LONG LIFE DESIGN

「似合う/似合わない」の基準とは? ブランドに頼らない「自分らしさ」の追求

今週も僕の活動のテーマ「ロングライフデザイン」で、思ったことを書いてみたいと思います。

まずは先日久しぶりに再会した妹の話。兄だからわかることってあるなぁと。拡大していくとブランディングの話になっていくような、ちょっと似合ってなかった持ち物の話です。

そして、もう一つは自分が選んだ車を眺めながら「君は、ロングライフデザインかい?」と、聞いてしまった話。いわゆる、世間が「定番」としての価値を認めるずっと手前の、自分次第で価値を決められる状態の時の話。

最後は徳島で「アースシップ」というオフグリッド住宅を見学してきた時のお話。電気も水もガスもなく、自力でどうやって暮らしているのか。近い未来を見に行ってきました。それではしばし、お付き合いくださいね。

長らく乗っていたメルセデスベンツのW124というモデル。大量に出回ったので、逆に価値が薄く、中古市場でとても安く手にいれることができます。しかしこのモデルも、手頃に買ってずっと乗り続けていたら価値はどんどん上がっていくはずです。

長らく乗っていたメルセデスベンツのW124というモデル。大量に出回ったので、逆に価値が薄く、中古市場でとても安く手にいれることができます。しかしこのモデルも、手頃に買ってずっと乗り続けていたら価値はどんどん上がっていくはずです

似合っている

久しぶりに妹に会った時、彼女が持っていたバッグを見て何か違和感を感じました。似合っている、似合っていないという話です。つまり、似合っていなかったのです。別に彼女が悪いわけではありません。彼女には身内として一緒に過ごしてきたからこそわかる「キャラ」があります。僕はそれを「兄」として消化した上で、「妹らしくない」と感じたのでした。

バッグなどの「もの」は、人のイメージを作り上げます。それはその人らしくも、その人以上に良く見せたりすることもできます。そう考えると……と言いつつ、僕はこれまでそんなことを考えたことがないかもしれません。「自分らしい服や持ち物」のことを。本当に自分らしい、もっと言うと、持ち物が少し自分らしさづくりをリードするような、ぴったりの持ち物選びのことを。

僕も昔、雑誌やテレビの取材を1週間に1度は受けていた頃に、スタイリストを探そうとしたことがあります。芸能人じゃないので、それまでは私服でずっとやってきました。とはいえ、少しはいい格好をとか、少しだけ背伸びして「良く見せたい」という気持ちもあって、ちょっと派手な服を選んでいました。でも、それは僕そのものではないと自覚してはいます。

人は誰でも背伸びする。格好良く見せたいとか、リッチに見せたいとか……。たまに、本当に似合っている人っています。やっていることと、しぐさと、持ち物が全て……。それはそれは見事に似合っている。そういう人を見ると、本当にうらやましくなります。人は大抵、持ち物でごまかしたり、大きく見せたり、必要以上によく見せたりするものです。僕も多分、そうでしょう。

その一方で、服も、持ち物も、車も家もみんな、「その人らしい」という人がいます。つまり「うそ」がないのです。自分に素直に自分らしくというのは、本当に難しいことです。それが自分でわかっている人がいるのですから、本当に頭が下がります。

僕の妻がそうです。彼女にはうそがありません。ブランドに依存せず、自分がどうしたいかでものを選んでいます。また、彼女は僕の身の丈以上の買い物に、「それはどうなのか」と意見をしてきます。だから、尊敬できるのだと思います。尊敬できる人の究極です。うそがない人って、本当になかなかいませんので。

彼女のような人は、ファッションブランドの提案や、ブランドのキャラクターに依存せず、「自分らしい選ぶポイント」のようなものを持っています。特にこの「ブランドに依存しない」というのって、かなり難しいところでしょう。

「自分に似合うブランド」を探すということが普通の行為なら、それをせず「自分らしい服を探す」ということですから、ちょっと僕には考えつきません。好きなブランドを着ているのが「自分」だとしっかり思い込んでいます。それでもいいのかもしれませんが……。

全ては他人の目や「社会」の目をどう受けとめるか、ということなんでしょうね。モノにたとえると、やはりロングライフデザインなものたちが思い浮かびます。その作り手や使い手の人たちは、社会は意識するものの、トレンドには背を向けています。世間がどうの、というよりも、世間を変えようとするそんなものたちから、自分のスタイルを考えてみたいものです。

君はロングライフデザインかい?

面白いもので、私たちはあんなにトレンドを追いかけていたのに、今では定番と言われるものや経年変化して使い込むほどに自分仕様になっていくことが最初からわかるものに反応するようになってきました。

先日、無事に金沢ファクトリーズーマーのギャラリーで開催していた「plastics」展も会期を終え、たくさんの方々に「プラスチックだって、一生ものになり得るかもね」というメッセージを受け取ってもらいました。ありがとうございました。

最近、自分で買ったものや、これから新しく買おうとする時に、「お前は、ロングライフデザインになるかい?」と聞いて買うことが前よりも増えました。気持ちとしては「一緒にずっといられるかい」という感じ。モノには口がなく、作られた背景や機能性を背負って店頭に並べられるだけ。あとは買う側、こっちの気持ち次第。

その時には、これからやってくるであろう数々の新型商品の誘惑や生活事情、流行なんかと戦いつつ、強い意思で目の前にある「買おうとしているもの」と一緒に耐えるようなことも必要になってくる。

結局、そういう自分との意思疎通があるモノだけが生活の中に残り、それらが自分を形成していく。自宅の本棚のように、格好つけて買ったけれど読まない本って、なんの意味もないなぁと思うのです。

1年前に車を買いました。すでにマイナーチェンジされた新型も走っていて、ローンもまだまだある。新車で買ったので、買った当初は「最新型」ということに、やっぱりどこか価値を思っていましたが、そうじゃなくなった今、価値を決めるのは自分で、それも「どこに」それを思うかも、自分次第ということになっている。別に車じゃなくてもいいんですが、あらゆるものが、そうした流れで自分の手元にやってくる。その次なんですよね。価値を決めるのは自分ということなんです。

考えてみたら、人の「買い物」って、いろんなパターンがあります。人からもらったものも含め、どうでもいいものもある。だんだんと使い込んでいくと、手放せないものになっていく。それを意識して決めたのは、紛れもない自分。駐車場に止めた自分の車を眺めながら「この先も、一緒にいれるかな?」と、車に聞いているような、自分に聞いているような……。

アースシップへ

先日、徳島にあるアースシップを見学に行ってきました。オフグリッド住宅です。壁には廃タイヤやガラス瓶、空き缶を使用。電力は太陽光。水は完全に雨水。オリジナルの濾過(ろか)装置が付いていました。もちろんエアコンなどはありません。標高が高い寒い地域ですが、常に15度くらいを保ち、住人の方は快適に生活されていました。

いろんな話を聞いていて一番面白いなと思ったのは「ドライヤー」の話です。とにかく電気は太陽の光次第。曇った日が何日か続くと、色々と「やりくり」を考えるとのこと。例えば、洗濯機は晴れた日に使い、よく都市生活とかで言われている「深夜電力を使うとお得」みたいなことの正反対でした。太陽光のなくなった深夜は、とにかくひっそりと電気を丁寧に使う。とにかく使っていないところは消す。これは「節電」というレベルではなく、本当に「この一件の家」にある蓄電された電気がなくならないようにする。昼も夜も使えないのがドライヤーやアイロン。一気にパワーを使って加熱するようなものは、電力の消費がものすごいとのこと。

南側に面した壁は全てガラス窓。当然、夏はうだるような暑さになる。しかし、北側のリビングはひんやり。地中にほぼ埋まっていたり、風の流れなどを計算されたりした造りです。それでもなぜ、南は全面ガラスなのかと聞くと、1年をトータルで考えると、太陽熱はあればあるだけいい、という。夏の暑ささえ我慢すれば、それ以外を快適に暮らせるとのことでした。

とにかく「アースシップ」と名前が付けられているように、ここは地球を凝縮したような世界。どこかから電気がやってくるわけではないし、水は雨水を有効に使わなければいけない。ここで一人暮らしをされていた方が言うには、「夜、トイレに行っても、朝、明るくなってからしか流さない」と。地下にためた雨水を吸い上げるポンプの電力を考えてのこと。

私たちはなんだかんだ言って、各エネルギー会社が作ってくれた電力やガス、水で暮らしています。それを一切使わないという生活を目の当たりにして、「エコで素敵(すてき)」とは思いましたが、もっともっと、深いことを考えさせられました。

楽しく生活しているのに、少し深刻。日々、自然からのエネルギーを意識するこの生活は、結果として僕に「他人が用意してくれたエネルギーなどの恩恵にものすごく甘えていた」という、なんか、ぶん殴られたようなショックを与えました。

今も頭上ではエアコンが書斎を暖めてくれているし、天井からの照明と、デスクライトがこのパソコンを照らしている。マグカップで飲んでいるローズヒップティーは、蛇口をひねって出てくる水を濾過して瞬間湯沸かし器で沸かしたもの。

ここでも水道水と電力を使っている。そして全てをお金で解決している。そこにはアースシップにあった「生きる」みたいな緊張感はゼロに近いのでした。

見学を終え、言葉で言い表せない気持ちになりました。サバイバルゲームを見たような複雑な心境や、生活することについての新しくリアルな発想。これまで普通にエネルギーを購入して生活してきただけに、「なんだったのか、あれは……」という感覚で今も悶々(もんもん)としています。

少なくともあの方のような生活をするのはすぐには無理だけれど、ゴミを出さず、最小限のエネルギーで生活はしてみたいと思います。ただ、やはり、僕らの身の回りの生活、消費は、とてつもないエネルギーを使って毎日作られている。

「ものを作る」って、夢や経済性など前向きなことばかり考えがちですが、「作れば作るほど、エネルギーを使う」ことなんだなぁと、今回の見学で改めて思いました。とはいえ、「作らない」ってあるのだろうか。……とか考えてしまいました。

徳島にあるオフグリッド住宅「アースシップ」。広く見学者を受け入れているようです。見学すると、本当に価値観が変わります

徳島にあるオフグリッド住宅「アースシップ」。広く見学者を受け入れているようです。見学すると、本当に価値観が変わります

■オフグリッド住宅「アースシップ」

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PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2カ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

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