「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

 

「僕らは自分たちを自転車メーカーとは思ってません」。目の前の男性はそう言って笑みを浮かべる。思わず「え?」と聞き返した私に、彼はこう続けた。「これまで自転車業界の常識から外れることをたくさんしてきましたから」

昭和の面影が色濃く残る東京・谷中。築300年を超える酒屋をリフォームした店の前には、色鮮やかな自転車がずらりと並ぶ。ここはサイクルメーカー「トーキョーバイク」の本店。発言主は同社代表の金井一郎さんだ。

2002年の発売以来、モダンでスタイリッシュなシティーバイクとして国内外で人気を集めてきたトーキョーバイク。同社の足跡を振り返ると、意外な戦略が光る。

最初に注目を集めたのは発売初期。オッシュマンズや東急ハンズといった自転車専門店以外に販路を見いだし、口コミで人気を広げていった。その後も、直営店で音楽や落語のイベントを開くなど、サイクルメーカーらしからぬことをどんどん仕掛けていく。中でも“谷根千”や新宿などを自転車で巡れるレンタルバイクサービスは訪日外国人らに評判だ。

様々な業界でパラダイムシフトが進む昨今、サイクルメーカーの常識にとらわれないトーキョーバイクはどのような羅針盤を持っているのだろうか。彼らの戦略の裏側を探りに谷中を訪ねたところ、金井さんからは冒頭の言葉が返ってきた。

意表を突く発言だが、注意深く耳を傾けるとその真意が見えてくる。金井さんにとって自転車づくりはあくまで手段であり、その目的はまた別のところにあった――。

(トップ画像:トーキョーバイク代表の金井一郎さん)

 

業界内ではあまり評価されなかったトーキョーバイク

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

創業以来変わらぬ無駄のないシンプルなデザイン(提供:トーキョーバイク)

トーキョーバイクは2002年、都市生活者のライフスタイルに合わせた街乗り自転車として誕生した。テーマは“Tokyo Slow”。東京の街をじっくり楽しむことを目指したアイテムだ。

「東京はコンパクトなエリアに様々な店が点在し、街を散策する楽しみがあります。そして信号や坂道が多い。つまり自転車で街を巡る場合、小刻みに動いたり止まったりを繰り返します。ならば高いスピード性能より、漕(こ)ぎ出しの軽さや、坂をすいすい上れる性能を備えた自転車がフィットするはずだと考えました」(金井さん)

この構想を実現するべく、金井さんは様々な工夫を凝らした。タイヤはロードレーサー並みの極細タイヤを採用。地面への接地面積が少なく、漕ぎ出しが楽なことが特徴だ。でこぼこ道には弱いが、舗装路が多い東京なら問題ないと判断した。

変速ギアは必要最低限に絞った。たとえば同ブランドの初期のシリーズ「スポーツ」では、8段変速システムを採用。長距離移動や山越え用に20段以上の変速ギアを備える自転車も少なくないが、東京の街を巡るだけなら8速で事足りる。金井さんは都市生活に合った使いやすさを追求した。

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

多くのトーキョーバイク製品で採用されている漕ぎ出しが楽な細いタイヤ

この独自性に富んだシティーバイクは発売当時、自転車業界ではまともに評価されなかったという。

「誤解を恐れずに言うと、当時の自転車業界は、専門知識が豊富な自転車好きが集まり、自分たちが乗りたいものを作っていました。彼らの価値観を突き詰めると『性能の高さ=優れた自転車』となる。それがロードレーサーを頂点とするヒエラルキーを業界内に生み出しました。あえて機能を絞ったトーキョーバイクは業界のセオリーから外れているため、多くの自転車専門店からは関心を示されませんでした」(金井さん)

金井さんは“業界の常識”が実際に自転車を使う人のことを置いてきぼりにしていると感じていた。一般ユーザーのニーズは多様で、誰もがハイスペックを求めているわけではない。街を散策するだけなら、スピードは30kmも出れば十分、複雑なギアも不要ではないか――。

その読みは外れていなかった。トーキョーバイクは発売からほどなくして東急ハンズやオッシュマンズ、ロフトなど専門店以外で大々的に取り扱われるようになり、生活雑貨店などでも売られるようになった。メディアも同様で、自転車専門誌には取り上げられないが、『BE-PAL』『NAVI』『DIME』などアウトドアやライフスタイル、モノ系の雑誌には取り上げられた。その後、口コミで人気はどんどん広がっていった。

手応えを感じた金井さんは、自らの感性を貫くことにした。たとえば女性向けには、ブルーグレー、ライトブルー、アイボリー、マスタード、ベージュレッド、モスグリーンなど、車種ごとに豊富なカラーバリエーションを用意した。自転車業界にはピンクを主流とする価値観が根強くあったが、実際の好みはもっと多様と感じていたからだ。

トーキョーバイクは女性にも広がった。この15年の女性誌を振り返ると、『ELLE-JAPON』や『CLASSY』『OZ magazine』『Hanako』などで、オシャレで乗り心地の良い自転車として紹介されているのが確認できる。

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

谷中本店の前にずらりと並ぶトーキョーバイクの自転車。豊富なカラーバリエーションが目を引く

独自の姿勢は海外でも変わらない。欧州に市場を求め、ブランドを売り込む場として世界最大級の家具見本市「ミラノサローネ」を選んだ。あえてサイクルショー(自転車の見本市)を選ばなかったのは、「コアな自転車ファンではなく、日常を楽しくするアイテムを探している人に届けようと思ったから」(金井さん)。

トーキョーバイクは現在、自転車専門店からライフスタイルショップまで国内200店舗以上に販路を広げ、直営店を都内に4店、さらに海外7都市に販売店を持つまでに成長。ロンドンやニューヨークなどでも人気を呼んでいる。

「自分たちは自転車メーカーではない」の真意

一連のトーキョーバイクの動きは、自転車業界やその関係者にはどう見えていたのか。「ひと言で言えばジャンルが違う。だから語れることはありません」。スポーツバイクをメインに扱う自転車専門誌の編集長からはこんな声が聞こえてきた。

ストレートに受け取れば、種別の異なる自転車同士を単純比較はできない、という意味になるだろう。本格的なロードバイクやクロスバイクなどが分類される「スポーツバイク」と、見た目はスポーティーながら「軽快車(シティーサイクル)」に分類されるトーキョーバイクとでは、利用シーンや求められる機能、ユーザー傾向などが異なり、評価基準も違ってくる。

ただ、少し視点を変えてみると、彼の言う「ジャンル」が、自転車の種別ではなく「業態」を指している可能性も見えてくる。トーキョーバイクがサイクルショーを製品PRの場として選ばないことには先にも触れたが、同社は他にも一般的なサイクルメーカーとは異なる戦略を打ち出しているからだ。「イヤーモデル」を作らないことはその典型だ。

多くのサイクルメーカーは毎年新製品を開発し、市場に投入する。それはユーザーの購買意欲を刺激する重要な戦略であり、アパレル同様、デザインの傾向が前年からがらりと変わることもある。それらの製品は「イヤーモデル」と呼ばれ、「2018年式」「2019年モデル」など発売年を冠した形で扱われる。

それに対しトーキョーバイクは、毎年趣向を変えた新製品をリリースすることはなく、既存モデルのリニューアルも限定的。その証拠と言うべきか、現在店頭に並んでいるアイテムと創業初期にリリースされたアイテムとを比べても、デザイン、スペックともにそれほど大きな変化が感じられない。

「機能を絞り、無駄を極限まで削ぎ落とすことが僕らの哲学。そのスタンスは創業当初から変わっていないので、無理に形を変える必要もありません。最初に作った時点で、僕が目指していた自転車はほぼ完成していましたから」と金井さんはその理由を説明する。

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

発売初期のカタログ。その特徴的なスタイルは今も引き継がれている(提供:トーキョーバイク)

しかし、ユーザーの買い替えを促さなければ、売り上げは伸びず経営は傾きかねない。そこまで自転車業界のセオリーを無視してうまくいくのだろうか。金井さんに疑問をぶつけると、「そもそも自分たちは自転車メーカーとは思っていない」と返ってきた。じゃあ一体何なのか?

「僕らは自分たちのことを、街を楽しむためのプロフェッショナル集団だと考えています」

私が言葉の真意を測りかねていると、金井さんはこう続けた。

「自転車の製造・販売を続ける中で実感したのは、ものはある程度行き渡ると売れなくなる、ということです。僕らは何かを売っていかなければ生きていけないし、どうにかして需要を生み出さなくてはなりません。ただ、使えるものを陳腐化させて新製品の購入を促したり、理念とはかけ離れた製品を作ったりして需要を生み出すようなことはしたくない。そこで、自転車を一台でも多く売るという競争からは距離を置くことにしました。そして、自分たちが自転車を軸にしたライフスタイルブランドであることに立ち返り、自転車を含む様々なツールを通じて街を楽しむ方法を提案することに重心を傾けていくことにしたんです」

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

金井一郎さん

この数年、e-bike(電動自転車)の開発競争が自転車業界を賑わすが、トーキョーバイクは全く別の道を進んでいる。会社が掲げる「Tokyo slow」を、これまでと違った形で実現する方向へ。

2016年からは直営店でのレンタサイクルを開始した。自転車の販促ではなく、街をじっくり楽しんでもらうことに主眼を置いたサービスだ。街巡りの頼れるお供が、金井さんらが厳選した東東京のシティーガイド。 中古フィルムカメラの販売店から下町の銭湯まで、よく見る東京ガイドとはひと味違うラインアップが面白い。

レンタルバイクサービス「Tokyobike Rentals Yanaka」が運営する東東京のシティーガイドの画面。飲食店から各種の専門店まで感度の高いショップが紹介されている

レンタルバイクサービス「Tokyobike Rentals Yanaka」が運営する東東京のシティーガイドの画面。飲食店から各種の専門店まで感度の高いショップが紹介されている

ライフスタイルブランドとしてのカラーが濃くなったトーキョーバイクには地方からもよく声がかかる。『森、道、市場』(愛知)をはじめ、各種のフェスに引っ張りだこ。自転車とは直接関係ないイベントにも積極的に出展する。自社のファンや同じ価値観を持つローカルプレイヤーたちとのつながりを増やすためだ。

そのつながりは店作りにも生かされる。谷中本店を覗(のぞ)くと、シューズブランド「MoonStar」とコラボしたスニーカーから、蔵前のステーショナリーブランド「カキモリ」の顔料インク、青森ひばプロダクトのブランド「Cul de Sac-JAPON」の雑貨まで、様々なメーカーの商品が売られている。

およそサイクルショップには直接関係のない品々だが、そこには「Tokyo slow」を志向するライフスタイルブランドとしての価値観が色濃く表れている。

「僕らがつながりを持つ人たちに共通するのは、丁寧に生きようとするジェスチャーだと思います。作るものは自転車でも野菜でも何でもいい。手間がかかってもいいから良いものを作ろうとする姿勢は崩さない。僕らは、そういう志を持つ人たちとつながりながら、今の早すぎる消費スタイルとは対局にある活動をこれからも続けていきたいんです」

そう未来のビジョンを語る金井さんの表情に迷いはなかった。

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

トーキョーバイク谷中本店で売られている様々なアイテム。こちらはステーショナリーブランド「カキモリ」のインク

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

青森ひばプロダクトのブランド「Cul de Sac-JAPON」(カルデサックジャポン)の青森ヒバ精油と香りを楽しむフィードディフューザー(写真中央)

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

レザーブランド「m+」(エムピウ )の名刺入れ(左)と財布

晴天に恵まれ、絶好の行楽日和となった取材当日。「どれでも好きなものに乗ってください」と金井さんに促され、インタビュー終了後に自転車に試乗させてもらった。

目的地がないままペダルを漕ぎ出したのはいつぶりだろうか。緩やかな時の流れに身を任せていると、日々何かにせき立てられるようにこなしていることが全てささいなことのように思えてくる。

時間にして5~10分。そのわずかな一時は、急がずに自転車に乗ることの贅沢(ぜいたく)さを改めて思い出させてくれた。

(文/編集部・下元 陽 撮影/小島マサヒロ)

「自分たちのことを自転車メーカーとは思っていない」 異端の経営者が描くトーキョーバイクの未来図

photographer Anne Kim/提供:トーキョーバイク

■取材協力
トーキョーバイク

*現在ソーシャルディスタンスの確保のため、直営店舗への来店は完全予約制になっています。また、自転車販売を優先するため、レンタルバイクサービスは一時休止、雑貨販売もほぼ休止しています

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