小川フミオのモーターカー

品の良いスタイルで女性にも人気があった「アウディ80」

アウディはデザインで売ってきたメーカーだ。「クワトロ」(1980年)の力強いブリスターフェンダーだったり、「100」(82年)の滑らかな空力ボディーだったり、「TT」(98年)のちょっとレトロで斬新なスポーツカールックだったり、「A2」(99年)の超軽量なモノボリュウムスタイルだったり、というぐあい。

(TOP写真:4灯式ヘッドランプは上級モデル)

1972年発表の「アウディ80」は、やはりボディーに特徴がある。ひたすらエレガントといえばいいのか。横基調を強調したスタイルは、自動車用語でいうところのクリーンであり、理知的で、質感を感じさせた。

4.1メートルの全長は現代ではコンパクトだが水平基調のスタイリングがのびやか

4.1メートルの全長は現代ではコンパクトだが水平基調のスタイリングがのびやか

アウディは1910年設立という歴史を持つ。第二次大戦の前には”国策”として3つの自動車会社とともにアウトウニオンというブランドにまとめられたこともある。

1959年に、小型車市場への参入を考えていたダイムラーベンツ(当時)の傘下に入ったが、65年にフォルクスワーゲンに売却され、以降、フォルクスワーゲングループにとどまっている。

ただし、フォルクスワーゲンとアウディはたんにブランドの異なる同じクルマを手がけているわけではない。アウディはスタイリング的にもメカニズム的にも独自の立ち位置を持つ。

後期のモデルはテールランプも大型で高級な外観

後期のモデルはテールランプも大型で高級な外観

アウディ80も、じつはそのあと発表されたVWパサートの姉妹車だが、発表当時は画期的な技術的内容を持っていた。エンジンは前車軸より前に縦置きされるレイアウト。サスペンションは、ネガティブオフセットジオメトリー採用である。

前車軸より前にエンジンを搭載するのは、エンジンを重りとして(前輪駆動車なので)前輪の駆動力をしっかり発揮させるため。ネガティブオフセットジオメトリーは、ブレーキをかけたときやフロントタイヤがパンクしたときも含めて、直進安定性を確保するためだ。のちのちまでアウディが守った“公式”が、ここで出来上がっていた。

シンプルだが質感の高い内装

シンプルだが質感の高い内装

「50」(74年発表)と「100」(68年)のあいだに位置づけられた80は、全長4175ミリで、使い勝手のいいサイズだった。パワーアシストのないステアリングホイールはとても重かった。いっぽう、足まわりの設定はよく、カーブが連続するような道も得意だった。

77年の高級グレード「GLS」

77年の高級グレード「GLS」

アウディはこのあと、78年にモデルチェンジを行い、(メカニズムは踏襲しつつ)より高級感のあるスタイリングを採用した。ボディーも78年のモデルから、リアクォーターウィンドウを持つ“シックスライト”タイプとなり、それはいまに続いている。

日本では「女子大生のアウディ」などと言われ、バブルエコノミー前のゆたかな時代、女性ユーザーにもおおいなる人気を博したものだ。フルタイム4WDシステム「クワトロ」も搭載されていない時代だが、すでにこの時代のほっそりとして品の良いスタイルからでも、アウディらしさを感じるのだ。

「アウディ80」検討段階のプロトタイプ

「アウディ80」検討段階のプロトタイプ

(写真=Audi AG提供)

【スペックス】
車名 アウディ80 GL
全長×全幅×全高 4175×1600×1370mm
1471cc直列4気筒 前輪駆動
最高出力 63kW(85ps)@5800rpm
最大トルク 12.3kgm@4000rpm

関連記事

高級車市場に風穴を開けた「アウディ・クワトロ」

“空力”デザインで技術革新を果たした「アウディ100」

よく見ると味わい深い、ドイツらしい合理的なクルマ フォルクスワーゲン・パサート

PROFILE

小川フミオ

クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。

中止となったジュネーブ国際自動車ショー 各社はオンラインで“疑似”展示

一覧へ戻る

カレラSをしのぐ加速性能の全輪駆動車「テスラ・モデル3」に試乗 オートパイロット機能も体験

RECOMMENDおすすめの記事