“数”に取って代わる新しい価値観を開発する AR三兄弟 川田十夢が考えるこれからの「拡張現実的」世界

開発者ユニット「AR三兄弟」の「長男」として、日本でAR(拡張現実)技術が注目される以前の2009年より活動している川田十夢。最先端の技術を使った広告やファッションブランドとのコラボレーション、コントなど、今までにない発想で人々を驚かせ続けてきた。

その発想の根幹にあるのは「硬直した世界の見え方をアイデアと実装で変えたい」という強い意志だ。

『TV Bros.』で約10年間連載したコラムなどをまとめた新刊『拡張現実的』(講談社)には世界をアップデートするためのアイデアと論考が詰まっている。

“数”に取って代わる新しい価値観を開発する AR三兄弟 川田十夢が考えるこれからの「拡張現実的」世界

くしくも本が完成した途端、世界は新型コロナウイルスによるパラダイムシフトに直面してしまった。今まで通りのやり方が全く通用しないこの変化は、ある意味で川田が自身の作品で我々に提示してきたものではないだろうか。現状について話を聞くならば、「想像もできない未来」について考え続けてきた彼が適任だ。

「通りすがりの天才」川田は今何を考え、どのような未来を見据えているのか。

非接触によって変容する現実

川田は今のような状況になる以前から非接触技術(無線通信を利用することで身体や端末同士の直接的な接触を必要としない技術)に興味を持っていたという。高速道路のETCシステムを一日中観察したり、スマートフォンのBluetoothに注目したりしていた。

非接触技術が発展するならば、いずれ人間同士が対面せずに社会生活を送るようになるのでは、と予見していたという。

誰に頼まれるでもなく、コロナが問題になる前から非接触技術を応用した仕組みを考案しており、スマホのBluetoothを使って一定の圏内に人が集まるとアラートが鳴るシステムや、人が密集している地域を地図上に表示するシステムを川田は構想しており、すでに実現可能だそうだ。しかし、携帯キャリアの個人情報の取り扱い規約のため、すぐに実用化はできない。

「そもそも接触って面倒ですよね。時間と身体を制約されてしまう。打ち合わせはリモートで問題ないとみんなが気付きました。もちろん、こうなって良かったとは全く思いませんが、ARとは現実の何かを省略して生まれた余白に想像力を注ぎ込む技術。こういった状況でも拡張現実的には可能性が大いにあります」

今までARが拡張してきた「現実そのもの」が変容してきている。

外出自粛によりリモートワークやリモート飲み会が急速に日常化した人々にとって、パソコンのディスプレーが一番の現実になった。

また、劇場、ライブハウスなどが休館したことで、演劇や音楽の配信が盛んになっている。劇場の扉を開くことで感じていた非日常を自宅で感じる機会が増えることで、日常と非日常の境目は曖昧(あいまい)になっている。

川田は増加するエンターテインメント配信について、あることを危惧している。

「こんな状況でも誰かを楽しませようとしてくれている人がいるのは救いです。しかし、多くはZoomやYouTube、Instagramなど、海外のプラットフォームを使用して配信しています(いずれも運営法人の本社はアメリカ)。

日本のクリエーターがどんなに頑張っても、最終的に利益が海外にいってしまう。僕も『有事のテクノコント』という作品を発表していますが、作り方のプラットフォームから作ることを意識しています。いまのところTwitterなどタイムラインに流しているのでなかなか難しいですが、集金の構造からつくることを意識しないと今後の日本のエンターテインメントは危険だと思います」

テクノロジーによって更新される価値観

変化する現実の中で、どういったテクノロジーが台頭してくるのだろうか。

「もう少し経つと、スマホに『LiDAR』というレーザーセンシング技術が実装されるようになるはずです。これによって、スマホで撮った画像内の距離や方向などの立体情報をほぼ把握できるようになり、人間の生活が拡張されます」

LiDARはレーザー光を使ったセンサーの一種で、対象物までの距離はもちろん、位置や形状まで正確に検知できるテクノロジーで、自動車の自動運転技術などに使われている。これをスマホのカメラに応用することで、画像の中に立体情報が記録され、写真を撮った後からピントを変えたり角度を変えたりできるようになる。

さらに技術の精度が高まれば、画像に写っているものの正確な採寸が可能。例えば画像内の椅子と同じサイズの別商品を検索し、画像の中で置き換えて模様替えをしてみる、ということができる。

同じように、自分を採寸してサイズが合う服を画面上で試着することも可能になるという。

つまり、服を実際に買わなくてもPCやスマホのモニターの中では好きな服を着ることができるのだ。これはリモートワークが一般化する世界に打って付けだろう。

「好きな服を着ると気分が高揚するという観点で、ファッションは今までも人間を『拡張』してきました。これからは拡張現実的にフィットするデザイン性や機能性を確立するブランドのニーズが高まるでしょうね」

発想としては、ひと昔前に流行したSNS上のアバターを着せ替えるために課金することと同じだ。アイデアに技術が追いついたと言える。

川田は「テクノロジーは水前寺清子さんの歌のように『3歩進んで2歩下がる』という感じで日々少しずつ進化するんですよ」と笑う。

また、音楽ライブなどは人が密集できないため、客席に五感を感知・伝達できるロボットを配置し、そのロボット一つ一つがリモートで参加している観客にひも付く、というスタイルになっていくのではないかと予想する。

こうすることにより、単純に映像と音を楽しむだけではなく、「アーティストと目があった」という体験や、隣の観客との距離感なども享受することができる。

「このスタイルを実現するのはまだ時間がかかりますが、一方通行の視覚と聴覚だけではない体験としてリモートのライブを楽しめるようになるはずです。ロボットでモッシュに参加したり(笑)。

視覚と聴覚以外の五感(触覚、味覚、嗅覚<きゅうかく>)をいかに感知・伝達させるかが、今後の拡張現実におけるリアリティの核心になるでしょう」

実際、4月には明治大学が「任意の味を表現することができる味ディスプレイ」を開発したと発表した

実用化にはまだ時間はかかるだろうが、こうした「やがて実現すること」と動画配信などの「すぐ実現すること」が混在しながら進化していくことがエンターテインメントの醍醐味だ、と川田は語る。

一方で、川田の元に寄せられる相談で一番多いのは冠婚葬祭の分野だ。

「日常の延長線上の行事ではあるけれども、ドラマチックに演出しないといけないのが冠婚葬祭。どう扱うか難しいですが、やらなくちゃいけない」

単純に結婚式や葬儀の模様をネットで中継するだけだと味気なく、参加する人々ものみ込みづらい。

「現状だと、リモート参加者全員が家で同じ料理を食べられるようにお重を手配することによって、味覚の体験を提供することを原宿の東郷記念館さんが実施しています。会場を用意し、通常の結婚式と同じように席順を決めて、そこに参加者一人一人にひも付くカメラを置くことによって『誰の隣に座っていたか』といった思い出も提供すると拡張現実的な体験が広がってゆく。式とはそもそも出席するのが大変な労力なので、リモート参加できる選択肢が増えるだけでも大きいと思います」

しかし、実はこういった相談は20年前からあったという。

「お寺の方から『バーチャルでお墓参りはできないか?』と相談されることが何度かありました。その時は倫理観が追いついていなくて『お墓はなくなりませんよ』と返していたんですが、今まさに実現しようとしている。歴史的に考えて、価値観が大きく変わる時なのでしょう」

テクノロジーと文化が目指すゴール

「これまでは“数”が物事の価値を決めていた。エンターテインメントも1ヵ所に人をぎゅうぎゅうに集めて、動員数や物理的な密度を競っていました。SNSも拡散された数でしか評価できない。

それがコロナの影響で、数を集めることが必ずしも良いことではなくなってしまった。“数”に取って代わる新しい価値観を考える必要があります」

川田の新刊『拡張現実的』では、一つのテーマが見開き738字で論じられている。本来であれば本一冊10万字を尽くさなければ伝わらない内容を、限られた文字数で表す挑戦。「文字数が多い=内容が濃い」という“数”の価値観へのアンチテーゼだ。

また、人が密集することができなくなったことによって失われた物理的な密度を、川田は拡張現実的に補完することによって新しい価値観を考える糸口にしようとしている。

例えば、「物体に記憶を記録する」技術。結婚指輪にプロポーズの映像を記録したり、卒業アルバムを開くと卒業式の模様が再生されたり、ライブコンサートのチケットにライブ映像を記録したり、まるでSFのようだが、「僕が生きているうちに実用化されるはず」と川田は言う。

この技術によって、数値では測ることのできないモノへの“思い入れ”や“ストーリー”が新しい価値を提供する未来が見えてくる。

— AR三兄弟 (@ar3bros) May 20, 2020

“数”の価値観は「多い=良い、少ない=悪い」という、他人まかせの基準で人々の思考を単純化してしまう。本来、より多様な生き方があっていいはずだ。全員が同じ物差しで生きるのではなく、一人一人が自分の決めた価値観にしたがって歩き始める日も、そう遠くはないのかもしれない。

(文・張江浩司 写真・林紗記)

プロフィール

“数”に取って代わる新しい価値観を開発する AR三兄弟 川田十夢が考えるこれからの「拡張現実的」世界

本人提供

川田十夢 <かわだ・とむ>

1976年、熊本県生まれ。99年、大手ミシンメーカーに就職。在職中から「AR三兄弟」という開発者ユニットを結成し、様々なメディアを通じて、既存の枠にとらわれない新作の発明と発表を続けている。2009年独立。13年、TBS「情熱大陸」出演。15年、NHK「課外授業 ようこそ先輩」出演。現在、毎週金曜20時からJ-WAVE『INNOVATION WORLD』にレギュラー出演ほか、多数の連載を抱えている。「AR三兄弟の素晴らしきこの世界2」が近日中にテレビ放送。新著『拡張現実的』(講談社)。

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PROFILE

張江浩司

1985年北海道生まれ。居酒屋店主、タレントマネージャーなどを経て、2020年よりフリーランスのライター、司会、バンドマン、イベンターとして多岐にわたり活動中。傍目からは「あの人何して生活してるの?」とよく言われる。レコードレーベル「ハリエンタル」主宰。

コロナの最後の生き証人 NASA技術者・小野雅裕

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