20代ミュージシャンが語る“譲れない価値観”

「自分を固定する枠組みを破壊したい」 早熟の音楽家、長谷川白紙の多面的な生き方

昨年リリースしたアルバム『エアにに』が各方面から絶賛されている弱冠21歳の音楽家、長谷川白紙(以下、長谷川)。様々なジャンルを越境的にミックスした音楽性、公開されない素顔、SNS上でのジェンダーレスな振る舞いなど、その存在は聴くものをけむに巻いているかのようだ。

常に「自分を固定する枠組みを破壊したい」という強い欲求に基づいて行動しているという長谷川。

現役音大生でもある謎多き音楽家に、何にも囚(とら)われない生き方を語ってもらった。

常識との軋轢によって形作られた自我

長谷川が能動的に音楽を聴くようになったのは中学1年生の時。先輩の家で「ハイドンの名によるメヌエット」に出会った。モーリス・ラヴェルが1909年に作曲したピアノ独奏曲だ。

「ポップスやジャズにも通じるミクスチャー感がある、現代的な和声に惹(ひ)かれました」

音楽にのめり込んだ長谷川は、ネットを通じて様々なジャンルを探求するようになる。サカナクションの影響でエレクトロニカなど電子音楽にも入れ込むようになった。

長谷川には中学生以前の記憶がほとんどない。何か事故による後遺症であったり、トラウマになるような出来事があったりしたわけではないが、思い出そうとしても靄(もや)がかかったようにぼんやりしているという。

明確に記憶として残っているのは、音楽をはじめ美術、演劇、映画、文学などの文化に触れた時のものばかり。新しい知識や感性を咀嚼(そしゃく)することにエネルギーの全てを使っていたため、他のことを覚えている余裕がなかったのではないか、と本人は分析する。

感性を刺激する洪水のような情報を摂取していると、自分の中に強い欲求があることに気がついた。

「『常に自分を破壊していきたい』『枠組みに囚われたくない』という欲求があり、それがわたしの全ての行動原理になっていきました」

常識や普通という他人が作った尺度で規定されることを拒んだ長谷川は、自身の性についても「あやふや」でいることを選んだ。男女という二分法ではなく、そのどちらでもない状態。一人称はいつでも「わたし」であり、SNSで長谷川が発する言葉を読んでいても男女の判断をすることは難しい。

次第に長谷川は社会と自分との間に齟齬(そご)を感じるようになった。

ある日長谷川がSNSを眺めていると、あるバンドのファンコミュニティーでいかにも男性主権的なジョークが飛び交っていた。そのホモソーシャルなやり取りに強烈な違和感を覚えたという。

「全ての人がノンジェンダーであれとは全く思いません。ですが、みんなが『男らしさ』や『女らしさ』のような、誰かが作った価値観を妄信して生きているように感じました。今の日本社会は差別をなくすとか、平等を実現するとか、そういったことの前段階にも達していないというか……。自分の頭で考えていないし、他人に対する想像力もない。浅薄な状態だと当時は思ったんです」

自身の思考と現実との隔たりを実感することが増えたが、そのことで自我が形成されていったと語る。

しかし、その違和感を自らの楽曲に持ち込むことはない。「より良い生き方についてメッセージを送る社会派ミュージシャン」のレッテルも、長谷川にとって自分を縛る枠組みになってしまう。

「本当の自分」よりも「多面的な自分」

一見、“自由”を希求しているように思える長谷川。だが、長谷川は世間に流布している”自由”のイメージにも違和感を覚えている。

「ありのままの自分でいること=“自由”だと受け止められている。常に変わらない自分がいて、相手によって対応を変えるのは良くないことだと切り捨てられる。ですが、そうやって他者と関わることによって自分の新たな一面を増やしていくことが、枠組みに囚われないことに繋(つな)がっていくと思います」

「自分探し」という言葉が表すように、どこかに本当の自分がいて、それ以外はまやかしとする価値観があるが、長谷川にとってそれは「正解」と「不正解」を二分する枠組みにすぎない。

それよりも、他者とのコミュニケーションから新しい自分の一面を発見し、より多面的になっていくことによって、自身をアップデートしていくことが重要だという。

長谷川が自身の新たな一面を発見した出来事がある。気鋭のシンガー・ソングライター、崎山蒼志とコラボレーションした際、彼の声に含まれる“歪(ゆが)み”の成分に着目した。それまで長谷川は曲中のノイズはなるべく排除していたが、この歪みは崎山蒼志という“楽器”が持つ音色そのものだと感じ、修正せずに採用した。この経験により、身体の持つ個々の歪みをそのまま受け入れ、音楽として昇華することの面白さに気づいたという。

「誰かと曲を制作する際は、相手の考えていることを分析し取り入れます。その結果新しい自分が現れて、作品になるんです。そのためには自分が思っていることを、相手が理解できるボキャブラリーにその都度翻訳することが重要です」

来たるべき時代の新しい身体性

楽曲制作の時期はこもりっぱなしになるという自室のPCから生み出される長谷川の音楽。それは決して無機質なものではなく、複雑に組み合わさりつつも跳ねるようなリズムとアンサンブル、それに乗るみずみずしい歌声はむしろ、溢(あふ)れ出る身体性の発露だ。

「昔から音楽を聴くと踊らずにはいられません。無意識に踊ってしまうので、外では音楽を聴けないほど(笑)。わたしの音楽制作時間の半分は、作っている音楽を聴いて一人で暴れることに費やされます。暴れることができなかったらボツですね」

クラブやライブハウスが休業し、多くの人が集い音楽を享受することが難しい現状。寂しさを覚えつつも、長谷川が届ける音は音楽の本質を思い出させてくれる。

「クラブ=踊る」「自室=静かにする」という単純な二元論に意味はなく、長谷川の音楽が鳴り響けば、どこだってそこはたった一人のためのダンスフロアになる。

世界中の人々がスピーカーから流れる長谷川の音楽に合わせて自室で激しく踊っている……。そんなSFじみた想像をしてしまうが、これはこれからの時代の新しいカルチャーであり、音楽の共有の仕方なのではないだろうか。

あらゆるステレオタイプからの解放を求める長谷川白紙の音楽は、先行きが見えず混迷する世界に惑う私たちに新しい“自由”を与えてくれる。

(文・張江浩司 画像提供:ミュージックマイン)

プロフィール

「自分を固定する枠組みを破壊したい」 早熟の音楽家、長谷川白紙の多面的な生き方

長谷川白紙 <はせがわ・はくし>

1998年生まれのシンガー・ソングライター。2016年頃よりSoundCloudで発表していた音源が注目され始め、19年11月に1stフルアルバム『エアにに』をリリース。自身の活動と並行してゴスペラーズの楽曲のリミックスを手がけたり、崎山蒼志の2ndアルバム『並む踊り』に参加したりと幅広く活躍している。

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PROFILE

  • 「20代ミュージシャンが語る“譲れない価値観”」ライター陣

    宮崎敬太、阿部裕華、張江浩司

  • 張江浩司

    1985年北海道生まれ。居酒屋店主、タレントマネージャーなどを経て、2020年よりフリーランスのライター、司会、バンドマン、イベンターとして多岐にわたり活動中。傍目からは「あの人何して生活してるの?」とよく言われる。レコードレーベル「ハリエンタル」主宰。

John Natsuki(Tempalay)は『脱皮』でようやく「今」にたどり着いた

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