旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

風景写真家にとって、春は一年でもっとも楽しみな季節だ。

写真家の多くは、何カ月も前から桜の場所をリサーチしている。2月ごろには非公開にしている写真ブックマークアプリがピンク色に染まる。

勢い余って早咲きの河津桜を撮りに行く人もいるだろう。そして思うのだ。「もうあと1、2カ月でソメイヨシノが咲き始める」と。日程の動かせない仕事や打ち合わせを最小限にして、その時が来るのを楽しみに待つ。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

そして迎えた、2020年の春。じぶんは毎日を、東京の自宅で過ごしていた。

「ここに行こう、あそこにも行こう」と、保存していたブックマークを、スマートフォンごしに空しく眺めるだけだった。

当初はこの状況を恨んだ。白状すると「人との距離さえとっていれば、旅に出てもよいのではないか」とも思った。だが、日々の報道を見るうちに、そういった行動は今の段階では自粛するべきだと悟った。

制約の中でできること

ただ、いちど受け入れてしまえば気が楽になった。指示されてではなく「自らの意思でこの状況を選んでいる」と気持ちを切り替え、楽しもうとさえ思った。

自宅で周りを見回してみて、ふと目についた食料品や日用品を、じぶんなりに良い感じに撮ってみようとした。花屋で花を買ってみた。ネットで桜だって注文できるのだ。これは初めて知った。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

じぶんは大まかな人間のカテゴリーでいえば、中年男性に属している。それが自宅でひとり、バラやかすみ草をなんとか綺麗(きれい)に撮ろうと奮闘しているのだ。いまの時代に適していない考え方だが、滑稽だなとも思った。

だが、これがとても楽しい。

考えてみれば、写真とは制約から生まれるものだ。外に出ても、目に映る全てを写真で残すわけにはいかない。センサーサイズやレンズの焦点距離の制約のなかで、どのように世界を見て、どのように切り取るかが写真という行為なのだ。それなら、自宅の中にいても変わらない。……いや、変わるかな。まぁ変わらないと考えよう。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

雪で動けなくなった日のこと

2018年の冬のある日。大雪の中でひとり途方に暮れていた。数分前の軽率な行動を激しく後悔しながら。

レンタカーで北陸を訪れていた。降りしきる雪に感動して、早く写真が撮りたいと焦り、ナビのルートを外れて近道しようとしたのだ。それが途中から除雪されていない道だと気づいたが、時すでに遅し。運転する車が雪道にスタックして動けなくなった。

大阪で生まれ育ち、現在は東京に住むシティーボーイが、この状況に対応できるはずもない。みるみる車が雪にうまっていく。JAFか警察に連絡か……と思ったその時、同じく道を誤った4WD車がやってきて、牽引(けんいん)ロープで助けてもらった。涙ながらにお礼を言った。

それ以来、雪道でも当たり前に除雪されている状態を、心から感謝するようになった。大きな黄色い除雪車とすれ違うたびに「ありがとうございます!」と元気に叫ぶ。車内はたいていひとりなので遠慮はいらない。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

2020年の現在。こういう状況になってふと、あの大雪の中で無力だったじぶんを思い出した。

一言で写真を撮るといっても、その一枚はたくさんの人がいて、社会があるおかげで成り立っているのだと痛感する。

時間通り動く電車や新幹線に乗って、安全で美味(おい)しい食事をとり、整備された車で道路を運転し、ならされた駐車場に車をとめる。誰かの作った三脚をたてて、誰かの作ったカメラのシャッターを切る。掃除の行き届いた宿に泊まって、誰かの発明したパソコンを開き、撮ってきた写真を取り込む。

これらのことは全て、じぶんひとりの力では成り立たない。物流をはじめとした経済活動が正常に機能していて、たくさんの人が相互協力のもとに社会を成り立たせているから、その恩恵を受けられるのだ。

「伊勢へ七度 熊野へ三度」という言葉がある。江戸時代であれば、大変な旅路、険しい山道をそれほどの回数参ることは、信心深さのあらわれだったのだろう。

今なら信心深くなくても何十回と参ることができる。だって道路が整備されているからね。

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「今まで撮った写真を無料で配布しよう」

物流が機能しているからこそ必要な機材が手に入り、自由に移動できるからこそ何度でもその場所に行ける。そう、当たり前に写真を撮ることができるのはありがたいことなのだ。撮る、というか撮らせていただいているのだなぁと。

そんなことを考えていた時、ふと「今まで撮った写真を無料で配布しよう」と思いついた。そもそも、撮らせていただいた写真なのだ。誰か一人でも配布を喜んでくれるならやればいい。

この状況下、みんな家に籠(こ)もっているのであれば、ブログを書いたり、ネットでなんらかの発信をしたりしようという人が増えるのではないか。そんな時に、たくさん写真があればアイキャッチや挿入写真に困ることはないと思った。

結果的に大きな反響をいただいたのだが、当初の想定とは違って、写真を発信用に使うのではなく、ただ眺めているだけだという人たちにも喜んでもらえた。考えてみれば、情報量の多い写真ばかりなので、ブログには不向きかもしれない。もうちょっと余白のある写真を撮る人がやった方がよかったよね。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

それにしても、たくさんのコメントやメッセージをいただいた。

「日常の写真を眺めていると涙が出た」

「旅をしている気持ちになれた」

「スライドショーで流しっぱなしにしています」

などなど。確かに、ネットでいとも簡単に写真が見られる時代に、プロの撮った写真を400枚近くダウンロードして見られるというのは、あんまりない体験かもしれない。こちらとしてもそういった反応をいただけたのが新鮮だった。

もちろん、こんな些細(ささい)なことで人の役に立ったと考えているつもりはないし、それを推奨しているわけでもない。なんというか「じぶんも社会を成り立たせている一部なんだ」と、それぞれが実感するだけでいいのだと思う。

たまたまじぶんは写真家だったけど、それはどんな職業だって同じなのだ。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

今後、写真家はどうしたらいいだろう?

今はただ、自宅でできることをやっている。広告などの仕事はほとんどがキャンセルになり、スケジュールも白紙なのだが、こんなふうに文章を書いたり、部屋で写真を撮ったりしているので、実は意外と忙しい。

もちろん、今後のことは常に考えている。以前のように、好きな時に、好きな場所へ旅に出るなんて、いつ可能になるかわからない。文句を言っても仕方ない。そんな時代に適応していかなくてはいけない。どうせなら楽しんでいこう。自宅待機をしながらクリエーティブを発揮する人の例はたくさんあるのだ。

最近では、ファッションブランドが、モデルの自宅でのセルフィーを最新ルックとして公開していた。写真家がZoomでモデルに指示をあたえながら、共同作業で写真を撮るケースなんかもみられる。どこかユーモラスで、何より本人たちが楽しんでいる様子が見ていて嬉(うれ)しい。

同じようにして、今の時期なら写真のワークショップをリモートで行うこともできるだろう。個人が相手でもいいし、職能として写真を求められる業界に、写真家がちゃんと教えてあげられる機会があってもいいのではないか。

以前から改善の余地があると思っていたことに、不動産の例がある。今や部屋探しはネットでする時代だが、ネット上の物件写真の大半がわかりにくいように感じる。実体験として、実際に内見した時との落差を感じることも多い。極端にサイズが小さい写真もよく見られる。

例えば、不動産業者が写真を撮る際に、リモートで写真家が教えてあげることはできないだろうか。写真家なら間取りさえ見れば、どこに立ってどう撮ればよいか、その場にいなくてもイメージできる。機材もデジタルカメラである必要はなくて、スマートフォンで十分だ。物件の撮影者は左手にパソコン、右手にスマホ、もしくはスマホ2台持ちで、片方はZoomで写真家の指示を受けながら、片方で写真を撮るのだ。

撮影後、写真家は不動産業者から撮った写真のデータを送ってもらい、きっちり写真編集して、Webに最適な解像度で納品する。極端に小さい解像度の物件写真の問題もクリアするだろう。

これはひとつの例だが、自宅にいながらできそうな仕事はいくらでも思いつく。今後は、在宅ワークが積極的に許容される世の中になっていくのだろう。写真家もまた、それに適応していけばいいのだ。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

外国人観光客について

少し先の話になるかもしれないが、外国人観光客も、必ず上向く時期が訪れると信じたい。現在は地に落ちた状態ではあるが、状況の回復を写真家もバックアップできるのではないか。

今ではそれぞれの写真家にInstagramでたくさんの海外ファンがついている。そういったことも生かして、例えば写真家が飲食店やホテルと協力して、写真を使った商品をつくる。そこでしか買えないグッズを販売するのはどうだろう。

写真そのものを販売するのもいい。海外から訪れて、日本で泊まったホテルの部屋に、写真家がその土地で撮った写真が飾ってある。ゲストがもし気に入ったらホテルで写真を注文する。在庫を持たず、受注ベースで作るということを付加価値にしてもいいだろう。ゲストが帰国後、時間がたってから自宅に額装された写真が届くのだ。

ゲストは写真が届いたことをInstagramで写真家に報告する。写真家はそれをストーリーズで紹介する。それを見た他のフォロワーもまた、日本に行きたいと思うかもしれない。帰国した後も続くコミュニケーションはリピーターを生む理由にもなるだろう。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

最後に

ちょっと勢い余って、先のことを語りすぎてしまった。ただ、今を乗り切るためには、こうやって先のことを考えることも必要だ。そして、それをオープンにすることも。もちろん上記のアイデアも、適当に味付けして誰でも自由に活用してほしい。

伝えたかったのは、いままでつながることのなかった人、業種、業界など、垣根や競争をとびこえて、柔軟につながりながら、力を合わせて社会を復活させていくことが大事なんじゃないかということ。今は社会的距離をとってはいるが、人はつながっていくことで前進できるんだと思う。

こうしている間にも世の中が変わっていく。先週の考え方が今週はもう古いみたいな、とても速いスピードの世の中でも、本質的なことを忘れないようにしたい。

まぁ、でも写真家は忘れっぽいからね。だからこそ写真を撮り続けているわけで。

早くいろんなとこに撮りに行けるようになりますように。

旅に出られなくなった風景写真家が考えたこと 写真家・保井崇志

(文/写真・保井崇志)

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