コロナ・ノート

コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

パンデミックの収束はまだ遠く、世界は依然として重苦しい雰囲気と混乱に包まれています。コロナショックで変わっていったライフスタイルや価値観、あるいは見つめ直したことについて、さまざまな立場の方々がつづるリレー連載「コロナ・ノート」。

NASAの技術者で作家の小野雅裕さんは、4歳になるまな娘「ミーちゃん」との外出自粛中の暮らしから、百年後の未来まで思いをはせたエッセーをつづります。
(トップ写真=自宅から火星ローバーの開発を行うNASA JPLの職員たち Image Credit: NASA/JPL-Caltech) コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

小野雅裕

技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』(SB新書)は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験をつづった『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)を出版。

 

エネルギーを持て余した4歳の娘との生活

コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

早くも水無月(みなづき)に入り、僕の勤めるNASAジェット推進研究所 (JPL) では、ほぼ全員がテレワークになって約2カ月が経った。JPLのあるロサンゼルス郡はカリフォルニア州の新型コロナウイルス感染症による死者・感染者の約半数が集中している。これから徐々に職場に人を戻すそうだが、完全に元に戻るまでには相当な時間がかかるだろう。

宇宙探査機に指示を出すミッション・コントロール・センターからも人影はなくなった。火星ローバー・キュリオシティも、木星探査機ジュノーも、100天文単位の彼方(かなた)を旅するボイジャーも、すべて職員の自宅の書斎やベッドルームから運用されている。

出勤が許されるのは「エッセンシャル (絶対不可欠)」な仕事がある人のみ。これに該当するのは、現在では事実上、今年7月に打ち上げを控えるマーズ2020ローバーの試験だけだ。火星への打ち上げのタイミングは26カ月に一度しかないため、7月を逃すと2年以上も計画が遅れてしまう。一方、たとえば地球周回ミッションならばほぼいつでも打ち上げを行える。そのため火星ローバーだけが特別扱いなのだ。

僕も100%テレワークだ。元々、VPN、ビデオ会議システムやSlackなどテレワークに必要なツール類が整備されていたので、移行はスムーズだった。僕の仕事はソフトウェア系なので75%の仕事は家からでも滞りなくできる。

コロナ前との一番の違いは、エネルギーを持て余した4歳の娘のミーちゃんが常に半径10メートル以内にいることだ。あるミーティングでスケジュールやら予算やらの張り詰めた議論をしていた時、ドカドカドカと足音が響いてきてドアが乱暴に開けられ、ミーちゃんが駆け込んできて僕の仕事机の下に潜り込んだ。あわててマイクをミュートし、何をしているのと聞くと、

「シーッ!かくれんぼしてるの!」

毎日そんな具合である。

ミーちゃんの見つけた新しい遊び「おうちキャンプ」

しかし長引くコロナの巣篭(ご)もりで、子どもたちは大人以上につらいんじゃなかろうかと思う。ミーちゃんの保育園は僕のテレワークが始まった数日後に閉鎖になった。近所の公園もすべて閉鎖。本屋もおもちゃ屋も開いていない。ひとりっ子のミーちゃんの遊び相手はパパとママだけ。そして我が家は共働きである。最近はよく人形たちと保育園ごっこをする。寂しいのだろう。

ストレスもたまっている。先日、ほんの些細(ささい)なことで叱ったら、まるで風船が破裂したように感情を爆発させ、「どうしてミーちゃんはおこられてばっかなの、もうイヤだよ!!!」と泣き喚(わめ)いた。24時間一緒だと、どうしても叱る回数は増える。僕も妻もイライラすることが増えた気もする。精神的なしわ寄せがミーちゃんに行ってしまっていたのかと思うと、反省しきりだ。多少のワガママや不始末は、いつもよりも大目に見てあげなくてはいけないのかもしれない。

とはいえもちろん楽しいこともある。叱られてもやはりパパやママと遊ぶ時間が増えたのはうれしいみたいで、「ほいくえんにもういかな~い」などと言って甘えてくる。最近は毎日のように妻とお菓子を作っている。いつもは制限されているテレビも見放題だし、パパはさらに甘くなってオモチャをたくさん買ってくれる。この前はドローンを買ってもらった。次は3Dプリンターを買ってもらう約束を取り付けた。そして最近は時々、親友とZoomでおしゃべりしている。僕がいつもビデオ会議をしているのを見ているせいか、ちょっと大人になった気分がしてうれしいようだ。

コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

そんな中、ひとつ楽しい遊びを見つけた。「おうちキャンプ」だ。夜、庭に寝袋を敷いて、星空を見上げながらおしゃべりする。それだけである。大人用の寝袋ひとつに僕とミーちゃんが二人で入る。もちろんミーちゃんがじっとしているはずもなく、僕が身動きが取れないことをいいことに、潜り込んで僕の足やらお腹(なか)やらをくすぐり回して遊ぶのだが、家の中ではつい叱ってしまいそうなイタズラも外だと一緒に笑いながら楽しめる。

「少し急ぎ過ぎていたんじゃないか」と星空は人類に語りかけている

そして気付いた。星空が綺麗(きれい)だ。ロサンゼルス近郊とは思えないほど、綺麗だ。金星が不気味に明るい。3等星くらいまでなら難なく見える。たまに人工衛星が見えることもある。ミーちゃんと一緒の時間はいつもよりゆっくり流れる。「少し急ぎ過ぎていたんじゃないか」と星たちが囁(ささや)いているようだ。

コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

自宅で撮影した空。火星、木星、土星が見える

夜空だけではない。僕の家は海から約50 km、東京から茨城県つくば市ほどの距離があるのだが、近所にOcean View Boulevardという名前の坂道がある。日本語なら「海見坂」とでもなろうか。きっと昔は海が見えたのだろう。東京の至る所に「富士見坂」があるのと同じだ。しかし万年スモッグのロサンゼルスである。海の見えない海見坂になって久しい。ところが外出禁止令が出てから、時々海が見えるようになったのである。

考えてみれば、コロナで大騒ぎしているのは人間だけだ。自然や宇宙にとっては何処(どこ)吹く風なのだろう。草木や動物たちは空や海が綺麗になってありがたいとさえ思っているかもしれない。産油国は原油を大幅に減産した。IEAの予測によると、2020年の世界のエネルギー需要は6%、温室効果ガスの排出は8%減るそうだ。中国北部ではPM2.5が35%減ったという調査結果もある。

人々は気付き始めている。毎日、大渋滞を我慢して自動車通勤しなくてもできる仕事はたくさんあることを。わざわざジェット機で太平洋を渡らなくても商談は進められることを。世界中から何千人の研究者を一堂に集めなくてもバーチャル学会で議論できることを。自分で捏(こ)ねたパンの素朴なおいしさを。家族といつも近くにいられる幸せを。そして、澄んだ空に輝く星々の美しさを。

コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

もちろんパンデミックは悲劇にほかならない。これだけ多くの方が亡くなり、失業し、店を閉じ、困窮している。しかし、人類はこれまでも世界大戦や大災害など数々の悲劇を経験し、その度に何かを学び、賢くなってきた。今回も我々は多くを学ぶだろう。そしてコロナが人類にもたらす気付きの一つが、あの星空、海見坂から見る海なのかもしれない。GDP成長率ばかり追いかけ、少しアンバランスだった面もあるのかもしれない。「少し急ぎ過ぎていたんじゃないか」と星空は人類文明に語りかけているのかもしれない。

相変わらず熱心に僕の仕事の邪魔をするミーちゃんを見ながら、ふと思った。この子は大人になって、コロナのことを覚えているだろうか。僕が4歳の頃の大イベントといえばスペースシャトル・チャレンジャーの事故とハレー彗星(すいせい)の76年ぶりの回帰だった。前者の記憶はないが、後者は実家のテラスから父と眺めた記憶がある。ミーちゃんもギリギリ覚えている年かもしれない。

今から100年後、ミーちゃん世代の子供たちは、コロナ・パンデミックの最後の生き証人になるだろう。その頃、世界はどうなっているのだろうか。 きっと今よりもっと美しく、幸せになっていて、人類は地球や自然とよりうまく共存している。「人類の『目覚め』のきっかけの一つがコロナだったのよ」とミーちゃんが孫やひ孫に語る。そんな未来を僕は、想像している。

※本記事は宇宙メルマガ『THE VOYAGE』4月号に収録された記事を加筆・修正したものです。

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