『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

一日の仕事が終わって帰路につき、何かおいしいものを食べたいと思ってはいるが、外食するには時間が遅い。自炊するのは面倒くさいし、そもそもやり方がわからない。結局、スーパーで総菜とビールを買って帰るが、なんだか物足りない……。

このような経験をしたことが一度や二度ならずある方は、ぜひこの記事を読んでいただきたい。

漫画家・イラストレーターの谷口菜津子さんが2月末に発売したレシピ漫画『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』(KADOKAWA)には忙しい生活の中で、心にぽっかり空いた“スキマ”を埋めてくれる料理が登場する。中には料理と言っていいのか迷うものも。

「食べることは好きだが、料理は難しいし自分には縁がない」。そう考える読者の頭は、従来の食の考えから解放され、どんどん柔らかくなっていくはず。いかにして現代人の心の隙間をスキマ飯が埋めるのか、作者の谷口さんに調理をしてもらいながら聞いた。

【動画】谷口菜津子さんに実際にスキマ飯を作っていただいた

一手間加えて自分にジャストフィットさせる

3月某日、取材陣は谷口さんへの取材時に、漫画に登場するスキマ飯を実際に作っていただこうと2品をリクエストした。1品目は「ネギトロユッケ」。

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

ネギトロユッケの材料

スーパーで売っているネギトロに薬味と調味料を目分量で加え、ざっくり混ぜ合わせてうずらの卵黄を落とし、クラッカーと一緒に盛り付ける。ものの5分もかからずに完成だ。

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

ネギトロユッケ

2品目の「駄菓子ご飯」はうずらの卵で目玉焼きを作り、えびせんの上にチーズ、しらす、海苔(のり)と一緒にのせればもう出来上がり。

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

駄菓子ご飯の材料

谷口さんが料理に慣れていることを差し引いても、とにかく簡単で誰にでもできそうだ。何しろ買ってきたものに一手間加えるだけ。包丁もほぼ使わない。

しかし、ネギトロやえびせんをそのまま食べるよりも断然おいしいし、見た目も楽しい。

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

駄菓子ご飯

「スーパーやコンビニの総菜は不特定多数の人が買うものですから、味が最大公約数的というか、万人受けするものになっています。そこに一手間加えることで、自分の好みにぴったりな味にしたいんです。私はお酒が好きなので、少し味を濃くして、いかにお酒に合うようにするか考えます(笑)」

スーパーやコンビニの食料品は格段においしくなり種類も増えたが、100%自分の好みに合うものが見つかるとは限らない。では自分好みにしてしまえばいい。これがスキマ飯の基本的な考え方だ。

「食の同調圧力」からの解放

スキマ飯を思いついた出発点は「周りの人が引いてしまうような料理にスポットライトを当てたいと思ったから」と谷口さんは語る。

そう考えるようになったのは、小学校の給食での出来事がきっかけだ。

「おいしくなるような気がして、給食のパンを手でちぎって丸めて食べていたら、なぜか周りの子は引いてしまったんです。試しに同じようにして食べた子が『まずい!』って言ったんですが、パンを丸めてるだけで、味そのものが変化するはずがない。見た目から受けるイメージでまずいと言っていて、『体裁を気にして、本質が見えていない!』といま思い出しても腹が立ちます」

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

作者の谷口菜津子さん

谷口さんが幼少の頃、給食は「みんなと同じものを、同じように、同じ量だけ食べる」システム、いわば「食の同調圧力」だと感じたという。

現代では給食のあり方はより柔軟に変化したが、給食以外の場面でも「レトルト食品を食卓に出すのは親の愛情不足」「赤ちゃんには粉ミルクではなく母乳を」など、「手間をかけたもの=いいもの」と前時代的な規範が散見される。このような「そうでなくてはならない」という同調圧力から食事を解放するもの、それがスキマ飯なのである。

思ったよりもラジカルな思想なのかもしれない。

侮りがたし、スキマ飯。

谷口さんが本書の中で「お恥(ち)まみ」と命名したものが、そんなスキマ飯の前時代的な思想をより一層体現している。

ごま油に塩を加えて舐(な)める、粉チーズと卵黄を混ぜてそのまま食べる、クラッカーの代わりにバターに直接具材をのせる、などなど……。

もはや料理というより、味そのものを楽しむ、究極のズボラ飯……もといスキマ飯だ。

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

「SNSで『こんなものは料理じゃない』と怒ってくる人もいましたが、『気が楽になった』と言ってくれる人もいました。『私もこんなお恥まみやってます』とレシピを送ってくれたり。こんな風にスポットライトが当たらない料理をみんなと共有できるのがうれしいです。食卓を囲んでいるのは自分一人なんですが、ネットを通してみんなで食事を楽しんでいる感覚になります。食パンを丸めて食べていた頃の、孤独な自分が救われたようです(笑)」

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

作中では様々な「スキマ飯」の作り方を描いている

一人で作って食べる幸せ

谷口さんが「自分が好きなように」という姿勢の重要性を実感するシーンは料理以外にもある。

「私は人に気を使ってしまいがちで、友人との飲み会でも相手の好き嫌いとか、割り勘の場合の注文の仕方だとかが気になってしまうんです。家や居酒屋で一人でちんたら食べている時が一番自由を感じます」

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

作中には、筋子よりイクラを好む人が多いと感じられる世の中で、なかなかおいしさをわかってもらえない筋子を、一人で存分に味わうために自作したり、居酒屋で料理を混ぜ合わせて食べたりするなど、他人の前でははばかられる行儀の悪いエピソードが出てくる。

好きなものを好きなように好きなだけ食べる。

なんて楽しそうなんだろう。

「孤食」という言葉もあり一人で食べるご飯は、何かと哀愁が漂うイメージだが、この本を読み進めると思わず「羨(うらや)ましい!」と声が出てしまう。

他人のために作る料理は見た目や栄養を考えるという谷口さんだが、自分へのスキマ飯であればもっと柔軟かつ大胆に作り、失敗もいとわない。硬すぎたりしょっぱすぎたりしても「話の種ができたな」とゲラゲラ笑いながら食べ、次のレシピの糧にする。化学実験のように成功と失敗を繰り返しながら日々新しいレシピ開発に勤(いそ)しんでいる。

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

駄菓子ご飯の調理風景。小さなウズラの卵がなんともかわいらしい

「食材の組み合わせとか新しいレシピを考えている時が一番楽しいかもしれないですね。スーパーには毎日行くんですけど、普段行かない店舗や普段見ない棚の前を通った時に『あ、これはあれと組み合わせるとおいしそうだな』という風に新しいレシピを思いつきます。いろんなスーパーを渡り歩くと、それぞれのバイヤーさんが『青パパイアのドレッシング』とか個性的な商品を入荷していることがあって、それを見て思いついたりもしますね」

『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』 実はラジカルな食の解放運動!? 漫画家・谷口菜津子が提唱する「スキマ飯」の魅力

ネギトロユッケの調理風景

頭の中で想像力を働かせて、これから作る料理に思いをはせる。スキマ飯は作る前から楽しいのだ。

料理初心者の場合、レシピの材料一覧を見、持っていない調味料があれば作るのを諦めてしまう人が多いだろうが、そこもスキマ飯精神を発揮すると解決できることが多い。コンソメがなければだしの素を入れてみたり、ワインがなければ料理酒で代用してみたり。味を想像しながら作って、結果おいしければ大成功。失敗しても食べるのが自分だけであれば、大した問題ではないし、次に繋(つな)がる失敗になる。

最後に、全く料理経験がないがやってみたいという人は何から始めたらいいか聞いてみた。

「まずはスーパーで買ってきたお刺身(さしみ)や総菜をパックのまま食べるんじゃなくて、お皿に盛り付けるところからやってみてはどうでしょうか。それだけで楽しくなるし、次にやってみたいことも見つかると思いますよ」

次にレシピ漫画を出すとしたら、スキマ飯を突き詰め、もっと読者を幸せにしたいと語る谷口さん。

「『こうすることが当たり前』と言われた時に、『その当たり前ってなんだろう』と自分自身に問いかけ、当たり前にとらわれない自由を、スキマ飯を通して表現していきたいです」

肩ひじ張らず、自分の食べたいものを食べたいように。

それには自分に正直でなくてはならない。

世の中の「当たり前」から自分を解き放ち、自由にスキマ飯を楽しんでみてはいかがだろうか。

(文・張江浩司 写真・林紗記 動画・田中遼平)

プロフィール

谷口菜津子(たにぐち・なつこ)

1988年生まれの漫画家、イラストレーター。WEBや情報誌などのほか、でんぱ組.incのアルバム「WWDD」のアートワークや、NHK Eテレ「シャキーン!」のコーナー内で作画を担当するなど、様々な分野で活躍中。著書に『放っておくだけで、泣くほど美味しい料理ができる』(ダイヤモンド社、共著)、『彼女と彼氏の明るい未来』(KADOKAWA)など。

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PROFILE

  • 張江浩司

    1985年北海道生まれ。居酒屋店主、タレントマネージャーなどを経て、2020年よりフリーランスのライター、司会、バンドマン、イベンターとして多岐にわたり活動中。傍目からは「あの人何して生活してるの?」とよく言われる。レコードレーベル「ハリエンタル」主宰。

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