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超エリートランナー向け厚底シューズ アシックス「メタレーサー」がついに登場(*発売は延期されました)

新型コロナウイルス騒動は深刻さを増し、4月7日にはついに東京をはじめとする7都府県に緊急事態宣言が出された。スポーツイベントもほとんど自粛で、海外に目を向ければゴルフのマスターズやテニスのウィンブルドンまで中止となった。

そんな暗いニュースが続く中、マラソンに関するネタなんてないよと思っていたら、ちょっと前向きなニュースが入ってきた。老舗スポーツ用品メーカーのアシックスが、ついにというか、満を持して、長距離トップランナー向けの“厚底シューズ”「メタレーサー」を17日に発売するというのだ(*)。いやぁ、ようやく出たかという意味で、なかなかに感慨深い。思わず「お待ちしてました!」と言いたくなってしまった。

*アシックスは新型コロナウイルス感染拡大のため同シューズの発売延期を発表しました。発売日の再設定については後日アシックスの公式サイトで発表されます

理由は説明するまでもないだろう。ここ数年、マラソン界は“ナイキの厚底”(ナイキ ズーム ヴェイパーフライ ネクスト%/エア ズーム アルファフライ ネクスト%)が席巻しているからだ。日本記録も世界記録もナイキ着用選手が保有している。今年の箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)の着用率は84%を超えていた。東京マラソンに至っては上位100人中93人が“ナイキの厚底”を履いていた(目視によるチェック)。上級ランナーのほとんどが“ナイキの厚底”を履いていると言っても過言ではない状況なのだ。

いまでは当たり前のように思えるが、実は“厚底”がノシてきたのはごく最近のことだ。箱根駅伝のシューズ占有率を見ると、2017年はアシックスが約32%でトップだった。以下、2位アディダス約23%、3位ミズノ18%と続き、ナイキは4位で約17%に過ぎなかった。それが20年には前述のようにナイキ着用率が84%を超え、アシックスはじめその他のメーカーは軒並み一桁台にまで落ち込んだのだ。

このすさまじい“下克上”の背景にあったのが「薄底vs.厚底」の戦いだ。従来、レース用のマラソンシューズは軽量化が何より重視され、“軽くて薄い”ことが常識だった。とくに上級者向けは“薄底”に決まっているといった印象で、オリンピックの日本代表選手の多くは“アシックスの薄底”を履いて表彰台に登っていた。ほんの数年前までは「上級者=アシックス=薄底」と、とくに日本のランナーの多くは思い込んでいたのである。

だが実は、その“薄底”のアシックスもいち早く“厚底”に着目し、神戸の秘密基地(アシックススポーツ工学研究所)で研究開発を始めていたのだ。そうして、昨年2月に発売されたのが〈70年にわたるアシックスのイノベーションの集大成〉と言われる「メタライド」(2万7000円+税)だ。

「ガイドソールテクノロジー」を初めて搭載したメタライド。ソールの構造が非常に複雑になっている

「ガイドソールテクノロジー」を初めて搭載したメタライド。ソールの構造が非常に複雑になっている

厚底で、ソールが船底のようにそり返り、重心が自然と前へ移ることで転がるように足を運べる構造になっていて、走行時のエネルギー消費が約20%削減される(つまり、ラクに走れる)というものだった。

「あのアシックスが厚底?」とランナーの間では話題となり、発売直後の東京マラソンEXPOでは販売用に用意したシューズがたちまち売り切れるほどの人気を博した。だが、テクノロジーをてんこ盛りにしたためか重量が約310g(メンズ27cm)とナイキの1.6倍以上あり、トップアスリート向けとは言えなかった。メーカー側も速く走るというよりも「より少ないエネルギーで、より長く走り続ける」ことをコンセプトにしている、と説明していた。

だとすると、いったいどんなシーンで履くのだろう? ゆっくり走るシューズに2万7000円はちょっと高くないか?――というのが正直な感想だった。履いた感触は悪くない。私のような素人ランナーでも「コロンコロンと転がるように」走る感覚が楽しめる。もう少し値段が安くて、軽ければいいのになぁ……と思っていたところ、昨年10月にメタライドと同じテクノロジーを使った「グライドライド」が発売された。重量約290g(27cm)で1万6000円+税。ちょうど私のようにフルマラソンで4時間を切ったり切らなかったりするレベルのランナーにとってはピッタリのモデルと言ってよかった。だが、これも“ナイキの厚底”の対抗とは言えないだろう。

サブ4(フルマラソン4時間切り)ランナーにピッタリのグライドライド

サブ4(フルマラソン4時間切り)ランナーにピッタリのグライドライド

メタレーサーはアシックス“厚底”の真打ち

前置きが超長くなったが、こうした“前史”があっただけに、〈アシックス史上、最も先進的なレーシングシューズ〉と銘打つバリバリ超エリートランナー向けのメタレーサー、ようやく出たかという思いなのだ。メタライド発売から実に1年と2カ月を要しての真打ち登場というわけだ!

4月17日に発売が予定されていた理由は言うまでもない。本来なら今年7月から開催されるはずだった東京オリンピックに向けてのモデルだからだ。世界陸連(ワールドアスレチックス)の新しい規定で、正式競技で使用できるシューズはレースの4カ月以上前から一般購入できることとなっている(マラソンは8月予定だった)。新型コロナでオリンピックは延期になったが、アシックスにとっては、このメタレーサーを認知させるための時間的余裕ができたと言えなくもない。

「ガイドソールテクノロジー」という考え方を導入して転がるように前へ進むという基本的な構造・仕組みについては、メタライド、グライドライドを踏襲しているので、過去記事を参照してほしい。ザックリ言うと、技術の粋を集めたテクノロジーてんこ盛りのメタライドからエリートランナーにとっては不要な機能をそぎ落として軽量化し、逆にエリートランナーだからこそ必要な機能を加えて完成させたというイメージだ。

ソールにカーボンが入り、底部にはグリップ力の優れた素材が使われている

ソールにカーボンが入り、底部にはグリップ力の優れた素材が使われている

前二つのモデルとの大きな違いは、アシックスのランニングシューズとしては初めて、ソールにカーボンプレートを入れたことだ。レーシングシューズとして全体の重量の増加を抑えながらガイドソールテクノロジーの構造を維持するために、軽量で高剛性のカーボンが採用された。これによって、ふくらはぎの筋肉への負担を最大20%軽減し、エネルギー効率を高めることに成功したという。

カーボンプレート入りのソールといえば、このメタレーサーとは機能性の違いはあるが、まさに“ナイキの厚底”の専売特許のようなものだった。だが、すでに他のいくつかのメーカーもカーボン入りにかじを切り始めており、アシックスも“カーボン入り”を取り入れたということで、今後ますます「厚底+カーボン」が上級者向けのランニングシューズの主流になりそうだ。

もう一つの違いは、ソールのいちばん底側に「ウェットグリップラバースポンジ」と呼ばれるグリップ力の優れた素材が一面に貼られていることだ。

メタライド、グライドライドではソールに大きな溝が刻まれているのがポイントだったが、メタレーサーにはそれがない。前二つのモデルの溝は、足の横ブレを抑え、着地から蹴り出しまでの足の自然な動きをサポートする機能があった。だが、練習を積んだエリートランナーにはトゥーマッチなので、それよりもあらゆる天候に対応できるグリップ力を優先させたという。

加えて、夏のオリンピックを意識してアッパーの通気性を徹底的に追求している。まず、つま先に穴を開けて空気を取り込めるようにした。つま先に穴のあるシューズは初めて見た(笑)。さらに、甲の部分には空気が流れ込みやすいように斜めに溝を入れたエンジニアードメッシュアッパーを採用している。

アッパーに刻まれた斜めの溝がこれまでにない通気性を実現した

アッパーに刻まれた斜めの溝がこれまでにない通気性を実現した

こうした工夫によってシューズ内の温度と湿度の上昇を抑えられることが実証されているという。もちろん全体の軽量化もすすめて190g(27cm)になった。耐久性の目安は約500km。気になる値段は2万円+税だからレース用としてはお手頃と言えるだろう。

あとは、このシューズをどれだけの選手が履いてくれるようになるかだ。ちなみに、今年の東京マラソンは前述のように“ナイキの厚底”一色だったが、その中で大石港与選手(トヨタ自動車)が発売前のメタレーサーを履いて24位に入っている。これはナイキ以外の日本人選手の着用シューズでは最上位という成績だ。はたして“アシックスの厚底”はどこまで伸びるか? 目が離せそうにない。

(画像:全てアシックス)

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PROFILE

山口一臣

1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に朝日新聞社入社。週刊誌歴3誌27年。2005年11月から11年3月まで『週刊朝日』編集長。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。16年11月30日に朝日新聞社を退社。株式会社POWER NEWSを設立し、代表取締役。2010年のJALホノルルマラソン以来、フルマラソン20回完走! 自己ベストは3時間41分19秒(ネット)。

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