プロレス偏愛

『週刊プロレス』唯一の女性記者が“プロレス沼”に行き着くまで/【プロレス偏愛】#03

若い女性ファンが支える昨今のプロレスブーム。だが、プロレス業界で働く女性はまだ少ない。36年の歴史を持つ老舗メディア「週刊プロレス」には昨年、14年振りに新人の女性記者が入り話題になった。岡崎実央さんがその人だ。

若手の女性記者は希少で、試合会場に行けばレスラーからも珍しがられる。自らの人生選択に、家族や友人のみならず、自分自身も驚いている。なぜプロレスにはまり、記者になったのか。その経緯を岡崎さんにつづってもらった。

(トップ写真:仕事場の一つ「後楽園ホール」で働く岡崎実央さん)

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プロレスとは無縁の日々が一変! どっぷりの生活に

プロレスにははっきり言って人生を狂わされた。将来設計にこんな予定はなかったのだが、もう遅い。わたしは“美大出身・新卒・女性・週刊プロレス記者(卵)”になったのだ。 

今年で25歳。まだ四半世紀しか生きていないが、人生は本当に何があるかわからない。高校では理系を選択し、大学は美大へ進学、グラフィックデザインを学んだ末にたどり着いたのが週刊プロレス編集部だ。編集部の平均年齢はおよそ40歳で、わたしはその中で唯一の女性である。そもそもプロレス業界には若手記者が少なく、ましてや女性記者は極端に少ない。

プロレスに出会ったきっかけは、高校時代に付き合っていた彼氏だった。会うたびにタブレットでグレート・ムタの試合動画を見せられ、「週刊プロレス」を教科書に棚橋弘至と中邑真輔がどのようにして新日本プロレスを守ってきたかを聞かされた。全然興味がなかったが、半年もそれを続けられれば自然と知識が入ってくる。話のきっかけづくりに自分でもプロレスラーのSNSを漁り、お風呂場では毒霧を吹く練習をしはじめ、プロレスどっぷり生活がスタートした。

プロレスの何が魅力なのか? わたしの場合は、簡単に言えば“ストーリー性”と“唯一無二のエンターテインメント感”。例えば、同じ釜の飯を食べていた同期同士が片方の移籍などで離ればなれになり、いがみあっていたけれど、数年後にシングルマッチで対決して和解。その後タッグを組んでリーグ戦に出て準優勝、翌年に優勝……といったレスラーたちのストーリーに魅力を感じる。

『週刊プロレス』唯一の女性記者が“プロレス沼”に行き着くまで/【プロレス偏愛】#03

もう一つ好きなものが、観客の盛り上がりだ。「もう返せないだろうな、3カウント入るだろうな……」と試合の終わりを感じた場面で、劣勢だったレスラーがカウント2.9で返す。その瞬間にわき起こる、地鳴りのような歓声がたまらない。 プロレスヲタクのカレとは高校時代で別れたが、プロレスどっぷり生活は大学時代も続いた。

将来、広告の仕事をしたい一心で飛び込んだ美大という場は、他人と被らない個性が求められた。小柄で一見プロレスと縁がなさそうな女子が「プロレス好き」だと良くも悪くも印象が付きやすい。わたしはそれを個性の一つとして利用することにした。

プロレスという言葉を出すと怪訝(けげん)な顔をされることもあった。「知らない」を「嫌い」「苦手」と思い込んでしまっている人がほとんどで歯がゆかった。だからプロレスラーのTシャツを着てプレゼンをしたり、写真を撮る時もプロレスラーのポーズを模したりした。そしてプロレスをモチーフとした作品を4年間作り続け、プロレスを宣伝した。

「ドローイング100枚」という課題が出れば、プロレス会場に足を運んでレスラーが繰り出す技をひたすらにドローイングし、「パッケージをつくりなさい」という課題が出たときは試供品プロテインのパッケージを考えた。

ついには「自分がプロレスラーになったら」という企画で、キャラクター作りからコスチュームのデザインと制作、撮影、グッズ制作などをした。すると、プロレスとまったく無縁だった人がわたしを通じてプロレスに興味を持ってくれたり、また逆にプロレスが好きな人がわたしを知ってくれたりした。

『週刊プロレス』唯一の女性記者が“プロレス沼”に行き着くまで/【プロレス偏愛】#03

岡崎さんの大学時代の作品「プロレスのフォールを返す動きで起きることができる“負けず嫌いのための布団”」。アプリで起床時間を設定すると、その時間の3秒前に布団に内臓されたスピーカーからカウントが始まる。起きてフォールを返せれば歓声が、起きずにフォールを返せないとゴングが鳴り響く(提供:岡崎実央さん)

『週刊プロレス』唯一の女性記者が“プロレス沼”に行き着くまで/【プロレス偏愛】#03

痛みを紙のダメージで表現したプロレス技のポスター(提供:岡崎実央さん)

 
「四角いジャングル」キュビズム(様々な角度から見た対象のカタチを一つの画面に収める方法)を使い、プロレスを等身大で描いた作品。3.5m×3.5mのアクリル画。

「四角いジャングル」キュビズム(様々な角度から見た対象のカタチを一つの画面に収める方法)を使い、プロレスを等身大で描いた作品。3.5m×3.5mのアクリル画

プロレスと就職活動、好きなものを仕事にするという勇気

ただ一方で、プロレスの作品しか作らなかったことで就職活動が難航した。印象を残すことには成功したが、変わり者を採用するのは会社としてリスクが大きかったのか、なかなか内定はもらえなかった。

『週刊プロレス』唯一の女性記者が“プロレス沼”に行き着くまで/【プロレス偏愛】#03

それでも4年の夏、こんな変わり者に、ある大手広告映像制作会社が内定をくれた。なんとか内定をもらったことで心に余裕が生まれた。しかし、広告の仕事はしたかったものの、映像に関してはまったくの無知だったから「このままでいいのか」という思いに苛(さいな)まれた。

そんな気持ちのまま年末を迎え、卒業制作のリサーチで「週刊プロレス」をゼミ室に大量に持ち込んでいたときのことだ。教授と雑談をしながらパラパラと見ていると、今にも雪崩が起きそうなほど雑誌が積まれた、いかにも“編集部”みたいな写真と「週プロで働きませんか?」という文字が目に入った。

「受けてみればイイじゃん!」と教授。それを聞いたわたしは、「でも内定もらってるし……」と思いながらも、「こんなにプロレスのこと考えて4年間過ごしてきたし、その集大成として最後にプロレス業界に爪痕を残しておこう」くらいの気持ちで、履歴書と今まで作った作品をまとめたリーフレット、撮りためた試合写真をまとめたミニカタログを編集部宛てに送った。今考えれば、内定をすでにもらっていて心が落ち着いていたからできた行動だった。

そんな気持ちでした応募だったが、編集部から採用の電話が来たとき、二つ返事で入社を決めた。断ったら後悔することは目に見えていたからだ。入りたいと思ってもなかなか入れるような職場ではなかったし、確実に「週刊プロレス」で働いた方が人生は面白いだろうと思った。

ただ、母にはそのことを打ち明けられずにいた。「今ある内定を蹴って『週刊プロレス』で働きたい」と言い出すときは人生で4番目くらいに緊張した。給与も内定先の広告会社よりいいとは言えず、週刊誌の編集という、絶対に忙しい世界は反対されると思ったからだ。勇気を振り絞って言うと、母は驚きはしたものの、「あなたがしたいことすればいいんじゃない」とすんなり承諾してくれた。

モチベーションは“面白さ”と“上司・先輩”

そして4月。ある程度覚悟はしていたが、人生に刺激を求めて開いたとびらの先にはたくさんの試練が待ち受けていた。

まずプロレスにはオフシーズンというものがない。365日、ほぼ毎日どこかで興行があるから、決まった休みはない。それに加え、大学時代に借りた多額の奨学金の返済と自宅に入れる生活費が重なり、貯金もままならない。

新人だからといって仕事がぬるいわけでもない。今は主に、試合後のバックステージでの選手のコメントを録音して書き起こし、会見にも足を運び、モバイルサイト用の記事を書く。そしてモバイルサイトにプロレス団体から送られてきたリリースを掲載し、写真の整理などもする。そのほか編集部の人に頼まれた写真を探したり、調べ物をしたりすることもしばしばある。誌面で任されているのは、体験取材記事と試合記事を白黒半ページくらい。まだまだ勉強中といったところだ。

『週刊プロレス』唯一の女性記者が“プロレス沼”に行き着くまで/【プロレス偏愛】#03

レスラーへのインタビューの仕事風景

『週刊プロレス』唯一の女性記者が“プロレス沼”に行き着くまで/【プロレス偏愛】#03

試合の結果や選手へのインタビューをすぐ文字にするために会場裏の暗い中でパソコン作業することも多い

勉強といえば、“週プロ”独特の文体に慣れることも大変だ。「ヒザ」「アゴ」などカタカナ表記が必須の部位があるほか、プロレス技の用語の表記にも決まりがある。スクールボーイは「横入り式エビ固め」と表記したり、ムーンサルトプレスは「ムーンサルト・プレス」と中黒が必要だったり……。他にも、技のカタチが同じなのに選手によって呼称が異なるときの表記の仕方など、悩みは尽きない。

学生時代は「プロレスの面白さ」を視覚化してきたのに、社会人になったらそれを言語で伝えなければいけない上、覚える量も尋常ではなく、休みも不定期だ。そんな状況でなんとかイヤにならずにやっていけているのは、プロレスが面白いからだ。

プロレス自体のエンタメ性も魅力の一つだが、プロレスに関わっている人たちも負けず劣らず面白い。「プロレスで会う人はやや社会不適合感があるが、だからこそ魅力的な人が多い」と記者を20年近くやっている大先輩も編集後記で書いていた。確かにうちの編集部にもその匂いはする(ここでは書けないエピソードが多すぎるため詳細は割愛する)。

社内でも少し異質な空気を醸している週刊プロレス編集部だが、先輩たちは皆、かなり尊敬できる人たちだ。一言で言うと“仕事がデキる”。口数はかなり少ないが背中で語るタイプなのだ。そんな背中を追いかけながら、私は私なりに編集部にいい風を吹かせたいと考えている。 

もし大学生に戻れるなら、職選びは悩むけど……

今回、自分の半生を振り返る機会をもらって、プロレスが私にとってどんな存在なのかを改めて考えてみた。 

プロレスはわかりやすい個性としてわたしに定着し、大学時代に4年間向き合うモチーフとなり、一つのことを継続する勇気を与えてくれた。「白か黒かはっきりする事が全てじゃない」という考えに触れ、グレーを楽しむ余裕も教わった。そして人脈の幅も広げてくれた。プロレスに興味がない人も「プロレスの子」として認知してくれたことは、わたしにとって大きいことだ。

プロレスに出会って10年弱。華やかなレスラーたちを取材していると、ずいぶん遠いところまで来てしまったと感じる。そもそも絵を描いたり、デザインをしたり手を動かして何かをつくることしかやってこなかったわたしが新しい分野(=文字を書く世界)に飛び込めたのは、プロレスへの偏愛があったからかもしれない。

今、もし大学4年生に戻ったとしたら――。やっぱり職選びはかなり悩むだろう。そしてカウント2.99まで悩んだ末に、きっと今と同じ道を選ぶはずだ。

(文・岡崎実央 撮影・林紗記)

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岡崎実央(おかざきみお)

1995年、北海道札幌市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、株式会社ベースボール・マガジン社に入社。現在は週刊プロレス編集部内紅一点で日々奮闘中。
【instagram】https://www.instagram.com/mio_okazaki/

【twitter】https://twitter.com/mio_okazaki

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