ニューノーマル白書

子どもたちの「居場所」をつくり、学校教育と社会教育の統合を目指す 認定NPO法人カタリバ代表理事 今村久美

人とモノの集約を不可能にし経済の効率と成長を奪う新型コロナウイルスは、世界のあり様を一変させました。「ポスト・コロナ」ならぬ「withコロナ」時代には、経済も社会生活も、新しい価値を見いだすことが求められています。私たちがこれから迎える「新たなる日常」を生きるヒントを各界のパイオニアたちに聞く「ニューノーマル白書」。今回は、子どもたちが安心して過ごせる場所づくりに取り組んできた今村久美さんに、これからの教育のあるべき姿について聞きます。

一斉休校2日後、オンラインのフリースクールを「開校」

「おはよ~。みんな元気? 今日のお勧めの講座は×時から××ルームで開かれる『友だちってなんだろう?』です。この教室に集まっている子たちはお友だちかなぁ?」

「うん、そうだよ。会ったことはないけどお友だち~」「お友だちだよ~」

5月上旬のある日、午前9時半。全国から集まった子どもたちとサポートする大人たちがオンライン上で明るいエールを交わしている。

3月2日から始まった小中高校の全国一斉休校で、全国約1200万人の子どもたちは毎日の行き場を失い、友だちや先生と会うこともできず、家庭では保護者とのやり場のないストレスを抱えることとなった。

ところがその2日後、毎日全国から集まる数百人の小中学生で活気づくオンラインサイトが生まれた。

カタリバオンライン――。

誕生して約20年になる教育NPO「認定NPO法人カタリバ」が開いたオンラインのフリースクールだ。そこには「グローバルルーム」「スタディルーム」など八つの部屋がつくられ、「フィリピン人と英語を学ぼう」「タブレットAI学習」「宿題消化学院」といった講座が一日約20コマ開かれる。

カタリバオンラインに集う子どもたち=カタリバ提供

カタリバオンラインに集う子どもたち=カタリバ提供

午後4時半からは、ダンスや音楽、イラスト、漫画といったクラブ活動まである。自分の得意分野を生かした講座で指導するのは「キャスト」と呼ばれるボランティアスタッフたち。子どもたちもキャストも、事前にカタリバの説明会を受けての参加となる。

開始当初は登録する子どもたちは300人程度だったが、5月上旬時点では約1500人。キャストは約300人。子どもたちは自分でカリキュラムを選び、海外からも参加するキャストと共にオンライン上で新しいスタイルの学びを経験する。

主宰するカタリバ代表の今村久美は、その誕生をこう語る。

「2月27日のニュースで、3月2日から全国に臨時休校を要請するという発表を見て、即座にオンラインの居場所をつくろうと決めました。これまでも私たちは東日本大震災の時に宮城県女川町と岩手県大槌町で子どもたちの生活と学習を支援するコラボ・スクールを立ち上げ、16年の熊本地震の時も19年の台風19号の時も被災直後から子どもたちのリアルな『居場所』づくりに取り組んできました」

「でもそれらの時と今回のコロナ禍では『被災』の質が違います。震災時は、みんなが同じ避難所に住んでいて大人は対面しながら支援できた。でも今回は全員が自宅の中で、子どもたちは親子問題とか家族問題といった目に見えない課題と戦うことになります。自粛が長引けば子も親も息苦しくなる。被災地支援とは違う難易度があるし、ものすごく大きな問題に発展するだろうなと予想しました」

子どもたちの「居場所」をつくり、学校教育と社会教育の統合を目指す 認定NPO法人カタリバ代表理事 今村久美

「私としては、17年に神奈川県座間市で起きた連続殺人事件(アパートで男女9人の遺体が見つかり、当時27歳の男が強盗殺人などの罪に問われた事件)を二度と起こしちゃいけないという思いが強かった。自粛中には心にトラブルの種を持っていても外に出て発散できない子どもたちはネット上でいろいろな出会いを求めてしまう。それが一番危ない。早く安心安全な『居場所』をネット上につくらないといけないという一心でした」

被災地で培った、子どもに寄り添うノウハウ

2011年、東日本大震災時のカタリバの支援活動は、もはや伝説的だ。

震災直後に入った宮城県女川町では、今村は避難所の片隅に寝泊まりしながら子どもの様子をつぶさに見て回り、同町教育長に子どもたちの放課後支援施設の設置を直訴。スタッフと共に同町に移住して、震災3カ月半後には「コラボ・スクール女川向学館」をスタートさせた(現在も継続中)。

その後、被災地での実績が全国の自治体で評価され、文京区では中高生の居場所「b-lab」、足立区では経済的困窮世帯の子どもを支援する「アダチベース」の運営者として日常活動も展開している。

 一連のカタリバの活動は、これまで内と外の交流を阻んできた日本の学校教育制度の高い壁を乗り越える動きだ。疲弊して行き詰まる学校教育界に社会教育の側から新風を送り込み、子どもたちファーストの教育環境づくりを目指してきた。

東北での活動も続く=カタリバ提供(撮影は2012年)

東北での活動も続く=カタリバ提供(撮影は2012年)

 しかし、今回のコロナ禍では、全国の小中高校で、その「壁」が一時的に消えた。子どもたちはむしろ、壁の外に放り出されたのだ。

「今回のことで明確になったのは、日本の学校の福祉的側面です。学校は子どもたちが教科教育を受ける場という価値以上に、教育活動を通じた福祉の場だということが再認識されました。これが機能不全になることは大変なことです」

「学校はそもそも、親の価値観のもとで育っている子どもたちが、学校という社会システムの中で個として過ごせる居場所です。親がどう言おうと、子どもたちは学校では個人として生きることができる。ところがコロナは、そういう場所を子どもたちから奪ってしまった。先生という、本来的には安心安全に見守ってくれる人もいなくなってしまった」

「これまでカタリバは学校と家庭があることを前提に、子どもたちの『第三の居場所』をつくってきましたが、今回はオンラインで学校に変わる安心安全な居場所、子どもたちが自分の場所と思って安心して発言し活動できる場所、子どもたちを見守ったり支えたりする大人がいる場所をつくらなければいけないと思いました」

子どもたちの「居場所」をつくり、学校教育と社会教育の統合を目指す 認定NPO法人カタリバ代表理事 今村久美

「でも私たちは万能ではありませんから、ネットの環境がある子、一定のデジタルリテラシーがある子、私たちの情報が届くインフラがある子にしかこの活動は届かない。それでもできることからやるしかないと思って、フェイスブックとかツイッターでの情報発信から始めました」

「ナナメの関係」を得てモチベーションをあげる子どもたち

そうやって始まったフリースクールのようなオンラインプログラム。子どもたちは日を追って自分たちに寄り添ってくれるキャスト=お兄さんお姉さん(中にはおじさんおばさん?)を見つけたようだ。

カタリバではその存在を「ナナメの関係」と呼ぶ。学校の先生や親のように子どもたちを上から指導する人はタテの関係。並列となる友だちはヨコの関係。それとは違う「ナナメの関係」との出会いが、子どもたちのやる気を引き出すポイントとなる。

大人と子ども、というタテのラインとは違う「ナナメの関係」が、子どもたちにとっては負担感を和らげる=カタリバ提供

大人と子ども、というタテのラインとは違う「ナナメの関係」が、子どもたちにとっては負担感を和らげる=カタリバ提供

「被災地のコラボ・スクールでもそうでしたが、安心安全な居場所が確保できて信頼できるナナメの関係と出会えると、子どもたちは俄然(がぜん)やりたいことの発信を始めます。今回も音楽クラブに参加していた香川県の中2のすみれちゃんが、小学生たちと歌をつくろうと言い出した。そこでこのクラブに参加していた全国の小学生たちが、このプログラムに参加して感じたことを言葉に出し合って歌詞にして、すみれちゃんが曲をつけた。それを5月5日のこどもの日に行った『子どもフェスティバル』で発表したんです」

「Zoomの画面上で、歌う子、リコーダーを吹く子、ピアノやギターを弾く子たちがワンコーラスずつリレー形式で演奏していく。もちろん最初は音がぶつかったりつながらなかったりしたようですが、キャストと練習を重ねて当日は見事な演奏になった。子どもたちも嬉しそうでした」

「こういうことが重なって子どもたちの心に火をつけていければ、いつか『あのコロナがあったから今の自分がある』と言ってくれる子が育つのではないか。その未来を信じて、私たちはやるべきことをやっていかなければいけないと思っています」

デジタルツールで個々人に最適の教育を

スクール開始から約2カ月後、4月下旬に開かれた中央教育審議会の初等中等教育分科会に出席した今村は、オンラインスクールでの経験も踏まえて「withコロナ社会において、いま検討すべきこと」というレポートを発表した。そこには、長期休校時の提案として、文科省が進める、子どもたち全員にオンラインツールを配布する「GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想」を前提に、いくつかの提案が記されている。その一つにはこうある。

「オンライン対話ツールで、担任による朝の会毎日開催」

それは、カタリバオンラインで行ってきた毎日の子どもとのコミュニケーションを、学校現場にも広げようとする提案だ。

「当然この制度はあったほうがいいし、誰一人とりこぼさない教育を実現するためには、必要不可欠だと思います」

「たとえば、全国で14万人いるといわれる重篤な病気を抱え入退院を繰り返している子は、withコロナ下では合併症を恐れて登校できないかもしれない。でもオンラインなら病院や家からも学習参加できます。あるいは不登校の小中学生は14万人、不登校傾向の中学生は33万人いると言われます。その理由は十人十色ですが、何らかの困難を背負っている子もいれば、人より秀でたものがあっても全体に合わせることができずに可能性の芽を潰してきたケースも少なくないと思います」

子どもたちの「居場所」をつくり、学校教育と社会教育の統合を目指す 認定NPO法人カタリバ代表理事 今村久美

「日本の教育は履修主義といって、毎日同じ場所で授業を履修すれば教育を受けたことになる。でもそういうシステムが嫌で学校に行けない子や、全体に合わせた授業進度ではつまらない子もいるはずです。そういう時に一人一台のオンラインツールがあれば、子どもによって飛び級させるとか、理解できていないところまで戻るとか、学びを合理化することができる。全体が同じ学習をする平等主義から、個別最適の教育の可能性が開けてきます」

「今回のコロナでは、そのきっかけとなる改革が可能だし、少なくともオンラインツールがあれば休校中も毎朝子どもたちと先生がコミュニケートすることができる。オンライン環境のない子には後から電話でコミュニケートする。いまはできるところから始めるべきだと思います」

ネットのリスクと利点伝えるデジタルシチズンシップ教育を

もちろん、こうした教育のオンライン環境を整えるには、ツールの浸透だけでなく数々の課題があることも確かだ。今村はこう語る。

「これまで教育現場では、ゲーム依存やネット依存を恐れて『ネットは怖いぞ』という教育がなされてきました。でも大人が躊躇しているうちに、98%の高校生は携帯電話を持っているし、小学生にもユーチューバーは人気です。むしろ問題は、子どもたちがネットのリスクを理解しないままに無防備に振る舞っていることです」

「子どもたちには『ネット上では行動が履歴になって永遠に残る、簡単にデータがコピーされる、情報が拡散される』ということを教えて、リアルとネットを行き来しながら生きていくことを教えないといけない。まさに『デジタルシチズンシップ教育』を推進すべきです」

「大人たちにも課題があります。今回のコロナ禍で、職員室にある二本の電話を先生同士で取り合うようにして子どもたちに連絡しているケースもあると聞きました。しかも先生が把握しているのは親の携帯電話だから、親が外出していたら子どもと直接繋がれません。そんな状態では、子どもの命の危険すらありえます。もはやオンラインネットワークは必須なのです」

「それなのに区の個人情報審議会では、子どもがZoomに参加するのも、教師がクラウドやGmailを使うのも禁止という規則もあります。教育委員会はオンライン教育をやりたいといっても、首長部局の判断が必要という自治体もある」

「先生方も突然オンラインでやれと言われても大変だとは思いますが、コロナ以前からオンラインに前向きな自治体とそうでない自治体の差が大きく出てきています。子どもファーストの視点を大切にして、大人たちが乗り越えていかなければならないと思います」

「「子どもファースト」の考えは2001年の活動開始当初から変わらない=カタリバ提供

「子どもファースト」の考えは2001年の活動開始当初から変わらない=カタリバ提供

既存の教育がすくいあげられなかった子をフォローする

そういう課題を抱えながらも、今村は連日都内の区役所や近郊の自治体の教育関係者との話し合いを繰り返している。その構想は?

「カタリバオンラインと各地の学校がコラボレートしたサイトができないかと考えています。たとえば長野県軽井沢町の軽井沢高校とのコラボが今月中旬からできそうなのですが、毎朝先生が自宅からカタリバオンラインの中の『軽井沢高校○年○組』というサイトに繋いで朝の会を開く。子どもたちは携帯やパソコンでここに参加して、その日の情報を伝達したり行動予定を確認したり、学習進度や生活の悩みを相談したりする。オンライン環境のない子には、後で電話すればいい」

「私たちは今後は当分はコロナと共に生きていくことになると思うのですが、最優先すべきことは、学校の先生が子どもとコミュニケートできる環境の整備です。そのための方策に手を尽くした方がいい。その上で学ぶ権利を保障していって、学力の心配を親にしてもらえなかったり、既成の公教育がすくいあげられなかった子たちのことをフォローしていく」

「このサイトに参加してくれる学校が10校、20校と増えていけば、オンライン上で学校教育と社会教育をインテグレートした子どもたちの『学びの場』と『居場所』ができます。それは、これからの教育界が目指す新しいフィールドだと思っています」

カタリバでは、子どもたちにオンラインツールを配布するための寄付集めも始めている。初回に10台のパソコンを配り、5月中に100台の配布を目指す。

できるところからできるだけ、教育の理想を目指して――。壁のない教育が、足元から徐々に広がっていく。

(敬称略)

文・神山典士 撮影・北村 崇

子どもたちの「居場所」をつくり、学校教育と社会教育の統合を目指す 認定NPO法人カタリバ代表理事 今村久美

今村久美プロフィール

1979年生まれ。慶応義塾大学環境情報学部卒。認定NPO法人カタリバ代表理事。中央教育審議会委員、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会文化・教育委員会メンバー。2001年、大学在学中に任意団体カタリバを創設。06年NPO法人化。09年、日本を代表する社会起業家として米『TIME』誌の表紙を飾る。その他の活動としては、教育から地域の魅力発信に取り組む島根県雲南市「おんせんキャンパス」、島根県益田市社会教育プロジェクト。高校生が地域の課題に取り組む「マイプロジェクト」などがある。

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PROFILE

神山典士(こうやま・のりお)

1960年埼玉県生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』(現在は『不敗の格闘王 前田光世伝』祥伝社黄金文庫)にて小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。2011年『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社青い鳥文庫)が全国読書感想文コンクール課題図書選定。14年「佐村河内事件報道」により第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)、雑誌ジャーナリズム賞大賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに様々なジャンルの主人公を追い続ける。近著に『知られざる北斎』(幻冬舎)。主な著書に『もう恥をかかない文章術』(ポプラ社)『成功する里山ビジネス~ダウンシフトという選択』(角川新書)『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』(文藝春秋)等。

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