インタビュー

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

人気AV女優の紗倉まなさんが自身3冊目となる小説『春、死なん』(講談社)を出版した。

文芸誌『群像』に掲載された2作品を収録する本書は、「高齢者の性」「母親の性」をテーマに、枯渇することのない性的欲望と、それを抑圧する社会の“常識”との間で揺れる人々の姿を映し出す。

「自分の狂気を表現するのがAV。文章は自分の多面性を見せるツール」。自らの活動についてそう語る紗倉さんは、これまでエッセーなどを通じて現代社会での「生きづらさ」について発信してきた。本作では人を型に押し込める「役割」や「ステレオタイプ」の弊害に切り込んでいる。

新作に込められた彼女自身の思いとは――。

「年相応」って、誰がそんな基準を決めた?

小説『春、死なん』の表題作は、「年相応」という固定観念に縛られ、自身の性欲を周囲に隠しながら生きる高齢男性の孤独を描く。もう一編の「ははばなれ」は、「女」であることにこだわる還暦過ぎの女性と、その娘の物語だ。

出演作のリリースイベントに多数の高齢男性が訪れる紗倉さんにとって、老人が自らの性を楽しむ光景は日常だという。その一方で、彼女には、今の社会は「高齢者も性欲を持っている」という事実を表に出そうとしていないように見えている。まるで「性の解放は老人には相応(ふさわ)しくない」とでも言うように。

「恋愛にせよ性行為にせよ、若いときは当然のこととして扱われるのに、なぜか高齢になると途端に見られ方が変わることに対して違和感や滑稽さを感じていました。世間が言う『年相応』も、誰がそんな基準を決めたのかと思ってしまう。そんなあやふやなものによって、将来、自分の意思とは無関係に性の自由が奪われてしまうかもしれない。その恐怖や寂しさを想像したら、何十年先のこととはいえ、これは今の自分とも関わってくる身近な問題だなと思いました」(紗倉さん、以下同)

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

世の中には性別や年齢、社会的な立場に応じた「役割」が存在し、みなそれに縛られている。そのことを紗倉さんが意識し始めたのは、中学生の時だった。

「きっと家庭内だけでなく、自分の属する場所を変えれば同じような役割の強制は起きているだろうし、私は人を縛る価値観に強く抗(あらが)いたいとずっと思っていました。男性ウケを狙ったメイクや所作で取り繕うのも、ステレオタイプな“女らしさ”を突き付けられるのも疲れます。自分のために性があるわけで、性(性役割)のために自分があるわけではない――そういうことを誰もが意識して生きていける社会に変わっていってほしいし、それを小説で書くことに使命感のようなものを勝手に感じていました」

本作では、家族が身内に対して「役割」どおりの生き方を期待する姿が描かれる。例えば、亡き祖母が悲しむと言って、祖父の再婚を望まぬ高校生の孫。あるいは、子育てを終え老後の恋愛を楽しもうとする母に心理的な距離を感じる20代の娘。自分も無意識に勝手な理想を家族に押しつけていないか胸に手を当てる読者も多いだろう。

表題作「春、死なん」では、妻に先立たれた70歳の富雄が大学時代の後輩女性とベッドで肌を重ねることで、自身を縛る役割や固定観念から自由になろうとする。だが、一筋縄ではいかない。このシーンは、紗倉さんが書くのに最も苦労したという。

「どんな体験を通じて役割から解放されるかは、その人の人生経験によって変わるはず。富雄の場合は、どんな体験で解放されるのか。未知の世界で、執筆中に何度も足踏みしました」

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

肩書が生み出す偏見から逃れる方法

紗倉さんが本作で焦点を当てたのは主に家族間での役割だが、家の外に出れば、社会での「肩書」が役割として機能する。紗倉さんは、肩書に縛られることはないのだろうか。

「縛りか……」と一呼吸置き、彼女は穏やかな口調で説明する。

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

 

「社会的に普通に見られる仕事ではないと思いますし、(入居審査など)許可が下りにくいなと不便さを感じることはよくあります。けど、それ以外は特に。私自身が社会からどう見られるかはそれほど気になりません。できればそこまで悪く言わないで欲しいな、程度のものですね」

だが、人の目を気にせず自由に振る舞っているわけではない。むしろ自身の影響力を考え、言動は慎重に選択している。以前、よかれと思ってした発言で他者を傷つけてしまったからだ。それ以来、言葉の受けとめられ方を深く考え、言い切らなかったりぼかしたりする表現も増えた。

「何を伝えようとしているのか分からない、と言われることも少なくはありません。それは私自身も分かっていて直すように努めていますが、持って回った言い方を選んでしまいがちです」

彼女はそう悩みを明かすが、それは責任の裏返しでもある。

「働く人の言動が業界の基準と見なされることはどこにもあって、それはAV業界も同じなのではないかと感じます。AV女優のイメージを変えたいとか、そんなおこがましいことは思いませんが、自分の行動によってAV業界に悪いレッテルが貼られることは絶対に嫌だなと。だから自分の発言や行動は慎重に。それでも悪く言われた場合は仕方ありません」

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

現在は文筆業に加え、絵、歌、YouTuberと活動の幅を広げている。それぞれの活動を「AV女優の表現」と見られるのは、この立場の宿命として受けとめている。

本を初めて出したとき、「それに見合う実力はないのに、AV女優という肩書があるから出版できるんだろ」と心ないことも言われた。当時は「そうかもしれない」と思う自分もいた。

ところが2作目、3作目と出すに連れて評価が変わっていく。「紗倉さんの本、好きなんですよ」と、書籍をきっかけに自分を知ってくれるファンも出てきた。

「続けることで新しい評価をしてもらえるのだなと実感しました。継続によって“年季”みたいなものが生まれて、それを味わい深いものと受けとめてくださる方が増えていく。今はそれを活動の励みにして頑張っています」

活動を長く続けることでタフさも身につけた。今では有名税と言われる批判にも冷静に向き合っている。

「SNSとかで、急に殴ってくる(暴力的な発言をしてくる)人っていますよね。その人の先祖に私が何かしましたか?と聞きたくなってしまうほどの強烈さを突き付けられると、どうしても動揺はしてしまう。でも、活動を継続すると、批判の質も数も少しずつ変わってはくるんですよね。また、中身のない批判はほとんどがパターン化できます。それをカテゴライズするようになってからは、心のダメージは減りました」

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

「とはいえ今でも、批判の一つ一つに傷つきはします。でも、それも100回褒められたら回復する。今はその100を集める活動を(いろいろな場で)進めている感じです。評価もネットで見られるものが全てではないので」

紗倉さんのエッセー『働くおっぱい』(KADOKAWA)には、こんな一節がある。

<肩書きとは、軽い気持ちで選んだものでも、その後にどのように扱い、どのような最後を迎えるのか試されているのだ>

紗倉さんは自ら選んだ「えろ屋」の仕事に誇りを持ち、その肩書を背負いながらどんどん前に進んでいく。ジャンルをまたいで自身の表現を突き詰め、性的欲求がもっと柔軟に受け止められる社会に変わっていくことを願って発信を続ける。ステレオタイプや偏見を振り払いながら。

「自分に合った役割や、自分らしさを自ら見つけることが、他者に決められた役割から抜け出すことだと思うんです」

それを見つけた彼女を縛るものは、きっともうない。

(文/編集部 下元陽 撮影/小島マサヒロ)

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

紗倉まな(さくら・まな)
1993年千葉県生まれ。工業高等専門学校在学中の2012年にAV女優としてデビュー。人気女優として活躍するかたわら、歌手、文筆家、YouTuberなどとしても活動する。著書に小説『最低。』『凹凸』(いずれもKADOKAWA)、エッセー集『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)『働くおっぱい』(KADOKAWA)、スタイルブック『MANA』(サイゾー)。

■書籍情報

紗倉まな「自分のために“性”がある」 純文学で描いた、人を縛る固定観念からの解放

『春、死なん』
講談社/紗倉まな/1400円(税別) 発売中

「春、死なん」
妻を亡くしたばかりの70歳の富雄。理想的なはずの二世帯住宅での暮らしは孤独で、何かを埋めるようにひとり自室で自慰行為を繰り返す日々。そんな折、学生時代に一度だけ関係を持った女性と再会し……。

「ははばなれ」
実母と夫と共に、早くに亡くなった実父の墓参りに向かったコヨミ。専業主婦で子供もまだなく、何事にも一歩踏み出せない。久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには母の恋人だという不審な男が……。

人は恋い、性に焦がれる――いくら年を重ねても。揺れ動く心と体を赤裸々に、愛をこめて描く鮮烈な小説集。

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