大御所シェフのいつものごはん

良質な「しゃぶしゃぶ」「すき焼き」「ステーキ」がリーズナブルに 牛肉好きにとってのパラダイス

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載「大御所シェフのいつものごはん」。

2020年初回は、高級フレンチレストラン「ラ・ロシェル」の工藤敏之シェフが通う二つのお店をご紹介。第一弾はたまプラーザの「マリーアレル」です!

今月の大御所シェフ

良質な「しゃぶしゃぶ」「すき焼き」「ステーキ」がリーズナブルに 牛肉好きにとってのパラダイス

工藤敏之さん(くどう・としゆき)
1957年、北海道今金町の農家に生まれる。小さい頃から忙しい両親のかわりに食事の支度をするのが苦にならず、自然とコックをめざす。函館の調理師学校を卒業後、上京。「東京エアポートレストラン」で7年間働き、古典フランス料理を身につけた。辞める間際、生涯の師となる「フレンチの鉄人」坂井宏行さんと出会い、85年青山「ラ・ロシェル」へ。89年の渋谷移転と同時にシェフに就任。現在、東京に2店舗、福岡に1店舗ある「ラ・ロシェル」のエグゼクティブシェフとして多忙な日々を過ごす。

【大御所シェフが通う店】マリーアレル(たまプラーザ)

創業1981年、地域の人々に愛されて約40年になる「マリーアレル」

創業1981年、地域の人々に愛されて約40年になる「マリーアレル」

「ラ・ロシェル」のフランス料理は、日本の懐石を取り入れた繊細かつ斬新な味と、芸術的な盛りつけを旨とする。エグゼクティブシェフとして、全店舗の品質向上に神経をすり減らすような毎日を送る工藤敏之さんが、「ドアを開けると、それだけで暖かみを感じられてほっとする」のが、自宅から至近のたまプラーザ「マリーアレル」。

しゃぶしゃぶ、すき焼き、ステーキの3種がリーズナブルな値段で食べられるという、牛肉好きにとってはパラダイスのような店である。

それぞれ専門店が成立するしゃぶしゃぶ、すき焼き、ステーキを全部出すというありそうでない発想は、どこから来たのだろうか? 大ママ、中嶋美代子さんにうかがってみた。

「創業したのは1981年、牛肉はまだ特別感のある材料で、すき焼きとステーキは憧れのごちそうでしたから、それを手頃な値段で召し上がっていただきましょうと。とくに、しゃぶしゃぶは料亭のお座敷でしか食べられない高級料理で、知らない人もいた時代でした。これからは健康志向で、しゃぶしゃぶの時代が来ると確信して、いちばんの看板メニューにしたんですよ」

大ママ中嶋美代子さんのてきぱきとして明るいサービスは、お店の看板

大ママ中嶋美代子さんのてきぱきとして明るいサービスは、お店の看板

これで一人前! 美しい牛ロース肉

銅鍋は新品のようにピカピカ。いまでは修理できる人がいなくなったのが悩みだという

銅鍋は新品のようにピカピカ。いまでは修理できる人がいなくなったのが悩みだという

 

ひとり用のコンロが組み込まれたカウンターは、創業当時のまま。約40年間、使い続けている銅鍋は、手入れが行き届いてピカピカだ。

カウンターに席を取れば、ひとりでも鍋が食べられ、3人で来てそれぞれ、しゃぶしゃぶ、すき焼き、ステーキを頼んで、仲間内で「個食」ができるのがユニークだ。食事主体の店としては珍しく、棚にはボトルキープのウイスキーと焼酎がずらりと並び、地元客の憩いの場になっている様子がうかがえる。

和気あいあいが好きな工藤さんは、テーブル席でひとつ鍋を囲む派。妻とふたりで夕食のときはしゃぶしゃぶ、息子の誕生日や卒業祝いはステーキというように、家族でちょっとごちそうの日は必ずこの店。いつもがっつりと肉を堪能する。

マリーサービスしゃぶしゃぶは、野菜盛り合わせと葛切り、ご飯またはきしめん、お新香がついて、なんと1980円。季節のオードブルとデザートつきのコースにしても、肉の枚数が増えて2300円だ。

値段の安さに驚き、肉を見て、もっとびっくりした。サシがきれいに入り、量もたっぷりだ。これが、ワンランク上の特選霜降り牛(3200円)なら、どんなにすごい肉が出てくるのかと思ってしまう。

大きな皿に美しく盛りつけられた牛ロース肉。これで一人前

大きな皿に美しく盛りつけられた牛ロース肉。これで一人前

しゃぶしゃぶ用の野菜には、季節の根菜や珍しい洋野菜も混じる

しゃぶしゃぶ用の野菜には、季節の根菜や珍しい洋野菜も混じる

野菜も、量、種類ともたっぷり。しかも、人数分のしゃぶしゃぶを頼んだ場合は、おかわり自由。定番のネギ、白菜に、季節の洋野菜が混じっていて見た目も華やかだ。

「予想以上にボリュームがあって、見慣れない野菜が入って楽しいでしょう」と、店長の中嶋尚(たかし)さん。厚労省は「健康のために1日350グラム以上の野菜」の摂取を推奨しているが、これなら一食でクリアできそうだ。

工藤さんが「絶品の味」と褒めるたれは、もちろん自家製。ぽん酢は、柚子(ゆず)の果汁としょうゆをまろやかな風味が出るまで2、3カ月寝かせ、かつおと昆布のだしが効いている。ごまだれは、上品な皮むき白ごまに腐乳(豆腐を発酵させた中国食材)、エビ、豆板醤(トウバンジャン)など16種類の調味料を合わせて作る。

右のごまだれには、にんにくとラー油を好みで。薬味の入った奥の小さな器は、スープ用

右のごまだれには、にんにくとラー油を好みで。薬味の入った奥の小さな器は、スープ用

湯が沸騰したら、だし用の鶏肉、キノコ、火の通りづらい野菜から入れて、うま味が出たら牛肉を投入。ステンレス鍋や鉄鍋よりはるかに熱伝導率がよく、瞬時に煮え、肉汁を逃さないのが銅鍋のメリットだ。

「やっぱり料理は作るより、食べるほうがいいなあ」と、いかにもおいしそうな様子の工藤さん。今日は大ママのすすめで、ごまだれにラー油、おろしにんにくを混ぜてみると「パンチが出て、別のおいしさが生まれる。たれで肉自体の味も変化するから、たくさん食べられるんですよね」。肉のおかわりも800円(上リブロース)と、リーズナブルだ。

一度沸騰すると冷めづらい銅鍋は、しゃぶしゃぶに最適

一度沸騰すると冷めづらい銅鍋は、しゃぶしゃぶに最適

大ママに作ってもらって舌鼓を打つ工藤さん。「やっぱり料理は作るより食べるほうがいい!」

大ママに作ってもらって舌鼓を打つ工藤さん。「やっぱり料理は作るより食べるほうがいい!」

マグロの希少部位のカルパッチョ

マリーアレルには、名物の魚料理もある。マグロの頭身の刺し身とカルパッチョだ。マグロ1匹からフィレ状の身が2本しかとれない希少部位で、長年の付き合いがある川崎市中央卸売市場北部市場の魚屋さんが、マリーアレルのために特別に確保してくれる。

脂がのっているが、トロとはまた別の味わいがあり、「柔らかくてとろっとした部分と、かたい筋が合わさって、食感が独特。臭みはまったくありません」と工藤さん。

「まぐろのカルパッチョ」はこのボリュームで800円。頭身の刺し身は1200円で食べられる(共に税抜き)

「まぐろのカルパッチョ」はこのボリュームで800円。頭身の刺し身は1200円で食べられる

すし屋では結構な値段がつく高級ネタだが、マリーアレルでは、牛肉と同じく庶民的な値段。カルパッチョは、野菜をどっさり食べられるのもいい。 

リーズナブルで美味なステーキ

工藤さんが、調理師学校時代に通った函館のジンギスカン屋を思い出すというインテリアは、どこか山小屋風で、ステーキハウスといわれても違和感がない。

ステーキメニューは、サーロインステーキが200グラム、280グラム、350グラムの3種類、フィレステーキは180グラムと250グラムの2種類がある。しゃぶしゃぶ、ステーキとも、値段は創業時のまま。サーロイン200グラムが1800円で食べられる。

肉汁あふれるサーロインステーキ。ソースはガーリックしょうゆ、ブラックペッパー、デミグラスの3種から選べる

肉汁あふれるサーロインステーキ。ソースはガーリックしょうゆ、ブラックペッパー、デミグラスの3種から選べる

「本当にていねいに、好みぴったりに焼いてくれます」という工藤さんの定番は、サーロイン、焼き加減はミディアム・レア、3種あるソースのうちピリッと刺激的なブラックペッパーソース。

味わいながら、「いやあ、こんな店が、家の近所にあるのは幸せです。もう、料理を作るのをやめたくなる」とおどける工藤さんだが、これだけ食べることを楽しめる人だから、おいしい料理が作れるのだろう。

「店を大事にしてくれるお客様を大切に、こつこつと続けていきたい」と、店長の中嶋尚さん

「店を大事にしてくれるお客様を大切に、こつこつと続けていきたい」と、店長の中嶋尚さん

中嶋さんたちから、気になる話を聞いた。最近、家族連れにすき焼きの注文が目立って多くなっているそうだ。部屋に匂いがしみつくのが嫌われ、家で作らなくなったためだ。ひと昔前まで、すき焼きの作り方や食べ方には、家ごとの流儀があったものだが、その習慣は急速に失われつつあるらしい。

また、ひとつ鍋からつつき合うことに抵抗のある人が増えて、全員がしゃぶしゃぶでも、カウンターでそれぞれ別に、ひとり鍋で食べるグループもあるという。 

こうした現状には寂しさを感じるが、それだけに、マリーアレルのようにさまざまなかたちで鍋料理が楽しめる店は貴重。これからも、地域の人々にとって、なくてはならない存在であり続けるだろう。

マリーアレルの店内。山小屋のようなインテリアに「学生時代に通った函館のジンギスカン屋を思い出す」と工藤さん

マリーアレルの店内。山小屋のようなインテリアに「学生時代に通った函館のジンギスカン屋を思い出す」と工藤さん

(撮影/小島マサヒロ 料理の価格は全て税抜き)

店舗情報

マリーアレル
神奈川県横浜市青葉区美しが丘2-18-9
東急田園都市線「たまプラーザ」駅より徒歩5分
045-901-8758
営業時間:17:00~24:00(L.O.23:00)
定休日:水曜日

大御所シェフの店

ラ・ロシェル 南青山
東京都港区南青山3-14-23
地下鉄「表参道」駅より徒歩3分
03-3478-5645
営業時間 :12:00~14:00(L.O.)/18:00~20:30(L.O.)
定休日:火曜日、水曜日(祝日を除く)
公式サイトはこちら

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PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。

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