大御所シェフのいつものごはん

「ここのそばがきは誰もが驚く」 “本物”を食べ続けてきた大御所シェフが認めるそばの名店

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載「大御所シェフのいつものごはん」。

今回からは、洋菓子界の重鎮・大山栄藏シェフが通う三つのお店を紹介します。第一弾は千歳烏山のそば店「東白庵かりべ」です。

今回の大御所シェフ

「ここのそばがきは誰もが驚く」 “本物”を食べ続けてきた大御所シェフが認めるそばの名店

大山栄蔵さん(おおやま・えいぞう)
1949年、埼玉県出身。香川栄養専門学校で製菓を学び、同校助手を経て六本木「ルコント」で2年間修業後、72年渡仏。パリの「モデュイ」「シャトン」「ホテル・プラザ・アテネ」、スイスの製菓学校「コバ」で5年間研鑽(けんさん)を積む。77年東京・成城に「マルメゾン」を開店、フランス仕込みの本格的ケーキが脚光を浴びる。2016年、「現代の名工」に選ばれる。日本洋菓子協会連合会副会長、東京都洋菓子協会会長を兼任する洋菓子界の重鎮である。

【大御所シェフが通う店】東白庵かりべ(千歳烏山)

2019年11月、神楽坂から千歳烏山に移転。店がある「はっけん通り」は中国料理やフランス菓子の有名店などが集まる地域のグルメエリアだ

2019年11月、神楽坂から千歳烏山に移転。店がある「はっけん通り」は中国料理やフランス菓子の有名店などが集まる地域のグルメエリアだ

 

大山栄蔵さんが「マルメゾン」を開いたのは、1977年。洋菓子といえば、まだショートケーキやシュークリームといった決まりきった種類ばかりで、やっとチーズケーキがブームになった頃だったから、大山さんの「本場のフランス菓子」は、とんでもなく新しかった。

なにより革新的だったのは、ケーキに材料のよさを生かし、自分のオリジナリティーを出したこと。いまでは当たり前のように感じるだろうが、素材を重視し、個性を表現するという発想は、それ以前の洋菓子にはなかったものだ。

「独創性を身につけるには、つねに本物をたくさん食べて、おいしさに感動する意識を磨くのが大切」と考える大山さんが、「アーティストの感性を持つ、真正の職人。見事においしいそばを打つ」と、賛辞を惜しまないのが、東京・千歳烏山にある「東白庵かりべ」の苅部政一さんだ。

苅部政一さん。そば好きなら知らない人のいない名店「竹やぶ」で16年腕を磨き、2011年に独立した

苅部政一さん。そば好きなら知らない人のいない名店「竹やぶ」で16年腕を磨き、2011年に独立した

職人の腕が試される「そばがき」で食通をうならせる

大山さんには、いつも外食をともにする友人がいる。新宿調理師専門学校の名物教授だった志田由彦さん。これぞという教え子の店を案内してくれる。苅部さんも、そのうちのひとりだ。学生時代から、職人をめざす本気度が際立っていたという。その苅部さんが卒業後に弟子入りしたのは、千葉・柏にある手打ちそばの名店「竹やぶ」だった。

大山さんは、苅部さんが「竹やぶ」六本木ヒルズ店主だったときから、10年以上のつき合い。苅部さんが独立するときは、店舗探しも手伝った。マルメゾンの出身者には、いま日本を代表する有名パティシエが数多くいるが、大山さんは自分の弟子だけではなく、だれにでも面倒見がよい人なのである。

その大山さんが、食べるたびに感動するというのが、苅部さんが作る「そばがき」。

「そばがき」は単品で注文の場合1300円(以下、価格は全て税抜き)。昼のコース(3200円、5000円)、夜のコース(8000円)では1品目に供される

「そばがき」は単品で注文の場合1300円(以下、価格は全て税抜き)。昼のコース(3200円、5000円)、夜のコース(8000円)では1品目に供される

東白庵かりべでは、長野県と新潟県の契約農家から殻つきの玄そばを仕入れて、毎朝その日に使うだけを石臼で挽(ひ)いて粉にしている。飾りけがなさすぎるほど、素朴な姿のなかに、挽きたての香りを封じ込めたのが、そばがきだ。

「そばがきは、職人の技術が試されるのが怖くて、そば屋さんがやりたがらない仕事なんです。ここのそばがきをはじめて食べた人は、だれでも驚きますよ」と大山さん。

作り方は、実に単純だ。そば粉とそば湯を鍋に入れ、強火にかけて力いっぱいかき混ぜながら約15秒、一気に練り上げる。さらし布で包み、軽く成形したら即刻、テーブルへ。

ふわふわの食感と、香り高さは、想像以上に衝撃的。ただ、おいしさは秒単位で落ちていく。「そば屋の品目には、寿命が短いものが多いですが、そばがきはとくに食べる人の協力が必要な料理。お出ししたら間髪を入れず食べてほしい」が、苅部さんの切なる願いである。

10年以上も通い続けている大山さんだが、毎回そばがきのおいしさに感動するという

10年以上も通い続けている大山さんだが、毎回そばがきのおいしさに感動するという

料理人としての原点となった卵焼き

苅部さんは料理の腕もたしかで、「どれを頼んでも、はずれなし。卵焼きを食べれば、わかりますよ」と大山さん。そばがき同様、とくに職人の腕が試される料理だ。

まんべんなくついた焼き色が美しい「卵焼き」600円

まんべんなくついた焼き色が美しい「卵焼き」600円

実は修業した「竹やぶ」で、最初の仕事がまかないの卵焼きを作ることだった。毎日、自腹で買った卵で焼き、最初は先輩からたくさん指導を受けたが、それもだんだんと減り、ついになにもいわれなくなった1年後、客に出す卵焼きを任された。「フワフワでおいしいね」と、感想を聞いたときの感動を、いまも胸に刻んでいるという。

配合は、卵4個にだし90cc。さめてから食べる場合は少し甘めに、できたてを食べる場合は砂糖は入れない。強火でスピーディーに、まんべんなくきれいな焼き色をつける。長年使い込まれ、貫禄が出た銅鍋は、苅部さんの体の一部のようになじんでいる。

外はカリカリで中はレア 美味なる天ぷら

天ぷらも、卵焼きと並ぶそば屋の必須アイテム。苅部さんは親方や先輩の作業を横で3年間見続けて、冷凍ブラックタイガーエビを買っては練習を重ねた。技術の体得には、そうとう苦労したようだ。

「竹やぶ」仕込みの天ぷらは、才巻エビ(小さめの車エビ)のかき揚げ。衣の分量はやや多めで、揚げ油は香りが品よい太白ごま油。そっと油にタネを流し、まわりに散った衣を集めて上にのせながら、じっくりゆっくり2分間半ほどかけて、美しい形に揚げる。

衣自体がおいしい「天ぷら」1600円。「天せいろ」「天ぷらそば」(各2400円)でも同じ天ぷらが食べられる

衣自体がおいしい「天ぷら」1600円。「天せいろ」「天ぷらそば」(各2400円)でも同じ天ぷらが食べられる

「ほれぼれするような黄金色。外はカリカリで、エビはしっとりレアのグラデーションが素晴らしい。衣自体がおいしいのが特徴」と大山さんが評するように、そば屋の天ぷらは、天ぷら屋より衣を厚くして、衣を楽しめるように作るものなのだそうだ。

まっすぐで正直なそば

さあて、真打ち「せいろそば」の登場だ。コースの場合は昼夜ともそばがきではじまり、料理を挟んで、せいろそば、温かいつゆそばの順でしめる。

石臼の形の器に盛られた「せいろそば」900円

石臼の形の器に盛られた「せいろそば」900円

修業時の苅部さんは、最初はうどんで練習を積んだ。手順はそばとほぼ同じだが、小麦粉グルテン(たんぱく質)の作用で伸ばしやすいうどんと違って、そばは扱いがはるかに難しい。自分でそば粉を買って打ちまくり、半年くらいでやっと形になった。

うまいそばの条件は、挽きたて、打ちたて、ゆでたての「三たて」がいわれるが、打ちたては軽くふわふわした食感なので、苅部さんは打ってから少し置く。ゆでる時間は、わずか15秒。湯から上げて冷水でもみ洗いして盛るまでも、約30秒と電光石火だ。

つゆは、そのときのだしの出具合によって、微妙に味をかえる。「薬味はいらないね」と、大山さんは歯ざわりと香り、のど越しをシンプルに堪能するのが常だ。

コシ、香り、のど越しのすべてが申し分がない

コシ、香り、のど越しのすべてが申し分がない

大御所が「絶品」とたたえるにしん

「にしんそば」は、コースの場合はにしんを最初から上にのせて、単品で注文の場合は半身を別皿で出してくれる。5日間かけて炊いたにしんは、骨までやわらかくしっとり、豊かな風味を蓄え、味つけはほどよく繊細だ。

「一緒に煮られた昆布までおいしい。絶品です」と、感嘆する大山さん。そばの上に浮かべると、甘みと脂肪分がつゆににじみ出して、なんともいえないコクとうまみが広がる。京料理として知られるにしんそばだが、これだけ上品な味には、京都でもめったに出会えないかもしれない。

にしんそば1800円のほか、単品でも注文できる。色つやのよさも絶品

にしんそば1800円のほか、単品でも注文できる。色つやのよさも絶品

食べる姿もダンディーな大山さん。ふだんはお酒も楽しみながら、料理は苅部さんおまかせで出してもらうそう

食べる姿もダンディーな大山さん。ふだんはお酒も楽しみながら、料理は苅部さんおまかせで出してもらうそう

苅部さんは、「竹やぶ」で最初にもらった給料で、高価なそば包丁を買った。「まだ早いと旦那さんに止められました」と笑うが、そのとき一生をそばに捧げる決意を、みずからに課した。それから25年、謙虚に、実直に、日々そば打ちに向き合う姿勢はかわらない。

苅部さんの打つそばは、まっすぐで正直な味がする。大山さんが「材料がシンプルなほど、作る人の個性が出る」というように、粉と水のみから生み出されるその味は、苅部さんの人柄そのものなのである。

(写真/小島マサヒロ)

「ここのそばがきは誰もが驚く」 “本物”を食べ続けてきた大御所シェフが認めるそばの名店

木材をふんだんに使った店内は癒やされる雰囲気。酒類は、日本酒好きの苅部さんがセレクトした通好みの銘柄のほか、ワインやシャンパン、焼酎も充実

店舗情報

東白庵かりべ
東京都世田谷区粕谷4-23-19
京王線「千歳烏山」駅より徒歩5分
03-6879-8998
*休業日や営業時間は国、都からの要請を受け随時変更する可能性があるため、最新情報は公式サイトをご確認ください

■お知らせ
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、同店では、仕込みの時間を遅らせスタッフの混雑時間の通勤を避けているほか、店内の常時換気、スタッフのマスク着用などの対策を実施。また、利用者の安全面への配慮から、体調の優れない場合は、予約をキャンセルするよう呼びかけています

大御所シェフのお店

マルメゾン 赤堤店
東京都世田谷区赤堤3-8-15
東急世田谷線「松原」駅より徒歩3分
03-3323-7737
営業時間 9:30~19:00
定休日:月曜

あわせて読みたい

良質な「しゃぶしゃぶ」「すき焼き」「ステーキ」がリーズナブルに 牛肉好きにとってのパラダイス

「天才的!」「圧倒的な手間」 大御所シェフたちがとりこになったそば4選

薬味をいろいろ試したくなる 出雲そばの名店3軒

大御所シェフのいつものごはん:連載一覧はこちら

[ &M公式SNSアカウント ]

TwitterInstagramFacebook

「&M(アンド・エム)」はオトナの好奇心を満たすwebマガジン。編集部がカッコいいと思う人のインタビューやモノにまつわるストーリーをお届けしています。

PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。

全て飲み干せるお茶のスープ 大御所シェフも大絶賛の超ヘルシーラーメン

一覧へ戻る

RECOMMENDおすすめの記事