インタビュー

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

粋なスーツ姿の男たち9人が並ぶ東京スカパラダイスオーケストラ、通称スカパラ。1990年、1stアルバム『スカパラ登場!』でメジャーデビュー。2000年以降はゲスト・ボーカルを巻き込んだ「歌モノ」シリーズも続けており、踊りだしたくなるスカ・ナンバーを、ステージ狭しと動き回りながら演奏する姿は圧巻だ。3月に発表した『TOKYO SKA TREASURES ~ベスト・オブ・東京スカパラダイスオーケストラ~』収録の「Good Morning~ブルー・デイジー feat. aiko」のMVが話題をさらっている。

長く伸びるトロンボーンを、ひょいと頭を下げてかわしたり、競い合うようにフロントを取り合ったり。ほぼ全員50代だが、打ち合わせなしのダイナミックな動きには緊張感と高揚感があふれ、見るものを巻き込んで行く。そんなライブを続けて30年。今や世界を踊らせるバンドになった。昨年は何度も公演したメキシコの音楽アワード『ラス・ルナス・デル・アウディトリオ』でベスト・パフォーマンス賞を受賞した。

この30年の間には、リーダーの脱退、メンバーとの死別や交代も一度ならず経験してきたが、乗り越えることで結束を強め、いい男へと成長していく姿が印象的だ。死に物狂いで「歌モノ」シリーズを制作したり、脱退メンバーの思いも背負って海外進出を成功させたりと、自分たちをアップデートし続けている。それは理想的なチームのあり方にもつながるようだ。

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

9人の中で最も長身で大きなバリトン・サックスを吹き、「戦うように楽しんでくれ!」と観客にアジテートする谷中敦、温厚そうな笑顔を浮かべながら全身でキーボードを弾く沖祐市の二人は高校時代からの親友だ。撮影のために並んでポーズを決めながら、「二人だけで撮影なんて初めてだな」と照れていた。

そんな二人が一度も外れることなく関わってきたスカパラは、年齢も経歴も違うメンバーが集まった大所帯バンド。リーダーを立てずバンドを動かしていくには、彼らならではのルールがある。

ミーティングをちゃんとする。その時調子のいいメンバーについていく。

 何かを決める時は、その時に声の大きかった人の勝ち(笑)。

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

谷中 アイデアがある人がメンバーを動かせばいいと思う。アイデアがない人は文句を言わないというのが大事。文句言うんだったら、違うアイデアを出しましょう、と。そのアイデアが良ければそっちで行きます、と。

アイデアなしに文句言いたくなっちゃうんですよね、何となく気に入らないとか。でもそう言うのは飲み込んで、その時調子のいいメンバー、冴え渡ってるアイデアを出せるメンバーに全員がついていくと言うのは、すごく大事だな。

だから長いミーティングはよくしますよ。自分が聞いてないよということに、ひとは怒るんですよね。だからみんなでできるだけ情報を共有すると言うのかな。自分も新しい情報をゲットするように能動的に動くべきだし。話し合いをちゃんとするのは時間がかかりますけど、結局それでうまく行っている。

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

1980年代後半。小泉今日子などのヘアメークを手がけていたASA-CHANGが声をかけた仲間たちが次々に参加して、スカパラは始まった。同じ夢を追う10人が集まるとそれだけで威圧感があり、汗をほとばしらせるライヴの迫力は飛び抜けていた。

結成当時から格好つけてステージに立ち、スキルよりセンス優先のライブで、六本木や芝浦のクラブをにぎわした。演奏キャリアのあるメンバーもいたが、参加するために楽器を買った初心者もいて、荒っぽい演奏になったのも味となり、むしろ面白がられたものだ。

 スカパラは最初からすごい自由だったんですよ。広くて安いスタジオを借りて、そこをたまり場にしてたんですけど、行くたびに顔ぶれが変わったり、楽器できない人でも珍しい楽器を持ってるってだけで来たり。何でもあり、とにかく自由で何やってもいい雰囲気があったんですよ。

当時はJ-POPという言葉すらなかったけど、周りにいるバンドたちは歌謡曲でもニューミュージックでもない、ヤバい音楽やってる人たちみたいな(笑)。僕らも30年前はそういう時代の匂いの中でやってた。

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

谷中 川上(つよし、ベース)はこのバンドがすぐ終わると思ってたみたいだけど、俺はずっと続くと思ってた。最初にスカパラのリハーサルに行った時に、本当にいろんな種類の人間がそろってて。”役者がいるなあ、このメンツでやったら面白いことできるんじゃないか”と漠然と思った。

(最初のフロントマンになった)クリーンヘッド・ギムラさんが、海外に行かなきゃダメだとずっと言ってた。彼の想像では、海外に僕らが行って、日本語なまりの英語で向こうでしゃべって、それを現地の人がまねする様になるって。それかっこいいですねって話をしてましたね。俺も漠然と海外にも行きたいと思ってた。

クリーンヘッド・ギムラは、スキンヘッドでラメのスーツを着るような強烈なキャラクターでバンドをリードしたが、95年に脳腫瘍(しゅよう)のため逝去。弟の杉村ルイが1年ほどボーカルを務めた時期もあるが、今もスカパラはフロントマンを置いていない。また1999年には青木達之(ドラム)が急逝しバンドは震撼(しんかん)する。だが、その時もバンドを止めなかった。

脱退したメンバーの思いも背負って、バンドを前に進ませる

バンドの発起人と言えるASA-CHANGは今や売れっ子パーカッショニストだが、当時から音楽の知識も豊富でアイデアも豊かだった。クリーンヘッド・ギムラは強力なカリスマ性の持ち主、そして青木はスカ・ビートを叩き出すバンドの要だった。メンバーを失ってもバンドを存続させたのは、彼らの思いをバンドとして受け継いで行く強い意志だろう。彼らの後任となったメンバーもそれを共有し、スカパラ独特の一体感を生んでいく。

 リーダーのASA-CHANGが最初にバンドを去って、リーダー不在のバンドとしてずっとやってきてるのが僕ら。だから30年続いたとは思わないですけど、リーダーがいない状態だったので、みんなで精神力つけて頑張っていこうと、同じ目的でやってました。

それでいろんなボーカリストの方が来た時にも、一緒にみんなでやっていこうという風になりやすいのかな。新しく入った大森(はじめ、パーカッション)くんも欣ちゃん(茂木欣一、ドラム)、加藤(隆志、ギター)くんも、そこは一緒だと思う。

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

谷中 スカパラにいてくれた人、みんなの気持ち、スカパラに置いてってくれたものを、今もそれなりに育ててるつもりですね。スカパラから離れたASA-CHANGや、武内 (雄平、ソプラノサックス)、寺師(徹、ギター)さんや冷牟田(竜之、アルトサックス、ギター、アジテーター)さんもそう。

いつも緊張する様な大舞台に立つ時は、そういう人たちのことを思い出しながらやるようにしてるんです。

「メモリー・バンド」(2018年のシングル)という曲の中で”ぼくら人生のステージの上には いつだって全員で並んでいる”という歌詞を書いたんですけど、バンドに関わってくれた人が残してくれたものとか思い出を、しっかり連れて海外とかも回りたいという思いはすごく強いですね。

会社でも、ひとの異動とかあるけど、その人の功績が残って会社は続いていくわけだから。そういう感覚ですね。

去っていったメンバーがバンドに残した思いをしっかり抱えながら常に前を向いて進む。そのためのリーダーなど必要としないフェアな姿勢に、彼らの潔さがにじみ出る。見ていて気持ちのいいバンドなのは、そんなところにも理由があるのだろう。

そろいのスーツで個性を出して、時代に合わせて若干のアップデート

スカパラのトレードマークはそろいのスーツ。歌モノのゲスト・ボーカリストも同じスーツで参加する。ただし、そのスーツは襟の形や裾のラインが違うなど、一人一人細かなディテールにこだわりを持っている。そろっているようで個性的なのだ。

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

谷中 ASA-CHANGが、こんな大勢でそろいのスーツでやるって面白いよねって。そのコンセプトもすごい気に入って、俺はスカパラに参加させてもらおうと決めた。

彼がスーツにこだわったのは、原信夫とシャープス&フラッツとか東京キューバンボーイズとか、昭和のビッグ・バンドのイメージ。バンドのロゴがデザインされた譜面台が置いてあって、全員スーツ着てるイメージが面白いんじゃないかという発想から始まってる。

ASA-CHANGはヘアメーク・スタイリストだったから、バンドは片手間でやってるように思われたかもしれないけど、そうではなくて、どっちも本気。スカパラにはすごい強い思いがあって、スカのようなカリブ海の音楽、ルーツ・ミュージックを日本でやることに意味がある、と。

ギムラさんも、東京キューバンボーイズや植木等さんのような先駆者がいたことや、海外の音楽を日本人がやってきた意味とかすごい考えていて、深夜のファミレスに集まって何時間も話していた。

その頃から俺たちは、基本的にはスカをやって、そろいのスーツを着て、という点では全く変わらない。時代に合わせて自分たちが若干のアップデートを繰り返しているけど、今もこうやって活動できていることは、感謝しかないですね。

(文・今井智子 写真・玉村敬太)

後編へつづく
>>aiko、Mr.children桜井、奥田民生、田島貴男……スカパラ「歌モノ」との葛藤、異分野の才能との出会い

活動30年スカパラ流チーム結束のコツ リーダー立てず、コラボプロジェクト、海外進出成功へ〈前編〉

あわせて読みたい

#音楽:一覧はこちら

[ &M公式SNSアカウント ]

TwitterInstagramFacebook

「&M(アンド・エム)」はオトナの好奇心を満たすwebマガジン。編集部がカッコいいと思う人のインタビューやモノにまつわるストーリーをお届けしています。

「松本人志への憧れ」が気持ちにブレーキをかけていた 「児嶋だよ!!」誕生の背景とアンジャッシュの紆余曲折

一覧へ戻る

aiko、Mr.children桜井、奥田民生、田島貴男……スカパラ「歌モノ」との葛藤、異分野の才能との出会い〈後編〉

RECOMMENDおすすめの記事