インタビュー

207cmの“日本の柱”。バスケの第一線で戦い続ける竹内譲次、五輪メンバー入りへの思い

いま、日本のバスケットボールが盛り上がっている。Bリーグの人気チームのチケットは入手が困難だ。専門メディア以外で選手を目にする機会が増え、イケメン選手の画像がSNSをにぎわしている。

たしかに、いま日本のバスケは面白い。2016年にBリーグが開幕してからは、多くの経験豊富な外国籍選手が日本にやってきた。ゴール近くのインサイドは“ビッグマン”と呼ばれる外国籍選手が体をぶつけ合う場になり、迫力と見応えのあるプレーを見ることができる。

そんなBリーグのインサイドに、応援したくなる日本のビッグマンがいる。アルバルク東京の竹内譲次だ。双子の兄である宇都宮ブレックスの竹内公輔とともに高校時代から注目を集め、18歳から最高位の日本代表で戦ってきた。竹内は外国籍選手の主戦場になりつつあるインサイドで体を張りながら、3ポイントシュートなどアウトサイドでも存在感を放っている。どこからでも得点できる207cmの竹内は、相手チームにとって脅威だ。

207cmの“日本の柱”。バスケの第一線で戦い続ける竹内譲次、五輪メンバー入りへの思い

2019年に中国・上海で行われたW杯・日本対チェコ戦でシュートを決める竹内譲次=瀬戸口翼撮影

竹内は、2月24日に台北市で開催された『FIBAアジアカップ2021予選』に先発出場し、チームは96-57で快勝している。17年間、日本男子バスケの柱の一人であり続けた竹内に、これまでのプレイヤーとしての歩みと東京オリンピック、その先について聞いた。

身長2メートルの双子がやってきた!

竹内の身長は、高校1年で196cmあったという。双子の兄・公輔とともに高校バスケの名門・洛南高校に入学し、“ツインタワー”として全国で知られる選手に成長した。その背中を押したのは、父親の言葉だったという。

「中学3年のころからプロになりたいと思いはじめました。プロでやっていけないとは思わなかったんです。洛南に入ったのは、父親に『一生バスケでやっていきたいのなら、バスケの強い大学進学を見据えて高校を考えろ』と言われたからです。僕の進路を決めた大きな言葉でした」

竹内讓次

同じ高校に、ほぼ同じ身長の双子の選手がいれば、周囲はどちらが優れているのか比べがちだ。竹内自身も、兄に強烈なライバル心を持って練習していたと振り返る。

「公輔のほうがバスケの経験が浅かったので、同じ高校に入っても公輔より上にいられる感覚がありました。ただ、彼は高校に入ってから上達するスピードが早くて、並ばれるときがやってきて悔しい思いをしたこともあります。3年間ずっと練習中から競い合う相手がいたので、振り返れば公輔と同じ高校に行って良かった」

207cmの“日本の柱”。バスケの第一線で戦い続ける竹内譲次、五輪メンバー入りへの思い

現在は、Bリーグのライバルチームに所属する竹内兄弟。右が譲次。©ALVARK TOKYO

八村塁との差を縮めたい

人生で初めて海外のチームと対戦したのは、高校1年のころだったという。竹内は、20年前に完敗した試合を覚えていた。

「アウェーでアジアのチームと戦って、ボロボロに負けました。当時の僕は体が細くて、相手と大きなパワーの差を感じた。正直なところ、もう一度やっても勝てないと思った。もっと、自分のレベルを上げたいと考えはじめました」

それから2年後、高校3年のときに世代別の日本代表で行ったオーストラリア遠征では、手応えが変わっている。

「オーストラリアは、体が大きい強豪国です。大方の予想は日本が全試合でボロ負けすると言われていました。結果は全敗だったのですが、かなり良いところまでいったゲームもあって、これはいけるんじゃないかと思った。この時期になると、ある程度の自信がついていました」

竹内讓次

高校卒業後は多くのプロバスケプレーヤーが輩出している東海大学に進学し、18歳で最高位の日本代表に選出された。大学4年のときに日本で世界選手権が開催され、竹内は5試合で102分の出場、31得点という成績を残している。日本はアメリカ大陸予選で強豪アルゼンチンを破ったパナマに勝利し、1勝4敗で大会を終えた。

それから13年後、竹内は昨年の夏に中国で開催されたワールドカップに八村塁(米NBAワシントン・ウィザーズ所属)ら新戦力とともに出場した。2006年の世界選手権に出場し、今も日本代表を務めているのは竹内兄弟のみだ。長く代表で戦ってきた竹内は、世界との距離が縮まっているのを実感している。

「僕が代表に入ったころは、帰化選手はほとんどいなかった。この数年で、成績も選手のレベルもかなり上がってきていると思います。特に八村選手が出てきたときは、大きな衝撃を受けました。僕と八村選手の間には大きな差があるので、今はそれを縮められるようにやっています」

207cmの“日本の柱”。バスケの第一線で戦い続ける竹内譲次、五輪メンバー入りへの思い

©ALVARK TOKYO

竹内のように長く日本代表でプレーするということは、所属するチームの他の選手が休んでいるときも代表の練習や試合があるということだ。竹内にとって日本代表とは、そしてバスケ一筋の暮らしとは、どんなものなのだろうか?

「代表には海外の選手と戦える機会がある。それが自分のレベルアップに一役も二役もかっているのを、身をもって経験してきました。日の丸を背負う誇りもあるけれど、僕はそういうのはあまり考えません。都合よく考えたら、自分を高められる場所が日本代表です。バスケばかりしていると休みたくなるけれど、休みは1週間でいいです。それ以上休むと、休み明けがしんどいと思ってしまう。バスケを楽しむというよりも義務というか、生活の一部です。そういう生活が、今のところは辛くないです」

竹内讓次

35歳、東京オリンピックへの思い

絶えず自身の成長を求めてきた竹内は、実業団チームに入団した年にNBAのワークアウトに参加した。竹内のシーズンオフのNBA挑戦は、3年連続で続くことになる。

「NBA入りのチャンスがあればと思って、アメリカに行きました。アメリカで自分がどれだけできるか、試したい思いもありました。1年目にDリーグ(NBAの下位リーグ。2017年にGリーグに名称変更)でオファーをくれたチームがありましたが、今とは違って、当時のDリーグはNBAに上がるための場所で、チームプレーは無かった。そこに僕が入っても、自分にとってプラスになることは無いと考えてやめました」

「2年目はNBAチームのワークアウトに呼ばれてドラフト指名された選手と一緒にやっていたのですが、そこで大きな力の差を感じた。絶望というか……これが自分の目指しているレベルなのかと思うと、体格や運動能力の差だけではない“壁の高さ”を実感しました。3年目のワークアウトは、自分としてはやり切った。それでもチームに呼ばれないというのは、そういうことなんだなって。3年間の挑戦で、一区切りにしました」

竹内讓次

今の日本代表には、竹内が超えられなかった“高い壁”を超えた八村や渡邊雄太(米NBAメンフィス・グリズリーズ所属)がいる。アメリカの大学を経由してBリーグでプレーする選手も現れ、若い世代が台頭してきた。今年35歳になった竹内は、自分の年齢について「大切なのはコンディションを保つこと。年齢はただの数字だと自分に言い聞かせている」と話す。東京オリンピックについては、どう思っているのか?

「今までオリンピックはテレビで見る世界だったので、出るチャンスがあるのはうれしいです。僕は外国籍選手に比べると体格で負けているので、技術や練習量で差を埋めないと戦えない。メンバーに入るために、1日1日をもっと頑張らないといけないと強く思っています。オリンピックはこれまでに出てきた大きな大会の一つだと思いたい一方で、年齢を考えるとバスケ人生の集大成になってもおかしくないと思います」

竹内讓次

自身を律するスタンスから得られるもの

インタビューをしながら、ずっと感じていたことがある。竹内は、どんな質問に対しても、冷静に自分を客観視した抑制した言葉で答え、自身を律するスタンスを崩さない。例えば、アルバルク東京はリーグ2連覇中の強豪で、竹内はほぼ全ての試合でスタメン出場しているが、それについて口にしたのはこんな言葉だ。

「スタメンだから自分が優れているとは思わない。ヘッドコーチが、チームの勝利のための選択をしているだけです。僕は活躍したい思いよりも、みんなの足を引っ張りたくない気持ちのほうが強いです」

客観的に自分の状況を認め、そこから成長の道筋を見つける。17年ものあいだ日本代表の第一線で活躍できる理由の一つに、このスタンスがありそうだ。竹内に聞いた理想のアスリート像に、そのスタンスを貫く理由が垣間見えた。

「本田圭佑選手(サッカー)は、本当にすごいと思います。掲げている信念から、言動がぶれない。僕の偏見かもしれないけれど、メディアを通して自分をつくって、よく見せようとする選手は少なからずいると思っています。本田選手と比べると、自分を良く見せようとする行為は偽善に思えてしまう。本当に強い信念がないと、本田選手のような言動はできない。例えば、メディアの質問に答える選手は、メディアのニーズに無意識に応えている部分があると思う。でも、本田選手はそんな状況でもコメントがブレない」

竹内讓次

最後に、まだ早いが、引退後のプランを聞いた。

「教える側にまわりたいと思っています。求められるなら学んできたことを還元したい。本当は、現役のうちに次のステップの準備をするのが大事だと思いますが、今は練習と試合で精一杯です。僕は、今を生きるタイプなんです(笑)」

竹内の残してきた実績は、積み重ねた努力がもたらした必然の結果だ。ベテランになっても変わらずに重ねるその努力は、きっとオリンピックのコートにつながっているはずだ。この夏、世界のビッグマンを相手に戦う姿を再び見てみたい。(文中敬称略)

(文:石川歩、写真:高橋マナミ)

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