LONG LIFE DESIGN

いま私たちは「ゆっくり」を手に入れている 忙しい日々から零れ落ちていたもの

コロナウイルスの影響で活動の自粛が続きますね。いろんな考え方でこの状況を受け止めることができますが、そろそろ前向きに考え、進み始める人が増えてきたように感じます。

今回も僕の活動のテーマ「長くつづく」にまつわる話を3話お届けします。

1話目は自宅でずっと自粛生活をしていたことで、実はゆったり、ゆっくりとした時間を私たちは手に入れているというお話。忙しい時間を割いて、日本の素晴らしい伝統的工芸品を買いそろえていたことを、この機会に思い出して、お抹茶を丁寧に点(た)てているなんて人もいるでしょうね。

2話目は、飲食店などが基本的に自粛しながら限定的に営業するという形もありだと思う、という考えについてです。「常連さん」と「お店」の関係性があってこそですが。

最後は実店舗で買いたいですねー!!っていうお話。僕も店をやっているので、自宅から出られない、店にお客様が来てくれない、というのは、本当に辛いです。ネットストアはどんどん便利になりますが、その便利って、なんでしょうね??というお話です。それでは、ゆるりとお付き合いくださいね。

いま私たちは「ゆっくり」を手に入れている 忙しい日々から零れ落ちていたもの

近くの製材場からもらってきた端材の木。トラック1杯幾らかで買い取り、毎年、冬を乗り切るための薪にしています。丸太を輪切りにして、それを今度は斧(おの)で細かくしていく……。一日3本がやっと。これを夏までに片付けて、そのあとすぐ来る寒い季節に備える

ゆっくり

最近twitterなどを見ていると、いわゆる“コロナ疲れ”を通り越し、前向きになっている人もいる様子。先日から読み始めた佐久間裕美子さんのnote「佐久間裕美子のあっち行ったりこっち行ったり」にも、これからますます国際的に問題となる「孤独」についての興味深いことが佐久間さんらしい視点で書かれていて、前向きだったので、ちょっとうれしくなりました。

「孤独とは、周りの孤独じゃない人がいるから比べてそう思うこと」と考えると、今の状況は「みんな孤独」。孤独慣れと言ってはなんですが、今まで孤独だった人たちが、孤独に慣れていない人たちを勇気づけているという話でした。これから「孤独」がますます社会問題化してくるということも、気になりました。

さて、僕はこのウイルスによって「家に時間を使う」ということに気づかされました。外に出られず、人との交流も制限されていくと、おのずと「自分」や「自分の時間」があぶり出されるように見えてきます。最初は実生活がかなり変えられたことにより、不安や解決しなくてはならない新しいことが現れ、みんな、右往左往したわけです。それを乗り切りながら行政の規制に対する反発を覚え、そして、今、「仕方ないから、もっとポジティブに」という人たちが増えてきたように思います。

じっと自宅にいると「家で暮らす時間」が見えてきました。しかもそれは、ゆったりと流れている。これまで見えなかった“新しいゆったり”が見えてきた。僕は洗濯物をたたんでみようと思いました。これまで会社から帰ってからの洗濯なので、特に部屋着なんかは引き出しの中にたたみもせず放り込んでいました。それをたたんでみると、ちょっと気持ちが安らいだ気がしました。忙しい合間にそれをやらないといけないとしたら、イライラして適当にやっていたでしょう。

そうです、いろんな危機的な状況の中で油断できませんが、いま私たちは「ゆっくり」を手に入れている。普段、見えなかったものが、見えてくる。ちょっと雑巾をかけてみる。本をジャンル別に分けてみる。収納されていなくてバラバラにおいていたものたちに、収納箱を探してあげる。植木の剪定(せんてい)をしてみる……。ゆっくりって、なんだか心が安らぎますね。

空前の和物ブームがいち段落した今、和物に関心の高い人の自宅には、実に質のいい生活道具がたくさんある。しかし、そういう人ほど、忙しくてなかなか使う時間もなかったなんて話でもあるなぁと思いました。

そこにはもちろん、心に余裕を持てる時間のゆったりさ加減も必要。コロナウイルスの仕業ですが、自粛という耐える時間の中に、実はそれがあった。そして、ごそごそと南部鉄器で湯を沸かしたり、お抹茶を点てたりすることができた。この半強制的なとどまりの中で、本来は大切にしたい時間がぼやっと見えたわけですね。ちょっと皮肉ですが、収束したのちも、ここで見つけたものを大切にしたいですね。

いま私たちは「ゆっくり」を手に入れている 忙しい日々から零れ落ちていたもの

そういえば、京都で買ったいい急須がどこかにあったはず……。そんな忙しく動き回っていた日々に買い物したいい道具を、ごそごそと探し出す人って、僕以外にもたくさんいそうですね。いい道具をせっかく買ったのに、「いい時間」がなかった。皮肉のようですが、自粛という時間は見方を変えたらそんな時間でもあった。せっかくだから新茶を淹(い)れてみよう。せっかくだから、岐阜のギャルリ百草(ももぐさ)で買った陶作家安藤政信さんの湯のみで飲んでみよう。せっかくだから、ちゃんと日のあたるいい場所に座って……

常連さんの店

友人と通っている店があります。このウイルス騒動により基本的には休業しているようですが、電話で問い合わせると、「言ってくれたら店を開けるよ」とのこと。もちろん、こちらが誰か分かる関係性があるからこその対応です。こういうの、いいなぁと思いました。

店側も正直、困っているでしょう。飲食店は国や県から「自粛」の対象として名指しされている。とは言え、ずっとそんなことをやっていたら経営破綻(はたん)してしまいます。

僕は基本的には国や地域で発令されたものには従って、協力して感染を抑え、みんなで終息に向かわせなくてはとは思います。しかし、現実がある。だからこその「知っている関係」によるこうした「常連営業」って、ちょっといいなと思うのです。

「ごめん、もう少し、こっちの席に移動して間を開けてくれない?」とか「ちょっと大声で喋(しゃべ)るの控えてね」とか「ちゃんと手を洗ってね」とか、「それ、しっかり除菌したから大丈夫よ」とか、「もし、気になるなら、この殺菌シート使ってね」とか、「みなさん、トイレに行ったら、ちゃんとこれでドアノブとか、拭いてね」とか言える関係……。

お客にも「お店が継続してほしい」「私も、自分と同じようにこの店を愛するみんなも、感染しない、させてはいけない」と思う気持ちがあれば、この状況でも店は営業出来ると思うのです。もちろん、専門家からは「そんなに甘くはないですよ」と、言われるかもしれませんが、営業しなければ収入がなくなるという現実があるわけで、その状況下でお客と店に「関係性」があれば「協力」が生まれる。

自宅での自粛が一番わかりやすい方法ではありますが、常連からすればよく行く店には今まで同様に続いてほしい。そして、店側も「あのお客さんなら、ちゃんと分かってくれる」と思う。そして店を続けることを理解し合った関係になる。あくまで慎重に進める必要がありますが、こういう関係のあり方もウイルス騒動に気づかされ、学んだことです。

いま私たちは「ゆっくり」を手に入れている 忙しい日々から零れ落ちていたもの

山梨のJR甲府駅前にある大好きな大木貴之さんの店「Four Hearts Cafe」。この時期は特に知らない人は積極的に入れない。入店をお断りするらしい。僕はそれでいいと思う。店は大いにえこひいきした方がいい。いいお客さんにはどんどん、いいサービスを。そのうちに「いい店」がお客さんと一緒に出来上がっていく。勘違いして我が物顔の主人では困るけれど「一緒に店をよくしよう」という意識は客と店の互いにあった方がいい。ぜひ、この連載を読んだと言って、大木さんを訪ねてほしい。甲府一、ワイナリーとつながっている彼独特の話で、おいしいワインが楽しめ、しかも買えます

実店舗で買う

いつものように、本をAmazonで買おうとした。本屋で探しても置いていない可能性があるからという理由と、もちろん、結構すぐに届くということで。

向こうから本がやって来てくれるということは、ガソリンや人の力を使っている。それを「便利」と呼ぶ時代はいつまで続くのだろう。ちょっと発想を飛躍させて、地球のことを心配するとしたら、本屋に歩いていった方がいい。輸送する梱包(こんぽう)材も減るし……。

そうして時間を使うことは、無駄だろうか。歩いて本屋に行き、もしかしたら置いてないかもしれないから、事前に電話でもして、確認してから本屋に行き、お金を払い、レジ袋を断ってそのままカバンの中に入れて帰る。Amazonでポチッとすると、その時間が浮く。浮いたら有意義な時間になるだろうか。歩いて電車に乗って本屋に行くことで失う時間は、無駄なんだろうか。考えを飛躍させて、その時間も「人生」と考えたら、通販と実店舗まで足を運ぶのとどっちが有意義なのだろうか。

僕は実店舗が好きだ。だから今も店をやっている。実店舗は効率が悪い。そもそも「来るか、来ないかわからないお客さん」のために、従業員とともに店を掃除し、在庫を抱え、きれいに陳列し、接客の時に聞かれたら答えられるようにメーカーと勉強会を開き、知識としてハードディスクではなく、クラウドでもなく、頭のなかに記憶する。時々、思い出せない事態に遭遇するけれど……。そんな実店舗は、ネットストアより劣っているだろうか。ある意味、強烈に劣っている。でも、なくなってもいいのだろうか。

実店舗はほっておくと簡単になくなる。お客さんが来ない間も、人件費や家賃、光熱費を払い続け、全くお客さんが来なければ、簡単に潰れてなくなる。でも、僕は実店舗が好きだ。

いろんなことが、便利という言い方で、合理化されていく。もしかしたら不便と言いがかりをつけられたものの中にこそ、正しいことがあるのかもしれないのに。それでも、私たちは本を、生活雑貨を、ぶら下がり健康器具を、ガスボンベを、大根を、ラーメンをAmazonなどネットストアで買う。そんなに忙しいのだろうか。そんなに急いで手に入れる必要があるのだろうか。そんなに急いで手に入れて、それと引き換えにした時間の所在は、ちゃんと把握しているのだろうか。

いま私たちは「ゆっくり」を手に入れている 忙しい日々から零れ落ちていたもの

D&DEPARTMENT 富山店にピアノがやって来ました。最近、音楽のイベントも増え、お客さんを中心に「使っていないピアノをください(ずっと貸してください)」と呼びかけて、女性の方から頂きました。これも実店舗ならではのこと。みんなで店を作っている感じがして、本当にうれしい。“自粛営業中”です。お電話などで確認してから、ぜひ、いらしてくださいね

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PROFILE

ナガオカケンメイ

デザイン活動家・D&DEPARTMENTディレクター
その土地に長く続くもの、ことを紹介するストア「D&DEPARTMENT」(北海道・埼玉・東京・富山・山梨・静岡・京都・鹿児島・沖縄・韓国ソウル・中国黄山)、常に47都道府県をテーマとする日本初の日本物産MUSEUM「d47MUSEUM」(渋谷ヒカリエ8F)、その土地らしさを持つ場所だけを2カ月住んで取材していく文化観光誌「d design travel」など、すでに世の中に生まれ、長く愛されているものを「デザイン」と位置づけていく活動をしています。’13年毎日デザイン賞受賞。毎週火曜夜にはメールマガジン「ナガオカケンメイのメール」www.nagaokakenmei.comを配信中。

「ちゃんと手入れはできるの……?」 欲しいものを前にして消えてしまう未来への想像力 

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