共感にあらがえ

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

商社勤務からフリーター、市職員を経て哲学者へ――。山口大学の小川仁志教授は、そのユニークな経歴でも注目を集める「公共哲学」の専門家。個人の社会参加の在り方を研究する傍ら、商店街で「哲学カフェ」を主宰するなど市民のための哲学を実践することでも知られます。

その小川教授との対談をかねて熱望していたテロ・紛争解決の専門家、永井陽右さん。感情に流され脊髄反射的な言動が目立つ現代社会で、本質的な議論を重ねていくにはどうすればいいのか。他者との対話において、理性と感情をどういうバランスで持つべきか。永井さんの問いに、小川教授はすべて哲学の知見で答えます。

 
連載「共感にあらがえ」とは……

ビジネスから政治、教育現場まで、近年あらゆるシーンで重視されているキーワード「共感」。本来人と人との距離を近づけるポジティブな感情ですが、社会の分断や格差を招く側面が問題視されています。この連載では紛争・テロ解決活動家の永井陽右さんが「共感」の問題点を多角的に考察します。

言葉を再定義すると新しい世界が見えてくる

永井 この連載では「共感」を重視した行動が引き起こす問題点について考察してきました。
例を一つ挙げると、僕は紛争当事者の社会復帰の支援活動をしていますが、「元テロリスト」と言うだけで日本では拒絶反応を示されることもあります。「元テロリスト」は、たとえ社会的弱者であっても人から共感されない存在だからです。

小川 「なぜ、そんな人を支援するんだ?」と反応されてしまうと。

永井 そうです。こうした共感されやすさ/されにくさは、僕らが自分たちの活動資金を募る際も、寄付金の集まり方に大きく影響します。より「可哀想」と思われた方に寄付金が多く集まる傾向は確かにあるので、それを競うPR合戦のような側面が出てきます。そうした現状から、昨今では(寄付金集めは)いかに共感されるストーリーを語ることができるか、などと言われたりもします。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

社会をより良いものにしていこうとする動きの中で、この「共感」という情動的な反応がいま大きな影響力を持っている。それゆえ、世間から共感を集めやすい人は様々な形でその恩恵にあずかり、その一方で共感の網に引っ掛からない人は、たとえ生きるのに困難な状況にあっても支援の手からこぼれ落ちてしまいやすいという現象が実際にあります。

そうした不平等をなくすためには、感情に流されず理性を重視する社会にしていく必要があります。その第一歩として、たとえ共感できない相手であってもこの社会には人権がある、ということを認めるところから始めるべきだと僕は考えました。

小川 なるほど。

永井 ところが、この連載で対談したカント倫理学の御子柴善之先生からは、「コスモポリタニズム(*)を志向することには賛成するが、現実問題として判定原理と執行原理は違う」というお話がありました。平たく言えば、「頭でわかっていても、気持ちがついていかなければ体は動かない。それは人間である以上、仕方がないことだ」と。

もちろん現実はそういうものだと理解はしています。ただ、権利(人権)というものが認められている以上、「世の中そういうものだよね」で終わらせてしまうことには純粋に疑問を感じました。そこで、公共哲学の専門家である小川先生はこの問題についてどう考えられるのかお聞きしたかったのです。

*人間を理性的な存在とみなし人類全体を平等とする立場

小川 永井さんの問題意識はわかりました。今のお話に私なりに向き合ってみたいと思います。

まず私は哲学には大きく2種類あると考えています。一つは「である哲学」。簡単に言えば、「偉大な哲学者たちの思考=哲学」とする考え方です。

一方で、私が標榜(ひょうぼう)しているのは「する哲学」。これは現代に生きる我々一人ひとりが、生活のなかでぶつかった問題の解決方法を自ら思考していくものです。それを実践するにあたって、「言葉の再定義」という行為が非常に重要な意味を持ちます。一つ例を交えてお話ししますね。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

ヤシャ・モンクという政治学者は自著『自己責任の時代』で、「責任」という言葉が懲罰的な意味で使われがちなことを問題視しており、いま多くの国で重要な課題になっている富の再分配や社会福祉の在り方についても、「自己責任」という考え方が課題解決の妨げになっていると指摘しています。

その状況を変えるためには、「責任」という概念の再定義が必要だと彼は説きます。「過去の行動に対する落とし前」ではなく「物事を主体的に選び取ること」という風にイメージを変えていこうと。そうやって「責任」をポジティブな概念に転換することで、前向きな福祉国家の実現に一歩近づけるのではないかと彼は考えたわけです。

永井 なるほど。たしかにかなり印象が変わりますね。

小川 それを読んで、私はまさにこれが哲学だと思いました。つまり、ある問題に直面したとき、一度自分の考えを疑い、思い込みをすべて棚卸しした上で、その概念を再定義する。それによって本質にたどりつくことが哲学である、と。

このアプローチで「共感」について考えてみるとどうなるか。私は当初、「『共感』とは、気の合う人との協働である」というイメージを持っていましたが、これは裏返すと「気の合わない人は排除する」ということにもなりかねない。人々の分断は現代の社会問題ですが、元来「共感」とはそういうものではないですよね。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

永井 もっとポジティブなイメージがある言葉ですね。分断を乗り越える鍵というか。

小川 そこで私なりに「共感」を再定義したところ、「全体が共存していくための最初の一歩となるもの」という考えに行き着きました。

人間同士がなぜ共感するのかというと、みんなでうまく暮らしていくために、共通の土台のようなものを作っていかなければならないからだと思うのです。そこには気の合う人も合わない人もいる。それぞれが交わりながら対話を重ね、その土台に積み上げていったものを「公共」と呼びます。

したがって公共を生み出すためには、他者の考えを受け止め、理解しようとする心の働きが必要になる。つまり「共感」のことですね。それで私は、共感は公共性を作るための出発点であると考えました。

おそらく、永井さんが指摘されている共感を巡る問題の本質もここにある。すなわち、多くの人が「公共性の確立」という共感の先にあるものを意識せず、気の合う人同士で共感し合うだけで終わってしまっていることが問題ではないでしょうか。

「共感は社会の共有物を作る出発点」という定義が広がれば、気の合う人にだけ共感し、気の合わない人を排除するというのは間違っていることに気づきます。このように今まで見えなかったものが見えてくるという点で、言葉の再定義は非常に重要なのです。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

 

誰とでも対話がしやすくなる「脳内ソクラテス」のススメ

永井 先生がおっしゃる公共性の重要性は僕自身も強く感じていますし、その必要性は多くの人が認めるところだと思います。ただ、それと同時に感じるのが、気の合わない人との対話というのはどこまで実現可能なのだろうか、ということです。

たとえば僕が哲学的な対話をしようと誰かに持ちかけたとき、論理を超えた嫌悪感を抱かれることもあるわけです。大事なのはわかるけど、お前にそういうことを言われたくない、と。頭では分かっているけど心がついていかない、なんならついていきたくもない、という御子柴先生の指摘に通ずる現実をどう乗り越えればいいのでしょうか。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

小川 自分の意見を押しつけるのではなく、相手の意見を聞く姿勢を貫くことでしょうね。そもそも共感できない人同士の会話は、ディベートの形を取りやすいんですよ。そうなると、たとえ和解や利害調整などを目的にした場であっても、必ずと言っていいほど失敗に終わります。なぜなら勝ち負けを競う構造になっているからです。

哲学的な対話はそれとは逆で、討論ではありません。対話の目的は自分の考えを疑い、正しい判断を導くこと。そのために相手の考えを利用するのです。人は自力で自身を批判的に見ることがなかなかできないですからね。

哲学の祖であるソクラテスは対話をしながら、相手の口から真理が生まれてくるのを手伝う人でした。それが助産師のようだったから、彼の哲学のスタイルを「産婆術」と言います。そうやって自分の考えを自分で吟味すればいい。脳内にソクラテスを持つと相手が誰であっても対話がしやすくなりますよ。

永井 小川先生は「哲学カフェ」という市民同士で哲学をする場を開いていますよね。そこではどのような工夫をしているのでしょうか。

小川 もちろん、何の手立てもなく議論を始めてしまうとディベートのようになります。そこで、哲学カフェでは議論にあたって以下の三つのルールを設定しています。

1.難しい言葉を使わない
あまりに難しい言葉を使うと、相手を煙に巻いてしまうし、聞く側も頭に入ってこない。互いに誰もがわかる言葉を使うことを心がける

2.全否定をしない
「あなたは完全に間違ってる」と言ってしまうと話が進まなくなってしまう。建設的な話し合いにするべく「あなたはここが違います」と具体的に指摘する

3.人の話をよく聞く
自分の話ばかりしてしまうと、相手の話を聞かなくなる。自分の主張ではなく、「相手の意見を聞く」ということを目的にする

これらを守ると、意識していなくても、自分の考えを吟味することができますし、ディベートのような対決モードにならないので、自然と相手に意見を聞いてもらえるようになります。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

永井 おそらく「哲学カフェ」のような場に足を運ぶ人たちは、自身を省みることに価値を見いだしていますよね。ただ一方で、やったことのない人からすると、よほどの明瞭なメリットやインセンティブがない限り、自らの時間を割いて哲学をやってみようと思わないのではないでしょうか。要は哲学で得られる「得」がないと、対話をしようと誘っても相手は乗ってこないと思うのです。理性的な言論空間が好きではないという人もいるでしょうし。

小川 哲学するインセンティブね。それはなかなか気づいてもらえないけど、たくさんあります。一番は正しい判断や正しい行動がとれることでしょう。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

今の時代における正しい行動とは新しい物事を創造すること、つまり「イノベーション」のことです。たとえば、先ほど話したように、「共感」や「責任」という言葉を時代に即した形で再定義するのもイノベーション。様々な仕事がAIに代替され、人間にしかできないことが何かと問われる時代において、世界を自分の言葉で捉え直し、新たな視点を手に入れることは大きな意味を持ちます。

それもあってこの10年、哲学は欧米ではビジネスシーンで注目されていますし、日本でも入門書が売れ始めたり、テレビ番組が作られたりしています。非常に俗っぽい言い方をすれば、「哲学はビジネスで金を生む力になる」と皆が気づいたということです。

哲学と言うと、より良い生き方の指針を先人の知恵に求める営みのように思われがちですが、実際は創造的思考のためのツールとしてその真価を発揮します。フランスの哲学者ドゥルーズは「哲学とは概念の創造である」と非常にストレートに表現しています。

感情はBGMにして行動せよ!

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

永井 一度「共感」に話を戻しますが、僕は人間の守られるべき権利が守られていないという現実を、論理的に間違っていると受け止めていて、どうすれば人権が守られるようになるのかを常々考えます。それは言い換えれば、ある意味、「感情より理性を優先せよ」という考えがどうすれば社会に浸透するか、先生の言葉をお借りすればどうすればその考えが「公共性」を帯びるかをずっと考えています。

「人権なんて西欧が考えたまやかしだ!」などと批判する意見があることもよく知っていますが、それでも人権というものに全ての人間に認められる普遍性があるのならば、それを見続けることは大切だと思うのです。この感情と理性の問題って、哲学の世界ではどのように考えられているのでしょうか。

小川 永井さんのイメージする「共感」はとにかく感情的なもので、その対極に理性や論理的思考を位置づけていますよね。

一般的に哲学は、理性ばかりを重視しているイメージを持たれていると思います。近代哲学の祖であるデカルトの「我思う、故に我在り」や、パスカルの「人間は考える葦である」という言葉が有名になっているからかもしれません。

でも実は、デカルトは『情念論』という感情をテーマにした本を書いていますし、パスカルも「考えるためには幾何学的精神と繊細の精神の両方が必要だ」と言っています。この「繊細の精神」というのは、まさに感情のようなもの。近現代の哲学は、理性中心主義と思われがちですが、全てそうというわけではありません。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

永井 結局のところ、両方必要でバランスが大事ということはわかるのですが、この二つの関係をどう考えるべきなのでしょうか。

小川 どちらのほうが重要ということはありませんが、順番はあって、先に感情が来ると思います。デカルトなんかも理性をやや上位に位置づけていて、「感情を飼いならせ」「感情をうまく使え」といったことを主張していますが、私はそれを超訳して「感情をBGMにしよう」と言っています。

理屈でちゃんと考えられたときに、初めて私たちは正しい行動を取ります。逆に理屈を考えず、ただ単に感情的に行動をしたら、たいていのことは失敗してしまいます。感情が先に働くのは、人間だから当然ですが、必ずそこに理屈を付けること。その営みを私は哲学と呼んでいます。

これを共感の話に当てはめると、共感自体は自然としてしまうものだし、そのことには全く問題はない。けれども、そこで終わらせてしまってはだめで、その後の行動にはしっかり理屈を付けましょう、と。きちんと「哲学」をすれば、浅はかな行動はなくなりますから。

永井 考え方によっては、哲学には共感の暴走にブレーキをかける作用があると。

小川 ブレーキって言うとちょっと寂しいので、うまく調和させる作用という感じですかね。理屈を付けることで初めて共感が良いものに変わっていき、様々な人との対話が生まれ、公共性を生み出すことにつながるわけです。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

繰り返しになりますが、「公共」とは、我々個人がそれぞれの考えを主張し合う中で、利害対立を超えた合意の積み重ねによって徐々にその輪郭が描かれていくものです。

要は、人間同士がピーチクパーチク言い合い、互いにわかり合って共有物を作っていくということです。私はその過程で大勢の声が響き合う様を「共鳴」と呼んでいますが、それはまさに気の合わない人とも感情に理屈を付けて話し合うことで達成されるものです。

永井 大勢の声が響き合う場と言えば、YouTubeやYahoo!ニュースのコメント欄、あるいはTwitterなどのネット空間も思いつきますが、そこではおよそ建設的とは言えない罵りあいや、感情だけの脊髄(せきずい)反射のようなやり取りが繰り広げられることもあり、賛否両論があると言えます。先生は、内容の質を問わず誰もが発言できる場は、あったほうがいいとお考えですか。

小川 社会的に許容してはならない発言は論外ですが、私はあの手の場が全く無意味で不必要だとは思いません。それよりはネット空間だけで発信して終わってしまうことが問題だと思います。大事なのは、我々一人ひとりが多様な“さえずり”の場を持ち、自分の考えを吟味する機会を増やすこと。それがまさに「哲学する」ということなのです。

<11>「『共感』という言葉は再定義したほうがいい」 気の合わない他者との対話の仕方(小川仁志×永井陽右)

(構成/中野慧 撮影/野呂美帆)

■プロフィール
小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年、京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社勤務(伊藤忠商事)、フリーター、公務員(名古屋市役所)を経た異色の経歴。NHK・Eテレ「世界の哲学者に人生相談」では指南役を務める。専門は公共哲学。著書も多く、ベストセラーとなった『7日間で突然頭がよくなる本』(PHP研究所)や近著『孤独を生き抜く哲学』(河出書房新社)をはじめ、これまでに約100冊を出版。

共感にあらがえ

<10>「不快な共感」から「深い共感」へ—— 傷つけ合うことで生まれるもの(東畑開人×永井陽右)

<09>感情に流されるSNSの世界 多角的な視座を持つには……?(永井陽右×春名風花)

<08>共感で連帯するのは危険! 価値観が異なる人同士の協働(内田樹×永井陽右)

<07>感動ポルノはいい気がしない キャンベルさんの本心(永井陽右×ロバート・キャンベル)

<06>路上生活者を助ける義務は? 自由と理性のあり方を考察(永井陽右×御子柴善之)

<05>自由が生み出す残酷な現実 共感する自由/しない自由

<04>「共感」が生み出す攻撃性 集団心理の背景にあるもの

<03>加速する「共感の奪い合い」 国際協力の場で広報合戦が拡大

<02>見過ごされる“共感されにくい人たち” どう救うべきか?

<01>世界最悪の紛争地から考える「共感」の限界

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PROFILE

永井陽右

1991年、神奈川県生まれ。NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事。国連人間居住計画CVE(暴力的過激主義対策)メンター。早稲田大学教育学部複合文化学科卒業、London School of Economics and Political Science紛争研究修士課程修了。テロと紛争の解決に向けて活動中。著書に「ぼくは13歳、任務は自爆テロ。: テロと戦争をなくすために必要なこと」(合同出版)など

<10>「不快な共感」から「深い共感」へ—— 傷つけ合うことで生まれるもの(東畑開人×永井陽右)

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