福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーローPR

京都府城陽市のJR長池駅から住宅街を抜けて、鉄工所や部品工場のそばを過ぎ、歩くこと15分。大きな門をくぐって中に入ると、3ヘクタールの開放的な空間に、著名な建築家が設計した打ち放しコンクリートや前面がガラス張りになった建物などが点在していた。春には桜の花が満開になる中庭があって、その周りをぐるりと遊歩道が取り囲み、まるで公園のようだ。

ここは社会福祉法人・南山城学園の施設で、モダンな建物は「円(まどか)」や「和(なごみ)」「魁(さきがけ)」といった漢字一文字の名前が付けられた障害者支援施設や作業場だ。南山城学園は知的障害がある人たちの施設として1965(昭和40)年に設立され、時代の流れとともに支援の対象は障害者だけでなく、高齢者や乳幼児にも広がっている。京都府と大阪府に38の事業所があり、職員数は約750人にのぼる。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

1974年開設 「働きながら暮らす」障害者支援施設

散策していると、ちょうど昼休憩を終えた利用者(障害当事者)たちが食堂から出てきた。クリーニングや内職など、午後の作業に向かうという。「こんにちは」とあいさつをすると、うれしそうに駆け寄ってきて、歓迎してくれた。「新しい人を見付けると、興味津々なんですよ」と、「障害者支援施設 魁」の副施設長、佐藤走野(さとう・そうや)さん(33)。

魁は1974年に障害者の授産施設として開設し、「地域で働きながら暮らすこと」を目標に、現在は主に知的障害のある10~70代までの60人が入所する。施設内で食事や入浴、家事などのサポートを受けながら暮らし、日中は就労継続支援B型と呼ばれる、雇用契約を結ばない緩やかな形態で働いている。ほかに約20人が自宅やグループホームから通い、中には同A型で南山城学園と雇用契約を結んで働き、一般企業への就職を目指す利用者もいる。「今年はすでに2人の就職が決まりました」と佐藤さんが教えてくれた。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

施設には食堂やシャワー室のほか、1人部屋14室と2人部屋23室がある。男性用の2人部屋を見せてもらうと、8畳ほどのスペースに大きな窓があり、ベッドにたんす、テレビなどが置かれていた。ゲームやDVDもきちんと整理されていて、ごく一般的な若者の部屋といった雰囲気だ。食事や入浴など、生活に関する規則は設けられているが、「柔軟な対応を心がけています」と佐藤さんは話す。「自宅だったら好きな時間にご飯を食べて、お風呂に入り、寝ますよね。そういった日常の幸せを感じて欲しいんです」

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

やりたい作業、得意な作業を優先

日中は基本的に週5日、午前9時半から午後4時まで、南山城学園内外での作業に従事する。作業はクリーニング、内職、畑仕事、除草、さらに他の法人が運営する高齢者施設でのクリーニングと五つあり、入所後、全ての作業を一通り体験した後、利用者自らがやりたいものを選ぶ。作業時間に応じて月1回、工賃が支払われる。魁のすぐ近くにあるクリーニングの作業場を訪ねると、洗剤のいい香りが漂っていた。

業務用の大型洗濯機と乾燥機が7台あって、8人の利用者が衣類やタオルをたたむ作業にいそしんでいる。南山城学園の各施設から集められた約200人分の洗濯物を毎日クリーニングし、送り届けているという。そばでは男性職員が作業を見守る。「機械に強い人が洗濯機と乾燥機を操作して、文字を読める人が、洗濯物に書かれている名前を見ながら仕分ける。それぞれが得意な作業を担当します」。そのせいだろうか、一人ひとりの表情は明るく、活気に満ちているように見えた。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

別の建物にある内職の作業場では、贈答用の菓子箱を組み立てたり、パンフレットを箱に詰めたり、企業や自治体などから受注したさまざまな作業に取り組んでいた。間違えやすい工程は職員手書きのメモで注意を促すなど、細やかな配慮が目にとまる。慣れた手付きでパンフレットを仕分けていた50代の男性に「お仕事はどうですか?」と尋ねると、「はい、楽しいです」と笑顔を見せてくれた。30年以上働いているベテランだという。

そうした作業の様子を熱心に見学する女性2人がいた。大学で福祉を学ぶ3年生だ。南山城学園では福祉の現場を見てもらおうと、こうしたインターンシップを積極的に受け入れている。「笑顔が多く、活気もあって、障害者支援施設のイメージが変わりました」と話す。1人は将来、福祉事業所で働きたいと語ってくれた。

児童養護施設で育ち 福祉の道へ

敷地内を歩きながら、利用者たちに「お昼は食べはりました?」と京都弁で声をかけていく佐藤さん。魁の現場職員として3年間勤務した後、2019年4月から副施設長を任されている。同年10月には、全国社会福祉法人経営者協議会が企画し、熱意を持った社会福祉法人の若手職員を表彰する「社会福祉ヒーローズ」賞にも選ばれた。そんな佐藤さんが福祉の道に進んだのは、ある特別な思いがあったからだった。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

――福祉の仕事をしようと思ったのは、なぜですか

3歳から20歳まで、2人の兄と一緒に児童養護施設で育ったんです。周りの友達はお父さん、お母さんのいる家に帰れるのに、自分だけご飯やお風呂、寝る時間など、細かくルールが決められている、学校みたいな場所に帰らなあかんくて。そういう生活の一つひとつが嫌で、反抗して、よう職員さんに暴言を吐いていました。「そんなことしてたら、出ていってもらうで!」と頭ごなしに怒られるたび、「好きでここにいるわけやない」って思っていましたね。

でも、ある職員さんだけは違ったんです。やんちゃして、学校から呼び出された時も、「走野は理由なしにこんなことするわけがない。何かあったんやろう?」と必ず聞いてくれた。僕が部屋で寝転がっていたら、一緒になって寝転がって、いつも同じ目線で話をしてくれました。

高校を中退して、アルバイトをしながら遊び回っているうちに、施設を出て、独り立ちしなくてはならない20歳が近づいていました。そこで初めて将来について考えるようになって、今までの出来事を振り返った時、いつも話を聞いてくれた職員さんの顔が頭に浮かんだんですよね。それで、「ここまで自分を支えてくれた福祉に恩返しがしたい」と思い、福祉の仕事に興味を持つようになりました。定時制高校に入り直し、22歳で卒業しました。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

介護の現場は「衝撃の連続」

――「福祉に恩返しがしたい」というのは、具体的にどんな仕事をしたいと思ったのでしょうか

福祉の現場で働きたかったんです。児童養護だけでなく、障害者でも、高齢者でも、福祉の現場に職員の立場で関わってみたいと思いました。進路指導の先生に「福祉の仕事がしたい」と相談したら、いくつか求人票を持ってきてくれて。その中に南山城学園のものもありました。他の法人と比較して圧倒的に規模が大きく、障害者や高齢者など、いろんな事業を展開しているところにひかれ、面接を受けに行きました。入職が決まり、児童養護施設でお世話になっていた職員さんに報告したら、「向いてるんちゃう?」って言ってくれはりましたね。

2010年に南山城学園に入って、最初の3年間は「介護老人保健施設 煌(きらめき)」でデイサービスを担当しました。実際に現場で働いてみると、衝撃の連続でしたね。入浴や排泄(はいせつ)介助なんて見たことも、やったこともなかったし、「こういうことなんや」って。見えないところで、たくさんの人が動いていることも知りました。介護計画一つにしても、看護師や介護職員、ケアマネジャーなど、いろんな立場の人が一生懸命考えながら作っています。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

「コミュニケーションの手段は、会話だけじゃない」

――その後はどのような仕事をされたのですか

煌の後は、法人本部で広報や採用業務を3年間担当し、2016年に「障害者支援施設 魁」に移りました。現場勤務を経て、19年4月から副施設長として、施設長のサポートや自治体との交渉、職員の管理業務などをしています。と言っても、今でも普通に現場に立っていて、夜勤もするし、作業場にも入りますよ。

支援の対象が高齢者から障害者になって、コミュニケーションの取り方も少し変わりました。高齢者は基本的に会話のみでコミュニケーションが成立しますが、障害者の中には話せない人、言葉だけだと理解できない人もいはります。

以前、何度お伝えしても水を飲み過ぎて、水中毒のような症状を起こしてしまう利用者さんがいたんです。そこで、「なぜ水を飲み過ぎたらいけないのか」という理由を写真とともにカードに書きました。週末に自宅へ戻った時、お姉さんと出かけることが好きな人だったので、「水をいっぱい飲む」→「倒れる」→「救急車で運ばれる」→「お姉さんとお出かけできない」という順番で示したら、すぐに理解してくれて、そこから水の飲み過ぎはなくなりました。コミュニケーションの手段は、会話だけじゃない。写真や絵、身ぶり手ぶりなど、いろんな方法があるんだと実感しました。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

相手の目線に立って、話を聞く

――利用者さんとのコミュニケーションで、他にはどんなことを心がけていますか

理由を説明すること。あとは、相手の目線に立って話を聞くことです。児童養護施設にいた時、そうしてもらってうれしかったように、障害者とか高齢者とかは関係なく、相手の立場になって、「こう言われたら、どう感じるかな?」と常に考えながら接しています。これは南山城学園の理念でもありますが、利用者さんとの適度な距離をとることも意識しています。近すぎず、遠すぎず。親しくなってもあだ名で呼んだりせず、必ず「さん」を付けて呼びますし、「これやって」などと命令することもありません。

職員同士のコミュニケーションも大切にしていて、特に若手職員からの意見は積極的に取り入れています。ベテラン職員の知識と経験にはいつも助けられていますが、若手が学んできた最新の知識や、新鮮なアイデアは本当に大事やなって思います。2019年には20代の女性職員が「デパートをやりたい」と言い出し、実際に業者を呼んで、ホールに食品や雑貨などを並べて販売したんです。利用者さんは普段なかなかゆっくり買い物できませんから、特に女性たちは大喜びで選んでいましたね。こんな機会がなければ、見られない表情でした。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

「福祉のイメージを変えていきたい」

――今後の目標や課題はありますか

将来的にはやっぱり児童養護に携わってみたい。僕自身がそうだったように、児童養護施設の子どもたちはいずれ社会に出て、一人きりで生きていかなくてはなりません。だからこそ、施設にいる間に社会で生きていくための力を蓄えられるよう、サポートしていきたいです。

もっと広い話をすると、障害者支援施設などの福祉事業所にはまだまだ閉ざされたイメージがあると思います。今日もここまで来るのに大きな門があって、鍵がかかっていましたよね。利用者さんの中には交通ルールが分からない人もいるので、安全を考えると仕方ない部分はあります。でも、広報をしていた経験から、どんどん情報を発信して、福祉のイメージを変えていきたいと思っています。そんな気持ちから「社会福祉ヒーローズ」にも応募しました。

南山城学園では三つのカフェを運営していて、メニューには障害者支援施設の利用者さんが作業の一環で育てた野菜を使っています。デイサービスの事業所では「子ども食堂」も開いています。他にも、職員向けの研修をオープンにして、地域の方たちに参加してもらうのもいいですね。積極的に情報を発信し、地域のみなさんとのつながりを増やしていくことで、もっと福祉を身近に感じて欲しい。そして、ゆくゆくは「福祉の仕事をしたい」と思ってくれる人が増えていくことを願っています。

福祉への恩返し 障害者支援施設の若きヒーロー

PROFILE

佐藤走野(さとう・そうや)

障害者支援施設 魁(さきがけ) 副施設長
1987年、京都市生まれ。2010年、社会福祉法人・南山城学園に入職し、介護老人保健施設 煌(きらめき)、法人本部を経て、16年から障害者支援施設 魁で勤務。19年4月、副施設長に就任。福祉専門職でつくる災害派遣チーム「京都DWAT(ディーワット)」のメンバーとしても活動し、熊本地震や西日本豪雨の被災地で福祉の視点に立った支援活動に従事した。同年10月、社会福祉の現場でさまざまな挑戦を続ける若手職員を表彰する「社会福祉ヒーローズ」賞に選ばれた。

介護のしごとの魅力を多面的に知る!朝日新聞のKAI-Go!プロジェクト

理学療法士の知見からパラアスリートを支える道(まるごと大学スポーツメディア「4years.」)

50歳で介護業界に転身 プロが語る「介護の魅力」とは(50代以上のアクティブ世代のみなさんを応援するwebメディア「Reライフ.net」)

介護の未来を担うミレニアル世代の本音を語る座談会!(ミレニアル世代女性向けwebメディア「telling,」)

閉ざされがちな介護業界を変えていく、注目の働き方「パラレルキャリア」とは?(認知症当事者とともにつくるwebメディア「なかまぁる」)

子どもと一緒に働く! 介護業界で注目される、新しい働き方(「働く」と「子育て」のこれからを考えるプロジェクト「WORKO!」)

■「福祉・介護のしごと」魅力発信サイト「KAI-Go!」。朝日新聞が運営する世代別Webメディアの介護に関する記事を集約。日本で起きている福祉・介護の課題に、型にはまることなくアイデアあふれる取り組みを始めている人や、いきいきと働く現場の声を紹介します。サイトはこちら

■日本全国の福祉・介護に関する情報が集まる福祉・介護情報プラットフォーム「ふくしかいご.jp」。サイトはこちら


本プロジェクトは介護のしごと魅力発信等事業(福祉・介護に対する世代横断的理解促進事業)として実施しています。(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)

かつての人気をもう一度! アメリカ製キャンピングカー普及の可能性

TOPへ戻る

“ずっと、そばにいて幸せ” 人から愛され続ける「LOVOT」はどのように生まれたか(前編)

RECOMMENDおすすめの記事