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東京五輪・パラ延期 「アスリートファースト」ならもっと早い決断が必要ではなかったか

東京オリンピック・パラリンピックの開催が「1年程度」延期されるらしい。IOC(国際オリンピック委員会)を筆頭に、日本政府や東京都、JOC(日本オリンピック委員会)、大会組織委員会など、これまで「通常開催」を主張し続けていた人たちが手のひらを返したからだ。

最後は、IOCのバッハ会長と安倍晋三首相が電話で協議して決まったという。安倍首相は記者団に「世界のアスリートが最高のコンディションでプレーでき、観客の皆さんにとって安全で安心な大会にするため、延期を検討してもらえないかと提案した」と話している。新型コロナウイルス日本上陸の一報から実に2カ月半で、ようやく方向性が見えてきたかっこうだ。

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長との電話協議を終え、取材に応じる安倍晋三首相=2020年3月24日午後9時10分、首相公邸、田辺拓也撮影

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長との電話協議を終え、取材に応じる安倍晋三首相=2020年3月24日午後9時10分、首相公邸、田辺拓也撮影

しかし、今夏の開催が困難なことは、ごくフツーの一般人もとっくにわかっていたことだと思う。世界保健機関(WHO)がパンデミック宣言をし(3月11日)、世界中で入国制限や外出禁止が始まっている中で、予定通り開催できると思う方がおかしかった。今回、手のひら返しをした人たちは、判で押したように「アスリートファースト」を口にしているが、本当に選手のことを考えれば、もっと早くに決断しなければならなかったことである。なぜなら、アスリートにとっては試合本番よりも「本番に向けた準備」が何より重要だからだ。

例えば、こんな話があった。JOC理事で1988年ソウル五輪柔道女子銅メダリストの山口香さんが20日、毎日新聞の取材に「アスリートが十分に練習できていない現状では延期すべきだ」と話し、記事にもなった。JOC内部では、この発言に批判的な受け止めもあったという。山下泰裕会長は「JOCの中の人が、そういう発言をするのは極めて残念」と話している。

山口香氏2019年6月15日、藤谷和広撮影

山口香氏=2019年6月15日、 盛岡市のいわて県民情報交流センター・アイーナ 、藤谷和広撮影

しかし、山口理事はアスリートサイドに立って、ごく当たり前のことを言ったに過ぎない。選手が本番にピークを合わせるためには、精緻(せいち)な準備が必要だからだ。以前、私が取材したマラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)はターゲットレースの4カ月前から準備に入ると語っていた

世界のアスリートの中には、新型コロナウイルスで行動が制限され、練習環境の確保が難しくなっている人や、自宅待機を余儀なくされている人さえいるという。選手たちが本番前に調整具合などを確認するつもりでいた大会も軒並み中止されている。これでは、たとえ開幕前に新型コロナウイルスを制圧できたとしても、選手がベストなコンディションで臨めないことは誰にでも想像できる。予定通りの開催は、端から無理な話だった。

にもかかわらず、延期決定までにこれだけ時間がかかったのは、国内の政治的な思惑や、IOCに入るはずの莫大(ばくだい)な放映権料の分配、経済的損失をどうするかといった視点からの“躊躇(ちゅうちょ)”ではなかったか。

それが何より証拠には、マラソンの会場が東京から札幌に移されたときと同様に、選手がヒアリングされたという話はついぞ聞かない。それどころか、前述の山口理事のように選手本位の発言が批判にさらされる始末である。いまさら「アスリートファースト」などという言葉で選手をダシにするべきではないと思う。

今年1月、世界陸連(ワールドアスレティックス)が“厚底シューズ”を規制するのではないかと騒ぎになった際、マラソン日本記録保持者の大迫傑選手(ナイキ)がツイッターで〈どっちでも良いからさっさと決めてくれーい! 僕ら選手はあるものを最大限生かして走るだけ!それだけ!〉とつぶやいていた。選手は常に決められたルールに従うだけなのだ。

マラソン代表は選考し直すべきか?

さて、そうなるとがぜん気になるのがマラソンはどうなるか?ということだ。24日付の朝日新聞朝刊に日本陸連の尾県貢専務理事の興味深いコメントが載っていた。

〈「今回は2年半をかけて最高の選手を選んだ自負がある。1年延期になった場合、選考をやり直すべきかは難しい議論だし、改めて選ぶのは簡単ではない」。2年の延期については「4年に1度の五輪に合わせているアスリートの立場からすれば無責任な議論」と語った〉。

要は、1年延期なら選考のやり直しは否定的、2年延期はあり得ないという意見に読める。いまのところ「1年延期」説が最有力なので、いま決まっている男女6人の代表でオリンピックのマラソンに挑戦したいという意思表示だろう。1年後に新型コロナウイルスが収まっているという保証はどこにもないが、私も無責任な一ファンとして、それができればいちばんいいと思う。

今回の東京オリンピックに向けたマラソン日本代表の選考は、選考過程自体が素晴らしいものだった。男女ともトップランナーがまず、統一選考レースであるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)出場を目指してしのぎを削った。その結果、よりすぐられた選手たちが昨年9月のMGC本番を迎える。そして感動的なレースの末、男女上位2人の代表が確定し、3枠目を巡って舞台はMGCチャレンジへと引き継がれる。これがまたファンを熱狂させた。

MGC)男子、39キロ付近の坂で先頭を走る中村匠吾(右端)。続く服部勇馬(右から2人目)、大迫傑(同3人目)=嶋田達也撮影

MGC男子、39キロ付近の坂で先頭を走る中村匠吾(右端)。続く服部勇馬(右から2人目)、大迫傑(同3人目)=嶋田達也撮影

女子は1月の大阪国際女子で松田瑞生選手(ダイハツ)が規定タイムをクリアして暫定代表になるが、なんと3月の名古屋ウィメンズマラソンで一山麻緒選手(ワコール)が逆転の快走を見せた。男子は言うまでもなく、大迫選手が東京マラソンで日本記録を大幅更新して代表枠を確定させた。これだけの過程を経て選ばれた代表選手たちのオリンピックでの走りはぜひ見てみたい。

国内最高記録をマークし東京五輪代表に内定した一山麻緒=2020年3月8日午前、名古屋市東区、代表撮影

国内最高記録をマークし東京五輪代表に内定した一山麻緒=2020年3月8日午前、名古屋市東区、代表撮影

近代オリンピックの夏季大会で過去中止になったのは、1916年ベルリン、1940年東京、1944年ロンドンの3回でいずれも戦争が原因だった。ベルリン大会中止では、絶頂期にあった「日本のマラソンの父」金栗四三が無念の涙をのんでいる。その時のようすは昨年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」でも描かれていた。中止は、選手にとっては本当に酷な話だと思う。1年後、新型コロナウイルスが収まりなんとかレースが実現するのを祈るばかりだ。

一般ランナーもモチベーション維持が困難に

一般ランナー向けの大会も、東京マラソン以降、ほぼすべて中止といっていい状況だ。そんな中、一般参加者なしでの開催となった前出の名古屋ウィメンズでは、ちょっと面白い試みが行われた。題して「オンラインマラソン」だ。

出場できなかった一般参加者が思い思いのコースでフルマラソンの距離を走れば完走メダルがもらえるという仕組みだ。スマホのランニングアプリなどで42.195kmを走ったことが証明できればいいという。1回で走れなくてもOKというところがビミョーな気もするが、いろいろ考えた末の対応だったとは思う。

名城公園でオンラインマラソンに挑戦するランナー=2020年3月8日午後3時56分、名古屋市北区、土井良典撮影

名城公園でオンラインマラソンに挑戦するランナー=2020年3月8日午後3時56分、名古屋市北区、土井良典撮影

レースがなくなったことで練習のモチベーション維持が大変だというランナー仲間が私の周辺でもかなりいる。ハーフマラソンを中心に6レース参加予定していた友人もすべてキャンセルで、エントリーフィー約3万円が返金されずフイになった。しかし「お金よりも、シリアスに走る機会がなくなった喪失感の方が大きいね」と話している。

みんなで集まって練習したり、打ち上げの飲み会をしたりという雰囲気にもなかなかならない。一人で外を走るぶんには大丈夫なのだろうか? ジムのマシン(トレッドミル)は大丈夫か? などなど素人ランナーにとっても悩みは尽きない。いつになったら収まるのやら……。

(トップ画像:聖火皿に点火された「復興の火」=2020年3月25日午後、福島県いわき市、林敏行撮影)

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PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

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