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大迫傑選手の東京マラソン2020回顧 新しいマラソン大会の構想も語る

何度見ても感動的なシーンである。東京・仲通りを左折した瞬間、大迫傑選手(28)=ナイキ=はまず右手を上げて集まっていた観衆の声援に応えた。フィニッシュへ向かう行幸通りの直線に入ると、何度もこぶしを振り上げ、全身で喜びを表現した。そして、勝利の雄たけびを上げてのフィニッシュへ!

自らが持つ日本記録を21秒更新する「2時間5分29秒」で日本人最上位の4位に入る。残り1枠となった東京オリンピックマラソン男子日本代表の座をさらに確実にする成績だ。大迫選手はどんな思いで、この東京マラソン2020を駆け抜けたのか。“勝利”から2日経った3月3日、都内のホテルで話を聞いた。

(トップ画像:NIKE OFFICIAL)

東京マラソンで生かしたMGC敗戦の“教訓”

レース直後の会見で、大迫選手は「(最後の)直線に入った瞬間に記録を切れるとわかった。最高の直線だった」と話している。改めて、その“瞬間”を振り返ってもらった。

ガッツポーズでフィニッシュエリアに姿を見せた日本勢トップ4位の大迫傑=代表撮影

ガッツポーズでフィニッシュエリアに姿を見せた日本勢トップ4位の大迫傑=代表撮影

「(前回、日本記録を出した)シカゴマラソンのときもそうだったんですが、やはり自分なりにいい走りができて、いい結果がついてきたというのは、そこに至るまでの期間が長い分だけ喜びが強いかなと思います。走る距離が長いというだけでなく、準備期間も考えると……。終わった瞬間はもちろん、その後も。それは(5000m、10000mなどの)トラックのときにはなかったことで、非常に(マラソンを)やっていて楽しい部分でもありますね」

やっぱり、そうなんだと思わずひざを打った。マラソンは目標レースに向けての準備期間も、実際に走る距離もとにかく長い。走り込みや食事の節制は数カ月におよび、本番で走るのは世界トップレベルのトップランナーでも2時間以上かかる超長距離。レベルは違えど、大迫選手のようなトップランナーも私のような市民ランナーもこれらの「長さ」に向き合っている。その長さを乗り越えた先に大きな喜びを感じられることが、マラソンが多くの人を魅了するポイントなのかもしれない。

それにしても、大迫選手にとっては、“特別に長い”マラソンだったと思う。昨年の東京マラソン2019では、今回と同じく日本記録更新が期待されたが、悪天候の影響もあり、29km付近でまさかのリタイアでレースを終えた。

東京オリンピックの代表を決める2019年9月のマラソン・グランドチャンピオンシップ(MGC)では、3位で代表内定を逃した。その悔しさをバネに、ケニアで2カ月半の合宿も敢行した。そんな、長い長い道のりを経ての日本新記録だったのだ。

記録更新を意識したのは40km付近でタイムを確認したときだったという。残りの2.195kmのタイムはシカゴマラソンのときよりも速かった。

「(40km地点の少し前から)もしかしたらいけるかもと思い始めていましたし、シカゴは最後がちょっと上りだったんですが、東京は石畳があるけどほぼフラットなので、“いける”と感じました」

しかし、テレビで見ていた人はご存じの通り、ここまでの展開はけっして平坦(へいたん)ではなかった。レースは序盤から高速で大迫選手を含む先頭集団は10km地点を29分11秒で通過した。1kmあたり2分55秒というハイペースだ。20kmを超えたころからさらにペースが上がる。

ここでライバルと目されていた井上大仁選手(MHPS)はなお先頭集団に食いついていったが、大迫選手は遅れ始める。時計を何度も確認するしぐさが見られた。気がつくと、集団から大きく離れ、1人になってしまっていた。テレビ観戦者の多くは「まさか……」と思ったことだろう。いったい何が起きたのか。

15キロ付近の浅草・雷門前を通過する大迫傑(右)=西畑志朗撮影

15km付近の浅草・雷門前を通過する大迫傑(右)=西畑志朗撮影

「(スタート直後は)速いなと思いましたけど、流れに乗れそうだったので、その方が堅実かなと。(集団を)離れたときは、他の選手を意識するということではなく、自分のペースを守り、自分と対話しながらしっかりゴールしようと考えました。まだ、その先15km、20kmあったので、無理をするとゴールできないのかなと……」

前回、MGCのときは「良くもあしくも僕を中心にレースが動いた感じがあって、それが原因で行き過ぎて、(中盤で)脚を使い過ぎてしまったという反省はあります」と話している。

「マラソンはトラック競技以上に、本当に小さな判断の影響が後半に出てくるというのも、すごく強く思いました。敗戦から学んだことはたくさんあります」とも。今回の東京マラソンでは、まさにその教訓が生かされたようだ。

シカゴのときもそうだったんですけど、ペースが上がった段階での1、2kmはキツくはあるんですが、徐々に自分のペースを取り戻した。ちょっと休んで自分のリズムをつくり直す、という感じでしょうか。精神的には、まだ20km、つまり半分はあるので、『よし、行くぞ!』という感じではなく、なるべく省エネで力を使わず、脱力して走ることを考えました。練習でも同じですが、頭の中でそういうことを考えるだけで(結果が)違ってきます」

これまでのレースに比べて時計を確認する頻度が多いように思われたが、それについてはこう説明する。

「いつもけっこうペースは確認します。今回が特別ではありません。どのくらいのペースとリズムで、どうやって走っているのかっていうのは大事です。とくに(集団から)離れたときは意識します。逆に集団にいるときは、あまり考えないですね。シンプルにいま速いか遅いかを確かめる。遅いからといって、よし速くしよう、ということではありません」

長い距離の間にはさまざまな局面があるのが、マラソンという競技なのだと改めて思い知らされる。スタートから飛び出して、一直線でゴールまで行ってしまうケースもあるが、そうでないことの方が多い。大迫選手は32kmを過ぎたあたりで集団に追いつき、スーッと抜けて行った。レース直後の会見では、そのときのようすをこう語っている。

32キロ過ぎ、力走する大迫傑(手前)。最後方は井上大仁=代表撮影

32km過ぎ、力走する大迫傑(手前)。最後方は井上大仁=代表撮影

「追いついたときは、(集団の)ペースがやや遅かったのと、井上選手も含めてちょっとキツそうな雰囲気だったので、チャレンジしてみようかなっていう感じでした。いままでもそうですけど、一人で走る、一人で耐えるってことを学んできたので、残り10kmありましたけど、いけるのかなって手応えがありました」

大迫選手が井上選手の表情を確認してから前へ出たシーンはテレビでも確認できた。そこから一気に日本新記録のフィニッシュまで走り切った。

ナイキ“厚底”最新モデルの効用

今回のレースでもう一つの話題が、大迫選手が履いていた“ナイキの厚底”の最新モデル「ナイキ エア ズーム アルファフライ ネクスト%」のデビュー戦だったということだ。上位10人の選手のうち、大迫選手を含む4人がこのシューズを履いていた(残りの6人はヴェイパーフライ ネクスト%だった)。感想を聞くと、

「クッション性がすごく上がったなというのが、最初に履いた印象です。あとは、このズーム(エアバッグ)が入っているので、反発性もあって、地面をたたいたときのロスがいままでより少ないイメージです」

大迫傑選手の東京マラソン2020回顧 新しいマラソン大会の構想も語る

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驚いたのは、アルファフライを履き始めたのが2週間くらい前だったということだ。ちょっと短すぎるのではないか?

「足を入れたときの感覚は、薄底から厚底に替えたときと同じくらい違っていましたが、慣れるのに時間はかからなかった。単純に、ナイキの新しい技術が使われているので、ナイキを信用して、とりあえず履いてみようかなと……」

その結果が、日本記録の更新だ。大迫選手のこんなコメントを聞いたら、また売れてしまうのではないか(笑)。

「日本と世界の差を縮める」マラソン界を次のステージへ

さて、最後にもう一つ“いい話”を聞けた。日本記録更新で手にした日本実業団陸上連合からの報奨金1億円の使い道に関する話題だ。

大迫選手は日頃から、将来は指導者の道を進みたいと話していて、1億円についても「スクールや来年の大会という部分があるので、(中略)自分自身のためにもそうだけど、これから育っていく必要がある選手のために使っていけることがある」という趣旨の発言をしている。3月2日付「スポーツ報知」には、〈ケニアに合宿所建設へ〉という記事も出ていた。

では、もう一つの「来年の大会」、つまり大迫選手が主催するマラソン大会はどんな構想なのだろうか。

「それについては、まだ出せる情報は少ないのですが、強いコンセプトとしては、日本人が世界との差を縮めるという部分がメインの軸になってきます。プラス、新しい(マラソンの)見せ方を構築していきたい。選手ファーストでありながら、オーディエンスファーストでもあるという。演出も含めて、見て楽しい、わくわくするイベントになるんじゃないかと思っています」

マラソンはいま非常に注目されているが、サッカーや野球と比べて、まだまだ観客を楽しませるシステムができていないというのが大迫選手の認識だという。その、最初の一歩を自分の足で踏み出したいという意向のようだ。

直近はもちろん東京オリンピックでの活躍を期待したいが、将来の大迫選手の動向からも目が離せそうにない。

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PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

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