを質問してしまう癖があるが、どうか目をつむってください。
渡辺「見たことのない銘柄の日本酒もいっぱいありますね! どれをオーダーすればいいのか悩みます!」
桑原さん「日本酒は常時200本ほどあり、季節の限定酒などで40本ほど。入れ替えも頻繁に行っています。その日の体調や気分を教えていただければ、一人ひとりにあった日本酒をおすすめします」
む……? それって、私だけの一杯ということ……? なんとも特別感のある響き……。
この時点で特別扱いが大好きな私はすっかり優雅な気持ちに。
渡辺「最近疲れがとれにくくて、癒やされたいのですが、帰ったらぐっすり眠れるようなほっとするお酒ってありますか?」
そこはハーブティーとか飲みなさいよ、なんていう空気はみじんも出さずに、あらかじめ用意していたかのような早さですぐに究極の一杯をおすすめしてくれた。

萬勝 清泉石上流(ばんしょう せいせん せきじょうをながる) 純米大吟醸
たとえるならば、母の味
桑原さん「そんな体調の時はこの『萬勝 清泉石上流(ばんしょう せいせん せきじょうをながる) 純米大吟醸』をぬるかんにして飲むことをおすすめします」
渡辺「純米大吟醸なのに温めるんですね!」
桑原さん「そうなんです、この大吟醸は温めるとふくらみが増すんです」
40℃と人肌程度にあたためてもらっていただきます。なお、低温調理器で燗にするアイディア!
これは温度も細かく加減できるし素晴らしい!
私も家でもてあましていた低温調理器を引っ張り出しまねさせていただきます。
ということでいただくと……。
なんともやわらかく、するすると流れていくお酒。
ほっとします。なんでしょう……包み込まれるようなあたたかさ。
たとえるならば、母の味。
おだやかに体をつーっとつたっていく、ひとすじのせせらぎがふくよかに広がり体全体をあたためる感じ。
雑味のないきれいな味わいに心が研ぎ澄まされるようでした。
桑原さん「少しあたためることによって自分が飲んでいる酒量がわかりやすくまた体にも負担が少ないので、こういうお酒と食物繊維が入ったお野菜などのお料理とをまず最初に。やわらぎ水も忘れずに召し上がっていただくと体には負担が少ないと思います」
幸せってこういうこと……?
中でもおいしかったのが、気仙沼の牡蠣グラタン。

牡蠣グラタン(宮城県石巻産牡蠣使用)
皿からはみ出すほどの大きな牡蠣の貝殻を器にした牡蠣のグラタン。
焦げ目のついたクリームに食欲をそそられます。
一口いただいてみると……
うわぁーん……じんわりおいしい……。
ぷりっとした弾力のある大振りな牡蠣で口の中がいっぱいになったかと思えば、甘みとうまみが同時にじんわりと舌の上に広がり続けます。
なんだこれ……幸せってこういうこと……?
そしてその牡蠣をさらに引き立てているのがこのクリーム。
けっして押しつけがましくないやさしい味つけでトロンととろけるクリームが牡蠣のうまみを引き上げているよう。
うまみが強いため食べ終わってもなお、うまみの余韻が口の中に残り続けています。
この状態で日本酒をちょびり。
はぁ~。最高。
この瞬間のために一日仕事をしたんだと自分に言い聞かせながら、一口牡蠣を食べてはまた日本酒をくいっと。
尊い時間です。
地元の牡蠣を現地でグラタンに調理したものを送ってもらっているという。
地域の味がそのまま楽しめる上に、提供スピードも早いといいこと尽くしだ。
牡蠣グラタンはまろやかな日本酒ならクリームとよく合い、複雑みのある日本酒なら牡蠣のうまみによく合う。
あらためて洋食和食問わず、料理のシーンを選ばない日本酒の懐の深さにうっとりする。
そして、かゆいところに手が届く日本酒のラインナップをそろえる桑原商店に改めて敬意を払いたい。
直接自分で蔵元の土地へ足を運び話をして、文化的な背景や食のペアリングに共感したり、蔵元と意気投合したり、ご縁があったお酒を選ぶようにしているという。
そのこだわりは酒だけではなく、料理、酒器、食器すべてにおいてそうだというから、並々ならぬこだわりと愛を感じる。
「本当に一期一会です。蔵元さんとフィーリングがあえば、結局お酒もおいしいんですよね」
そう話す桑原さんの笑顔がすべてを物語っているようだった。
いいお話を聞かせてもらいながらおいしいお酒とお料理ですっかりご機嫌になった私。
気が付くと日本酒は4杯。
おつまみも4皿いただいてしまいました。
サクッとひとり飲みする予定が、店を後にするころには空が暗くなってしまいました。
でも、それもまた良しです。
最後は日本酒を2本買って自分へのお土産に。
次はどんなお店にいこうかなぁ。
本日のメニュー
・牡蠣グラタン(宮城県石巻産牡蠣使用):560円
・ソーセージとベーコンの二種盛り(十日町市の妻有ポーク、豆乳マヨネーズを添えて):580円
・海峡サーモン(津軽海峡で採れた鮭、生ハムのような味わい):570円
・本日のおかず(ほたるいかと菜の花のカラシ味噌和え):450円
・萬勝 清泉石上流 純米大吟醸30ml:360円
・Beau Michelle(ボー ミッシェル)30ml:160円
・AGEO 純米大吟醸 無濾過生原酒30ml:290円
・白露垂珠 Fairy55 純米吟醸30ml:200円
合計:3170円
お店情報
桑原商店
東京都品川区西五反田2丁目29-2
TEL 03-3491-4352
創業100余年を迎えた家業の酒販店を未来に向けて再構築。(2014年にこれまでの路面店を閉鎖し、18年12月に酒販店の倉庫をリノベーションした新店舗をオープンした)。
(文・渡辺早織 写真・林紗記 スタイリング・村井素良)
衣装クレジット
Earrings ¥26,000 (agete)
All-in-one ¥45,000 (MAX&Co.)
その他スタイリスト私物。
agete
TEL:0800-300-3314
MAX&Co. Japan
TEL:03-6434-5101