On the New York City! ~現代美術家の目線から見たニューヨーク~

先鋭的な芸術作品が集まる「ザ・シェド」 現代美術家が見た“新しいニューヨーク”

現代美術家・伊藤知宏さんがアーティスト目線でニューヨーク(以下、NY)の街をリポートする連載「On the New York City! 」。今回はマンハッタンの最新地区として大きな注目を集めるハドソン・ヤードについて――。

     ◇◆◇

ニューヨーク(以下NY)に住み始めて約1年半が経った。僕の住むブッシュウィック地区から西側を眺めると、以前はエンパイヤー・ステイト・ビルディングが我がもの顔にそびえ立っているだけだった。

しかし、いつしかその脇に巨大なビルがいくつか建つようになった。想像もできないくらい早いスピードで、この街の建物は新しく生まれ変わっている。

こんな連載を書いているからか、日本からNYに研究に来た友人やアーティスト、大学の先生らに「NYで面白い場所はないか?」と頼まれて美術館やギャラリーを案内することも増えた。そして、「新しいものを見たい」とのリクエストに応えて案内する場所の一つが、ハドソン・ヤードである。

先鋭的な芸術作品が集まる「ザ・シェド」 現代美術家が見た“新しいニューヨーク”

僕の住んでいるブッシュウィックは❶。今回取り上げるハドソン・ヤード地区は❾。地下鉄のLトレインでマンハッタンに行き、ユニオン・ステーション駅でN、Qライン、またはR、 Wラインに乗り換え、タイムズスクエア駅で地下鉄の7に乗って西に進み終点のハドソン・ヤード駅で降りる

NYの新しい地区ハドソン・ヤード

ハドソン・ヤード地区を観光できるようになってから、この春で1年を迎える。場所はマンハッタンの西側ハドソン川とヘルズ・キッチン地区、以前の回で取り上げたチェルシー地区の間にあるエリアでハイラインとも直結している。

元々は地下鉄の車両置き場で、総工費250億ドル(約2兆7800億円)以上を投じた再開発によって生まれた。

この地区ではオフィスや住宅やホテルなどのほか、アメリカの高級デパートのニーマン・マーカスのニューヨーク初店舗や、スペイン出身のシェフらがプロデュースしたスペイン・フード・ホール、メルカド・リトル・スペインなど、数多くの店がひしめく。

オープンはしているものの、再開発の工事自体は今もなお続いていて、なんとなく建設中の雰囲気が漂っているが、それも楽しんでしまうのがNY流なのだろう。

ペン・ステーションから見たハドソン・ヤード地区。高層ビルが並んでいる。中央にある頭が三角形のビルが今年3月にオープン予定のジ・エッジ(The Edge)

ペン・ステーションから見たハドソン・ヤード地区。高層ビルが並んでいる。中央にある頭が三角形のビルが今年3月にオープン予定のジ・エッジ(The Edge)

今回はハドソン・ヤード地区に昨年4月にオープンし一周年を迎える文化施設「ザ・シェド」(The Shed)を中心に取り上げる。

この文化施設はザ・ブルーミング・ヤード・ビルディングの一部で、劇場のデザインは連載の3回目で取り上げた先鋭的な建築事務所「ディラー・スコフィディオ+レンフロ」とアメリカの建築事務所のロックウェル・グループが手がけている。

膨らんだダウンジャケットのような外壁部分はザ・シェドの最も大きな劇場「ザ・マッコート」(The Maccort)だ。

 
 
 
 
 
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030419 I went to the preview of The Shed in today. Building was great!!!!!! #thankuouyoko

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この文化施設は同名の非営利団体によって運営され、アーティストにこの施設でしか見ることのできないオリジナルの芸術作品を制作してもらい、発表している。 絵画やデジタルメディア、演劇、文学、彫刻からダンスまで、さまざまな分野でその立場を確立したアーティストを集めて行われている。ヒップホップからクラシックまでカバーするなど、ジャンル内で扱う幅も広い。

ザ・マッコートを僕なりに形容すると、今まで見たことのない「エッジの立ったアーティストらによる、潤沢な制作費を費やしたぜいたくな作品を見ることができる場所」だ(制作費の多寡に触れたのは、一般的に、エッジが立った作品は予算の少なさを感じさせる場合が多いからだ)。良くも悪くも、他のどこにも見られないキュレーションで、芸術家の僕から見ても芸術総合監督のアレックス・ポッツ氏のセンスが光っていると感じる。

先鋭的な芸術作品が集まる「ザ・シェド」 現代美術家が見た“新しいニューヨーク”

こけら落としの興行はアイスランドの歌姫ビョークのコンサート。2階にある館内最大のシアター「ザ・マッコート」で行われ、最低価格でも3万円ほどの高額チケットだったが完売
Björk’s Cornucopia closing performance on June 1, 2019, commissioned at The Shed and presented in The McCourt. Created by Björk, directed by Lucrecia Martel, digital visuals by Tobias Gremmler, headpieces designed by Jame Merry. Chiara Stephenson, set designer, Iris Van Herpen, costume designer, Olivier Rousteing, Balmain, costume designer. On stage: Björk, Katie Buckley, harp, Manu Delago, percussion, Bergur Þórisson, electronics. Viibra Flute Septet: Melkorka Ólafsdóttir, Áshildur Haraldsdóttir, Berglind Tómasdóttir, Steinunn Vala Pálsdóttir, Björg Brjánsdóttir, Þuríður Jónsdóttir, Dagný Marinósdóttir. Photos: Santiago Felipe, 2019. Courtesy One Little Indian/The Shed.

昨年亡くなった僕の最年長の友人で心の師だった実験映像の父、ジョナス・メカス氏の最新作品『Requiem』の初演もここで行われた。メカス氏の死後、彼の作品が劇場で上映されるのは、これが初めてだ。4階ホールのスクリーンを使って上映され、2階の劇場では作品中の楽曲をオーケストラが生演奏する試みも行われた。エンターテインメント性がほとんど無い実験映像の世界では異例な上映方法だった。

先鋭的な芸術作品が集まる「ザ・シェド」 現代美術家が見た“新しいニューヨーク”

写真上: ジョナス・メカスさんの作品『Requiem』のスチール・フォト/Jonas Mekas, Requiem, 2019. Still image from the film, 84 minutes. Courtesy The Shed
写真下: 2階のシアター「ザ・マッコート」での映像とオーケストラとのコラボレーションの様子/ Teodor Currentzis and musicAeterna with soloists (left to right) Zarina Abaeva, Soprano; Clémentine Margaine, Mezzo-soprano; René Barbera, Tenor; Evgeny Stavinsky, Bass. Film by Jonas Mekas. Requiem . Photo: Kate Glicksberg. Courtesy The Shed.

併設されたギャラリーではオープン当初からドイツの画家・現代美術家ゲルハルト・リヒターの新作展や、NYの新進アーティストの中から参加を募ったグループ展「オープン・コール」など、この場所でしか見られない展覧会が行われていた。

2020年の3月22日まではNY在住の環境芸術の女性アーティスト、アグネス・ディーンズによる、政治や社会を批判した作品群を含む回顧展が行われている。2階と4階のギャラリー・スペースをぜいたくに使ったインスタレーション(空間設置型の芸術)や実際の作品のための模型や図面、映像作品などで構成されており、ギャラリーの回顧展と言っても、作品、空間の使用法ともに美術館での展示会と遜色ないレベルで充実している。

   アグネス・ディーンズの回顧展の様子。写真上:Agnes Denes, Installation view of Agnes Denes: Absolutes and Intermediates, October 9, 2019 – March 22, 2020. Photo: Dan Bradica. 写真下:Photo: Emanuel Hahn.

アグネス・ディーンズの回顧展の様子。
写真上:Agnes Denes, Installation view of Agnes Denes: Absolutes and Intermediates, October 9, 2019 – March 22, 2020. Photo: Dan Bradica.
写真下:Photo: Emanuel Hahn. 写真上:Agnes Denes, Installation view of Agnes Denes: Absolutes and Intermediates, October 9, 2019 – March 22, 2020. Photo: Dan Bradica. 写真下:Photo: Emanuel Hahn.

催し物以外にも見どころはある。建築のデザインが見応えあるのはもちろん、ザ・シェドのメイン・ロゴマークも見逃せない。このロゴの作成者は、ウルフ賞受賞のアメリカ人ベテラン・アーティスト、ローレンス・ウェイナー。彼は文字を作品化して、壁面などに貼り付けるインスタレーションを制作している。通常、企業や各種施設、イベントなどのロゴは商業デザイナーが作成することが一般的なため、アーティストがロゴデザインを手がけるのは珍しく、その点に僕は魅力を感じている。

チケットの裏にプリントされたザ・シェドのメイン・ロゴマーク。ローレンス・ウェイナーとザ・シェドとのコラボレーション

チケットの裏にプリントされたザ・シェドのメイン・ロゴマーク。ローレンス・ウェイナーとザ・シェドとのコラボレーション

劇場の下部には、巨大なボギー・ホイール(鉄道車両の車輪)を思わせる、直径1.8 mの車輪が8台ついている。建物が移動式になっており、スライドすることで新たなホールスペースを生み出せる構造になっている。

この構造は、僕が小さい頃、アメリカの西部劇の映画などで見たほろ馬車を連想させ、なんだかワクワクする。催し物以外にも、アート好きなら楽しめるしかけが満載。ハドソン・ヤードのハイソサエティーな雰囲気があまり好きでない人でも、この可動式劇場を備えたザ・シェドの建物のデザインを否定する人は少ない。僕もその一人だ。

シアターの名前「ザ・マッコート」が車輪にかかれている

シアターの名前「ザ・マッコート」が車輪にかかれている


ザ・シェドのイメージ・ムービー(Courtesy of Diller Scofidio + Renfro.)

ザ・シェドの隣にはロンドン出身のデザイナーのトーマス・ヘザーウィックが設計したザ・ヴァッセル(The Vassel)(仮)がある。建物自体は個性的でモニュメントのようでもあるが、展望台になっていて登ることができる。周りがビル郡に囲まれているので、眺めがいいのはハドソン川の方向。この地区が完成したらどうなるだろう。

写真左:ザ・ヴァッセルの全体像。右下にザ・シェドが見える 写真右:ザ・ヴァッセルを下から見たところ。階段の裏面にあるのは銅素材で、かなり周りの景色を反射しているのがわかる

写真左:ザ・ヴァッセルの全体像。右下にザ・シェドが見える
写真右:ザ・ヴァッセルを下から見たところ。階段の裏面にあるのは銅素材で、かなり周りの景色を反射しているのがわかる

ハドソン・ヤード地区の再開発は、現時点ではおおよそ半分ほどの敷地しか着工しておらず、学校やホテルなどもこれから作る予定だ。完成が待ち遠しくもあるが、現時点では東京の約2倍近く高い物価のNYの市場も手伝ってか、どこか富裕層のためのもののような気がして僕には現実感がない。しかし新しいNYという部分では十分楽しめると思った。

*トップ画像は「ザ・シェド」の写真に筆者が絵を加えた作品であり、実際の建物にはこれらの絵は描かれていません

今年1月に一時帰国した際、石和温泉の「iGallery DC」で行った僕の個展「伊藤知宏展 そこにあるものをえがく -ある日僕は野菜の夢を見た-」の展示風景。このギャラリーの姉妹画廊「銀座藍画廊」のスタッフや、地元の芸術家らが訪れた。詳細はHP(http://igallery.sakura.ne.jp/dc83/dc83.html)よりご覧いただけます

今年1月に一時帰国した際、石和温泉の「iGallery DC」で行った僕の個展「伊藤知宏展 そこにあるものをえがく -ある日僕は野菜の夢を見た-」の展示風景。このギャラリーの姉妹画廊「銀座藍画廊」のスタッフや、地元の芸術家らが訪れた。詳細はHP(http://igallery.sakura.ne.jp/dc83/dc83.html)よりご覧いただけます

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PROFILE

伊藤知宏

1980年生まれ。東京・阿佐ケ谷育ちの現代美術家。日本政府から助成金を得てニューヨークへ渡米。武蔵野美術大学卒。東京や欧米を中心に活動。ポルトガル (欧州文化首都招待〈2012〉、CAAA招待〈2012-18毎年〉)、セルビア共和国(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待〈12、14〉)、キプロス共和国(Home for Cooperation招待〈17〉)他。ギャラリー、美術館、路地や畑などでも作品展を行う。近年は野菜や花、音や“そこにあるものをえがく”と題してその場所にあるものをモチーフに絵を描く。谷川俊太郎・賢作氏らとコラボレーションも行う。ホルベインスカラシップ受賞。文化庁新進芸術家海外研修制度研修員(2018-19)および日米芸術家交換計画日本側派遣芸術家。

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